底辺キング   作:シェーク両面粒高

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当作品はイクイノックス号(父キタサンブラック母父キングヘイロー)を全力で応援しています(1話ぶり7回目)

……あまりの走りにまだ呆然としています。


第64話 教え育てる

 ダイアナヘイローは桜花賞の前日である4月9日に行われたクラシック級1勝クラス(阪神芝1600m)に出走し、4着に敗れた。

 

 

 

 その数日後のトレーナー室には、私と部屋の主の2人の影があった。

 

 

「ダイアナから走りのアドバイスやレースの立ち回りについて相談されてただあ?」

 

 トレーナー室のデスクにて、私の話を聞いてスポーツ新聞から顔を上げたのは私の現在の担当トレーナーである坂川健幸だった。新聞の一面には桜花賞の写真判定時の縦線が入った画像が大きく載っていた。

 最初は抵抗があった彼のぶっきらぼうな態度や言葉遣いも気にならなくなった。すっかり慣れてしまったようだ。

 

「いつからだ?」

「えっと……フィリーズレビューが終わってすぐでしたから、3月の中旬ごろです」

「は? ……あの話してすぐじゃねえか……

 

 彼は椅子の背に身体を預け、小さく唸りながら何かを考え込んでいるようだった。

 

「……まあいい。何があったか聞かせてくれ」

「はい……」

 

 ダイアナヘイローに相談された日から今日までのことを思い返し、詳細を彼に話した。

 

 

 ◇

 

 

 坂川に課されたメニュー消化のために室内のウェイトトレーニング室でマシントレーニングを行っていたある日のことだった。

 まだ左足に全体重をかけられないため、それを考慮しての筋トレに励んでいた。

 

 一区切りついて備え付けのベンチで休憩していたところに、トレーニング中のダイアナヘイローがやって来たのだ。最初は彼女もウェイトのために来たのかと思ったがそうではなく、どうやら休憩時間に抜け出してきたようだった。

 私の横に腰かけた彼女は軽く挨拶を交わした後にこんなことを言ってきた。

 

「次のレース絶対に勝ちたいの! 協力してくれないかしら!?」

「……え?」

 

 唐突過ぎて全く話が飲み込めなかった。

 次のレースと言うからにはトゥインクルシリーズでの次走のことだろう。彼女は先日のフィリーズレビューにて4着に敗れていた。

 

「協力……ええ、いいけれど……私にできることなら」

「本当!?」

 

 たくさんの疑問があったが、そもそもの話をぶつけてみた。

 

「でも、なぜ私に? トレーナーさんとはどういう話を……?」

「うっ……トレーナーとはちょっと……あの男は関係ないわ。私がスズカにお願いしてるの」

 

 彼女は気まずそうに目を逸らした。

 坂川から指示されて来たのではないらしい。関係ないとまで彼女は言い切った。

 

(レースのことならトレーナーさんに話をするのが普通じゃないのかしら……?)

 

 そう思ったけれど、奥歯に物が挟まったような言い方から、彼との間に何かがあったことは察せられた。

 誰にだってデリケートな問題はある。あまり触れない方が良いかもしれない。

 

「次のレース、絶対に勝ちたいの。だからスズカに走りのアドバイスとか、こうしたら速くなって勝てるとか、そういうのを聞きたいの。それにスズカは逃げウマ娘でしょう? やっぱり私も逃げた方が強いと思うの! 思い返せばメイクデビューもそうだったし、ポニースクールの時も逃げで勝ってたわ」

「逃げ……」

「このチームって逃げウマ娘はスズカしかいないでしょう? キングは先行から差し、モエさんは先行だし。あと、スズカは私にレースのこと教えてくれたじゃない? そういうレースのあれこれとか、詳しいのよね? 同じ逃げウマ娘として協力してほしいの! お願いっ!」

「そんな、私は……」

 

 彼女の言葉を額面通りに受け取るなら、同じ逃げウマ娘だから私に頼りたいということ。それ自体には筋が通っているように思える。

 ……坂川に話を通していないのは気になるけれど。

 

 私自身、ダイアナヘイローが言うように走りやレースについて詳しいとは正直思えない。まだまだ知らない事ばかりで、坂川に教えてもらっている立場だ。

 

 でも、後輩がこうやって助けを求めているのに無下にはできない。

 後輩……ダイアナヘイローとは見た目も性格も異なるが、シリウスで一緒だったある後輩のウマ娘のことが自然と思い出された。

 

