底辺キング   作:シェーク両面粒高

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第51話 一度きりの魔法

 トレーナー室を出てから当てもなく何時間も走り続けた。何を考えるでもなくただ無心に、だけれど何かに追われるような焦燥感に駆られながら。

 ……いや、何を考えるでもなくと言うより、何も考えないようにと言う方が正しい。

 

「はっ、はっ、はあっ……」

 

 制服姿のまま学園を出て、人目に付かない裏道や見知らぬ路地を選んで走り、いつの間にかあたりは真っ暗になっていた。

 スマホはトレーナー室にカバンと一緒に置いてきてしまったようで、時間を確認できるものはないけれど、ここから帰るとなるとおそらく寮の門限は過ぎるだろう。怒られるのは仕方ないにしても、いい加減に戻らないといけない。

 

「……はあ……何やってるのかしら、私……」

 

 顔を伝ってくる汗を袖で拭う。汗で肌にへばり付いた制服に嫌気が差す。

 

 大きい道に出て青い看板の道路案内標識を探して見つけた。知っている地名だったが来たことは無い場所だった。大分遠くまで来てしまっていたようだ。

 道路案内標識に従ってウマ娘専用レーンを走って学園まで戻った。

 

 

 

「どうしようかしら……」

 

 学園の前まで来てどうするか悩む。

 カバンやスマホなどの荷物をトレーナー室に忘れてしまった。それを取りに行くべきか迷うが、こんな遅い時間なのでそもそも坂川がトレーナー室に残っているのか分からないし、荷物もトレーナー室にあるのか坂川が持っているのかも分からない。

 何より彼とは顔を合わせづらかったし、話したくもなかった。結局頭の中はごちゃついたままだし、何を話していいのか分からなかった。

 でも今日の課題や予習に必要な教科書やテキスト、ノートはカバンに入っているので取りに行かなければならない。

 

「……モエさんからトレーナーに連絡してもらうようにお願いしようかしら」

 

 同じ栗東寮のカレンモエにそうしてもらうしかない。トレーナー寮に坂川がいるのは知っているが、どの部屋かは知らないし……

 

 そうして足を寮の方向へと向けた瞬間だった。前方から誰かがこちらにやって来ていた。まもなくしてその姿が街灯の下に晒された。

 

「おっと~? ……やっぱ夜釣りは大物が釣れるねえ」

「……スカイさん?」

 

 現れたのはジャージ姿のセイウンスカイだった。夜釣りと言う割には釣り道具なんて持っておらず、いつものように頭の後ろで手を組んでいた。

 

「……スカイさん、こんな夜遅くに何してるの? 門限は過ぎてるでしょう。門限破りなんて見過ごせないわね」

「え~? 今のキングがそれ言う? ……で、何してんのさキング」

「……」

「規則とかに厳しくて真面目なキングが門限破って油売ってるなんて珍しいじゃん。ははあ~、もしかして不良ウマ娘に目覚めちゃった?」

「……そんな時もあるわ。私のことは放っておいて」

「それがそういう訳にもいかないんだよねえ」

 

 彼女はスマホを取り出して画面を見せてきた。そこにはLANEでのやり取りが表示されていた。私たち同世代のグループ……私も入っているグループでのやり取りだった。そこにはいなくなった私を探している様子が見て取れた。スペシャルウィークやグラスワンダーなども一緒に探しているようだ。

 

「そういう訳でさ。ちなみに私たちは寮長から許可貰ってるから門限破りじゃないんだよ。残念でした~」

「……迷惑、かけたのね……ごめんなさい」

「別に~。私としては普段散歩できない時間に散歩できて良い気分転換になったし。あ、みんなに連絡しとくね。えーっと、“キング発見”っと…………うわっ、みんな返信速いなあ」

 

 彼女のスマホから通知音と思われる軽快な電子音が何度も鳴り響いていた。

 本当に心配をかけたみたい……後からみんなに謝らないと。

 

「ん~……」

 

 セイウンスカイはスマホの画面を見ながら何かを考え込むように小さく唸っていたかと思うと、スマホを操作し始めた。

 

