底辺キング   作:シェーク両面粒高

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第36話 現在地

 世代の頂点を決める今年の日本ダービーはスペシャルウィークが圧勝した。

 生まれの母親が早くに亡くなったという生い立ち、北海道からやってきたという経歴、切れ味鋭い末脚を生かした派手な勝ち方、そしてトレセン学園屈指の人気チームであるシリウスの所属、それらが揃った彼女の人気は元から非常に高かった。1番人気で期待に応えて勝利したのも手伝い、背後のスタンドは揺れているかと思うほどの盛り上がりになっていた。

 

 キングヘイローのゴールを見届けた俺は柵を力いっぱい握りながらうなだれていた。まるで……いや、文字通り俺は受け入れられない結果から目を逸らしていた。

 

「……たぶん、キングは14着……です」

「……!」

 

 ペティが力なく着順を口にした。

 それを聞いて、思い出すなという方が無理な話だった。瞬時にあの時の光景が蘇ってきた。

 

 キングヘイローは、キタサンブラックと全く同じ着順(14着)だった。

 

「あ! キングが……」

 

 ペティのその声につられて顔を上げた。

 俺たちに背を向けているキングヘイローは地下バ道へ歩みを進めているようだった。その足取りは遅く、とてもゆっくりとしたものだった。

 顔が見えないため今の彼女の心情は量れない。だから、脳裏に蘇ってきたのはあの時の──ダービーに敗北した時の、絶望したキタサンブラックの顔。

 

「……っ!」

「あっ! トレーナーさん!?」

 

 ペティと押し黙っているカレンモエを置いて、考えるよりも早く俺は駆けだしていた。あの時と同じように。

 

 ◇

 

 なぜあんなにキングヘイローは崩れてしまったのか、敗因はなんだったのか……敗北した今、それを弾き出そうと半ば勝手に俺の頭は回っていた。

 おそらく……いや、こんなことになってしまった原因は、間違いなく俺が彼女に逃げを強要してしまったことだ。

 

 前走となる皐月賞まで、多くのレースで俺は彼女に“標的”を設定して走らせていた。東スポ杯ならマイネルラヴを標的にし1着、負けたとはいえ皐月賞ではセイウンスカイを標的にして2着と、前にいるウマ娘をターゲットにする作戦で結果を出していた。

 

 一方、俺はダービーで逃げを選択した。理由は対セイウンスカイとスペシャルウィークを考えてのことだった。

 末脚は互角なのだからセイウンスカイより前のポジションを取るため。

 スペシャルウィークとはウマ娘としての能力が違うのだから出来るだけ前に行ってリードを取っておくため。あわよくばハイペースで能動的に相手の脚を削るため。

 この2つを大きな理由としていた。

 

 そこまで考えついて、今になってやっと気づく。

 

「どこに、アイツが……っ!」

 

 

 “逃げ”という作戦の中に、キングヘイローの姿がどこにも無いことに。他のウマ娘にばかり目が行っていて、キングヘイローというウマ娘を全く見ていないことに。

 

 

 そもそもフォームを崩しやすい彼女にとって、レースでフォームを崩さず走ることは当初から最優先の課題だったはずだ。だから、簡単にフォームを崩さなくなるように色々な外的負荷をかけるトレーニングを欠かさず行っていた。

 そして本番となるレースで標的を置くことは、考えることを限定させ、余計なことに注意を向けないためでもあった。

 キングヘイローというウマ娘は要領の良い器用なウマ娘ではない。そんな彼女の注意が他の色んな所に向けられると、フォームが疎かになる可能性が高かったからだ。

 

『俺の目から見たら、お前は今の実力を出し切ってたよ。終始フォームも崩れず、リラックスして走れてた』

 

 皐月賞の後、泣き始める前の彼女に向かって俺はそう言った。トレーニングが身になりフォームを崩さず自分の力を発揮したからこそ、負けたとはいえあの2着につながったのだ。

 なのに俺はデータで彼女を押さえつけて勝手なエゴで逃げさせ、この結果を招いてしまった。言い訳は許されない。

 

