底辺キング   作:シェーク両面粒高

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第17話 立ち塞がるモノ

「キタサンブラックは、元気ですか?」

 

 意を決してキタサンブラックのことを清島に尋ねた。彼女は今でもアルファーグに所属し、DTLの中長距離で大活躍している。

 

「アイツは相変わらずだ。今はWDTへ向けて追い込んでる最中でな。学園のウマ娘たちなら故障しちまうような強度のトレーニングを毎日消化してる。身体の強さは変わってねえよ。元気っちゃ、元気だな」

「そうですか……」

 

 キタサンブラックはトゥインクルシリーズの時から一日に坂路を3本こなしたりと、その身体の強さは光っていた。普通は衰えきる20代中盤になっても、一線級の成績を残している要因はそのハードトレーニングとそれに耐えうる強靭な身体によるものだろう。

 

 

 DTLは7月にあるサマードリームトロフィーことSDTと1月にあるウィンタードリームトロフィーことWDTの大レース2つで構成され、それぞれSMILE区分で5レース開催される。キタサンブラックは主にL(long、ロング:2101m~2700m)かE(extended、エクステンデッド:2701m以上)に参戦している。

 今年のWDT決勝は阪神レース場で行われる予定だ。

 

 DTLとは基本的にトゥインクルシリーズで大活躍したうえで全盛期を過ぎてしまったウマ娘が移籍するリーグだ。学年が被らずトゥインクルシリーズで相まみえなかったウマ娘たちの対決が実現する、その名の通り夢のレースでどちらかと言うとショー(見世物)の意味合いが強い。なので『ショーだから』と割り切って故障しない程度にそこそこに走るウマ娘が多いのだ。元々、トゥインクルシリーズでは命を賭しながら走って結果を残した彼女たちなのだから、走っている姿を見られるだけでもファンとしたら喜ぶべきことだろう。

 

 しかしながら一方で、トゥインクルシリーズと同じように本気で走り、DTLの優勝を目指し更なる研鑽を積んでより強くなるウマ娘もいる。キタサンブラックはまさにその1人だ。

 

「予選も圧勝でしたよね」

 

 決勝レースに出走するためにはいくつか予選を勝ち上がらければならない。

 今年のキタサンブラックは最終予選である準決勝レースで勝利し、WDTのエクステンデッド部門で決勝レースに駒を進めていることを俺は知っていた……知っていたというか、テレビでしっかりと見ていた。

 

「キタサンブラックはあの程度のメンツには負けねえよ。唯一メジロマックイーンが難敵だったが、終わってみれば3バ身差だ」

 

 チームシリウスの看板ウマ娘メジロマックイーンもDTLにて活躍しているウマ娘の一人だが、それも寄せ付けず逃げ切って3馬身差の圧勝。メジロマックイーンも衰えが見られるとはいえ、まだまだ健在という姿を見せつけていた。

 

「決勝はどうですか。今年は阪神の3200mですが……いや、聞くだけ野暮でしたね」

「アイツに距離、コース、馬場なんて関係ねえ。ちょっと今年の敵は強いけどな。なあに、アイツなら勝ってくれるさ」

 

 どんなレース、どんな相手でも勝ち切ってきたキタサンブラックへ清島からの絶大な信頼が伺えた。

 

 そこで会話が途切れ、お互い肴と酒を口に運んでいた。店内に流れる静かなピアノとパーカッションのBGMだけが間を流れている。清島とは10年来の師弟関係だ、無言の時間が続いても苦痛なことなんて一切ない。

 

 ……しかし、この無言の時間の中、俺の心の奥底から聞こえる声があった。

 

 

『キタサンブラックは今でも俺のことを恨んでいますか?』

 

 

 そんな情けない言葉が泡のように浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していたのだ。

 ずっと心の底に押し留めていた言葉なのに……アルコールが回って酔いすぎたのだろうか。

 

 しかし、それを訊く資格を俺は持っていない。手に入れることはもうできない。それを聞いて楽になることは許されない。

 

 それだけのことを、彼女にしてしまったのだ。

 

「…………」

「……今年のウチのジュニア級だがな」

「アルファーグの?」

 

 黙っている俺のことを察したのか分からないが、清島は話題を変えて話し始めた。

 ……いや、きっと清島は気付いている。そういうことには敏い人だ。伊達に長年トップトレーナーとして多くのウマ娘や業界人とか関わってきた人ではない。

 

「グラスワンダーがまず12月のGⅠをいただく予定だ」

 

 キングヘイローが模擬レースにて完敗した栗毛の怪物、グラスワンダーは何を隠そうアルファーグのウマ娘である。

 

「12月のGⅠ、どれに出るんですか?」

有望なジュニア級(キングヘイロー)がいる敵チームに教えると思うか?」

「敵チーム……」

 

 そう言われて俺はもうアルファーグと袂を分かった身だということを改めて認識する。改めて思い返してみると重賞に縁のなかった俺にとって、清島と対立するということがこれまで無かったのだ。

