底辺キング   作:シェーク両面粒高

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クラシック級後半~シニア級
第46話 夏合宿開始


 かくして夏合宿は始まりを告げた。

 夏合宿と言っても、トレセン学園の時とがらりとメニューが変わるわけではない。個々のウマ娘の課題は変わないからだ。

 ただ、その課題修正のために多くの時間を割くことができるし、逆に新しい課題を見つけたりすることもできる。コースは自由に使えるし施設内にあるマシンだって使い放題、基本的に思うようなトレーニングをこなすことができる。

 

 しかし、トレーナーとしては気を付けなければならないことがある。得てして夏合宿はハードワークになりやすいし、そもそも夏の暑さに弱いウマ娘は多いからだ。トレーニング量の調節や、ウマ娘の体調管理や故障にはより注意を払っておく必要がある。がむしゃらにトレーニングを課すトレーナーは下の下だ。

 そのウマ娘の体力と耐久性の限界値を見極めながら、最大限のトレーニングを課していく必要がある。……端的に言えば、結局夏合宿のトレーニングにはかなりハードなのだ。

 

「がんばれー! しっかり走ってねー!」

 

 一緒に合宿をしている若い女トレーナーの声があたりに響いていた。

 

 午後になって日は完全に上りきり、中空でその姿を輝かせていた。朝の涼しい空気なんてどこに行ったのか、炎天下の夏が広がっていた。

 日よけのテントの下にいる俺の目線の先にも俺のチームのウマ娘が2人、併走トレーニングをこなしていた。そして俺の隣にはいつものようにペティがいた。

 

「波形はどんなもんだ?」

「モエさんは相変わらず安定してますね。キングも相変わらず不安定です」

「……いつも通りだな」

 

 タブレットに表示されるGPSトラッカーの波形をペティは眺めていた。

 

 

 昨日の夜、俺の過去のことを3人に話した。

 キングヘイローとカレンモエは話し終えたときに見限らないと言ってくれたが、ペティは違った。彼女は俺のチームを辞める気は無いと話してはいたが、気が変わっても何もおかしくないと思っていた。

 翌日、ペティと朝食の前に顔を合わせたときの会話を思い出す。

 

 

『なんか色々考えたんですけど……やっぱり、トレーナーさんのチームでお世話になりたいです』

『……そうか。いいんだな?』

『はい。ドーピング(あんなこと)をしたって事実を受け入れられなかったんですけど……』

『あれは許されることじゃない。どんな理由があってもだ』

『はい、わたしもそう思います。でも……トレーナーさんの話を聞いてるとそれだけじゃないって思いましたし、おねえさんと別れてからトレーナーさんが頑張ってたのは、データを直に調べたわたしが良く分かってますから』

『……ありがとうな。これからも頼む』

 

 

 そんな会話をした。色々な葛藤があったようだが、ペティは一応は受け入れてくれたようだった。こんな俺を受け入れてくれて、感謝する他なかった。

 ペティを含め他の2人とも昨日の夜の会話なんて無かったかのように、いつも通りに接してくれた。……彼女たちの優しさに救われた形となった。彼女たちがそうしてくれているのだから、俺も気にしているような素振りをするわけにはいかない。

 

 走っている2人もいつも通りなら、俺とペティもいつも通り。気持ちを夏合宿に切り替えて、俺も全力で彼女たちに応えようと決意した。

 

「これで最後の一本だ! ゴールだと思って全力で走ってこい!」

 

 スマートウオッチを通じて2人にそう指示を出す。

 するとカレンモエが先に進出してコーナーを回って直線に入ってきた。キングヘイローは3バ身ほど遅れる形で直線に向き、カレンモエの外へ位置取った。

 後ろから末脚を発揮するキングヘイローがその差をぐんぐんと縮め、カレンモエを交わして1バ身ほど抜け出したところで設定したゴールを通過した。やはり末脚の破壊力ならキングヘイローは一級品だ。

 

「お疲れですっ」

 

 ペティがゴールした2人にドリンクとタオルを渡しに駆け出していった。立ったまま息を整えるカレンモエとへたり込んでしまったキングヘイローの元へ俺も近づいていった。

 

「お疲れさん。しばらく休憩だ。暑いならテントの下に行くか、冷房効いてる施設の中へ行ってもいいぞ。……大丈夫か、キング」

「ぜえっ、ぜえっ……き、キングはこの程度じゃへこたれないのよ……菊花賞だけは、絶対に取るんだから……」

「お前やっぱ夏弱いんだな。いや、夏って言うより暑さか」

「……ぜえっ、はあっ……夏も暑さも、優雅なキングには相応しくないわ……!」

「強がってんのか弱音吐いてんのかどっちだよ。まあまだ初日だ焦んなよ。キングは今日はこれでトレーニング終了な。ペティ、施設の中に連れて行って、クールダウンとストレッチ手伝ってやってくれ。終わったらお前も今日は上がっていいぞ」

「はーい。行きますよ、キング。ほら立って」

 