「これでよしっ、と。じゃあさキング、このままちょっと散歩に付き合ってよ」

「……えっ!? でも、探してくれてる皆さんに──」

「皆には連絡したから大丈夫だよ。いいじゃんいいじゃん。月も綺麗だし夜風は気持ちいいし、絶好の散歩日よりだからさ。さあ出発~」

 

 彼女はそう言って寮とは反対方向へと歩き出した。

 ……本当にマイペースな娘だ。

 

「ちょっと、スカイさん!? ……もうっ……」

 

 慌ててその後を追いかけ彼女に並んだ。

 

「「…………」」

 

 私たち2人の間には足音があるだけだった。

 

 

 特に会話らしい会話の無いまま、私たちは河川敷の近くまで来ていた。

 

 

「で、どうしたのさ。今日、あんな顔で学園に来てさ。何かあったの?」

「あんな顔……」

「メイクで隠したつもりだったかもしれないけど、全然隠れてなかったよ?」

「……分かってるわよ」

 

 一睡もできずに迎えた朝、洗面台の鏡に写った私は絶望的な顔をしていた。目の周りの隈を含め、メイクで誤魔化そうとしたけどできなかったことは私がよく分かっている。

 

「当ててあげよっか? 昨日のレースのことでしょ?」

「っ!?」

「おお~、ビンゴだ。セイちゃんの勘も捨てたもんじゃないなあ。って言っても、昨日の今日だしそれしかないでしょ」

 

 セイウンスカイは敏いウマ娘なのは知っている。でも、こうも簡単に当てられると、そこまで自分は分かりやすいだろうか。

 

「確かにキングは負けたけど惜しかったじゃん。私なら、今のスぺちゃんにあそこまで迫れたら万々歳だけど」

「…………私は、そうじゃなかったわ」

「ふうん、そっか」

「……ねえ、スカイさん。あなたは──」

 

 彼女に訊いてみたかった。

 日常会話の延長線上で似たような話をしたことはあるが、真剣に話を訊くのは初めてかもしれない。

 

「何のために走っているの?」

「走ってる理由、ってこと?」

「ええ。走っている理由、意味。あなたはなぜ走ってるの?」

「…………ははっ」

「な、なんで笑うのよっ!」

「いや、ゴメンね? キングのことを笑ったんじゃないよ。ちょっと前、ある娘と同じような話をしたな~って思い出して。しかも似たような場所だし」

「……?」

「まったく。セイちゃんもキングに負けず劣らずお節介なのかもね」

 

 そうして彼女は自身が走る理由を語りだした。

 小さい頃から周囲から期待されるようなウマ娘でなかった彼女が、あるレースで策略を巡らせて大番狂わせで勝利したこと。その時の興奮と気持ち良さが忘れらないと言う彼女は、当時のことを思い出しているかのように嬉しそうだった。

 

「京都大賞典もほんと気持ち良かったなあ。私は4番人気で相手はシニア級の猛者たち。いくら皐月賞ウマ娘って言ったって、たぶんほとんどの人が私のことをナメてたんじゃないかな? クラシック級のウマ娘がメジロブライトたちに勝てるわけないってさ。作戦がバシッとハマってさ、それをひっくり返したときの気持ち良さは今も忘れないよ」

 

 彼女はその感触を確かめるように自身の手を見つめて握った。形になくとも、握って掴んだものがそこにあるのだろう。

 

「じいちゃんの期待ってのもあるけど、結局のところ走るのは私自身のため。私の走りでみんなをあっと言わせたいっていう夢。それが私の走る理由かな」

「……スカイさんらしいわね」

 

 心の底からそう思った。

 

「走る理由なんてさ、そのウマ娘次第じゃない? 高尚な目的を持ってる娘もいれば、単純に勝ちたいからって理由だけで走ってる娘もいっぱいいると思うな。上位の……GⅠウマ娘や、DTLに上がれるようなウマ娘みんなが高尚な理由を持っているわけじゃないよ。多分だけどね」

「そうなのかしら……」

「それに理由ならキングだっていつも言ってない? 一流のウマ娘を証明するんだ~って。それじゃないの?」

「…………そう、なのだけれど」

 