 

「なに呆けた顔してんだ」

「いえ、すんません」

 

 清島に言われて自分の表情に気付いた。清島と争える立場まで来られたことに驚いていたのだろうかと、心の中で自分に問いを投げた。

 

「グラスワンダー、いいウマ娘をスカウトされましたね」

「アイツはGⅠを複数取れる逸材だ。育成失敗は許されねえ。いいプレッシャーだ、心地いいぐらいにな」

 

 将来有望なウマ娘を担当するプレッシャーを心地いいと言えるトレーナーが清島以外にどれだけいるだろうか。そんなトレーナーはほとんどいないはずだ。

 

「それにもう1人、GⅠを狙えそうなウマ娘もいる」

「もう1人?」

「敵チームに情報を渡したくねえが、お前だから特別だ。エルコンドルパサーってウマ娘、聞いたことあるか?」

「今月のメイクデビューで勝ってましたよね。ダートのマイルでしたか」

「なんだ、知ってたか」

「アルファーグのウマ娘ですし知ってますよ。それに最後尾からごぼう抜きで2着に7バ身差でしょう? あんなパフォーマンスされたら、そりゃあ」

 

 清島のチームだけでなく、主要なトップチームのウマ娘の成績は大体追っている。まあ、マコの集めるデータにも世話になっているのだが。

 エルコンドルパサーは確か顔に覆面のようなものを被っているウマ娘だった気がする。俺が言った通り、メイクデビューのパフォーマンスはえげつなかった。

 

「海外生まれなのもあって、海外志向が強いウマ娘でな。ゆくゆくは海外挑戦しようと画策している」

「ダートで海外……ドバイかサウジ、もしかしてアメリカ(ブリーダーズカップ)ですか?」

「まだ分からん。芝適性も見てからだ。まあ楽しみにしとけ」

 

 

 清島との飲みはその後も国内外のレースの話やURA上層部の話などで弾み、気づかないうちに夜が更けていった。

 

 2人で店を出ると、空は微かに明るくなり始めていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 12月初旬の週末、午前のトレーニングが終了したあと、あるレースを見るために俺のチーム全員がトレーナー室に集まっていた。

 

「このスフレおいしいですねえ」

「お気に召したのなら何よりだわ。良かったらそのパティシエの店、教えるわよ?」

「あ、いいんですか? へ~こんなところにお店あるんですね……ってたっか! 高すぎませんか?」

「そうかしら? でも、良いものが高いのは当たり前でしょ」

「……これがお嬢ってやつですか」

 

 スマホを見ながらやいやい話しているキングヘイローとペティ、テレビを見ながら小さな口でもそもそと洋菓子を食べているカレンモエがテーブルを囲んで椅子に座っている。

 キングヘイローが持ってきた菓子がテーブルの上に所狭しと並んでいた。お洒落すぎて読めない英語のロゴが描かれたパッケージをいくつも持ってきていて、菓子に詳しくない俺でも高級洋菓子店のものだとみて分かる。 

 3人はメインまでのレースを見ながらお茶をしていた。所謂ヌン活というやつである。3人が飲んでいる紅茶の葉もまたキングヘイローが持ってきた高そうなものだった。しかも自前のティーセットまで持ってくるとは、キングヘイローは上流階級の子どもなのだとつくづく感じた。ティーカップを手に取る所作も流麗でさまになっている。

 

 オッサン禁制の華やかな女の子空間に入れない俺は、余計な糖分を取り過ぎるなよと3人に釘を刺したのちデスクで100均のマグカップに入った薄いインスタントコーヒーを啜っていた。

 そうしているとテレビから実況と解説の声が聞こえてきた。壁時計に目をやると時刻は午後3時20分を回っていた。

 

『中山レース場、雨は降っておりませんが、非常に(もや)って──』 

 

「そろそろ始まるぞー」

 

 俺の声に反応して3人とも耳がこちらへピコピコと動いたあと、黙ってテレビに向き直った。……こういうとき、ウマ娘は分かりやすくていい。

 

 それから間もなくGⅠのファンファーレと歓声が流れる。

 

『──レース場の照明に火が入っています。その中で行われます、朝日杯フューチュリティステークス。グラスワンダー一本かぶりのレースになりましたが、今日はどのようなレースを見せてくれるのか、我々も非常に楽しみです』

 

 “グラスワンダー”の名前が出た瞬間、キングヘイローの耳がきゅっと引き絞られるのを俺は見逃さなかった。尻尾はいつも滑らかに動いて感情が読み取れないキングヘイローだが、耳はそうでもなかった。

 

 テレビの中で枠入りが進み、あっという間に発走となった。

 

『ゲートは開いてスタートしました! グラスワンダーのスタートはまずまず──』

 

 そしてレースは進んでいく。

 

 

 

 

 

 レースは第4コーナーから直線へと差し掛かっていた。

 

