底辺キング   作:シェーク両面粒高

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第8話 底辺トレーナー

「どういうことだ?」

 

 奇想天外なことを言いだしたペティは俺に向けていた右人差し指を下ろすと、もう片方の手に持っていたタブレットを操作しながら得意げに話し始めた。

 

「あなたのことは調べましたよ。トレーナーさんの経歴やこれまでの担当ウマ娘の成績。全て調査しました」

「……」

 

 “全て”──一体どこまで俺のことを知ったのだろうか。言いようのない感情を胸にペティの話を聞く。

 

「坂川健幸28歳、トレーナー歴10年。高校3年在学時にトレーナー試験に合格し高校を卒業するとともにトレセン学園所属トレーナー職へ。最初の2年はトップトレーナーの1人である清島(きよしま)トレーナーの運営するチームアルファーグのサブトレーナーに就任。2年後、チームアルファーグを離れ独立し現在に至る」

 

 タブレットから視線を上げてチラッとこちらを見るペティ。どうだ、と自信のある表情をしているが、今喋った内容なら誰だってネットで調べられる程度の情報だ。

 

「独立してからの8年間、これまで重賞勝利数0。リステッド勝利が成績としては最高。毎年のように退学者を出し、今年のクラシック級ウマ娘は4人のうち3人が未勝利戦を勝てずに退学。現在所属する中央のトレーナーの中でも最底辺の成績と言わざるを得ません。が、しかし」

 

 タブレットを見るペティの眼鏡がタブレットの光を映している。ペティは声の調子を上げていく。

 

「トレーナーさんの担当ウマ娘について詳細に調査しました。その結果、そのウマ娘たちにはある特徴と傾向があることが分かりました。2つある内の、まず1つ目」

 

 俺の担当ウマ娘の特徴と傾向……それを聞いて少し興味が湧いた。

 

「未勝利戦で距離や芝ダートなど条件を次々と変えること。距離なら1ハロンの延長短縮なんてもんじゃありません。前走は左回り1200を走っていたウマ娘が、次走は右回り2400の未勝利戦に出走するなんてこともありました。さらに芝、ダート、障害の3つ全てに挑戦するウマ娘だっていました。一見、ただ投げやりに決めているように見えますがしかし、それはいつまでも続く訳ではありません。どのウマ娘も未勝利戦の途中からは同じ距離やバ場のレースに絞るようになります。つまり、無闇に変えるのではなく、トレーナーさんの分析によって適性距離やコースを模索しているのだと推察できます」

 

 ペティが言ったことは一応事実ではあった。俺は担当ウマ娘が未勝利で勝てないと、分析のもと積極的に次走の条件を変えることが多い。

 しかし、それについてあえて反論してみる。穴を見つけたからだ。

 

「後半の推察は根拠がないな。俺がどうして無闇にそれを変えていないと言い切れる? ただ適当に出走登録しているだけかもしれないし、ウマ娘本人に任せているかもしれないだろ?」

 

 ペティが言った未勝利戦での条件変更が事実だとしても、それが無闇な変更ではないと判断できる根拠が示されていない。

 

「…………」

「どうした?」

 

 タブレットを見たまま押し黙るペティ。そしてタブレットの上を滑らせる指の速度を上げたかと思うと──

 

「ふっふっふっふ」

 

 ──顔を上げて不敵に笑い始めた。その反論が来るのは分かってましたよ、まんまと餌に釣られましたね、と言わんばかりの笑みだった。

 

「言っておきますけどね、距離やバ場を色々試しているトレーナーなんて他にいくらでもいるんですよ。これだけじゃわたしの興味は惹かれません。その根拠と、あなたが一流のトレーナーだとわたしが言うその理由、どちらも説明できるのが2つ目の調査結果です」

 

 ペティの眼鏡がタブレットのバックライトを反射してより怪しく光っているように見えた。

 

