底辺キング   作:シェーク両面粒高

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冒頭に出てくる2人はただのモブです。


白夢3 虎穴に入らずんば虎子を得ず

 俺はトレセン学園の関係者用駐車場に車を止め、荷物の入ったバッグを手にトレーナー室へ向かっていた。

 

「やっぱこうも毎日運転すると疲れるな……」

 

 カレンモエに頼まれてトレーニングを見るようになってから1週間ほどが経過していた。毎日往復4時間の道のりは中々にハードなものだった。クルーズコントロールがついた車にしておくべきだっと改めて後悔していた。ケチって先進装備のほとんどついていない中古ミニバンにしたツケがここに来て回ってきていた。

 

 

 寮に戻るのも面倒くさいので、直接トレーナー室へ足を運ぶ。トレーナー室に荷物を置いて、必要な計測機具だけ持ってトレーニングコースへ向かった。

 コースを一望できるところまで進むと、そこにはいつものように1人でトレーニングに取り組むカレンモエが──

 

「ん? 誰だあのウマ娘」

 

 ──いなかった。いや、カレンモエはいるのだが、その彼女は足を止めて見覚えのないウマ娘と話していたのだ。

 

「学園の友達か?」

 

 そんなことを考えながら彼女たちに近づくと、段々とその会話内容が聞こえてきた。

 

「え~ホントにウマッターもウマスタも、SNS何もやってないの~?」

「うん」

「だってお母さんカレンチャンなんだよね? ()()()?」

「だって、やりたくないから」

「みんなやってるのにそんなの()()()()ない? しかもあのバズりまくってるカレンチャンの娘だったら、フツーやるっしょ。もしかして初対面だからって警戒してる?」

「本当に、やってないから……」

「な~んだ、残念。せっかく繋がれると思ったのに、()()()()()──」

「…………」

 

 カレンモエがどこか苛ついているように見える。表情はほぼ変わっていないのに、だ。

 

 これまで接してきて少しなりとも彼女のことが分かってきていた。

 無表情というわけではないのだが、すました表情で言葉数も少なく、顔からも言葉からも感情が読み取りづらい。マコが『クール美少女』という表現した理由も分かる気がする。

 

 今、彼女の口調と態度が変わっていた。その変化はごく僅かなものだ。初対面の奴やカレンモエをちゃんと見てこなかった奴には絶対に分からないだろう。

 

「何やってんだ」

 

 カレンモエと話しているウマ娘の背後まで来て俺はそう声をかけた。

 

「わああ! ……ってウチのトレーナーじゃねーじゃん。もしかしてカレンモエちゃんのトレーナー?」

 

 自分の担当トレーナーと勘違いしたのか、驚いた様子で飛び上がるように振り向いた体操服姿のウマ娘。鹿毛の髪に髪飾りを多くつけており、爪にはきらきらするネイルが光っていた。

 

「担当じゃねえが、色々あって短期間だけ面倒見てるだけだ。モエと何してんだお前」

「わたし? 合宿中にケガしてさー、軽かったんだけど。診察の関係で今日だけ学園で軽くトレーニングやってたらカレンモエちゃん見つけて──」

 

「おらあああああ! 何サボってんだあああああ!!!」

 

 そこで遠くから怒鳴り声が聞こえ、その声の主である男性がこちらに向かって走ってきた。

 

「ヤッベ! 今度こそウチのトレーナーじゃん! じゃねー!」

 

 そのウマ娘は急いで俺たちの元を離れていった。ケガをしていると言っていた通り、ジョギング程度の動きで彼女のトレーナーから逃げていたがそこは彼女もウマ娘、人間のトレーナーが追いつけるはずもなく、その姿はトレーニングコースの外へ消えていった。トレーナーは途中から諦めて歩いてコース外へ出ていった。

 

「なんだよ、絡まれてたのか?」

「別に、話しかけられただけだよ」

 

