海外リリースのタイトルはuma musumeとなっていますが、本編中ではどう言われてるんでしょう?
今回は字面が良い方のhorse girlと表現してますのであしからず
トレーナー室の窓から見える屋外では、夏の日差しがこれでもかと降り注いでいた。
そんな炎天下の屋外に対して、冷房の効いた部屋の中は快適そのものだった。暑さが苦手な私にとって天国と言っても差し支えないほどに。
ノートに走らせていたペンをテーブルに置いた。と言うのも、来週からの授業の予習を終えたわけではなく、テレビに映っているレースをちゃんと見るためだった。
椅子にもたれて背をひと伸ばししてから、気を取り直してテレビに向かい合った。
『さあ、ゲートイン完了した13人……スタート!』
今日は6月1週目に行われたあのダービーから約1ヶ月後。もうそろそろ1学期も終わりかという7月2週目の日曜日。
トレーナー室のテレビにはレース界上半期の総決算、宝塚記念が映し出されていた。
発走前、メジロ家のウマ娘にトラブルがあったようで、スタートが遅れていた。発走直前まで私は予習に取り組んでいたので、実際に何があったかは知らないが、マイクに拾われたそのウマ娘の『ほわ~!?』という声だけは耳に入っていた。
レースは進み、最後の直線。
『さあ先頭はサイレンス! サイレンススズカ! サイレンススズカ逃げ切った! 逃げて差す走りで、見事グランプリの座を手にしましたっ!!』
後続の追撃を振り切り、サイレンススズカが1着でゴールした。
「また逃げ切りか。すげえな。5連勝でGⅠ制覇かよ。強えなあ」
そう言ったのはデスクからテレビに目をやっている坂川。腕を組んで感心しているようなその姿は、トレーナーというよりただのいちファンのようにしか見えない。
「…………」
ソファに座っているのは無言のカレンモエ。レースが終わると、それまで読んでいたファッション雑誌に再び目を落とした。
現在、トレーナー室にはその3人がいた。
残るもう1人……ペティはいない。レース好きの彼女がいない理由はいたって単純、学期末のレポート課題が苛烈を極めているからとのこと。
「ふぅ……」
レースを見終え息をついた私は汗のかいたグラスに口をつけた。アールグレイの余韻が喉から鼻へと抜けていった。
置いたグラスの中の氷が、からん、と音を立てた。
すっかり、夏だった。
◇
今日は午前中でトレーニングが終わり、午後からは自由時間だった。
これまで、強制ではないにしても、GⅠのある日曜午後はトレーナー室でレース鑑賞することが多かったこともあり、トレーニング後のシャワーと昼食を終えた私は今日も何の気になしにトレーナー室へ足を運んでいた。まだ手を付けていない予習があったので、それをこなすついでにレースを見ようと思っていた。
トレーナー室に入ると既にカレンモエがいた。後から坂川に訊いたところによると、2月の紫川特別が終わった頃から、彼女はトレーニングのない土日にはこうしてトレーナー室で時間を潰すことが多いらしい。
……なんて露骨な。
「…………」
彼女はソファに腰かけてファッション雑誌を読んでいた。見る気は無かったのだが、ちらっと見えてしまったその表紙には『年上男性を夢中にさせるコーデ』だとか、『大人な彼が好むヘアメイク特集』と書いてあるようだった。
年上男性……大人な彼……
「…………」
デスクで何やら作業をしていた坂川と目が合ってしまった。
「……あ? どうしたキング」
「……何もないわよ」
「はあ? んだよ」
彼は再び作業に取りかかった。
……カレンモエのことも、坂川のことも、あまり深くは考えないことにした。
気を取り直して予習に精を出すことにした。トレーナー室は会話らしい会話はなく、それぞれが気ままに各々したいことをしていた。つけっぱなしにしてあるテレビは中央のレースがライブで流れており、気がつくとそれがいつの間にか宝塚記念を映していた。
レースはサイレンススズカが一度も先頭を譲らず勝利した。強い勝ち方だった。話には聞いていたし、あの金鯱賞なんかはテレビで見ていたのだが、GⅠまでも逃げで勝ってしまった。今更にはなるが、ダービーで私が上手くやればこんな結果になっていたのだろうか。引きずっている訳ではない。でも、そう思ってしまったのが素直な私の気持ちだった。
テレビでは、チームシリウスの面々がターフに出てきてサイレンススズカを激励する様子が映っていた。その中にはスペシャルウィークの姿もあった。満面の笑みで、心からサイレンススズカを祝っているように見えた。普段の学園で目にする、温和で天然な普段のスペシャルウィークそのものだった。
それをスタンドの大歓声が包んでいた。その中、控えめにはにかむサイレンススズカの肩に優勝レイがかけられた。
私はそこまで見ると、時々テレビに目をやりながら予習を進めた。
坂川はウイニングライブまで全て見終えると、おもむろに立ち上がりPCとテレビをケーブルでつなぎ始めた。
「いいレースだったな。あんなレース見せられたら、名レース見たくなっちまう」
テレビに彼のPC画面が映し出されたかと思うと、ほどなくしてレース映像が流れ始めた。
『──── comes into her final furlong! And she's got a 5, a 6 length lead as they come to the wire! A Triple Crown winner, A Breeders' Cup winner, A horse girl of a lifetime!!!!!』*1
『──── steals the show!!!!!』*2
『This is unbelievable! ──── !!! What a performance, one we'll never forget!!! Looked impossible, but it is ────, still unbeaten!』*3
