底辺キング   作:シェーク両面粒高

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第42話 来客

 一睡もせずに迎えた次の日。

 早朝の学園の資料室にてあるウマ娘の個人情報を調べていた。ウマ娘の詳細な個人情報は資料室にあるスタンドアローンのPCでしか閲覧することができないからだ。

 

 そのウマ娘とは──

 

「あった。“スタティスティクスペティ”……」

 

 言わずもがな、これまで意味深な言動を繰り返していたペティについてだった。俺のことを話すにしても、知りうる限りの情報は出来るだけ知っておきたい。彼女を信頼してはいるのだが……これは大人としての汚さ、だろうか。

 家族構成や経歴など、基本的な情報から手掛かりが得られるかは分からないが──

 

「な……!?」

 

 ──真っ先に目が行ったのは家族構成の欄だった。そこの父の欄によく知っている男性の名前があった。

 そして、彼女が昔所属していたポニースクールのチーム名。

 

「…………」

 

 それを見て、色々納得できることがあった。まだ不明なことはあるが、ペティというウマ娘の輪郭がはっきりしてきたような気がする。

 

 PCをシャットダウンして資料室を出た。トレーナー室に戻って、彼女の父に電話をかけよう。確かめるべきことがある。

 本当は直接会って話したいが、昔からの関係やキタサンブラックの存在もあり、学園内で表立って会うことはしていないのだ。

 

「先生の娘、か」

 

 ペティの父……その正体は、俺の師匠でありアルファーグのチーフトレーナーである清島義郎だった。

 

 ◇

 

 ウマ娘には苗字がつかない。基本的に生まれつき得たその名前を名乗っている。だからペティが清島の娘だと気づけなかった。

 

 トレーナー室に戻った俺はすぐさま清島に電話をかけた。

 

『どうした坂川』

「おはようございます先生。少しお伺いしたいことが」

『まあ、大体分かる。キタサンだな?』

 

 その名前が出て一気に頭が冷える。

 確かに、このタイミングで俺が清島に電話をかけるなら、昨日あったことについてだろう。彼も昨日のことを知っているようだった。

 

「いえ。キタサンのこともあるんですが……それより、ウチのチームにいるスタティスティクスペティというウマ娘のことです」

『……その様子じゃ、気づいたか』

「ええ。今日資料室で調べまして」

『隠してたわけじゃねえんだ。ただ、ウチのも俺が親だとお前には伝えてないみたいだったからな。もし不快にさせたら謝る』

「いえ、それは別にいいんです」

 

 本音だった。娘だと伏せられていたことに対しては特に思うところはなかった。

 

「娘さん、どうも俺のことを……俺とキタサンのことを知りたいみたいで」

『…………やっぱりか』

「俺たちのこと、娘さんには……?」

『言うわけねえだろバカ野郎』

「……ありがとうございます。先生が良ければですけど、娘さんのこと教えてくれませんか」

『知りたい理由を聞かせてくれるか?』

「俺とキタサンのこと、チームのウマ娘に話そうと思うんです」

『! そいつらは信頼でき……いや、だからこそか』

 

 話が早くて助かる。

 

「はい。娘さん以外の2人は言いふらすようなウマ娘ではありません。断言します。娘さんのことも信じてはいるんですが、確証を持てなくて。ただの好奇心ではないとは思うんですが」

『……分かった。お前がそう決めたんなら何も言わねえよ。さて、どこから話したもんか……』

 

 ◇

 

 清島から自身の娘であるペティに関して話されたことを纏めると以下のようなものだった。

 俺が知りたかったのは彼女の詳細な経歴と、彼女と俺たちとの関係、この二点だった。

 

 まず一点目。ペティの詳細な経歴について。

 幼い頃からポニースクールに通ってトレセン学園を目指していたが、思うような競走成績を残せず、中学から勉学一本に切り替えてスタッフ研修課程を目指したこと。

 無事合格してトレセン学園の門をくぐったこと。

 基本的に清島は放任主義で、どのチームに入るかも強要しなかったこと。彼は俺のチームに入ったと知った時は驚いたと同時に納得もしたこと。それに俺ならちゃんと指導もしてくれるだろうと安心したこと。

 清島の娘だと隠していたわけではなく、彼女自身が俺に明らかにしてなかったので言う理由もなかったとのこと。娘だからといって気を遣われるのも望んでいなかったこと。

 

 これが一点目。

 

 