「距離やバ場……適性が定まったあとの未勝利戦の話をしましょう。トレーナーさんの担当ウマ娘はだいたいどのレースでも下位人気ですが、ほとんどのレースで人気より上位の着順になっているんです。具体的な例を挙げると……そうですね、1か月前、新潟レース場の未勝利戦で負けて退学になってしまったウマ娘を取り上げましょう」

 

 ペティはタブレットの上で素早く指を動かしている。

 新潟の未勝利で負けたウマ娘……昨日母親とあいさつに来て、金沢トレセン学園に移籍した栗毛のウマ娘のことだ。

 

「最後の新潟のレース、彼女は9番人気3着でした。前走は6番人気4着、前々走は12番人気5着。レース場は違いますがいずれのレースも芝1600m、左回りでした。彼女はそれまで1200mから2400mまでの未勝利戦を走って掲示板さえ載らなかったのに、最後の3走は全て掲示板に入りました。トレーナーさんが最近担当されたウマ娘の中でも、このウマ娘の結果はその特徴や傾向をよく表しています。適当に出走させていたのなら適性も見出せませんし、こんな結果にはならないのですよ」

 

 ペティはタブレットを動かす指を止めて、俺を改めて見据えた。得意げな目が眼鏡越しに覗いている。

 

「トレーナーさんもご存じでしょうが、人気とはいい加減に決められたものではありません。ファンの数が関与するところもありますが、URAがレースやトレーニングの状況を踏まえ、実力を厳密に評価することでレースでの人気が決まります。未勝利戦において、人気を上回る結果を出すウマ娘の割合が他のトレーナーたちに比べて群を抜いて高いのです。他の、とは勿論トップトレーナーたちも含めてです」

 

 ペティの話が佳境を迎えているように感じる。思うところはあるものの、それを俺は相変わらず黙って聞くことに徹していた。

 

「つまり、トレーナーさんは各ウマ娘たちの絶好の適性を見つけ、尚且つレースで人気以上の結果を出させていたということになります。それも稀にじゃなく、ほぼ毎年、どの担当ウマ娘でもです。そこで、冒頭の結論に戻ります──『あなたは一流のトレーナー』──。こんなことをやってのけるトレーナーは間違いなく一流です。重賞0勝だとかそんなことは関係ありません」

 

 ペティは眼鏡をわざとらしく中指で上げながら、話をまとめにかかった。

 

「だから、坂川健幸というトレーナーに興味を持ちました。レースでの戦略やウマ娘への指示内容、またどんなトレーニングをやっているのか好奇心が湧いたんです。以上が配属を希望した理由です。わたしの目的や研究テーマは……追々ということで。どうですか? 納得してもらえましたか?」

 

 ペティは話をまとめ終え、タブレットを再び脇に抱えた。

 

「そうだな……」

 

 矢継ぎ早に話されたペティの話を聞いて、俺はいくつのもの疑問や反論が浮かんでいた。

 総じて買い被りというか過大評価なその内容は、事実とペティ個人の考えが混同していて突っ込みどころが多くあった。取りあえず、印象に残る箇所を尋ねてみることにしよう。

 俺が一流のトレーナーだと言い切ったことについてだ。

 

「じゃあ質問だ。お前は俺のことを一流のトレーナーだと言った。本当にそうか? 確かに担当ウマ娘を人気以上に持っていったことは事実かもしれない。でも俺は結局、未勝利戦に勝たせてやれてないんだ。今年は4人中3人もだ。それはどう考えるんだ? お前の言う一流トレーナーなら、人気以上とか言わずに勝たせていたかもしれないぞ」

 

 もし本当に俺がペティの言う通り腕のある一流トレーナーなら、担当ウマ娘を未勝利戦勝利へ導くことができたのではないか? という問いだ。ペティを試すような気持ちで返答を待った。

 ペティは俺の質問を聞いて、目を丸くしてきょとんとしていた。拍子抜けといった様子のペティは簡単すぎてつまらない問題の答えを言うような調子で口を開いた。

 

「そんなの、担当したウマ娘に()()()()()()()んですよ。()()()()()()()()んです」

「!」

 

 

 ペティから返ってきたその答えを聞いて、時が止まったかのように感じた。それと同時にこれまでに退学していった担当ウマ娘たちの顔が瞬時に脳裏に浮かんできた。

 

 

 才能がない? だから仕方がない? 