「……分かった。私で良ければ力になるわ」

「やった! ありがとうスズカ!」

 

 ダイアナヘイローは頭を下げながら、耳や尻尾を滑らかに動かして喜びを表現していた。

 

「ちなみに次走ってどのレースか決まっているの?」

「トレーナーは桜花賞か、出られなかったら1勝クラスだって言ってたわ。……あっ!」

 

 彼女はおもむろに部屋の壁掛け時計に目をやると、驚いた声を上げた。

 

「時間過ぎてる!? ごめんねスズカ、私行くわ。この後キングと併走なの。……これから色々教えてね!」

 

 あっという間に彼女は姿を消した。

 

 これがあの日の顛末だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ダイアナヘイローは空いた時間に度々私の元へ訪れるようになった。決して毎日ではなく、週に何度かといった頻度で。

 具体的なアドバイスとしては、おすすめの練習メニューを教えたり、フォームを見てあげたりしていた。そうすると彼女は喜んで実践に移していた。

 的確かどうかは分からないけれど、的を外れたものではないと思う。ここに移籍してからもそうだし、シリウスの前のチームの時は図書室で色々勉強していたから、その知識を生かせた。

 

 でも、彼女が求めてくるアドバイスの中でひとつ引っかかるものがあった。

 

 

『逃げって、どういう風に走ればいいの?』

『え……』

 

 

 思わず返答に詰まったことを覚えている。

 

『スズカの逃げって凄いじゃない? いつもどういうことを考えながら走っているの?』

『それは……』

 

 私が逃げしかしなくなったのはシリウスに移籍してからのこと。前のトレーナーさん……天崎に、思うままに、自分の走りたいように走ってみてと言われたからだ。

 そうすれば気持ちが良くて……そして追いかけていたものが見えたから。見たかった“景色”が見られるようになったから。レースでもそれは変わらない。

 

 

 ──思うままに走る。走りたいように走る。

 

 

 でも、それはあくまでもサイレンススズカ()の逃げで。

 それを彼女にアドバイスとして伝えるのは正しいの? そもそもアドバイスにならない気がする。

 

 

『えーっと……』

『……あっ、ううん。スズカと同じように考えて走れるなんて……私にはまだ難しいわよね!』

 

 

 言い淀んでいる私のことを察してくれたのか誤解されたのかは分からないけど、ダイアナヘイローは気遣ってそう言ってくれた。

 

 それ以降、彼女は逃げについて尋ねてこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 それからも時々アドバイスする日々は続き、そんなこんなでダイアナヘイローは4月9日のクラシック級1勝クラスのレースを迎えた。

 阪神レース場1600m、10日に行われる桜花賞と全く同じ舞台設定。結局、レース実績から桜花賞の抽選対象には入らなかったらしい。

 

 そこで──

 

『先頭はハクサンルドルフ、ゴールインッ!』

 

 ──ダイアナヘイローは逃げて4着に敗れた。

 

 

『ダイアナさん……』

『……スズカ。ごめんなさい、負けちゃったわ。アドバイスたくさんもらったのに…………はあ……』

 

 負けた彼女はこれまでのレース後とは比にならないぐらい悔しそうだった。

 どうしても勝ちたいと言っていた彼女が頭をよぎった。

 

『……負けたんだものね。仕方ないわよ。次は勝ちたいわ。……出来るだけ早く』

『え……』

『だからスズカ。また走りとかトレーニング教えてね』

 

 そんなやりとりがあって、今日に至っていた。

 

 独りになって私は呟く。

 

『私は……』

 

 もっと彼女の力になれたんじゃないだろうか。

 

 でも、これ以上私に何ができるのだろう。

 

 

 ◇

 

 

 

「それで俺に打ち明けた、か」

「……ダイアナさんはトレーナーさんには知られたくないみたいだったのですけど、やっぱり……」

 

 彼女に秘密で坂川に相談するのは彼女を裏切る行為のように思えてかなり悩んだ。

 しかし、レースで結果を出すためなら彼の指導を仰ぐのが一番だと思って、こうして打ち明けた。

 

「トレーナーさんとダイアナさんの間に何があったのか私は知りません。でも、ダイアナさんの力になってあげてほしいんです」

「…………」

「お願いします……!」

 

 彼に向かって頭を下げた。

 彼ならば聞き入れてくれると思っていた。私に手を差し伸べてくれた彼なら。

 

