底辺キング   作:シェーク両面粒高

14 / 99
第14話 特訓

 この部屋の主になった頃よりも滑りの悪くなった戸を引くと、ひんやりした朝の空気が首もとを撫でた。一つ息を吐くと、その息の温かさを感じるぐらいの季節になってきた。

 

「寒くなってきたな……」

 

 入り口横のスイッチを押して電気をつけて、トレーナー室に入る。脇に抱えた雑誌を無造作にテーブルに投げ置いてから、電気ケトルを手に取って水道の水をそれに注ぐ。手首に確かな重みを感じてきたら水を止め、蓋を閉める音とともに台座に置いたケトルのスイッチを入れた。

 湯が沸くのを待つ間、パイプ椅子に座ってテーブルに置いた雑誌……表紙にエアグルーヴとバブルガムフェローの一騎打ちとなった天皇賞秋の写真が使われている月刊トゥインクルを開く。目次を見て目当ての記事を見つけたら、そのページまで捲っていった。そのページに到達すると活躍したジュニア級ウマ娘の特集ページが目に入った。そこの見出しには──

 

『黄菊賞 キングヘイロー 圧巻の末脚!』

 

 ──と大きく文字が躍っていた。その横にはもちろん、自慢げにポーズをとるキングヘイローの姿が載っていた。

 もう見慣れてしまったその顔を見てから、椅子の背にもたれてそのレースの詳細に目を通した。

 

『4コーナーを回って最後方にいたキングヘイローは最後の直線でごぼう抜き! 上がり3F最速34.8秒はなんと上がり2位に0.5秒差!』

『頭角を現し始めたキングヘイロー、次走は東京スポーツ杯ジュニアステークスを予定している。2()()()()()の重賞初制覇へ期待が膨らむばかりだ』

 

 “カチッ”

 

「…………ん」

 

 記事を読み終わるとほぼ同時に乾いたプラスチックの音が耳に届いた。電気ケトルの湯が沸いたようだ。

 立ち上がって雑誌をデスクに放り、椅子を離れてマグカップにドリップコーヒーのパックをセットして、そこにゆっくりと湯を注ぐ。湯がコーヒーの粉にゆっくりと染み込み、湯気に乗って香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

 ドリップし終わったパックを取り出し、落ちる滴のタイミングと格闘してからパックを水道の三角コーナーに捨てたあと、デスクにあるコースターにマグカップを置きながら椅子に腰を下ろした。一つ大きく伸びをすると、それに躯幹の筋が心地よい痛みで応えてくれた。

 

 

 

 改めて、メイクデビューから先週の土曜日に行われた黄菊賞のことを思い返す。

 

 メイクデビューで勝利したキングヘイローの状態は健康体そのもので、レースのダメージは全くないと言っていいほどだった。筋や腱の著明な炎症もなく各関節の動きも良好で、模擬レースから中4日でレースに臨んだとは思えなかった。

 これなら中2週でもいけると判断した俺はキングヘイローと話し合い、1勝クラスの黄菊賞へ出走を決めた。

 

 その黄菊賞の結果は先程読んだ月刊トゥインクルの記事の通り、上がり最速の末脚で1バ身差の勝利。着差以上に強いレースで、改めてキングヘイローに秘められたポテンシャルの高さを感じた。

 今週の様子を見ていると黄菊賞の疲労やダメージもほどんどない。このタフさはクラシック級で年11走、シニア級で年9走を走り切った母親のグッバイヘイローから受け継いだものだと思わざるを得ない。丈夫な良い体を母親から譲り受けたようだ。

 

 このまま問題がなければ次走はGⅡの東京スポーツ杯ジュニアステークスに出走予定であると、レース後のインタビューで乙名史に伝えた。重賞ということもありメンバーはこれまでよりも揃うだろうが、12月のジュニア級GⅠを目指すウチとしては出走する権利を取るためにも避けて通れない道だ。

 キングヘイローの重賞初挑戦……重賞に出ること自体が一握りのウマ娘に許されないこのトゥインクルシリーズにおいて、キングヘイローは順調と言っていいだろう。

 

「重賞初制覇、ねえ」

 