『She's gonna destroy this field! Oh, Super filly! You bet what's the final margin!? She might have won by 20!!!!!』*4
『──── takes off!!!!!』*5
流れていたのはアメリカのレースばかりだった。
坂川は「いやーいいな」とか言いながらしみじみとそのレースを見ていた。
目をキラキラ輝かせて、好きなものを見る子供のようだと思った。
「…………」
母の大ファンだと言うのだから、アメリカのレースが好きなのは何となく察してはいた。
「過去のレースを見るの、好きなのね」
「ああ、昔っからレース見まくってたからなあ……特にアメリカのダート。それが高じてトレーナー目指したようなもんだしな」
こうも楽しそうにレースを見る彼を見ると、本当にレースを見るのが好きなんだろうと思う。
「それでお前の……そうだ、このレースでも見るか」
そう言ってまた違うレースを流し始めた。これまでのレースより画質が荒く、古いものだと分かる。
ゲートインするウマ娘たちの中に1人、見覚えのあるウマ娘がいた。光り輝く栗色のサイドテールに一房白い流星が流れており、黄色と薄い灰色を基調とした勝負服で、ひときわ短いスカートが目を惹く見目麗しいウマ娘は──
「ちょっと! これお母さまじゃない!!!」
現役時代のグッバイヘイローだった。しかも、今の私と全く同い年の時の。
「お前を見てたら思い出してな。またレース見たくなった」
「と……止めなさいよ!!!!!」
「こう見るとお前と母ちゃん、あんま似てねえな。髪型も髪色も違うし」
勢い良く立ち上がった私の抗議など意にも介さない坂川はそのままレースを流す。
関係がうまく行っていない母の姿なんて見たくないとか、そういうことではなく、ただ単に母親の若い頃の映像を皆で見るのが恥ずかしかった。
そりゃ、小さい頃は母のレースを何度も何度も見返していたけれど……それとこれとは話が違う!
「……この栗毛のウマ娘が、キングのお母さん?」
「え、ええ。そうですけど……」
「へえ……」
ずっと雑誌を読んでいたカレンモエが顔を上げてテレビの方を見ていた。
坂川だけならテレビの電源コードを引っこ抜いてやろうかと思っていたが、カレンモエが見ているのならどうにもやりにくい。
「~~~~~~っ! ……はあ」
観念して脱力した私は崩れ落ちるように椅子に座った。
坂川が選んだそのレースは母がクラシック級の時のBCディスタフ。これも昔、何度も見たレースだった。母が負けたレースではあるが、BCディスタフ史上最高のレースの1つに数えられるものだった。坂川が選んだ理由も分からなくもない。
先頭で逃げる芦毛のウマ娘はウイニングカラーズ。母の同期でライバル。ティアラ路線のウマ娘ながらケンタッキーダービーを制した名ウマ娘だ。実は私も何度か会ったことがあり、口数少ないお姉さんってイメージが残っている。
彼女に続いて2番手でレースを運んだグッバイヘイロー。最後の直線を迎え、ウイニングカラーズを捉えようとするがなかなか差が縮まらない。
追いすがるグッバイヘイローの外から、黒い勝負服に身を包んだウマ娘がやって来た。このレースに勝ち、13戦13勝無敗で現役を退くことになる、“パーフェクト”の異名をとったウマ娘、パーソナルエンスンだった。
『Personal Ensign! A dramatic finish!!! And here is the wire!!! And it is ... Personal Ensign there!!! With Winning Colors in a photo! Very close!』*6
グッバイヘイローを追い抜いて、ウイニングカラーズとほぼ同時にゴールイン。写真判定の結果、パーソナルエンスンが勝利した。グッバイヘイローは2人から半バ身離された3着だった。
「今見てもいいレースだな。お、映るぞ。西海岸のスーパーアイドルのご尊顔が」
坂川そう言うのと同時に、グッバイヘイローがアップに映し出された。目を瞑って天を仰ぐ母の顔には、悔しさが溢れていた。
「たまんねえな。いい顔するわ。悔しがる時の顔はおま……いや、なんでもねえ」
「趣味が悪いわね……!」
母と電話してた時に言っていた、母の悔しい顔が好きだというのもどうやら本当らしい。
趣味は悪いと思う。心の底からそう思う。
「…………トレーナーさん……ああいうウマ娘が……」
カレンモエは何か得心が行ったようにそう小さく呟いていた。
……いや、それは違うんじゃないだろうか。何がとは言わないけれど。
寄ってきたカメラに抜かれていると気づいた母はすぐに笑顔に切り替え、「応援ありがとー!」と言ってカメラに向かって手を振った。
昔の母は西海岸で絶大な人気を誇っていたこともあって、アイドル的な活動も積極的に行っていたらしい。
今の母からは想像もできないアイドル然とした対応を目にすると、こっちが恥ずかしくなってくる。
「さすがは西海岸のスーパーアイドル様だな。プロ意識が半端ねえ」
「~~~! もういいでしょ! 消しなさいよ!」
「おっと、ウイニングライブまで見るぞ。なんせパーソナルエンスン、ウイニングカラーズ、グッバイヘイローの名ウマ娘揃い踏みのライブだからな。このライブもいいパフォーマンスだったんだよなあ」
「モエも、見てみたいかも」
「……はあ、好きにしてちょうだい……」
私は色々諦めた。
『──♪ ──♪! ────♪♪』
ウイニングライブでは、グッバイヘイローはこれでもかというほど笑顔を振りまきながら、アドリブで投げキッスなんかしたりして、素晴らしいクオリティのダンスを披露していた。
英語実況は意図的に名前を抜いて無駄にクイズ形式っぽくしてみました……
*1~*5は実況が印象的で有名なレースを選びました。描写した実況が始まる位置でリンク貼ってます。
見たことない方はぜひぜひ。