底辺キング   作:シェーク両面粒高

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第47話 若駒たち

 アドマイヤベガとの模擬レース日の前日。その時はまだ彼女との模擬レースは決まっていなかった。

 昼休憩中、俺はそのことについて頭の中で計画立てていた。

 

 そもそもの話、キングヘイローは大きく分けて2種類の模擬レースを行ってきていた。

 ひとつはレース運びを課題とした模擬レースだ。これまでのレースの通り、彼女の大きな問題は様々な要因により走りを崩しやすいという不安定性である。それの対応や解決のため、できるだけ多くのウマ娘を集めてレースをし、時には相手の何人かにキングヘイローにプレッシャーをかけてもらうよう協力してもらっていた。この形式の模擬レース自体は既に夏合宿でも行っていた。しかし、ここで問題が浮かび上がってきた。

 

「……あいつ、思ったより簡単に勝っちまうもんなあ」

 

 その問題とは走りを崩されてもキングヘイローは勝ってしまうことだ。なぜなら相手にするウマ娘たちとは実力が釣り合っていないからだ。

 

 この合宿に合同で参加しているチームのウマ娘たちは条件クラスのウマ娘が多く、一番良くて重賞で掲示板に入ったことがある程度だ。キングヘイローを除けば、ダートのGⅢで2着に入ったシニア級のウマ娘が戦績としては一番良いだろう。

 

 対してキングヘイローは重賞を取っているし、ダービーで大敗したとはいえ弥生賞3着皐月賞2着で芝中距離の実力的には世代で最上位に位置するウマ娘だ。

 実績的にも実力的にも、芝中距離での拮抗した相手というのがこの合宿所には()()()()いないのである。だから多少走りを崩されても、簡単にとは言わないまでも持ってるスペックだけであっさり勝ってしまうのだ。正直この合宿所にいるメンバーじゃ頭が一つも二つも抜けている。

 カレンモエも単なる実力だけを考えれば相手にならないことはないのだが、そのダートGⅢ2着のウマ娘も含めて適性が違いすぎる。とてもじゃないがカレンモエたちに芝中距離の模擬レースは走らせられない。

 

「まあ、分かってたことではあるんだがな……」

 

 こういうことになるのは今年のウチの合同夏合宿に参加するチームを知ったときから分かっていた。……今まで郷田には世話になっていたので今年もこの合同夏合宿に参加していたが、来年からは違うチームとの合宿を考えた方が良いかもしれない。

 しかし、先ほど挙げたようにその模擬レースでの課題は勝つことではなくレース中の対応が主なので、ぶっちゃけ勝敗なんてどうでもいいのだ。それをキングヘイローもちゃんと理解しているので、そう考えるだけなら別に問題でもないのかもしれない。それに勝って気分を良くする方が彼女の精神的には良い。彼女は気分を乗せてやった方がその後のトレーニングのパフォーマンスも上がるからだ。

 

 だが次走までの間、拮抗した相手との模擬レースがないというのも問題ではある。レース感覚や勝負感が鈍ってしまうからだ。

 秋も3戦から4戦を予定しているので、身体の負担を考えて夏合宿中のレース出走は考えていない。いくら丈夫な身体といえど、どこに故障の落とし穴が待っているか分からない。

 

 そこで話が繋がってくるのが2種類の内のもうひとつの模擬レース……実力が拮抗した相手との本番さながらの模擬レースだ。トレセン学園にいたときも実力が拮抗してそうなウマ娘が出ている模擬レースに参加してそれを行ってきた。

 それをこの夏合宿でもやりたいのだか、如何せん釣り合う相手が──

 

「いねえことも、ないんだなこれが」

 

 ──いるのだ。実は心当たりがあった。

 今年から新たにウチの合同夏合宿に参加してきた新人トレーナーとそのウマ娘がいたのだ。

 

「まさかここで再び会うとはなあ……」

 

 そのウマ娘とはアドマイヤベガ。俺が声を掛けそびれてスカウト未遂に終わったジュニア級のウマ娘だった。

 未デビューではあるがその速さは折り紙付きだ。俺は実際に彼女の走りを見たのだが、近い将来GⅠを取れるのではないかと思わせるぐらいの走りをしていた。この世代の筆頭候補だと言っていたマコの話にも頷ける。