 言葉に詰まる。確かに彼女の言う通りだが、一流のウマ娘が何なのか分からなくなった。だからどう証明したらいいのかも分からない。

 

「私は……キングヘイローが走る理由が分からなくなったのよ……」

「……そっか」

 

 セイウンスカイはそれ以上私に訊いてこなかった。

 少しの間沈黙が続いたが、それを破ったのはセイウンスカイだった。

 

「理由が分からないって、悪い事なのかな?」

「……え?」

「別にいいじゃん。分からなくたってさ。『これだ!』って決めなくてもいいんじゃない? たぶん、走ってるうちに見つかるかもだし、別に見つからなくてもいいじゃん。難しいこと考えず楽に行こうよ、キング」

「…………」

 

 彼女に言われたそれは、いつかカレンモエに言われたことと……分からないなら探しながら、という考えと似ている気がした。

 でも、どうも今はそれに頷くことができない。走る理由や意味が見えて来ていたら良いが、今は逆に何も見えなくなっているから。

 

「……」

「あ~もうっ。世話が焼けるなあ……仕方ない。敵に塩を送るのは今回だけだよ」

「……?」

「キングは走る理由、見失ってるだけなんでしょ。なら今だけ、優し~~~~いセイちゃんがキングに走る理由をあげるよ。貸しひとつだからね?」

「スカイさん……?」

 

 セイウンスカイは私の前に躍り出た。そしてこちらを振り返り私と真正面から向き合う形となる。

 彼女からこれまでの緩い雰囲気が消え去り、レース中のような真剣さしかないような表情に変わった。

 

「──私は皐月賞ウマ娘、セイウンスカイ」

「いきなりなにを──?」

「ダービーウマ娘スペシャルウィークも、三強の一角キングヘイローも、菊花賞でまとめて倒す」

「……!」

 

 彼女はそう高らかに宣言した。不真面目さなどなく、秘めたる強い意志を感じさせた。

 

「私が二冠目を取って、スペシャルウィークでもキングヘイローでもなく、セイウンスカイこそがクラシック路線の最強ウマ娘だって証明する。私が最も強いウマ娘だって証明する」

 

 今の彼女はのんびり屋でマイペースな友人セイウンスカイではない。皐月賞を勝ったGⅠウマ娘セイウンスカイだった。

 

「かかってきなよ、キング。キングにはクラシック一冠も取らせてあげない。無冠のまま終わらせてあげるよ。私が二冠ウマ娘になるのを、後ろの方で指をくわえてただ見ていればいい」

 

 そして一層強い口調と鋭い眼光で彼女は言い放った。

 

 

 

 

 

「私を止めてみろよ、キングヘイロー」

 

 

 

 

 

 これは嘘じゃない。紛れもない彼女の本心だ。

 

 同時に彼女が私に理由をくれているのだ。

 意味や理由が分からないなら、今この瞬間だけ……菊花賞だけは彼女自身を倒すことを目標にしろと。

 

 

 彼女は知っている。挑発をされて黙っているほど、キングヘイローは我慢がきくウマ娘ではないことを。

 

「「…………」」

 

 再び沈黙が訪れ、川に乗せられた秋の夜風があたりを吹き抜けていった。

 

 応えるべきは、私だ。

 

「ふんっ。高慢ね。スカイさん、なんでもあなたの思い通りにいくと思ったら大間違いよ」

「どうかな? 私にはそう言えるだけの実績がある。否定したいなら、ターフで証明してみなよ」

「臨むところよ」

 

 お互い無言で厳しい視線をぶつけ合う。

 

「「…………」」

 

 だが、それは長く続かなかった。

 

「「……っ……くっ……ぷぷっ」」

 

 そうして誰もいない河川敷にて、私たち2人の笑い声が響いた。

 お互い涙が出るほどの笑いだった。

 

「何よ『止めてみろ』って! スカイさん、カッコつけ過ぎよ!」

「キングもそれに乗ったじゃん、もー! 私も口にしたら結構恥ずかしかったんだから!」

 

 時間をかけて笑いが収まってから、セイウンスカイはスマホを取り出した。

 

「キング、ほらこれ見て。昨日の京都新聞杯後のスぺちゃんのインタビュー」

 