 奇襲のような作戦が本番ではうまくいかないなんてのは重々承知している。だから逃げを成功させるためトレーニングで徹底的に鍛えたつもりだった。色んなシチュエーションを想定して行い、手ごたえももちろんあった。失敗して不安な状態なのにぶっつけでやらせるほど俺は無責任じゃない。

 でも、いくら手ごたえがあっても、トレーニングでうまくできていても、出た結果はこれ(敗北)だ。逃げにより標的を失くされ、いつもの走りができなくなった彼女はフォームとペースを崩して大敗した。

 

「……策士策に溺れるってか? 笑えねえ……」

 

 どこまでいっても走っているのはウマ娘だ。ウマ娘を尊重する意味でも、どんな結果であれトレーナーとウマ娘の2人で責任を負うというのが俺の信条だった。

 でも、このダービーはどうだ? どう考えても俺の責任にしか思えない。自身の信条は自身が招いた結果により否定されることとなった。一生に一度の大舞台を俺が台無しにしたのだ。

 

 俺はキングヘイローを信じてやるべきだった。彼女が持つ輝かしいまでの力を引き出すことに注力するべきだった。

 彼女を否定し正攻法では勝てないと決めつけ、自分のエゴを押しつけた……なんて、なんて醜悪なのだろう。

 

「……俺は……」

 

 どれだけ経験を培ったって、どれだけ知識をつけたって、俺はあの頃から何も変わってなかったのだ。 

 キタサンブラックを踏みにじったあの頃の俺から──

 

 ──最低のトレーナーである、坂川健幸から。

 

 

 

 

 たどり着いた地下バ道にて息を整えながら待つこと数分、他のウマ娘たちにまざってキングヘイローが姿を現した。

 俺は道の真ん中で待ち構えるように立っていた。俯いて歩いてきた彼女は俺の前で立ち止まった。

 

「キング……」

「…………」

 

 俺の呼びかけにキングヘイローは応えない。ただ黙って俯いたままだった。

 その姿がダービー後のキタサンブラックと重なる。絶望に染まったキタサンブラックのあの時の表情が脳裏を染め上げていく。

 

「……すまなかった。お前に逃げさせた俺の責任だ。もっとお前の力を発揮できるようなレース運びにするべきだった。お前の力を信じるべきだった……」

 

 キングヘイローに頭を下げる。

 謝って解決する話ではない。でも、俺は謝るしかなかった。謝るしかできなかった。

 

 ──俺は一体、誰に謝っているんだろう。

 

「…………」

「……ないで」

「……? なん──」

 

 キングヘイローは俺の胸ぐらを両手でつかみ体を起こし、勢いよくその顔を上げた。

 

 

「私をっ!!!!! バカにしないでっ!!!!!」

 

 

 鼓膜が震えるような大声が地下バ道いっぱいに響いた。

 彼女の頬にはぽろぽろと、大粒の涙が流れているのに、その瞳は強い意志を宿して俺を真っすぐに見ていた。泣きながら、こんな表情ができるなんて──

 

 ──キングヘイローに重なって見えていたキタサンブラックが霧散していった。

 

 

「走ったのは(キング)っ!! あなたの作戦を受け入れたのも(キング)よ!! (キング)を嘗めないでっ!!!」

 

 バカにするな、嘗めないで……彼女の口から放たれたそれの意味を、俺は理解できないでいた。

 激流のような感情を乗せて叩きつけられる彼女の言葉に気圧されながらも、俺もなんとか言葉を返す。

 

「何を言ってんだ!? お前のことを何も考えず、逃げさせたからこんな大敗に──」

「もう一度言うわよ! 走ったのは、ダービーに出たのはキングヘイローよ! 作戦通り逃げて、舞い上がって、ペース配分に失敗して、フォームを崩して、負け……負けたのは私なのよっ!!! ペティさんにも、モエさんにもあれだけ協力してもらって、必死にトレーニングしたのに、あなたの作戦に……みんな(あなたたち)の期待に応えられなかったのが私なのっ……!!!」

「違う! 俺が──」

「違わないっ! これを否定するのはキングのプライドにかけて許さないわ!」

 

 全ては俺の作戦が招いたことだ。でも、当のキングヘイローは真っ向からそれに対立している。

 

 気づけば、胸ぐらをつかんでいる彼女の手が小刻みに震えていた。彼女の涙が地下バ道の照明を反射させ、光り輝きながら散っていた。

 