 ジュニア級だが、実力的にはこの合宿所にいる芝中距離のウマ娘の中でトップだろう……もちろん、キングヘイローを除いて。

 

「相手としては申し分ない、が……」

 

 普通なら彼女と新人トレーナーである彼に模擬レースを頼めばいい。単純な話だ。悩むことなどないのだが……

 

「模擬レース、受けてくれるかねえ……」

 

 しかし、気がかりなことがあった。

 アドマイヤベガはこの夏合宿にて、ずっと1人でトレーニングを行っていた。彼女のトレーナーは遠くから見ているだけだったのだ。

 

 

 ◇

 

 その日の夕方。

 コースからはほぼ全てのチームが引き上げており、昼間のような活気は失せていた。キングヘイローとカレンモエもとっくにトレーニングを終えており、今頃は晩飯まで時間を潰していることだろう。

 そんな閑散としたコースには未だに走り続けている1人のウマ娘と、それを遠巻きに見つめながらメモを取っている1人のトレーナーがいた。これは夏合宿が始まってから毎日目にする光景だった。

 

 

「……今日もか」

 

 

 ……今日もビデオは撮っていないようだ。

 

 

「……」

 

 俺はコース脇にいる彼の元へ行って声を掛けた。

 

「よう。お疲れさん」

「あ、坂川さん。お疲れ様です」

 

 彼がアドマイヤベガの担当トレーナーだ。まだ今年トレーナーになったばかりの新人で、爽やかな見た目と整った容姿が好印象な若者だ。端的に言えば爽やかイケメンである。それに近づくと香水かなにか知らないが良い匂いするし。

 彼とは昨日初めて直接話した。礼儀正しいし気遣いもできる、出来た若者だと思った。

 俺が合格した10年前と違い、トレーナー不足を解消するために今はトレーナー試験の合格ラインも引き下げられており、毎年軽く10人以上は合格者が出ている。だからだろうか、彼のような若いトレーナーも最近は多くなっていた。

 

「まだ走らせてんのか」

「はい。でも、もうすぐ終わると思いますよ」

 

 彼は手に持っているクリップファイルに目をやってそう言った。そこにはおそらくトレーニングメニューがあるのだろう。

 昨日少し話をしたところによると、トレーナーである彼は口出しせず、彼女が1人で出来るトレーニングを行っているらしい。二人三脚で出来るトレーニングも提案したが、悩んだ末彼女が選んだのは1人で出来るトレーニングの方だったと彼は言っていた。

 確執がある……というわけではないと思うのだが、お互いの距離を測りかねているような印象を抱いた。まあ、まだ2人は契約して2か月も経っていない。新人トレーナーとその初の担当ウマ娘、お互いまだまだ難しいところもあるのだろう。良い言い方をすればまだ初々しく見える。

 

(……俺とキタサンはどんな感じだったんだろうな)

 

 ふとそんなことを思った。

 他人からどう見られていたかは分からないが、距離を測りかねるなんてことは無かったと思う。キタサンブラックは気のいいウマ娘だったし、あっちから俺に距離を詰めて来てくれた。

 アルファーグという恵まれた環境で、才能もあって性格も良いウマ娘と巡り会えたのに、なんで俺はあんな──

 

(──今は、そんなことを考える時じゃねえだろ……)

 

 無意識的に昔のことに思いを馳せそうになった。……少し前、3人に昔のことを話したからだろうか。

 頭を切り替えて、目の前の新人トレーナーに話を切り出した。

 

「なあ、お願いがあるんだが──」

「はい?」

 

 俺は彼にアドマイヤベガとの模擬レースを依頼した。1対1で2人を走らせて欲しいと。

 

「俺は全然大丈夫です! トレーニングから戻ってきたらアヤベに話してみます」

「受けてくれそうか? アドマイヤベガは1人でずっとトレーニングしてんだろ?」

「正直、話してみないとどうにも。実を言うと、そろそろデビューを考える時期なので模擬レースで実践を積ませてやりたいんです! これまで、アヤベは模擬レースには消極的で……まあ、模擬レースどころか俺とのトレーニングもまだ受け入れてくれてないんですけど……でも、ちゃんと話してくれたら分かってくれると思います! それに、クラシック級で活躍するキングヘイローさんとの模擬レースなんて、こっちからお願いしたいぐらいです!」

「お、おう。そうか。頼むな」

 