 それを絡まれたというのではないかと口に出さずに突っ込んでおいた。

 

「そうか。じゃあトレーニングに戻れよ。どこまでやったんだ?」

 

 そうして今日もカレンモエとのトレーニングが始まった。

 

 ◇

 

「今日はここまでだ」

「え? だってまだ……」

 

 本日のトレーニング終了宣言に対しカレンモエは引き下がらなかったがそれは当然かもしれない。今日のメニューを半分程度しか消化していなかったからだ。現に日は傾いてきているとはいえ、夏の太陽はまだ輝いていた。

 

 トレーニングを切り上げた理由を彼女に伝える。

 

「お前の走り、大分崩れてんの分かるか? フォームもペースもぐちゃぐちゃだ。集中もできてねえだろ。これでトレーニングする意味はない。以上」

「…………」

 

 自分の体に目を落とし、何かを考えこんでいる様子のカレンモエ。これまで一緒にトレーニングしてきて分かったことだが、彼女はこうやって黙って何かを考え込むような仕草をちょいちょい見せてくる。

 

「だから今日は……そうだな。今から俺のトレーナー室まで来い。スポーツ医学の勉強でもするか。その辺の知識つけんのも悪くねえだろ」

「……分かった」

「よし。クールダウンしたらシャワー浴びて着替えて来い。俺のトレーナー室は──」

 

 カレンモエに俺のトレーナー室の場所を伝えて、俺は先にトレーナー室へ向かった。

 寮に帰ってシャワー浴びて髪乾かして着替えてだから時間もかかるだろうし、冷房でもかけて涼しくしといてやろう。

 

 ──上手くいけば、長話になるだろうしな。

 

 ◇

 

 トレーナー室の冷房が効いて涼しくなってきたところでカレンモエがやって来た。ノックして入ってきた彼女は体操服とブルマから着替え、Tシャツとハーフパンツというラフな出で立ちにペンケースとノートを持っていた。風呂上がりだからかピンクのカチューシャ型メンコは外していた。

 

「おう、ソファーでも椅子でも好きなところに座ってくれ」

 

 カレンモエは椅子に座ってテーブルにペンケースとノートを開き準備し始めた。

 ……ここまで勉強する気満々だと、若干の罪悪感が湧いてきた。

 

 なぜ罪悪感があるのかと言うと、俺はスポーツ医学の話をする気なんてさらさらなかったのだ。率直に言うと彼女を騙したのだった。

 何故かというと、トレーナー室で彼女と話す機会を作り、彼女自身のことを知りたかったからだ。 

 

 俺の管理により彼女の疲労はうまく軽減できており、今日の状態自体は良かったのだ。なのにトレーニングでは大きく崩れていた。

 身体面で問題がないのなら、精神面で何か変化があったのかと疑うのはごく自然のことだろう。

 

 

 偶然目にした名も知らないウマ娘との会話が原因かもしれないと考えつくのに時間はかからなかった。一部しか聞き取れなかったが、その内容を俺は聞いていた。

 その会話では何を話していたのか……ウマッター……SNS……

 

 

 そして……カレンチャン。

 

 

 『“カレン”はいらない』と彼女が言ったことを脳裏をよぎった。

 

 

 テーブルを挟んで彼女の正面の椅子に俺は腰を下ろした。

 

「お前、今何を目指してるんだ?」

「目指す……?」

「何を目標にやってるかってことだ。まあこの時期だと来月の選抜レース……そうだな?」

「うん」

「だろうな。どの距離で出るんだ?」

「まだ決めてないけど、1800か2000で出るつもり」

「1800か2000だあ!?」

 

 予想だにしない答えが返ってきて俺は声のボリュームを一段階上げざるを得なかった。てっきり1200(スプリント)から1600(マイル)だと思っていた。だって、こいつはカレンチャンの娘──

 

「なに……?」

「いや、何でもねえ。中距離を目指すんだな。……なんでだ?」

 