「あなたが間違えたかどうかなんて、私には分からないわ! 私に分かるのは、私がミスをして無様に負けたことだけよ! ……それだけ、なのよ……っ」

 

 キングヘイローは胸ぐらをつかんだまま、再び顔を俯けた。彼女の震えは手から全身に広がり、肩を小刻みに揺らしていた。

 

 彼女はGⅠを勝つことに……このダービーにかけていた。それを大敗してしまった精神的なショックは計り知れない。

 人より一倍も二倍もプライドが高くて、責任感が強いウマ娘だとは分かっている。でも、お前()のせいだと、お前()の作戦が悪かったのだと思えば楽になれるのに。こんなに苦しそうに、悲しそうにしなくて済むのに──

 

「もし……もし! 仮にあなたの作戦が間違っていたというのなら……いえっ! たとえそうだったとしても! それはあなたと私が、トレーナーと担当ウマ娘2人が負うべき責任なのよ!」

「! それ、は……」

 

 ──心がざわつく。

 

 敗北した責任はトレーナーとそのウマ娘2人で負うというのが俺の信条だった。

 失念していたのは、俺とキングヘイローが本質的に似通っている部分があるということ。それを契約の時に感じたはずだ。

 

 俺はなぜ、キングヘイローが俺と同じ考え方をしていると思わなかったのか。

 

 

「私とあなたで、勝つって言ったじゃない……なら負けたときもそうじゃないの……? あなただけのせいにしないでよ……そんなの、ずるいわ……」

 

 

 消え入りそうな声で告げられたそれが、俺の中に染み込むように入ってくる。

 いつの間にか、胸ぐらをつかまれていた手の力が緩んでいた。俺のワイシャツをつかんだままの手は、まるで縋るように俺の胸に押し当てられている。

 

 

 ──『私とトレーナーでGⅠを取るのよ!』──

 

 

「……あぁ……」

 

 彼女と契約を交わした日、あの時彼女がそう言っていたことをやっと思い出した。

 2人で勝利を目指すのなら、その敗北も2人のものだと。分かっていたことなのに、俺はそこから目を逸らそうとして……自分に責任を求めることで逃げようとしていたのだ。彼女とのことだけじゃなく、これまでずっと。

 

 トレーナーとして間違い続けてきた俺はまたしても間違えるところだった。

 それに気づかせてくれたのは、キングヘイローの気高い高潔さだったのだ。この年になって、まだ学生であるウマ娘から教えられることがあるとは……どうやら俺は全く未熟だったみたいだ。

 

 俺は最低なトレーナーだと思う。あの過ちは許されないことで、俺はその十字架を一生背負っていくしかない。

 

 でも、前を向くことはできる。

 

「……そうだったな」

 

 もう言葉は探さなくていい。励ましの言葉も、慰めの言葉も、優しい言葉だって要らない。

 俺が口にするべきは、俺たち2人の現在地点だ。

 

「まだまだだな……全然ダメだ。俺も、お前も。足りねえものが多すぎる」

「! う、うぅ……ぐすっ、なんてへっぽこなのかしらぁ……私たちはあ……」

「ああ、そうだな。俺たちはへっぽこだ。さあ、行くぞキング。いつまでもここにいるわけにはいかねえ。帰ったら大反省会だ」

 

 キングヘイローの背中を労るようにぽんと叩き、控室への道を促した。

 

 気づけば、地下バ道にはもう誰もいなかった。

 

 ◇

 

 大敗を喫した日本ダービー。

 

 しかし、それは俺とキングヘイローを成長させ、俺たちの関係を力強く一歩前へと進ませた気がする。

 

 

 

 あと、これを蛇足と言うには気が引けるのだが、控室に戻ってしばらくすると、例によってグッバイヘイローから電話がかかってきた。

 それに対してまだ涙目気味であったキングヘイローは──

 

『もしもしキング? ダービー、見てい──』

「今は電話する気分じゃないの! ごきげんようさようならお母さまっ!」

 

 と、勢いよく通話を切っていた。

 

 それを見たペティは目を丸くしたあとケラケラと笑い、カレンモエは表情柔らかく目を細めていた。

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