底辺キング   作:シェーク両面粒高

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キングのインタビュー時の口調、悩んだんですけど一応公の場ってことで敬語にしてます。


第23話 宣戦布告

「──次はキングヘイローさんと坂川健幸トレーナーです。こちらへどうぞ」

 

 3月上旬のトレセン学園の一角、専らメディア対応に使用される会議室にて簡易的なインタビューが行われていた。なんのインタビューかと言うと、今週末に行われるクラシック三冠路線の重要な前哨戦、弥生賞に出走するウマ娘とそのトレーナーたちに対してのものだ。

 GⅠにでもなればテレビ局のカメラが入って記者会見のようになるのだがそこはGⅡ弥生賞、集まっているのは主に新聞記者やウマ娘関連の雑誌記者だった。しかし、注目度の高いクラシック級のレースだけあって、並の重賞よりも記者たちは多く集まっていた。

 

 並んで立った俺とキングヘイローに向かって、URAとつながりのある大手テレビ局の男性アナウンサーが代表して質問をしてきた。

 

「まずは去年のホープフルステークス、2着と惜しい結果でしたが振り返っていただけますか? キングヘイローさんからどうぞ」

「敗北は真摯に受け止めています。でも、私の走りはあの程度ではありません。弥生賞ではキングヘイローの真の走りをご覧に入れましょう」

「力強いお言葉、ありがとうございます」

 

 キングヘイローは不敵な笑みを浮かべて自信満々に答えていた。

 

「坂川トレーナーは前走のホープフルステークス、どのように思われましたか?」

「キングヘイローは一生懸命走ってくれました。運が向かなかったとは思いますが、それもレースですからね」

「運が向けば、勝てていたと?」

 

 内心で舌打ちした。ちょっとでも食いつけるような回答があるとこの様だ。

 俺は今モーリサバイバルの斜行について言及した。レース後の回顧にてメディアがその不利について取り上げていたので、この場にいる記者たちは「運が向かなかった」という言葉の意味を分かっていることだろう。

 アナウンサーや記者には悪いが彼らのお望みの言葉はやらないことにした。

 

「勝てたとは思っていませんよ。勝ったウマ娘は強かったです。弥生賞にその名前がないのは残念ですが、いつかリベンジしたいですね」

 

 アナウンサーは質問した時と同じく顔は笑みを湛えたままであったがその胸の内は透けて見えるようだった。どうせ面白くないテンプレート的な答えだとか思っているんだろう。

 

「そうですか。ありがとうございます。では次の質問に──」

 

 

 そうしてこれまでのトレーニングについてや現在の状態についてのインタビューが始まった。先程と同じようにキングヘイローと俺を行ったり来たりの受け答えが行われていった。

 

 キングヘイローは目立った失言もせず答えていた。ホープフルステークスのときは記者会見があったのだが、そのときもうまく対応していたことを思い出す。育ちの良さか両親の教育によるものか、はたまた練習でもしていたのかは知らないが、こいつはメディア対応というものをよく分かっているようだ。ただ、大言壮語のきらいはあるが。

 

 定型的な内容のインタビューも一通り終わりそうになったところで、アナウンサーはキングヘイローをスルーして俺だけへの質問をしてきた。

 

「この弥生賞には坂川トレーナーの同期である天崎トレーナーと横水トレーナーのウマ娘も参戦されます。同じレースに3人の担当ウマ娘が揃うのは初めてだと聞いておりますが、何か意識されたりとか、そういうことはありますか?」

 

 ……訊かれるだろうと予想はしていたが、やはり来たか。

 

「特別な意識はありません。走るのは私ではなくキングヘイローですから。私は彼女の力を引き出せるよう努めるだけです」

 

 本音を言うと意識してなくもないが、今言った通りレースで走るのはキングヘイローだ。トレーナーだからこそ、そこをはき違えてはいけない。

 

「ありがとうございます。ではキングヘイローさん、最後に意気込みの方をひと言」

「誰にも負けるつもりはありません。弥生賞を勝って、クラシック三冠達成への足がかりにします」

 

 そうキングヘイローが言った瞬間、記者たちが「おお」と色めき立った。やっぱり言いやがった、というのが俺の素直な感想だ。許されるならこの場でデカい溜息でもついてやりたいところだ。

 