 その記事に載っている2人揃っての重賞初制覇という文字。その2人とはもちろんキングヘイローと坂川健幸()のことを指す。この記事を書いた記者は乙名史悦子、キングヘイローのメイクデビューと黄菊賞のレース後インタビュアーを務めた女だ。人柄との印象とは裏腹に、記事はしっかりと真面目に書く記者だ。俺が重賞未勝利だということには、黄菊賞の時のインタビューでも触れられた。

 

「たしかに初めて、になるのか」

 

 出走経験こそあるものの、トレーナー坂川健幸はこれまで重賞を勝ったことがないのは周知の事実である。

 

 しかし、()()()()()()()()()()()()は、それは正しくない。

 

「……」

 

 なみなみに注いだマグカップに口をつけ、舌に広がるコーヒーの熱い苦みを飲み下す。体の中心部へ向かっていったそれが消えることを感じてからもう一度口をつける。

 今日からのトレーニングメニューを頭の中で計画立てながら、マグカップが空になるまでそれを繰り返した。

 

 ◇

 

 その日の放課後、部室にチーム全員を集めた。ジャージに着替え終わったキングヘイローとカレンモエ、制服に白衣を羽織ったペティが俺の方を見ている。

 

「今から約3週間後、キングヘイローが初の重賞、東京スポーツ杯ジュニアステークスに出走する。東京レース場、1800mだ」

 

 既に3人とも知っていることではあるが、話の切り出しとしてそう言った。

 

「勝ち上がったウマ娘が出てくるんだ。今までよりも相手のレベルが上がるぞ」

「おーっほっほっほ! どんなウマ娘が相手でも、勝つのはこのキングよ!」

「本人はこの調子だが、口で言うほど重賞を勝つのは簡単じゃない。そこで今日からキングヘイローの特訓を行うことにする」

「特訓……何をするんですか?」

 

 ペティがキングヘイローを差し置いて俺に質問してきた。

 

「フォームの修正だ。キングヘイローには直接言ったことがあるが、バ群の中でのフォームが崩れてんだよ」

 

 これはかねてからキングヘイローに言ってきたことだ。あの模擬レース含め、他のウマ娘と間隔が狭まってくると途端にフォームが崩れてしまう。フォームの崩れは速度低下や体力の消耗に直結することは説明するまでもないだろう。

 

「今までは調整重視のメニューだったが、今日からは実践的なトレーニングを行う。レースへ向けての調整も合わせたら時間がないうえに、無駄な疲労も溜められない。短期集中でいくぞ、いいな?」

「当然よ。そこまで言うならキングに相応しいメニューを考えたのでしょう?」

「ああ、取りあえずお前にはアレを……見た方が早いか。モエ」

 

 カレンモエの方を向いて声をかけた。

 

「なに……?」

「ジャージとインナーを脱いでブラを見せてやれ」

「へっ!?」

 

 俺の言葉を聞いてキングヘイローが素っ頓狂な声を上げた。

 

「……分かったよ」

「モエさん!?」

 

 カレンモエはジャージのチャックをゆっくりと下ろして前を(はだ)けさせると、白いインナーが中から顔を覗かせた。布擦れの音を立てながらジャージを脱いでそれをテーブルに置くと、今度はインナーの裾に手をかけた。

 

「な、何をしてるの!? やめて!! トレーナー! あなたどう言うつもりで、ああっ!?」

 

 焦っているキングヘイローを意に介さず、カレンモエは裾をまくり上げた。髪の色にも劣らない、腹部の白い素肌と臍が見え、更に胸もとまで捲っていくと下に着ている黒い何かが見えてくる。

 

「トレーナー!! 目を瞑り──」

「トレーナーさん……これでいい?」

「ああ、ありがとう」

「……え?」

 

 カレンモエがインナーを胸もとまでまくり上げたそこには、胸から上を覆う黒いウェアが姿を現した。形は似ているが、もちろん下着(ブラジャー)ではない。

 

スポーツ用のGPSトラッカー(デジタルブラジャー)だ。背中側にセンサーを入れて、走行距離や速度が分かるだけじゃなく慣性計測、つまり加速度計やら角速度計やらが付いた……どうした?」

「紛らわしい言い方をしないでっ!」

 