 そして二点目。核心に迫る、俺とキタサンとの関係。

 その前に、彼女が通っていたポニースクールのチーム名を確認して俺自身が思い出したことがある。

 トレセン学園ではウマ娘たちを招いて、学園の案内やトレーニング体験させるオープンキャンパスがあるのだが、このチームが来たときにちょうどアルファーグが担当だったのだ。詳細な日時は思い出せないが、あれはキタサンブラックがスプリングステークスに出走する少し前だったから、おそらく彼女がクラシック級の年の3月ぐらいの話だ。

 その中にどうも幼いペティがいたらしい。しかも俺とキタサンと会話したのことだった。当の俺は何も覚えていないが……

 

「娘さん、俺のこと“おにいさん”って呼んだことがあるんですけど。その時なんですかね?」

『ああ、お前のことおにいさんって呼んでたぞ。あと、お前が独立してからキタサンとは何度も会っててな。キタサンのことはおねえさんって呼んでる』

 

 そう聞いて以前のペティの意味深な態度に納得がいった。

 彼女は俺に出会ったときのことを思い出して欲しかったのだろうか。

 

『どうもウチのはお前らのことが気に入ったらしくてな。あの後すぐのスプリングステークスで勝ったのもタイミングが良かったみたいだ。小さい頃はお前の担当ウマ娘になって、キタサンみたいなウマ娘になりたいってよく言ってたよ』

 

 だが、ペティも成長するにつれて様々なことが分かるようになってきた。俺がアルファーグを離れて、キタサンブラックとは袂を別ったことに気づいたのだ。

 

 

 “なんでおにいさんとおねえさんは一緒にいないの?”

 

 “おにいさんとおねえさん、あんなに仲良かったのにおかしいよ。ケンカしてるなら仲直りしてって言ってよ、父さん”

 

 

『ってな風にな。俺だけじゃなく、キタサンにも会う度にしつこくお前とのことを訊いてたんだ。でも、キタサンも教えてくれないってのが段々と分かってくると、訊くのもやめたみたいだ』

「…………」

『中学の時にはお前やキタサンの話、一切しなくなってたんだが……その様子を聞くに、やっぱ知りたかったみたいだな。お前のチームに入ったって聞いたとき、そうかもしれねえとは考えたが……』

 

 昔出会った俺たちのことを、ペティはずっと覚えていたのか。

 それを知りたいがためだけに、俺のチームに入ったのだろうか。

 

「どうしてそこまで、俺たちのことを……」

『さあな。俺が知ってんのは、昔お前たちを気に入ってたってことだけだ。もし話してやるなら、訊いてみたらどうだ?』

「……そう、ですね」

 

 彼女の本心は分からないままだった。当たり前だ、清島は彼女ではないからだ。

 彼の言う通り、知りたいのなら彼女に直接確かめるしかない。

 

『それよりだ……キタサンがお前んとこのに迷惑かけたらしいな。何があった? 詳しいことは知らねえんだ』

 

 詳細まで知らない彼に昨日のことを説明した。

 

『そうか……キングヘイローにケガはねえんだな?』

「ええ。擦り傷はあちこちにありましたが」

『……すまなかったな。アルファーグのチーフとして謝る。アイツには俺からキツく言っておく。病院にかかるなら金はこっちが負担する』

「………………」

『どうした?』

「俺のせいですよね。キタサンがキングにあんなことをしたのは」

 

 つい口から本音が零れてしまった。

 こんな情けない言葉、言いたくなかったのに。

 

『お前……』

「10年経った今でも、キタサンは俺のことを──」

『やめろ!』

 

 清島の怒鳴り声が俺の声を遮った。

 

『今更、んなこと言って何になる……今回のことは全てこっちが悪い。お前が気に病む必要はない』

「……先生」

『なんだ』

 

 止まれなかった。止めようがなかった。

 ずっと訊きたくて訊きたくて……でも、訊けないことだった。

 

 その答え次第では、俺とキタサンブラックの関係が本当の意味で全て終わる気がしたから。

 ……なんて、今になって何を考えているのだろうか。

 

 もう既に、終わっているのに。

 

 終わらせたのは俺なのに。

 

「キタサンは……俺のこと、なんて思ってるんですか」

『……坂川』

「教えてくれませんか……」

『…………』

 

 キタサンブラックはずっと俺を憎んでいるのか。恨んでいるのか。

 こんなことが起こってしまったのだから、答えは分かりきっている。改めて訊くまでもないことだ。

 

 でも、昨日の彼女はそれを言葉にしてくれなかった。会話さえしてくれなかった。

 清島でもいいから、直接言葉にして形にしてほしかった。そうすることで全てに区切りをつけたかった。

 

 単なる俺の我が儘だった。

 

『答えられねえ』

「え?」

『あれから一度も、キタサンがお前について口にしたことはない。だから答えられねえ』

「そうですか……」

 