「キングヘイローさんは三冠ウマ娘を目指しておられるのですか?」

「いいえ。目指している、というのは誤りです。私にとって三冠は通過点でしかありません。三冠は獲って当然、キングヘイローは超一流のウマ娘なのですからっ!」

 

 これ見よがしに肩にかかった鹿毛をふぁさっと手の甲で払いのけながらそう言い切ったキングヘイローを前にして、記者たちのざわめきが大きくなった。

 現実にクラシック制覇を狙える位置にいるウマ娘がこんなビッグマウス、そう反応するのも当然だ。あまりレース前から注目されたくないのだが、コイツにそう言っても無駄だろう。

 

「坂川トレーナーも同じお考えなのでしょうか?」

 

 キングヘイローのとばっちりがこっちに来てげんなりしながらそれに答えた。

 

「……本人のモチベーションが高いのは良いことだと思います」

「キングヘイローさんなら三冠ウマ娘になれると?」

「それに挑戦するためにも、まずは目の前の弥生賞で良い結果を残せれば」

 

 否定しても後から横のコイツに何か言われるだろうし、だからといって肯定することもない。実際出来るかどうかなんてやってみないと分からないからだ。

 取りあえず、言葉を濁すことはできた……か? 

 

「……応援しています。以上でインタビューを終了といたします。キングヘイローさん、坂川トレーナー、今日はありがとうございました」

 

 面白い発言を引き出せて満足だと言わんばかりにアナウンサーの貼り付けた笑みが深くなっているのを見ると、どこか負けた気分になった。

 

 

 

 インタビューから解放されて会議室から通路に出ると、キングヘイローが不満たっぷりといった様子だった。

 

「キングのトレーナーなのだから、あそこは一流らしく三冠ウマ娘になれると言いなさいよ!」

「お前が言うのは勝手だが俺が言うわけねえだろうが。前にも言ったが実績も伴ってないのに大口叩くのはアホかピエロだ」

「ふんっ! なら実績を積めばいいだけのことでしょ? 弥生賞を勝ったらあなたも三冠制覇を宣言するのよ!」

「考えといてやるよ。勝ったら、な」

 

 2人でそんな会話をしながら通路を歩いていると、曲がり角を曲がった先に2人のウマ娘がいた。どちらも見覚えのある……どころではない。キングヘイローと含め、戦前から3強と称される──

 

「あ、キングちゃん!」

「やっほー、キングもインタビュー終わったんだ?」

「スぺシャルウィークさん、スカイさん……ええ。今終わったところよ」

 

 スペシャルウィークとセイウンスカイがそこにいた。キングに気付いた2人はこちらまでやって来た。

 

「キングちゃんのトレーナーさん、こんにちは!」

「ども~」

「ああ」

 

 スペシャルウィークが大きくお辞儀をし、それに合わせてセイウンスカイも小さく俺に頭を下げた。

 

「それよりさ~キング、聞いたよ?」

「え?」

「三冠ウマ娘になるって! いや~、三冠が通過点とはさすがキング、言うことが違うねえ」

 

 セイウンスカイは流し目でキングヘイローを見てからかうような口調でそう言った。

 

「! 三冠……ダービー……」

 

 それを聞いたスペシャルウィークの纏う雰囲気が一変した……柔らかいものから厳しいものへと。敵意とはまた違う、譲れない対抗心みたいものが目に見えるようだ。

 

「なんでそれを……って、あなたさっきのインタビュー聞いてたの?」

「会場に忘れものしちゃってさ、それを取りに行ったときにねー」

「キングちゃんでも、クラシックは……日本一のダービーウマ娘は渡せないよ……!」

「スペシャルウィークさん? ……悪いけれど、誰であろうと一冠も渡す気はないわ」

「おお~お2人ともバチバチですな~。セイちゃん2人が怖くなって弥生賞の出走取り消すかも?」

「ええっ!? セイちゃんごめんね……私、そんなつもりじゃ」

「……ウソに決まってるじゃない」

「え!? そうなの?」

「……てへっ☆」

 

 セイウンスカイは茶目っぽく舌を出してウィンクした。所謂テヘペロと言うやつだった。

 

 レースは週末だというのに、どいつもこいつもお互いに火花を散らしていた。今のところは良いライバル関係のように見えるが……

 その後もきゃっきゃと話が続くので、遠巻きに見ていた俺は痺れを切らした。

 