 ──さあ、少しずつ探りを入れていくことにしよう。

 

「……それ、答えなきゃだめなの?」

「目指す距離によって勉強会の内容も変わるんだよ。その理由を知りたいのは当然だろ」

 

 完全なるでまかせである。元より勉強会なんぞする気はない。

 

「……たいしたことないから、別いいでしょ。それに中距離を走ることが何かおかしいの? クラシック路線やティアラ路線を目指すのは普通でしょ?」

 

 カレンモエはばつが悪そうに小さくそっぽを向いた。

 これまで接してきて一番と言えるほど彼女は饒舌になった。

 

(隠したい……いや、言いたくない理由か……大体予想はつくけどな。GⅠ取るような母親を持つウマ娘……)

 

 俺はコイツの担当トレーナーでもないので、ここまで立ち入る必要はないのだろう。お助け大将(キタサンブラック)でもあるまいし、それほど関係の無い他人にここまでする理由なんてないのかもしれない。

 しかし、1人で走っているときの追い詰められているような表情と、今日の崩れてしまった彼女がどうしても気になってしまった。

 その姿とハードワークが繋がっているのなら、そこを何とかできないかと思ったのだ。もしこのまま、デビューもしてない現状でこんな調子なら、遠くない未来でこいつは必ず自分に潰されてしまう。

 

「まあ、おかしくはねえな……だが」

 

 彼女がそんな態度をとるならこっちも突っ込んでいくだけだ。虎穴に入らずんば虎子を得ずである。

 ……この短い付き合いの中で、少なからず情が移ったことは否定できない。

 

 俺の方を伺うように視線を寄こすカレンモエを切り崩さんと、本題を投げかけた。

 

「母親のカレンチャンは1200(スプリント)でGⅠ2つ取ってんのに、なんで1200にしないんだ?」

「…………関係、ないでしょ」

「関係あるだろ。母親や近親の得意な距離を参考にすんのは普通のことだろうが」

「あなたには、関係ないって言ってるの……!」

 

 カレンモエの言葉には明確な感情が乗っていた。予想以上の反応が返ってきた。

 それに少し安堵する。感情的になってくれるなら、やりようはいくらでもある。一番最悪なのは黙り込んで取り合ってくれないことだからだ。

 

「確かにお前は俺の担当ウマ娘でも何でもない。でもここまで面倒見てきてやったんだ、完全に関係ないとは言わせねえぞ」

 

 恩着せがましいかもしれないが、まずは表面上だけでも彼女を繋ぎ止めておく理由が欲しかった。

 

「それに選抜レースに出るのなら、お前に1番適したレースを選ばせてやりたい。なんでそんなに苛ついてんのか知らねえが、俺は何か間違ったことを言っているか?」

 

 次は俺の話すことの正当性を彼女に印象づけようとこう言った。

 適したレースを選びたいというのは本音ではあるが、狙いはそこだけではない。

 

 あえて、母親のことを強調するように──

 

「確かに、距離適性を決めつけることだけは絶対に駄目だ。()()()()()1()()()()()()()()()。でもだ、さっきも言ったがカレンチャンはスプリントのスペシャリストだ。お前にスプリントの適性がないと考える方がおかしいだろ」

「……あなたも結局、そうなんだ……」

「ん? 何か言ったか?」

 

 カレンモエは逸らしていた目に──カレンチャンとは違う、澄んだ青色の瞳に──強い感情を宿らせ俺を見返していた。

 

「モエは……モエは! カレンチャンとは違うっ! 一緒にしないでっ!!! 押しつけないでっ!!!」

 

 静かに怒気を含ませた悲痛な叫びが、俺に浴びせられていた。




カレンモエの目の色は「モエ」がハワイ語であることから、ハワイの空と海を連想して。また、運命レベルのなにかを感じるであろう実装されてないウマ娘の勝負服から連想しました。
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