底辺キング   作:シェーク両面粒高

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イクイノックス強スギィ!(今更)
当作品はイクイノックス号(父キタサンブラック母父キングヘイロー)を全力で応援しています(8話ぶり3回目)


第39話 邂逅

 7月も下旬になり、1学期が終わる週に突入していた。今週が終われば夏休みになり、俺たちのチームも夏合宿に向かうことになる。

 

 キングヘイローはダービー後休養に入り、秋の始動を目指していた。ダービーでのダメージもなく、数日後から通常のトレーニングに戻ることができていた。いつも思うのだが、本当に頑丈な身体をしているようで、管理するトレーナーとしては頼もしいほどこの上ない。

 

 一方、カレンモエは8月下旬に小倉レース場で行われる3勝クラスの佐世保ステークスへ出走を予定していた。勝利した2月の前走から調子が思うように上がらず、脚部不安もあったことから時間をかけてゆっくりと調整して状態が良化してきたのがここ1ヶ月の話だった。

 

 ペティは今までと変わらない。トレーニングのデータを取りつつ、それを生かしてどんな研究するか模索中だ。頭の良いスタッフ研修課程の生徒だけあって、データ整理や分析を要領よくこなしている。テーマさえ決まれば順調に進んでいくだろう。

 

 そんな俺のウマ娘たちは今日も今日とて放課後トレーナー室に集まり、いつもならトレーニングに向かうところなのだが……

 

「雨、やまないですねえ……」

 

 タブレットを抱えたペティが物憂げに窓へ目をやっている。

 窓の外は大荒れ模様だった。吹き荒ぶ風が木々の枝葉を揺らし、黒く濁った雲からは雨が降り続いていた。

 早朝に比べればマシになったとはいえ、まだまだ天候が回復しているとは言い難い。こんな天気ではコースでトレーニングなんてできない。大荒れの不良バ場を想定したトレーニングをしたいと言うのなら話は別だが……

 

「待っていても仕方ないわ。朝のランニングもできていないし、外回りのロードワークだけでもしてくるわね」

「ちょっとキング、こんな天気で行くんですか?」

「心配いらないわ。合羽は着ていくし、またこれ以上荒れてくるようなら戻って来るわよ」

 

 天候の回復を待っていたキングヘイローは立ち上がって扉へと向かっていった。

 

 心配ではあるが、本人がそう言うなら任せてもいいと判断した。

 

「気をつけて行って来いよ。帰ってきて風邪ひいて体調崩したら承知しねえからな」

「誰に言ってるのかしら? キングは体調管理も調整も一流なのよ。おーっほっほっほ!」

 

 キングヘイローは高笑いをしながらトレーナー室を出ていった。体の強い奴なので、そこまで心配することもないだろう。

 最近疲労が溜まり気味だったカレンモエは、今日は元々プールで軽く調整する予定だったので、既にプールへ向かっていた。こんな天候の日の屋内施設はウマ娘でごった返しているだろうから、自由に何でもできるという訳ではないだろうが、それも仕方ない。

 

「キング、無理しないといいんですけど」

「ガキじゃねえんだから大丈夫だろ。いや、まだまだガキだが」

「どっちなんですか」

 

 残されたのは俺とペティだけ。手持ち無沙汰となったので、仕事場周りの整理でもするかと積んであるデスクの書類に手を伸ばした。

 

「トレーナーさん、お話いいですか」

「なんだ? 研究についてか? まさか、キングと一緒に外に出るとか言うんじゃねえだろうな」

「違いますっ……研究についてでもないです」

「だったらなんだよ」

 

 ペティは居住まいを正して、デスクを挟んで俺と向かい合った。

 俺は手を止めて彼女の言葉を待つ。

 この雰囲気からして、軽い話題ではないことは確かだ。

 

「トレーナーさんのことについてです」

「……どういう意味だ」

「トレーナーさんの……坂川健幸の過去についてです」

「…………」

 

 やはり来たか、というのが素直な気持ちだった。ダービー前、2人きりになったトレーナー室で意味深なことを訊いてきたことが思い出される。

 ペティは俺のことを……多分だが、アルファーグで何があったかを知りたがっている。

 

「なんだ。俺のガキの頃の話か? その頃のことならなんでも話してやるぞ」

「惚けないでください。トレーナーさんなら、わたしが何について訊いてるか分かるでしょう?」

「分からねえな。逆に訊くが、お前は俺の何を知ってるんだ?」

「あなたがアルファーグにいて、途中までキタサンブラックのトレーナーだったことは知っています」

 