 だから──

 

「ごめんだな。なんで俺が助けてやらねえといけないんだ?」

「……え?」

「フィリーズレビューの後、アイツは俺に走る気はないって言ってきたんだ。俺だって人間だ。んなこと言われたら腹ぐらい立つ。勝手にやってくれたらいい」

「っ!?」

 

 ──拒絶されるなんて思ってもなかった。

 

 あまりの突き放した言いように絶句してしまった。言葉が継げずにいた。

 

 トレーナーならウマ娘の力になるのが当たり前だと思っていた。これまで担当してきてくれた2人のトレーナー達なら、絶対にこんな無責任なことは言わない。

 

「ちょうどいい。そういうことなら次走のレース選択、お前に任せるわ」

「ど、どういうことでしょうか?」

「ダイアナが次走るレース、お前が考えて決めろ。クラシック級1勝クラスのレースだ。相談されてるのはお前なんだろ? 安心しろ、トレーナーとして一応手続きぐらいはしてやるからな」

「トレーナーさん……? な、なにを言って……」

「明日の放課後また話を聞くから、それまでに決めとけ。スマホに今月と来月のレーシングプログラムのPDF送っとく。ダイアナが勝てそうなレースを選べ……俺はこれから用事で外に出るから、さあ帰った帰った」

「えっ? あ……」

 

 坂川にトレーナー室から追い出され、遅れて出てきた彼はそそくさとどこかへ行ってしまった。

 

「勝てそうなレース…………」

 

 ただただこの筆舌しがたい状況に立ち尽くすしかなかった。

 

「どういう、こと……?」

 

 

 

 

 ◇

 

 あまり追求されるとボロが出そうだったので、かなり無理矢理だったが話を切り上げた。

 サイレンススズカと別れて1時間ほどしてからトレーナー室に戻った。

 

「ちょっと無責任に言いすぎたか? ……はあ、もっと良い言い方あったかもなあ。でもやるからには本気で考えてほしいしな……」

 

 何事もインプットだけでは限界がある。自分のものにするにはアウトプット……実践が必要だ。勉強と同じだ。教科書を読んでノートをとるだけではなく、問題を解く必要がある。

 予想しない形になったが、今まで学んできたことを身に付けるには打って付けだ。

 

 ……だが思惑としてはそれだけではない。

 

「“走り”と向き合ういい機会になると思うんだが……“景色”のためにも。吉と出てほしいもんだが、アイツなら大丈夫…………いや、違うな」

 

 病院で虚空を眺めていたサイレンススズカの姿が脳裏によぎる。

 

 

「何が待っていたって、アイツを信じて付き合ってやるんだろうが」

 

 

 目を瞑って、ひとつ息をついた。

 

 頭をダイアナヘイローに切り替えて、レーシングプログラムのPDFを開いた。

 レース条件を確認しながら思案を巡らす。

 

「このへんか……んな簡単な話じゃないが、やるしかねえか」

 

 レースについては大体のあたりはつけた。あとはサイレンススズカの考えを取り入れながら決めていくことにしよう。

 考えついたことをつらつらホワイトボードに書き込みながら、トレーニング内容を組み立てていく。

 

 次走までの間隔は短い。基礎的な能力の底上げに限界はあるのは分かっている。レース当日に絶好調に持って行くための調整も必要だ。加えて故障だけは避けなければならない。

 その辺のノウハウを俺は持っているはずだ。

 

「何があったのか知らねえが、意外に早かったな。……夜食のカップ麺まだ残ってたっけか」

 

 今日の夜は長くなりそうだ。

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 晴れない気持ちで翌日を迎えた。

 

 各々がトレーニングに出払ったあと、昨日とほぼ同じようなシチュエーションで坂川と向き合っていた。異なるのはお互いが机を挟んで座っていることぐらいだ。

 

「で、出走するレースは決まったか?」

「…………いいえ」

 

 昨日坂川と別れてから、彼に思うところがありながらもレーシングプログラムや図書館の本、URAのサイトなどを参考に色々考えた。

 ……しかし、結論は出ないままだった。

 

「候補となるレースはいくつか調べました。でも……どのレースが良いのか決まらなくて……」

 

 ──決まらない。

 

 5月に行われる東京、京都、新潟の1勝クラスのレースをいくつかリストアップしたまでは良かったけれど、そこからが問題だった。ひとつに絞るに絞れない。その中でどれを選ぶべきなのか判断が下せないことに気づいたのだ。

 何よりも選択肢が多い。私含め以前所属していたシリウスのみんなは基本的に重賞しか走らないから、多くて二つか三つの候補から選ぶことになる。

 逆に条件戦はレース場、距離、時期など候補が多すぎるのだ。

 私の事なら私が納得すればいいが、レースを走るのは私ではない。レース場、距離、時期……それらを決めるだけの知識も自信もなかった。

 

 どのレースに出ればダイアナヘイローは勝てる可能性が高いのか? 