「キング、俺はもう行くからここで解散でいいぞ」

「ええ、分かったわ」

 

 明日の予定を軽く伝えて、俺はその場を離れた。

 

 

 

 通路を抜けてエントランスに出ると、そこには数人のヒトが集まって会話に興じているのが目に入った。改めてまじまじと見るまでもない、今の弥生賞のインタビューに出ていたトレーナーたちだろう。

 その証拠に、その中には知っている顔が1つあった。弥生賞に出走するスペシャルウィークの……チームシリウスのチーフトレーナーである。

 

(あいつに見つかったらめんどくせえな……)

 

 と思った俺はその集団から出来るだけ距離をとって出入り口へと向かっていった。気付かれないように、極力足音を消しながら歩いて──

 

「あっ!? じゃあこれで失礼します。おーい、坂川くん!」

 

 ──いたのだが、その努力は水の泡と化してしまった。

 聞き覚えのある、少女らしさを残したその声の主が集団から抜け出して、俺のすぐ背後まで近づいてきていた。

 

「坂川くん久しぶりっ」

 

 その声の主が俺の手首を取って、俺を振り向かせた。

 目の前に、ふわっとした亜麻色の髪のやや小柄な女性……天崎ひよりが俺の手首を握ったまま笑顔で立っていた。

 

「……なんだ天崎。何か用か」

「反応が冷たい!? せっかく数年ぶりにこうして会ったのに、その反応はないよ坂川くん!」

 

 俺が天崎の手を振りほどくと、彼女は「もうっ」とぷりぷり怒っていた。

 

「久しぶりに会って、話したいなーって」

「俺はお前に話すことなんてねえよ」

「またそんなこと……あっ!」

「なんだよ」

「ちょっと坂川くん、一緒に来てっ!」

「は? お、おい」

「まだいるかも!」

 

 急いだ様子の天崎は再度俺の手首を取り、引っ張って早足で歩き始めた。俺が来た通路とは反対方向の通路へ俺は連れていかれている。

 言葉から察するに誰かと会わせたいということだろうが……予想される人物に1人、心当たりがある。

 

「どこに行くんだよ……」

「ええっと、確かこっちに……あっ! いたっ!」

 

 しばらく通路を進み何度か角を曲がると、その先に流れるような黒髪をしたスーツ姿の女性の後ろ姿が見えた。

 その心当たりのある人物だった。

 

「おーい、幸ちゃん!」

 

 天崎が幸ちゃんと呼んだその女性……セイウンスカイが所属するチームアルバリのチーフトレーナー横水幸緒は立ち止まってこちらを振り返った。彼女は俺たち2人を見て、一瞬だけ目を丸くしたあと、いつもの切れ長の鋭い目つきに戻った。

 

「横水……」

 

 横水と……いや、横水と天崎、2人とも昔から……それこそ寮で一緒だった20ぐらいのころから外見はそんなに変わっていない。むしろあれから大人びて綺麗になったとさえ思えるぐらいだった。外見的にはただ年齢を重ねただけの俺とは雲泥の違いだった。

 横水と直接こうやって向き合うのは8年ぶり……俺が寮を出ていったとき以来だった。

 

 立ち止まった横水の前まで来たところで、ようやく天崎の手から俺の手首が解放された。

 

「坂川……久しぶりだな。同期勢揃いとは懐かしいな」

 

 横水はそう言って小さく笑みを浮かべ、俺との距離を詰めてきた。

 こうして3人でいると、10年前……寮で一緒に過ごしたあの楽しかった日々を──

 

「なあ、坂川」

 

 ──思い出すなんてことは、あり得ない。

 

「よくもその顔を、のこのこと私の前に出せたな……!?」

「ぐっ……」

 

 横水は俺の胸ぐらをつかんで、そのまま勢いよく通路の壁へ押し付けた。俺は反射的に顎を引いた。顎を引いていなかったら後頭部をコンクリに打ちつけていただろう。

 

「幸ちゃん!? 何してるの、やめて!」

 

 横水は止めに入る天崎など歯牙にもかけず、それどころかより力を入れて俺の胸ぐらを捻じり上げた。眼前には怒りに染まった横水の顔があった。

 