 キングヘイローは顔を赤くして俺に食ってかかってきた。

 まあ、存在を知らなければこんな反応にもなるか。

 

「いきなり下着を見せろなんて言う訳ないだろうが。んなことしてたらトレーナー免許剥奪どころか逮捕されるわバカタレ」

「ばっ……また私にばかって……く、くぅ~~!」

「わたしはモエさんのデータ収集手伝ってたので知ってましたよ。トレーナーさんの言い方にはちょっと驚きましたけど」

「というか、お前これまでモエと一緒に着替えてただろ。普通の下着じゃねえって気付かなかったのか」

「他人の下着をじろじろ見るなんてはしたないこと、キングはしないわ!」

 

 ペティには前々からカレンモエのGPSトラッカーのデータ収集や整理を頼んでいた。整理のついでにデータ自体の説明やそれぞれの記録項目とトレーニングとの関連性についての持論を教えてやると、目を輝かせてそれをメモしていた。やはりスタッフ研修生と言うべきか、数値化されるデータには目がないようだ。

 

 俺はカレンモエにインナーを下ろしてジャージを着るように促すと、それに従ってカレンモエは服装を整えた。

 

「要はこれでお前のフォーム修正に取り組むってことだ。これからトレーニングの時には絶対にこれを着けろ」

「……分かったわ。それで、私のはどこにあるの?」

「ここにある。取りあえず上から着てみろ」

 

 トレーナー室からサイズ違いのデジタルブラを幾つか見繕って持ってきていた。その中で1番大きいものをキングヘイローに渡して、ジャージを脱いだインナーの上から着てもらった。すると──

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 謎の静寂が部室を包み込んだ。

 

 その原因を探るべく、1人1人に目を移す。

 

「……」

 

 まずは無言で自身を見下ろすキングヘイロー。

 

「……」

 

 同じく無言でキングヘイローを見るカレンモエ。

 

「これは……ちょっと駄目ですね」

 

 スタッフ研修生にあるまじき曖昧な表現で濁すペティ。そして、

 

「お前結構胸デカいんだな。胴回りも太いし」

 

 デジタルブラが胸もとで引き延ばされ、アンダーバストを締め付けている状態のキングヘイローを見て正確に批評した俺。

 端的に言ってサイズが合ってない。パツパツだ。

 

「もっと大きいやつ部屋から持ってこねえと……ん? どうした?」

 

 キングヘイローの顔を見ると、さっきよりも更に顔を赤くして涙目になり、眉をつり上げてこちらを睨んでいた。

 

「さいっっていっ!!!」

 

 閉め切った部室の外に聞こえたんじゃないかと思うほどの、キングヘイローの怒声が上がった。

 

 ◇

 

 あの後、坂川が持ってきた私に合うサイズのデジタルブラを着てトレーニングに臨んでいた。

 

「はあっ、はあっ」

 

 今は15-15(1ハロン15秒)よりも遅いゆっくりとしたペースでトレーニングコースを周回している。私1人だけ走っているのではなく、3馬身ほど後ろにカレンモエが追走してきている。

 

「……っ……っ」

 

 自分の足音に紛れて、カレンモエの微かな息遣いがこちらまで聞こえてきている。

 それに気を向けながら走っていると、その息遣いが急にこちらへ近づいてきた。

 

「!」

 

 コーナーに入る直前で外からカレンモエが並びかけてきたので、指示通りレース時のようにペースを上げる。カレンモエは私にバ体を合わせ、肩がぶつかりそうになるほどにこちらに競りかけてきた。

 外から被せられるように、強いプレッシャーを感じる。

 

「くっ……!」

 

 コーナーの進路取りも難しい。外にカレンモエがいるせいでわずかでも外に膨らむことができない。まさにぴったりと言う他ないほど、カレンモエは私の真横についてきていた。

 肉体的にも精神的にも、私は走りに窮屈さを感じていた。

 

「ふっ…………ふっ……」

 

 ちらりと横を見ると、先程よりも大きくなった息遣いの音を奏でているカレンモエが目に入った。彼女は前を向いており、いつもの平坦な表情を変えることなく並走している。

 

(なんで、そんな余裕なのよ──)

 

 と考えたところで、自分の左耳に着けているウマ娘用のイヤホンから坂川の声が聞こえてきた。

 