 彼女がこちらに差し出した画面には勝利者インタビューを受けるスペシャルウィークがいた。

 

『キングちゃんも強いし、セイちゃんも強いけど、菊花賞も勝つために頑張ります! 私も負けてられません』

 

「ってさ。スぺちゃんもキングを待ってるよ」

「……ええ」

「スぺちゃん、キングがいなくなって凄く心配してたよ」

「分かってるわ。帰ったら探してくれた皆さんに、謝って……あと、お礼を言うわ」

「うん。それがいいよ。さあ帰ろ帰ろ」

 

 月明かりの下、肩を並べて寮までの道のりを歩く。

 

「まあでも、今日はトレーニングサボったし、ちょうどいい運動になって良かったよ」

「サボったって……あなたのトレーナーに怒られないの?」

「怒るよ。嫌味も言われる。でも強制はしないんだ。私がサボるのもあの人は考慮に入れてるから。本当にトレーニングに参加して欲しいときは連絡来るし」

「……そう。そのトレーナーとちゃんと信頼関係が築けているのね」

「ううん。信頼は無いよ。信用はあると思うけど」

「え?」

 

 信頼が無いが信用はある? 

 彼女はよく分からないことを口にした。

 

「あなた、トレーナーとうまくいってないの?」

「うまくはやってるよ。でも仲は良くないってだけかな。……いや」

 

 あっけらかんとそう言った。俄かには信じがたいことだ。

 

「私と仲が良くないって言うより、トレーナーさんと仲の良い人やウマ娘って()()()()()()と思うよ。あの人はそういう人だから。何て言うのかな……利害が一致してる……ビジネスパートナー? そんな感じかな、私とトレーナーさんは。まあトレーナーさんの話はいいじゃん。……あ、そこのコンビニ寄らない? ごはん食べてないからおなか減ってさあ」

 

 気づけば私も何も食べてない。今になってやっと空腹感に気づいた。走ってきたせいか、一度気づいた空腹感はそれはひどいものだった。

 それはそうと、セイウンスカイも夕食を食べずに探してくれていたことに罪悪感を覚える。おそらく他の娘たちもそうなのだろう。

 

「奢ってあげたいけど、スマホも財布もないわ」

「別にいらないよ」

 

 

 そうしてコンビニに寄ってから寮に帰った。私も食べるものを彼女からもらったが、探してくれていた友人たちを思うと口にできなかった。

 

 寮の前にはスペシャルウィークやグラスワンダー、エルコンドルパサーなど、友人たちが私たちの帰りを待ってくれていた。

 心配をかけたと謝ると、みんな安堵の表情を浮かべた。

 こんなに心配をかけて申し訳なく思う気持ちと、こんなに心配してくれていたという嬉しい気持ちが心の底から湧き上がってきた。

 

 

 寮長からはたっぷりとお叱りを受けた後、彼女から私のカバンやスマホを渡された。どうやら坂川が寮まで持ってきて彼女に渡したらしい。

 

「……」

 

 明日、また彼と話さなければいけない。

 

 でも、今日出ていったときのような迷いはない。今だけ、セイウンスカイに走る理由を私は貰ったから。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 戻った自室にて、スペシャルウィークのインタビューを巻き戻して最初から再生した。

 

『バ場が重くてうまく走れませんでしたけど、勝てて良かったですっ!』

 

 スペシャルウイークは笑顔でそう言っていた。

 

「スぺちゃん、うまく走れなくてキングに勝つんだもんな……」

 

 これは意図的に見せなかった。キングヘイローのメンタルを考えると邪魔でしかなかったから。後から彼女が見る可能性も考えたが、だとしてもあの時は必要ないと判断した。

 

「意気消沈しているキングに勝ったって、面白くもなんともないからね。それに──」

 

 開いていた動画のタブを閉じて、ベッドの枕元に置いた。

 

「本気のスぺちゃんも、復調したキングも…………勝つのは、私だよ」

 

 

 

「……スぺちゃんに続いてキングにも似たようなことしたってバレたらトレーナーさんにドヤされるなあ…………ま、言わなきゃ分かんないし…………勝てばいいんだし、ね?」

 

 

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