 当たりだった。

 だが、俺がセントライト記念まで彼女のトレーナーだったなんて、過去の記事を掘り返せばいくらでも出てくることだろう。そこまでは特に驚きもしなかった。

 問題は、ペティがどこまで知っているのか。

 

「で、それがどうしたんだ? 確かにネットや雑誌で昔のことを調べたら俺とキタサンブラックのことは出てくるだろうな。それが何か問題なのか?」

「この前、トレーナーさんはキタサンブラックのことを少し見ていたと言っていました。でも実態は専属トレーナーのようなものだったんでしょう?」

「ああ、そうだな。確かに俺はアイツに付きっきりでトレーニングを見ていた。レースプランも立てていた。なんだ、嘘をついてたことを怒ってんのか?」

 

 こうしていると、俺はキタサンブラックとのことを隠したいように見えるかもしれないが、それは半分正解で半分間違っている。

 俺は別に自分のしたことがバレたっていい。最低なことをした最低の人間だ。今更保身なんてどの面下げてできるだろうか。

 しかし、バレて広まりでもしたらキタサンブラックに少なくない迷惑がかかってしまう。メディアから世間一般に知られたら最悪だ。それだけは何としても避けなければならない。彼女が積み上げてきたものを台無しにしてしまうことになる。

 ペティに全てバラしたとして、彼女がその話を拡散しないという確証はない。ただの好奇心で探ろうしているのなら、俺は一切話す気はない。

 

「わたしが訊きたいのは、なぜアルファーグと……キタサンブラックと別れることになったのか、です」

 

 核心を──何があったかを教えろと、ペティはそう言っていた。

 

「俺はあの時2年目のペーペーだぞ? サブの元で実績を積んできたウマ娘が直接チーフの管理下になっただけだ。よくある話だろ? それに俺はさっさと自分のチームを持ちたかったんだ。事実、俺はその年でアルファーグを辞めて、3年目から独立してる。辞めるんだからキリの良いとこでチーフに管理を委ねるのは自然なことだろ」

 

 これは清島やURA上層部とも口裏合わせをして用意したものだった。探ってくる者やメディアに対応するためだ。

 こちらを見るペティの表情からは彼女の猜疑心が透けて見えるようだった。

 

「……どうしても、話す気はないってことですか?」

「意味が分からん。今話した通りだが」

 

 話せることなど無い……暗にそう彼女に伝えた。

 ただ、気になったことが一つあった。

 

「一つ訊きたいんだが、もし仮に俺が何かを隠してるとするなら、なんでそれをお前は知りたいんだ?」

「……わたしが知りたい理由ですか」

 

 ペティは俺から視線を逸らして黙り込んでしまった。

 雨が窓を叩きつける音だけが支配するトレーナー室。その中で──

 

()()()()()

 

 ──彼女はぽつりと零すようにそれを口にした。まるで、それが仕舞っていた大切なものかのように。

 

「……は? おにい──」

「わたしのことは、知っていますか?」

「お前……なにを」

 

 お互い質問に質問の応酬を繰り返してたどり着いたのは、ペティのその言葉だった。

 今まで見たことのない、切実に訴えるような彼女の視線が俺に突き刺さる。そして彼女の手には、いつの間にかスマホが握られていた。

 

 俺は彼女の言葉の真意を理解できずにいる。“おにいさん”と言うのは俺のことだろうか。もしそうならなぜ“トレーナーさん”ではなくそう呼んだのか。

 また“知っていますか”とはどういうことだろうか。彼女もまた何か隠していることを示唆しているとだけは分かるが、頭の中にその先は空白しかない。

 

「…………」

 

 “おにいさん”、そして彼女の隠していること。

 彼女がこう訊いてくるということは、俺はそれを知る機会があったということか? それとも俺が何か忘れているのか? 

 ペティの言ったことが、俺とキタサンブラックのことを知りたがる理由に繋がってくるのか? 

 

 ……分からない。今の俺の中に、その答えはない。

 

「……そうですか」

 

 ペティは自嘲気味に薄く笑っていた。そう言った彼女は、とても寂しそうに見えた。

 

「……変なこと言ってすいません。トレーナーさん。今言ったこと、忘れてください!」

「は……?」

 

 さっきまでの哀切を含ませた態度はどこへやら、いつもの表情と声のトーンでペティはそう言った。

 

「さ、わたしも解析済ませないと。データも見返しやすいように纏めますか」

「おい……」

 

 振り返って表情の見えないペティは俺に呼びかけられて、時が静止したかのように動きを止めた。

 

「すまねえな。もしその時が来たら……話すか考える」

 