 

 

「……なんて言った?」

「才能がないんですよ。これも調べて分かったことですけど、トレーナーさんとこに配属されるウマ娘って模擬レースや選抜レースでも最下位のウマ娘ばかりですよね。今年退学になった3人も配属前の学園内レースで軒並み最下位です。そんな見込みのないウマ娘たちを退学になったとはいえあの着順まで持っていくのですから見事と言うほかありません。どのウマ娘もトレセン学園に入学はしてるんだから最低限の才能はあるんでしょうけど、どうしても優劣は付きます。それに今年勝ち上がったカレンモエさんは去年唯一スカウトしたウマ娘でしょう? それが証明してますよ」

 

 未勝利戦に勝てないウマ娘には元々才能がなかった。だから勝ち抜けず退学になってしまった。

 

 ペティが言っているそれは事実かもしれない。大多数の人が同様の意見を持つかもしれない。

 

「それは違う」

 

 しかし、トレーナーとして、坂川健幸として、それを認める訳にはいかないのだ。

 

「才能がないって? そんなこと、なんでお前に分かるんだ?」

「え?」

「どうしてそこで、俺が能力を引き出せていないって可能性を考えない?」

「それはレースとかタイムを見れば明らかじゃないですか? いくら能力を引き出せたって、才能の多寡は否定できないと思います。確かに腕のないトレーナーはそういうこともあるでしょうけど、トレーナーさんに限ってその可能性は低いでしょう。一流トレーナーだろうがトップトレーナーだろうが、策を尽くしても無駄なウマ娘はいるものですよ」

 

 頭の奥が熱を帯びてきているように感じる。

 かすかに残る冷めた客観的な自分がそう分析していた。

 

「お前は最後の未勝利戦で負けて、泣いているウマ娘を見たことがあるか?」

 

 意地の悪い問いだ。経験のあるトレーナーがトレセン学園1年のウマ娘に訊くことではない。

 

「なんですか突然……無いですけど」

 

 予想された答えを言うペティ。

 

 目を閉じると今でもはっきりと思い出せる。

 ゴールイン後のレース場の上で、地下バ道で、控え室で、帰りの電車で、帰ってきたトレーナー室で、唇を噛みながら泣いている担当ウマ娘たちを。

 

「俺はそんな担当ウマ娘を何人も何人も経験してきた。あれはな、トレーナーとして本当に最悪な気分になるんだよ。大雨のなか、地面を這って延々と泥水を啜っているようなそんな気分だ」

 

 いくら経験を積んだって一向にそれに慣れることはなかった。

 

 いや、ウマ娘を担当する1人のトレーナーとしてそれに慣れてはいけないと俺は思う。

 

「……?」

 

 ペティは見るからに困惑している。突然始まった意味不明な自分語りを聞かせられたらそうなるのも自然だ。

 

「さっき言ったな? 才能がないから仕方なかったって。そんなこと、トレーナーとして認めるわけにはいかねえんだよ……!」

 

 無意識のうちに言葉尻に力が入った。

 

才能(ポテンシャル)の多寡なんてのは測れるものじゃない。それにな、能力(パフォーマンス)の上限は誰にも分からねえんだよ。だからトレーナーは……俺は、退学する担当ウマ娘を見るたびに後悔するんだ。『もっとできることが他にあったはずだ』ってな」

「……」

「本当は途轍もない才能が眠っているのかもしれないのに、俺のトレーニングが悪かったから、戦略が間違ってたから、適性を見出すことができなかったから能力を引き出せていない……そんな風に俺は考える」