 熱中症までは行かないがキングは完全にバテていた。午前中のトレーニングから気合が十二分に入っており、最初からフルスロットルで走っていたせいだろう。むしろここまで体力を持たせたし、最後によくカレンモエを交わしたもんだと内心では感心していた。

 一方のカレンモエ。息はまだ整っていないが、キングヘイローみたいにバテてるわけではなさそうだ。

 

「モエはどうだ?」

「ん……疲れてるけど、まだ行けるよ」

「よし。なら少し休憩取ってから次行くぞ。……来月は本番だからな、身体に違和感があったらすぐに言えよ」

「うん。分かってる。モエは大丈夫だよ」

 

 カレンモエは来月の8月……もう今は7月下旬なので正確に言えば1ヶ月もないが、小倉レース場で行われる3勝クラスの佐世保ステークスに出走を予定している。メイクデビューと紫川特別と全く同じ条件の小倉1200mのレースだ。小倉1200mで既に2勝を上げているので、適性は問題ないだろう。

 

「最後は加速走だ。疲労が溜まっている今の身体で出せるところまで出せ。違和感あればすぐに止めること。いいな?」

「……ん」

 

 カレンモエは軽く頷いて再びコースへ戻った。

 

「……」

 

 タブレットに映るリアルタイムで計測するセンサーの波形に目をやりながらも、走るカレンモエの姿を見ていた。

 

 外的要因によって走りを崩しやすく、今でも多くの問題を抱えるキングヘイローと違い、カレンモエはそう簡単に走りを崩さないし、非常に安定したものになっている。

 中央のスプリント界でもトップレベルのスタート。確実に番手を取り先行できるスピード。他のウマ娘に寄られてもペースやフォームを崩すことのない精神力。そもそものレースセンスの良さ。それらを生かしたそつの無いレース運び。

 さっきキングヘイローに抜かれたように爆発的な末脚こそないものの、全てが高水準で纏まっているのがカレンモエというウマ娘だ。その末脚だって紫川特別では上がり3ハロンのタイムは上から2番目だった。

 だから今まで負けても4着と、大崩れせずここまで来られているのだろう。

 

 しかし、既に高水準で纏まっているということは、明らかな修正点がないということでもある。

 カレンモエは課題や修正点に目を向ければいいキングヘイローのようなウマ娘ではない。だから、トレーナーとしては彼女の実力自体……もっと言うなら足の速さをどこまで伸ばしていけるかという話になってくる。

 

 

 足の速さ自体を底上げするためのトレーニングは未勝利に勝てないウマ娘を相手にいくらでも俺には経験がある。

 しかしただ鍛えればいいという訳ではなく、身体の成長度合いに合わせないといけない。無理に強化したって生かしきれない無駄な筋肉がついたり、左右差が出てきてしまうからだ。……未勝利戦で勝てないウマ娘たちにはクラシック級1年の8月と、明確なタイムリミットがあったから、そうとも言ってられなかったが。

 更にトレーニングの負荷や方法を工夫したり、新しいトレーニングを導入していけば効果は上がっていく可能性は高い。実際、それで俺はこれまでのウマ娘の能力を向上させてきた。

 それにセンサーの波形にしても、安定しているとはいえ全てが完璧ではない。僅かな箇所でも詰められるところは残されている。

 

 カレンモエはジュニア級の時身体が全然成長してなかったことや、母親のカレンチャンが晩成傾向であることを考えると、シニア級1年目とはいえまだ焦ることはないと思う。それに──

 

『モエが走りたいと思う限り走ろうって』

 

 ──そう彼女は言ってくれた。俺が焦っていては元も子もない。やれることをひとつひとつ、全力でやっていくだけだ。

 

 ◇

 

 その日の夕方、大方どのチームのウマ娘もトレーニングを終えてエントランスに集まっていた。今日は夏のDTL……SDTの決勝があるからだ。

 エントランスにある大きなテレビの画面に映るスターウマ娘たちの共演に、ウマ娘とそのトレーナーたちもが夢中になって沸いていた。

 俺は最後方で壁に背を預けてそれを見ていた。

 

 そして今からはSMILE区分のL……今年のロング部門、阪神2400mのレースが始まろうとしていた。

 そこにはキタサンブラックの姿があった。

 

『絶対王者、一番人気キタサンブラックは今回エクステンデッド部門ではなくロング部門への出走になります! ミホノブルボンやナリタブライアン、ウイニングチケットなど、強豪ひしめく最強決定戦! 真夏の栄冠は誰の手に!?』

 

 実況の言うとおり多士済々の顔ぶれが揃っていた。キタサンブラックでも一筋縄ではいかないだろう。

 

 この舞台である阪神レース場の2400mはチャンピオンコースと言うに相応しいコースで、最後の直線の坂を2回登るパワーに加え、その直線も約470mと東京レース場に次ぐ長さで瞬発力やスピードも求められる。若干内枠逃げ先行が有利なきらいはあるが、差し追い込みも決まりやすいし外枠が明確に不利というわけではない。それぞれのウマ娘の実力が反映されやすいのだ。

