底辺キング   作:シェーク両面粒高

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追憶1 叶わなかった願い

 思い返すのは10年前、トレーナーになって3か月ほど経過した日のこと。

 

 あの日は、初夏を感じさせるような陽気の日だった。

 

「お前もウチのチームに入って3か月ちょっとか……そろそろ、担当を1人ぐらい持ってもいい頃合いだな」

「担当、ですか?」

「ああ。研修とかの座学もいいが、そろそろ実践に移らねえとな」

 

 トレーナー初年度には学校の授業のように毎日研修という名の座学が行われていた。その日の研修を終えて夕方にアルファーグのトレーナー室へ戻ると、清島が唐突にそんなことを言いだした。

 

「俺のチームにいるウマ娘を1人、お前に担当してもらう」

 

 そう言われて胸が高鳴ったことは今でも鮮明に覚えている。ついに自分も1人のトレーナーとして歩き出すのだと、期待感に胸を躍らせていた。

 

「書類上はチーフの俺のウマ娘ってことになるが、実質的にお前の担当ウマ娘ってことになる。トレーニングメニューとかレース選択とか、全てお前に一任する」

「俺が、全部やるってことですか」

「もちろん俺に報告はしろよ。根拠に基づいたメニューの立案と、その意義や目的をきっちり説明できるなんてのは最低限だ。漠然として曖昧なモンは一切許さねえ……ま、お前なら大丈夫だろうがな。研修の成績、同期の3人の中じゃお前が一番らしいじゃねえか」

「恐縮です」

 

 俺の同期──シリウスのサブトレーナーである天崎と、アルバリのサブトレーナーである横水──の中で、俺は座学の成績でトップに立っていた。

 

「ただレースやトレーニングの事だけを考えてればいいってもんじゃねえ。相手はアスリートといっても、10代後半の……普通の女の子だ。それを忘れるなよ」

「はい! 肝に銘じておきます」

「……お前、まだ18か19だろ? 可愛げのねえ言葉を使うなあ」

「いえ、すいません……?」

「謝らんでいい。よし、じゃあアイツに会いに行くか」

「アイツ?」

「お前の担当ウマ娘だよ。会ってからのお楽しみってやつだ」

 

 清島が椅子から立ち上がってトレーニングコースに向かっていった。俺もその後に続いた。誰になるのだろうと予想しながら歩いていたが、全く見当がついていなかったことを覚えている。

 

 実は、サブトレーナーとしてトレーニングの手伝いをしたことはあるものの、俺はそれまでチームのウマ娘とはまともに接したことがなかったのだ。トレーナーになってから研修が予想以上に忙しく時間が取れなかったからである。もちろん名前と顔程度は知っているが、それだけだ。

 アルファーグは所属するウマ娘の人数も多く、サブトレーナーだって何人もいるトレセン学園屈指の大所帯だから……というのは、ただの言い訳。

 

 トレーニングコースに着くと、清島は先輩サブトレーナーの元へ行きそのウマ娘がどうしているか尋ねた。

 

「ああ、アイツですか? ちょっと前に、体調が悪くて倒れた別のチームのウマ娘がいて、それを見つけるや否やすぐに背負って保健室へ飛んで行ってしまいました」

「あのお人好し……相変わらずだな」

 

 そうして保健室へ行ったウマ娘を待つこと数十分。遠くから凛とした声が聞こえてきた。

 後から本人に聞いたところ、倒れたウマ娘の目が覚めるまで待っていたらしい。

 

「すいませーん! 保健室まで連き添いに行ってました!」

 

 ウマ娘が1人、黒い髪と尻尾を揺らしながらこちらに向かって走ってきている。

 

「おーい、こっち!」

 

 先輩サブトレーナーが彼女に向かって手招きをすると、方向を変えて清島と俺がいるところまでやってきた。乱れた息を整えてからすっと背筋を伸ばすと、彼女は俺たちに頭を下げた。

 

「勝手にトレーニング抜け出してごめんなさい! 倒れた子を見たら、考えるより先に体が動いてしまいまして……」

「それは別にいい。よく助けてやってくれた……誰でも出来ることじゃない」

「あ、ありがとうございます!」

 

 彼女は清島に勢いよくまた頭を下げた。

 

「今日はお前に話があるんだ。コイツのこと、当然知ってるな?」

 

 清島が横にいる俺を親指で指し示す。

 

「はい。サブトレーナーの坂川さんです。どうかしたんですか?」

「坂川、コイツが()()だ。ここから先はお前が言え」

 

 彼女は不思議そうに俺の顔を見つめていた。

 

(この娘が、俺の──)

 

 改めて彼女を見る。

 黒い髪に曲線を描く流星が一筋。

 天性のものを感じさせる優れた体躯。

 そしてこちらを見る大きな緋色の瞳。

 

 意を決して、俺は口を開いた。

 

「今日から俺がキミのトレーナーを担当することになった」

「え……どういうことですか?」

 

 彼女は話の意図を汲み取れていないようだった。説明不足が過ぎたと反省して、どう説明したものかと考えていると、清島が助け舟を出してくれた。

 

「お前はアルファーグのウマ娘のままだが、これからは坂川がお前のトレーニングを見たり、メニューを考えてくれる。どのレースを目指すかも2人で決めろ。まあ、実質専属のトレーナーみたいなもんだ」

「坂川さんが、私の専属のトレーナーさん……」

 

 彼女はきょとんとして、その視線を清島と俺との間で往復させていた。

 

 もしかして、彼女は嫌だったのだろうか。今年トレーナーになったばかりの新人ではなく、清島や経験豊富な他のサブトレーナーに見て欲しかったのではないだろうか。

 気がついてないだけで、これまでに俺はなにか嫌われるようなことをしてしまっていたのかもしれない。

 

 

 そんなことを考えていた俺の不安を、彼女の笑顔が吹き飛ばしてくれた────

 

 

()()()()()()()()! これから、よろしくお願いします!」

「え、あ、ああ。こちらこそ、よろしく……」

 

 真っ直ぐな彼女があまりにも眩しく見えて、たじろいでしまった。

 

「あたし、誰かに勇気や元気をあげられるウマ娘になりたいんです!!」

 

 唐突に語られた彼女の夢はあまりにも抽象的であったが、とても尊く感じられた。

 

「ああ、それを叶える手伝いを俺にさせてくれ。改めて……俺は坂川健幸、キミのトレーナーだ」

「キタサンブラックです! こちらこそ、これからずっと、この先どこまでも! よろしくお願いします!」

「よろしくな。キタサンブラック」

 

 

 それはきっと、どこにでもありふれている、新人トレーナーとウマ娘の出会い。

 

 ずっと彼女のトレーナーでいる──────それが叶わなかったなんて、この時の俺は知る由もない。




これから今話のように過去話をちょくちょく挟んでいく予定です。
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