 

 ペティは黙って、眼鏡の奥の視線をわずかに下げて俺の話を聞いている。困惑しながらも、何か考え込むような様子だった。

 

「……坂川健幸ってトレーナーはな」

 

 そこまで俺の担当ウマ娘について調べてくれたんだ。教えてやろう、坂川健幸というトレーナーとはどういう人間か。

 

「適性、戦略、トレーニング……担当ウマ娘の能力を最大限に引き出すためなら、何だって俺はやってやる。それが失敗して、何度悔しい思いをしようが、惨めな思いをしようが、俺は絶対に諦めない。今担当しているウマ娘を絶対に勝利へと導いてやる……そんな気概でやってんだ」

「…………」

「正直、人気以上に持ってくるって話をされたとき、俺には嫌味にしか聞こえなかった。『結局、未勝利戦を勝たせる手腕は無かったんだろ?』ってな」

 

 そして最後に、譲れない俺の信念をペティに伝えることにした。

 

「才能が無いからって決めつけて、勝てない理由をウマ娘に押し付けるトレーナーは、トレーナー失格だ」

 

 才能がないと結論付けるのは簡単だ。

 だが、それを認めてしまえば俺はトレーナーでいられなくなる。何より、今まで涙とともに去っていった担当ウマ娘たちに背を向けてしまうことになる。

 

「……ふぅ……」

 

 喋り終わった俺は大きく息をついた。

 

 初対面のガキに少し喋りすぎたかと若干内省したが、別に隠していることでもないので、言い切ってやった達成感のようなものを感じていた。

 ……しかし、今更ながら30近くにもなって青臭いセリフを吐いたもんだと羞恥心が急にこみ上げてきた。

 

 しばしの沈黙が流れたあと、ペティは下に向けていた視線を上げた。眼鏡の奥の黒い瞳が真っすぐに俺を見据えて、静かに口を開いた。

 

「やはり、トレーナーさんのところへ配属希望を出したのは正解でした。うまくいかなくても、あらゆる試行を積み重ねて勝利を目指すその不屈の精神。才能の云々に関してはわたしも持論がありますが…………今はやめておきましょう。人気の話については、不快にさせたのなら謝りますよ」

「お、おう」

 

 ペティは最初に自分の調査報告を得意げに話すような様子ではなく、落ち着いた様子で言葉を紡いでいた。

 

 このウマ娘、変に物分かりが良くないだろうか。偏屈そうな印象を受けたので、もっと感情的に反論してくるかと予想していたのだが、すんなりと納得しているようで逆に腑に落ちない気持ちだ。あれだけ好き勝手に喋った俺自身がそういう気持ちになるのもどうかと思うが。

 それにこの違和感を感じるほどの俺への過大評価は一体なんなのだろうか? 

 

 

 

 ──最初、俺のことについて全て調べたとペティは言っていたが、()()()()には辿り着かなかったようで安堵した。

 スタッフ研修生といえど、学生にURAの隠蔽工作を暴くことはできなかったようだ。

 

 

 

「失礼な言い方になりますが、トレーナーさんの事気に入りました。あなたが目指す勝利への道……配属されたスタッフ研修課程のウマ娘として────ん?」

 

 そこでペティは言葉を切ったかと思うと、何かに気付いたかのように後ろを振り向いた。両耳を忙しなく動かして何かを聞き取ろうとしているかのようだ。

 そしてつかつかと歩いて出入口まで近づき、引き戸を開けた。

 

「誰ですか!?」

「あっ……!」

 

 開いた引き戸から1人の制服姿のウマ娘が姿を現した。驚いているような、焦っているような表情をしているそのウマ娘は、緑のリボンで小さくサイドテールを結った髪型をしていた。

 

 昨日出会ったウマ娘、キングヘイローだった。




チャンじゃなくてモエです

ウマ娘時空って便利☆
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