 つまり、単純に一番強いウマ娘が勝つ。阪神2400mとはそういうコースだ。

 

『──スタートしましたっ!!!』

 

 実況の声が上がり、ウマ娘たちは発走した。

 外枠だったキタサンブラックはいつものように前へと出ていく。ハナを取るかと思われたが、彼女はミホノブルボンの後ろにつく形で2番手に控えたようだった。

 隊列としては先頭を走るミホノブルボンの2バ身ほど後ろにキタサンブラックが続き、そのあとに後続が塊になってついてきている。その中にはナリタブライアンの姿もあった。

 

 レースは後半へと移っていく。

 先頭のミホノブルボンは精密機械のようなラップを刻みながら第3コーナーへと進入していく。そして第4コーナーへ差し掛かったあたりからキタサンブラックが徐々に追い上げて来ていた。もちろん後続集団を引き連れて。ミホノブルボンとキタサンブラックの差は半バ身ほど。

 

『第4コーナーを通過し直線へ向きました! ミホノブルボン粘る粘る! キタサンブラックは捉えることができるか!? そしてナリタブライアンが外に持ち出して上がってきたぞっ!!!』

 

「すっご!」「誰勝つのかなー!?」「いけいけー!」

 

 最後の直線に向いて観客と実況のボルテージが上がるのにつれて、エントランスで見ているウマ娘やトレーナーたちも盛り上がっていた。

 

 残り300m。

 キタサンブラックはミホノブルボンに並びかけ、半バ身ほど前に出た。

 

『やっぱり強いのかキタサンブラック!? WDTに続いて、またも仁川は祭りになるのか!? 外からナリタブライアンも物凄い脚で突っ込んでくるぞ!』

 

 バ場の中央では抜け出したナリタブライアンが猛烈な勢いで前に迫って来ていた。他の後続は来ておらず、どうやらこの3人で決まりそうだ。

 キタサンブラックはというと、ミホノブルボンを交わし──

 

「──は?」

 

 思わず声が出た。なぜなら、キタサンブラックがミホノブルボンに差し返されているからだ。

 驚異的な粘り腰が武器の一つであるキタサンブラックにとって、差し返される場面というのはほとんど見たことがなかった。

 

『なんとミホノブルボン再加速!!! まだスタミナを残していたのかっ!!!』

 

 クビ差ミホノブルボンが前に出た。

 残り200m。

 

『ナリタブライアンが前に迫ってくる! 前に迫ってくる! 先頭とは3バ身!』

 

 ナリタブライアンが暴力的な末脚を発揮してその差をあっという間に詰めてくる。キタサンブラックは半バ身ほどミホノブルボンに遅れている。

 残り100m。

 

 

 ──無理か……! 

 

 

 そんな考えが頭を過ぎった瞬間だった。

 

 

 キタサンブラックが息を吹き返して、ミホノブルボンとの差を縮めていく。

 

『キタサンブラック!? キタサンブラック差し返す! 差し返されたミホノブルボンを差し返すっ!!!』

 

 キタサンブラックがミホノブルボンに追いつき、なんと差し返した。火の出るような競り合いの末、アタマ差前に出た。

 残り50m。

 

 

『差し返したキタサンブラックっ! 粘るミホノブルボンっ! なんという激戦だ! 外から追い詰めるナリタブライアンっ! 勝つのは──』

 

 

 エントランスの盛り上がりも最高潮になる。カメラも完全に3人だけをアップで映し出していた。

 

 そして1着でゴールしたのは──

 

 

『キタサンブラック抜け出したっ! 1着でゴールインっ!!! ナリタブライアンはクビ差の2着! 3着は半バ身遅れてミホノブルボンとなっております!』

 

 

 キタサンブラックだった。驚異的な勝負根性を見せて再度差し返して頂点をもぎ取った。

 

『絶対王者の牙城、未だに崩れず! このロング部門でも優勝はキタサンブラックですっ!!!』

 

 息を整えたキタサンブラックは顔を上げてウイニングランへと向かっていった。

 

 

 ◇

 

 

 8月に入り、夏合宿の生活に皆が慣れてきたころだった。

 

 トレーニング開始前に3人を集めて今日の予定の確認をしていた。

 

「今日のメニューだがな。キング、予定通りお前は午前練の終わりに別のチームの奴と模擬レースするぞ」

「ええ! いいわよっ! キングの実力、今日も合同合宿の皆さんにお披露目といこうかしらっ! おーほっほっほ!」

 

 相変わらずの高笑いをあげるキングヘイロー。初日はバテてどうしようかと思ったが、数日で体調を戻してきて、夏トレにも対応できるように体力の配分を出来るようになっていた。

 

「それで、今日の相手って?」

「今回の相手は1人だ。お前と1対1のマッチレースになる」

「……1人? いつものように多人数じゃないの?」

「ああ、1人だ」

 

 自信満々な顔が疑問の色の染まったところに、俺は相手の名前を告げた。

 

「相手はアドマイヤベガ。まだデビューしていないジュニア級のウマ娘だ」

 

 

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