『グラスワンダーが早くも4番手! 外目をついて、さあ! どこまで千切るんだグラスワンダー!!』

 

 実況の力強い声に反応するかのように、外に持ち出したグラスワンダーは直線で抜け出して1着でゴールした。

 模擬レースで見た時より走りが力強くなったように見える。まるでターフを穿つように叩きつける走りは圧巻そのものだった。シニア級でも通用するのではないかと思うようなレースっぷりだった。

 

『やっぱり強かったグラスワンダー! これが新しい栗毛の怪物です!』

 

 驚異的な走りで優勝し晴れてGⅠウマ娘となったグラスワンダーを実況と解説がその後も褒めちぎっていた。

 

「相手にとって不足は無いわね」

「グラスワンダーも強いですね。キングも三冠は大変そうです」

「強敵を倒してこそ一流のウマ娘よ。グラスさんがここまで強いのならそれを上回るだけね」

 

 キングヘイローはそう言って目を閉じてティーカップに口を付けた。

 ここまで無敗で勝ってきたことで余裕が出てきたのだろうか。何にせよ、精神的に余裕があることは良いことだ。

 

 そしてテレビに映った着順掲示板を見て、ペティは口にある菓子を飲み込んでから言った。

 

「んっ……2着マイネルラヴと2バ身半差ってこれ、キングの東スポ杯と全く同じじゃないですか」

 

 今のレースにはキングが前走で負かしたマイネルラヴも出ていたのだ。ペティの言う通り、グラスワンダーがつけた着差と全く同じだった。

 

「単純な比較にはならないでしょうけど、キングも負けてないってことですね」

「次対戦したときはグラスさんよりキングが明確に上だってことを証明してあげるわ! おーっほっほっほ!」

「グラスワンダーとの対戦を考えるより、まずは目先のレースに集中しろよ」

 

 キングヘイローは今月末に行われるGⅠ、阪神レース場2000mで行われるホープフルステークスに出走予定である。クラシックを見据えての距離延長、さらに初の阪神レース場とあって不安材料は多いことは確かだ。

 そして何にせよGⅠだ。甘い算段と不確かな実力で勝てるものではない。俺にだってGⅠ勝利は未知の領域だ。

 

 今はフォームやペース感覚の改善を試みながらも、疲労の蓄積を考えてトレーニング量を調節している。ホープフルに出れば3か月足らずで4走になってしまうので、主観的にも客観的にも体調や身体に変化がなくとも注意しておくに越したことはない。

 ウマ娘は故障をすればそれで全て終わりなのだ。

 

 

 

 レースが終わってお茶会兼レース観戦兼敵情視察がお開きになった。

 片付けが終わると、3人は一緒にトレーナー室を出ていった──と思ったら、ペティが数分後トレーナー室に戻ってきた。

 

「どうした? 忘れもんか?」

「あのー……一応言っておくべきかと思いまして。最近のモエさんのことなんですが……」

「……ああ」

 

 その名前を聞いてペティが何を言いたいのか、俺はすぐに気付いた。

 

「そのことは()()()()()()()よ。心配してくれてありがとうな」

「なんだあ、なら良かったです」

「なんか気付いたら、また言ってくれ」

「はい。じゃあ失礼します」

 

 そう言ってペティは再び去っていった。

 

 俺はカレンモエのGPSトラッカーの記録が入っているタブレットを取り出して、そのデータを確認した。カレンモエのデータは主にペティに整理、解析させていた。だからそれに気付いたのだろう。

 

「3週間ぐらい前から……だな」

 

 3週間前というと、ちょうどキングヘイローの東スポ杯あたりだ。そこから今日までカレンモエのトレーニング量が段々増加しているのだ。

 

「こんなこと、今まであんまり無かったんだがな」

 

 カレンモエは俺が指示したトレーニング量以上をこなしている。最近はウェイトに行っている時間も以前より長い。俺の担当ウマ娘になる前はまだしも、担当になってからはそんなことは無かったのだ。

 

「キングヘイローに感化されたか……? 分かんねえな」

 

 なぜこんなことになっているのか原因は分からない。トレーニング量としてはまだ許容範囲内なので今のところは放っておいているのが現状だ。モチベーションが上がっているのは悪い事ではないし、前走から間隔も開いている。それに出走予定の1月2週目のレースまで間もあるからだ。

 しかし、この傾向が続けばいずれは話を聞かなければならない。

 

「担当になる前もこんな感じだったな……」

 

 カレンモエが担当ウマ娘になる前、少しの間彼女のトレーニングを見ていた期間があった。あの時も、オーバーワーク気味であった彼女に苦労したのだ。

 

 マグカップを傾けてコーヒーを口に流し込んだ。

 

「……またカレンチャンがらみか?」

 

 すでに冷めきっていたコーヒーの苦さが口の中で広がっていた。




ホープフルSなどレース名は現在のものですが、レース場は当時の競馬場にしています。
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