『モエを意識しすぎだ、体幹が右に回旋してるぞ! 相手を確認するなら目線だけで見るか、顔は向けても絶対に躯幹は動かすな分かったか!』

「分かったわよ!」

 

 左手首に巻かれているスマートウオッチと無線で繋がれたイヤホンから坂川の声が私へ浴びせられる。このスマートウオッチは常に坂川と通話状態になっており、何かあると今のように坂川から話しかけてくるのだ。走っているときでも聞こえるように音量を大きめにとっているので、まるで叱られているかのように感じる。ちなみにこちらからの音は坂川には届かず一方的な通話となっているため、先程の私のように返事をする必要はない。

 

 そしてコーナーを過ぎて直線に入ると、カレンモエがすっと後方へ引いていく。再びカレンモエは3馬身ほど後ろから私を追いかける元の形になったことを確認すると、元のゆっくりとしたペースに落とした。

 

 

 今日から始まったトレーニングでは、今のようにカレンモエに競りかけられることを繰り返していた。先程のように外からだけでなく内から競られたり、後ろからプレッシャーをかけられたり、逆に前に出られてそのすぐ後ろを追走したりと、様々なシチュエーションでそれは続いた。

 競られるたびに、リアルタイムでGPSトラッカーの計測データを確認している坂川から逐一修正の声が入る。

 

『休憩だ。2人とも戻ってこい』

 

 それから何度か繰り返したあとそう指示が入り、その通りにチームの元へ戻った。流れ出る額の汗をジャージで拭いながら戻っていったそこには腕組みをした坂川と、計測データが記されたタブレットを確認するペティと、ビデオを撮り終えたタブレットを脇に抱えている郷田マコ──以前から度々坂川と会話していたのを見たことがあり、今日改めて紹介された──がいた。

 マコはこちらを労いながらドリンクとタオルを渡してくれた。

 

「2人ともお疲れさんッス!」

「ありがとう、郷田さん」

「キングちゃん、そんな郷田なんてよそよそしいッスよ! マコ、でいいッスよ」

 

 マコとはほとんど初対面に近いのだが、このようにグイグイと距離を詰めてくる。

 

「分かったわ。マコさん」

「うんうん。いや~坂川さんも隅に置けないッスねえ~。こんなに有望で美人なウマ娘をスカウトしたなんて!」

「有望、美人……おーっほっほっほ! マコさん、あなた“分かってる”わね!」

「お前は何も分かってないようだがな」

「……トレーナー」

 

 マコに褒められていい気分に背後から水が差された。ドリンクに口をつけながら振り向くと、ペティの持っていたタブレットを手にした坂川が立っていた。

 

「これを見ろ。今さっきの計測データだ」

 

 坂川が様々なグラフが映っているタブレットを見せてくる。

 

「これが速度、こっちの横並びのグラフが慣性計測のグラフ、上から加速度計、角速度計、磁針計で、それぞれx軸y軸z軸の3軸で──」

「? 分かったわ……?」

 

 強がってそう言ったが、正直何が何だか分からない。いや、どのグラフが何を表しているかは分かるのだが、そのグラフが何を意味するかは分からなかった。

 

「このグラフだけ見たって分かんねえだろ……マコ、さっきの映像を」

「了解ッス!」

 

 マコがタブレットを操作して映像を用意する傍ら、坂川は2つのグラフを横並びにして拡大して見せた。

 

「左が通常の走り、右がモエに競りかけられたときの速度のグラフだ。これなら簡単だから分かりやすいだろ」

 

 横一線の綺麗な直線になっている左のグラフに対し、右のグラフは上下に揺れて歪な直線になっていることが一目で分かった。

 

「競られたときに速度が安定していないってことがこれで分かる」

「ふ、ふん! 聡明なキングだもの、それぐらい分かるわ!」

「……なんでそれが起こっているのか。それを慣性計測と映像を合わせて分析する。マコ、用意はできたか?」

「準備万端ッスよ!」

 

 坂川は大量のグラフをタブレットに映しだした。ずらっと表示されるそれに少し辟易してしまう。

 

「グラフの意味や何を表してるかはおいおい覚えていけばいい。これと対応する映像を見るぞ」

 