 胸の内では答えを得られなかった落胆と、答えを聞かずに済んだ安堵がない交ぜになった。

 

『なあ坂川』

「はい?」

『俺の憶測でしかねえが……キタサンは……』

「どうしたんですか?」

 

 こんな歯切れの悪い清島も珍しい。

 

『いや……なんでもねえ』

「ええ……?」

『気にしないでくれ。……いいか、今回のことはお前のせいじゃない』

「……」

 

 清島はそう言ってくれているが、素直に肯定することはできなかった。

 

『……キタサンとのこと、本当に話すんだな? 後悔はしねえか?』

「……はい。もう、決めましたから」

『そうか。分かった。じゃあな坂川。また出会ったら飲みにでも行くか』

「はい。失礼します、先生」

 

 清島が通話を切るのを待ってからスマホをしまった。

 

 その直後、俺が電話を終えるのを見計らったようにトレーナー室にかん高い音が鳴り響いた。その発生源はトレーナー室に設置されている内線電話だった。さっきの清島との話を頭の中でまとめる時間も与えてもらえなかった。

 

「内線? 一体なんなんだ……?」

 

 知り合いからならスマホにかかってくるはずだから、十中八九トレセン学園の事務局や窓口からの電話だ。提出した書類に不備でもあったのだろうか。

 ここ数ヶ月は鳴ったこと自体無かったので、少し緊張しながらその電話を取った。

 

「はい」

『トレセン学園事務局です。坂川トレーナーでよろしいでしょうか?』

「ええ、そうです。何か?」

『お客様がお見えです。至急、指定の応接室までいらしてください』

「は? 客人ですか?」

 

 今日誰かと会う予定なんて無いはずだ。人違いではないだろうか。

 不信感を持ちながらそのお客様とは誰かを尋ねた。

 

 

 

『サトノダイヤモンド様がお越しになっています。既に応接室でお待ちです』

 

 

 

 その名前を聞いて納得がいった。

 昨日の今日だというのに行動の早いやつだと、どこか他人ごとのようにそう思った。

 

「……承知しました。すぐ伺います」

 

 内線電話を切り、その足でトレーナー室を出た。

 

 

 

 

 

 指定された応接室の扉のノックし中に入った。応接室は小型で、少人数で使用することを想定された部屋だった。事務局の職員が言った通り、中には1人のウマ娘がいた。

 手入れの行き届いた亜麻色の長い髪をしたウマ娘……サトノダイヤモンドはこちらに背を向けて窓の外を見ていた。

 

「お待ちしておりました。坂川さん」

 

 こちらへ振り向いたサトノダイヤモンドは笑顔を浮かべていた。だが、歓迎しているわけではないだろう。ここまで感情の読めない笑顔というのも中々お目にかかれない。

 

「お久しぶりです。キタちゃんとのことがある前ですから……10年ぶりくらい、でしょうか?」

「そうだな」

 

 彼女はキタサンブラックと幼い頃からの親友で、2人は学園在籍時も仲睦まじくしていた。俺がアルファーグにいた頃は彼女とも頻繁に会っており、よく話もした間柄だった。しかし、キタサンと袂を分かってからは一度も会っていなかった。

 

 改めて彼女を見る。御令嬢よろしく純真無垢な可憐さと蠱惑的な雰囲気が同居した昔の彼女から、今は魅力的な大人の女性になっていた。2人を見ていると、時間の流れを嫌でも痛感させられた。

 DTLを数年前に引退した彼女は、今はサトノ家の家業を継ぎ会社経営の手伝いをしながら、ウマ娘の後進の指導に当たっている。確か、担当していた新人男性トレーナーも彼女と共に若くして引退しサトノ家の養成所に入っていたはずだ。

 

「……話をするなら、俺のトレーナー室でも良かったんじゃねえのか」

「いいえ、ここが良いのです。学園の応接室は、ウマ娘の聴力でも外から盗み聞きできないよう、防音がしっかりしていますから」

 

 彼女の言ったように、ウマ娘の優れた聴覚に対応してる学園の応接室の防音機能は非常に高い。先程俺が入室した時だって、中からの声が聞こえないから返事を待たなかったのだ。

 そこまでして外に聞かれたくない理由……おそらくだが、昔の話もする気なのだろう。

 

「そして、外から盗み聞きできないということは……」

 

 彼女は俺の横を通り過ぎ、俺が今入ってきた扉へ向かった。

 

 

 

()()()()()()()、外には漏れないということです」

 

 

 

 カチャリ、と扉の内鍵が閉められ、サトノダイヤモンドが笑顔でこちらを振り向いた。

 

「さあ、坂川さん。お座りください。お話、しましょう……?」

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