「やっとまともにクラシックに挑戦できるから得意にでもなっていたか? お前みたいな最低のトレーナーが? いいご身分だな……!」

「…………」

 

 強く胸ぐらをつかまれてるとはいえ、男の俺より女の横水は身長も低いし腕力も劣る。声を出すことぐらいはできる。

 でもそれに俺は反論できなかった。横水の言った通り得意になっていたかもしれないし、俺が最低のトレーナーということに俺自身何の異論もない。それだけのことをしてしまったのだから。

 8年前、最後に会った時に激高していた横水は、変わらない姿で今もそこにいた。

 

「お前が未だにレースに関わっているというだけで虫唾が走る。だいたい、なぜお前はまだトレーナーを辞めてないんだ? ()()()、さっさと辞めていれば良かったのに……!」

「幸ちゃん! もうやめてよ!」

 

 天崎の悲鳴に近い声が上がる中、今の横水の言葉が引っかかった。

 

 それには、反論しなければならなかったのだ。

 

「…………ああ。確かに、あの時辞めれば良かったかもな」

 

 横水の怒りの表情に刹那の淀みが生まれた。胸ぐらをつかむ手も一瞬緩んだ。

 しかし、どちらともすぐに元に戻った。

 

「今更、何を言ってるんだ……!?」

「でも、既にここまで来ちまったんだよ。だからもう、辞めることはできねえんだ」

 

 あの時、愚かにも俺はトレーナーを続けると選択してしまった。

 だから、今の俺には担当した数多のウマ娘が心の中にいた。重賞を勝たせてやれなかったウマ娘たち、重賞に出走すらできなかったウマ娘たち、オープンまで勝ち上がれなかったウマ娘たち。

 

 そして、未勝利戦を勝てずに退学してしまったウマ娘たち。

 

 多くの担当ウマ娘を見て、そして見送ってきた。それに報いようなんて思ってはいない。そもそも勝たせてやれなかった時点で、もう報いることはできないのだから。

 

 

 ただ、俺は彼女たちを覚えている。だから、辞めることはできない。

 

 

「…………」

 

 横水の目を正面から受け止めて見返す。こんなことを口に出す必要はない。トレーナーは辞めないと、それだけを言った上で目線に意志を乗せた。

 

「……チッ」

「ぐ……」

 

 横水は舌打ちをして突き飛ばすように胸ぐらをつかんでいた手を離した。そうして俺と距離を取ると、天崎の方を一瞥した。

 

()()、お前もいい加減にしておけよ……!」

「……」

 

 横水にそう言われると、天崎は黙りこくって下を向いた。

 横水は身を翻してその場を去っていった。カツカツと床を反響するヒールの足音がだんだん小さくなっていった。

 残された俺と天崎は無言のまま立っていた。まだかすかにヒールの音が聞こえてくるうちに、天崎は口を開いた。

 

 

「なーんだ、思った通りの反応すぎてちょっと拍子抜けだなー。ね? 坂川くん」

 

 

 心底がっかりしたと、そんな言葉とは裏腹に顔を上げた天崎は天使のように微笑んでこちらを見た。ヒールの音は完全に聞こえなくなっていた。

 

「んなとこを見たいから俺を横水に会わせたのか」

「うん。でも、もしかしたらクラシック路線に来た坂川くんに感動して抱き着くなんてことも1%はあるかもと思ってたよ」

「くだらねえ……」

「ほんと、情熱的だよね幸ちゃんは。自分のことじゃないのによくあんなに怒れるよね。面白いけどつまんない女。というか止めに入る演技ぶった私を2人ともよく怒らなかったよね。ふざけるなって怒られるかと……いや、最後に幸ちゃんに怒られたね」

「……だからお前に会いたくなかったんだよ」

「えー冷たいなあ」

「じゃあな」

 

 踵を返し、天崎を放っておいて俺も元いた道へ戻ろうと歩き始めた。

 

「坂川くんっ!」

「……今度は何だよ」

 

 うんざりしながら振り向くと、蠱惑的な笑みを浮かべて近寄ってきた天崎が──

 

「弥生賞、楽しみにしておいてね。スぺちゃんが、みんなぶっ潰してあげるから」

 

 ──俺の耳元で、まるで恋人に甘い言葉を囁くような声色で、そう宣戦布告した。

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