 最後のやり取りから察するに、訊き出そうとしている理由は単なる好奇心ではないのだろう。

 でも、現段階で彼女に言えることはない。時が流れて、何かきっかけがあったら、教えてやるとだけ伝えることにした。

 逆に言えば、それがなければ教えないということでもあるが。

 

「……何のことですか? トレーナーさんの言うことは分かりません」

 

 持参していたノートパソコンの前に座り、ペティはカタカタとキーボードを叩き始めた。

 

「……ありがとうな」

 

 白衣を着ているその背中に向かってそう呟いた。

 それが彼女に聞こえたか、俺には分からない。

 

 ◇

 

 その後作業に勤しんでしばらくするとカレンモエがプールから戻ってきた。話を聞くと、やはりプールは激混みで自由にトレーニングできなかったらしい。

 

 戻ってきたカレンモエも加えて、3人でキングヘイローがロードワークから戻ってくるのを待っていた。

 窓へ叩きつける雨も無くなり、木々を揺らす風も今では大分収まっていた。俺が課している距離から考えると、時間的にはとっくに戻ってきている頃合いなのだが……どこまで走りに行っているのだろう。あちらの方は雨が強くて足止めでも食らっているのだろうか。

 

「ペティ、キングに連絡とってみてくれねえか」

「はい。流石に遅すぎますもんね」

 

 ペティがスマホでキングに電話するが、コール音が鳴り響くだけだった。

 

「……出ませんね」

「キング、デジタルブラかスマートウオッチ着けてたよな?」

「はい……あっ! そういうことですか。ちょっと待ってくださいよ」

 

 俺たちが使っている機器のGPSで現在地を探るというものだった。言葉にせずとも、ペティは理解したようだった。

 

「えーっと、キングは…………え?」

 

 ペティの眼鏡の奥にある目が大きく見開かれる。

 

「どうした?」

「どういうことでしょう……これ……」

 

 ペティの元へ行き、差し出されたタブレットに目を落とす。そこには現在地に加えて走行距離や走行時間が記されていた。

 

「──はあ!?」

 

 それは走行距離と走行時間が俺の課したものを大幅に超過していた。オーバーワークでは収まらないほどに。

 キングヘイローは努力家だが無理なトレーニングはしない奴だ。明らかにこれはおかしい。

 

 そして今、キングヘイローがどこにいるのかというと──

 

「トレーニングコース……!?」

 

 ──GPSが指し示す場所はトレセン学園のトレーニングコースだった。マップを拡大すると、彼女を示す赤い点が動き続けている。コースでまだ彼女は走り続けているのだ。リアルタイムの速度を見るに軽いランニングどころではなく、レースで走るかのような速度がタブレットに表示されている。

 

「──行ってくる!」

「あっ、私も行きますよ!」

「……」

 

 ペティは返事をして、モエは返事をせずに、トレーナー室を出ていく俺の後を追ってきた。

 

 どうにも嫌な胸騒ぎがしていた。

 

 

 ◇

 

 

 坂川たちがトレーナー室を出た頃から時間は巻き戻る。

 

 

 校外を走っていた私は決められた折り返し地点でUターンし、トレセン学園へ向かって走っていた。出た時より雨風はやんできており、幾分か走るのが楽になっていた。

 

 ──ぱしゃ

 

「……?」

 

 無心で走っていたせいか、いつの間にか後ろの方からやってきていた足音にやっと気がついた。水溜まりを踏みしめる音が段々と近くなってくる。

 

 ──ぱしゃ、ぱしゃ

 

 私より明らかに速いペースで走ってきている。私に追いつけるということはウマ娘だろう。私以外にも、こんな天気の中で走っているウマ娘もいたのね……ぐらいに考えていた。

 

 ──ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃ

 

 その足音は私のすぐ背後まで来た。私より速いなら進路を譲ろうと端に寄った。

 

 

 

「こんにちは」

 

 

 

「……っ、え?」

 

 足音の主は私を追い抜かず、私と肩を並べるようにして併走していた。少女性を秘めながらも大人びたその声は全く息を切らしていなかった。

 そのウマ娘は私と同じように合羽を着ていた。深くフードを被って顔は見えないが──

 

(このウマ娘……!)

 

 ──見覚えのあるウマ娘だった。早朝のロードワークで時々見かけた、恐ろしくハイペースで走っているウマ娘だ。その証拠に、フードの中には肩までかかるくらいの黒髪が見て取れるし、合羽の下にある黒い毛色の尻尾も確認できる。背格好もあのウマ娘と全く同じだった。

 

 

 声をかけてきた謎のウマ娘。彼女がいったい何者なのか、この時の私は知る由もない。

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