 マコが差し出した映像を一緒に見る。さっき、コーナーでカレンモエに並びかけられたときの映像だった。

 それを見ていると、確かに自分のフォームが崩れているのが分かる。カレンモエに気を取られて体が外に開きそうになっている。

 

「さっき指示を送った通り、頭の動きに合わせて体がほんの少し外側へ回旋してるだろ。他にも上体が起き上がったりもしてる。慣性計測のグラフと照らし合わせると、進路が左右にブレてコーナーを滑らかに回れていないことも分かる。ピッチとストライドも乱れてそうな感じだ。あとから動画を重ね合わせて各関節の動きも見るぞ」

 

 次々と私の問題点が坂川から提示された。

 

「……」

「これ以外にもまだまだあるが、今の所はこんなもんだな」

「……」

「どうしたそんな黙って。もしかして落ち込んでんのか?」

 

 坂川が挑発するように突き放した言い方をする。

 

 私が、キングヘイローが落ち込む? 見当違いも甚だしい。

 私は今、期待に震えていたのだ。 

 

「おーっほっほっほ! このキングは落ち込む? そんなはずないでしょう! むしろその逆、キングの才能が改めて証明されただけよ!」

「……」

 

 キングヘイローというウマ娘のことを何も分かっていないこの担当トレーナーに教えてあげよう。

 

「仮に課題だらけとしても、キングはここまで無敗(2戦2勝)なのよ? もしそれを克服できたらもっと凄いウマ娘になるってことじゃない! 落ち込むなんてあり得ないわ!」

 

 つまり、キングヘイローというウマ娘にはまだまだ伸びしろがあるということ。それが分かったのだから、悲観する必要なんてないのだ。

 取り組むべき課題があるというのは良いことだ。目標があるとモチベーションにも繋がるし、日々のトレーニングを無為にこなすことも少なくなる。何となく無為にトレーニングできるほど、トゥインクルシリーズの時間は残されていないのだ。

 

「よくやったわトレーナー。あなた、中々やるじゃない。褒めてあげてもいいわ」

 

 坂川というトレーナーの人間性は置いておいて、今の所その手腕を認めてやっても良いと思う。最先端の現代機器を利用して、素早く的確に修正点を見つけてくれた。映像と一緒に確認することで私自身も理解できた。

 ひとまずトレーニングについては、このトレーナーを信用してもいいと思う。

 

「落ち込んでねえようで何よりだ。クラシック三冠を、GⅠを目指そうってんだ。こんなとこで自信をなくしたらどうしようかと思ってたぞ」

 

 目の前の作業服姿の男がそう言った。

 このトレーナーのこと、少しずつ分かってきた気がする。さっきみたいにキツい言い方をするときは、こちらを試したり奮い立たせようとしているのではないだろうか。

 

 決して首を下げないキングには、案外合っているのかもしれないわね。

 

「ほれ、休憩は終わりだ。もう1本行くぞ」

「ええ! モエさん、お願いするわ」 

「……ん」

 

 コクっと頷いたカレンモエと再びコースへ向かっていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 トレーニングは次の日も、また次の日も、調整期間直前まで集中的に続けられた。

 

 またレースが近づくにつれ、トレーニング後に坂川の解説付きで過去の様々なウマ娘のレースを見て、戦略やレース中の判断についての勉強会も行われるようになった。バ場状態の確認から始まり、なぜそのレースに勝てたのか、逆にどうしたら勝てたのかなど、それは夜遅くまで続くこともあった。トレーニング後だったので疲れて眠くなることもあったし、その勉強会のあと学園の課題をしていると深夜を回ることもあった。しかし、その度に自分に鞭を入れて奮い立たせ、全てを全力でこなしてきた。

 最初の顔合わせの時に坂川が言った通り、なかなかにハードな日々ではあったがこの程度で音を上げる私ではない。レースを迎えるその日まで、精力的に取り組んできたつもりだ。

 そうしていると、あっという間に月日が過ぎていった。

 

 

 

 そして初の重賞、東京スポーツ杯ジュニアステークスがやってくる。




GPSトラッカーとは所謂カ〇パ〇トのアレをモチーフにしてます。
サッカー選手が下に着てるアレです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。