 爽やかな見た目なのにこんな熱血な面もある。こういうところにアドマイヤベガは惹かれたのだろうか。こういう奴を好むなら、俺とはどっちにしろ合わなかっただろうな……

 

「おーい! アヤベ、お疲れさま」

「……ありがとう」

 

 ちょうどトレーニングを終えて戻ってきたアドマイヤベガに彼が駆け寄ってタオルとドリンクを渡す。

 タオルを貰って汗を拭った彼女の視線が俺へと向いた。

 

「トレーナーさん、この人は確か……」

「坂川健幸さんだ。あのキングヘイローさんのトレーナーさんだぞ。実は──」

 

 彼はアドマイヤベガに模擬レースのことを話した。

 最初の方はどちらかというと拒否的と言うか、悩んでいるような様子だったが、熱意の塊をぶつけるような彼の話を聞いていくうちに、次第に折れたという格好になった。

 

「……ええ、分かったわ。あなたがそこまで言うなら……」

「そうか! ありがとう」

「でも……その、私は……」

「どうしたんだ?」

 

 そう言って彼女は選抜レースについての斜行について話し始めた。

 彼女は選抜レースにて斜行し他のウマ娘を妨害して降着になっていた。これまで模擬レースを受けてこなかったのはその斜行のことが頭にあったかららしい。

 そんな会話が聞こえていた俺は横から口を挟んだ。

 

「気にすんな。1対1のマッチレースだから斜行しても妨害にはなりにくい。それに身長はお前とキングヘイロー同じようなもんだが、体重は──」

 

 そこで俺はキングヘイローの体重を口にした。毎日体重は量らせているのでもちろん頭に入っていた。

 

「どうだ? お前よりは重いだろう? ちょっと斜行されてぶつかられてもアイツはびくともしねえよ。クラシック級とジュニア級、身体の出来も違う。それにレース本番じゃ斜行まがいのことなんていくらでもある。お前らが気には……ん、どうした?」

 

 そこまで話して、新人トレーナーの方が苦笑いを、アドマイヤベガはばつの悪そうな表情を浮かべていた。

 

「いやその……一応女の子であるウマ娘の体重を言っても……大丈夫なのかって」

「は? 別に気にするもんじゃねえだろ」

「……確かに。そうかもしれませんね」

 

 そう言った彼にアドマイヤベガはじろっとした視線をやった。

 

「あ、俺は他人には軽々しく体重を言わないからな!」

 

 彼は弁明するのを見て疑問に思った。他人に担当ウマ娘の体重を教えるのは問題なのか? 一般の女ならまだしも、トレセンのウマ娘はレースを走るアスリートだ。別にそこまで隠しておく情報でもないだろうに。

 

「取りあえず、オーケーってことでいいんだな。なら時間は明日の昼前……11時半ぐらいで。距離は2000mの右回りでいいか?」

「はい。アヤベも大丈夫?」

「ええ」

「よし決まりだな。事情が変わって無理ならいつでも言ってくれよ。……あ!」

 

 そうしてコースを去ろうとしたところで、言い忘れたことがあったことに気がついた。俺は彼を呼びつけて彼の耳もとに口を寄せた。アドマイヤベガには内容を聞かれたくなかったからだ。

 

「お前、明日の夜予定開いてるか?」

「え? はい。別に何もありませんけど」

「そうか。なら、もし明日ウチのキングが模擬レースに勝ったら、ちょっと付き合ってほしい」

「食事ですか? 別に勝ち負けとかそんな──」

「メシじゃねえんだ。あと、こっちが負けたら俺はそれに口を出す権利はないからな」

「……?」

「もしそうなったらレースの後に声かけるわ。じゃあな」

 

 俺はそう言って彼と別れた。

 疑問符が顔に浮かんでいる彼は、怪訝な表情をしたアドマイヤベガに話しかけられていた。

 

 

 俺がしようとしていることははっきり言って褒められたものじゃない。同じチームでもないトレーナーにこんなことをするのはタブーだからだ。

 

 

 

 

 

「あ、そうだ」

 

 自室に戻った俺はLANEを開いてキングヘイローにメッセージを送った。“お前の今日の体重を他のトレーナーとウマ娘に話したけど何の問題も無いよな?”と。

 

「……ん?」

 

 すると秒で返事が返ってきた。

 

 “おばか!”と。

 

「怒ってんのか? やっぱりよく分かんねえなあ」 

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