 

 ……答えは出なかった。答えを出すだけの見識を私は持ち合わせていなかった。

 

「やはり私では──」

「その調べたレースっての、教えてくれ」

「えっ!? はい……」

 

 彼にルーズリーフを渡した。そこには5月に行われる東京や京都レース場で開催される1400m~1800mのクラシック級1勝クラスを中心に記載していた。

 

「ダイアナさんは全4走のうちマイルが3走、1400が1走でした。なので、同じような距離のレースをいくつか見繕ったのですけど……」

 

 無言で目を通す彼に耐えかねて自身の思惑を伝えた。言い訳がましく聞こえるのは自分のせいだろうか。

 

「確かにレース選択で距離は大事だ。ま、調べられてはいるな」

「……どのレースが彼女に合っているのか分からないんです。この中から選んでも大丈夫でしょうか……?」

「そうだな~……よっと」

 

 彼はルーズリーフを私に返してから立ち上がり、ホワイトボードを机の前まで移動させてきた。

 

「ダイアナは逃げで勝ちたいって言ってんだな?」

「は、はい」

「じゃあ逃げを前提として考える。が、その前に、次走のレース選択にあたって考慮すべきことがいくつかある。ひとつはお前が調べたみたいに、前走までの結果を評価することだ」

 

 まっさらにしたホワイトボードに書き記しながら彼は話し始めた。

 

「その前走、アイツは4着に敗れた。……なんで敗れたんだろうな?」

 

 急に訊かれて言葉に詰まる。フォームとかレース展開とか、そういうことだろうか。

 

「……分かりません」

「そうだよな。俺だって分からん」

「ええ?」

「当たり前だろ? レースなんてのは水物だからな。負けた理由なんて全て分かるもんじゃない。だが可能性を考えることはできる」

 

 私が言った“分からない”と、彼が言った“分からない”の意味は大きく異なっている。彼がそれに気づいているのかは不明だけれど。

 

「ダイアナは1番手、つまり逃げて最後の直線で粘ったが外から来たウマ娘に差された。まずはレース場やバ場について整理するか」

 

 坂川はホワイトボードに前走のレース条件を何も見ずに書き始めた。

 

「阪神レース場1600m。天候は晴れだがバ場は稍重。クッション値や含水率は今回は置いといて、1時間半後のレースでは良に回復してるから良寄りの稍重って認識でいい。阪神レース場開催は2月末から始まり当週は7週目で、AコースからBコース替わり2週目。AコースとかBコースってのは分かるか?」

「はい。芝の痛み具合で、内ラチをずらしてコースを変えること……です」

「そうだ。阪神はAとBの2種類。ちなみに東京とか京都はAからDの4種類。AからBなら内から外に3mから4mラチを移動させたことになる。ここでひとつ質問だ。この阪神マイルのBコース2週目って条件、逃げたダイアナヘイローには有利か不利か、どう思う?」

「……ええっと、それは……」

 

 情報を頭の中で整理してから口を開いた。

 逃げウマ娘は基本的に内ラチ沿いを走るのだから──

 

「やや有利だったのではないかと思います。コースが替わってるわけですから、内のバ場状態は良いのでは」

「そういう考えもあるな。だが、そもそもBコースの内側ってのはAコース開催で外側に位置していた場所だ。7週連続開催してんだから、それなりに痛んでるだろう。逆にBコースの外側は今までほとんど使われてこなかった場所だ。更に阪神の外回りってのは直線が長くて差しが決まりやすい。そう考えるとどうだろうな?」

「……ダイアナさんには不利だった、ということでしょうか?」

「かもしれない、ってとこだな。開催日程進んだバ場ってのは難しくてな。前の週は圧倒的外有利だったのに今週は急に内が有利なんてことはザラにある。次は……そうだな、そもそもの阪神レース場についてだ。()()()()()()()()()()()()()()()()に訊くが、阪神レース場の特徴ってのはなんだ? 小難しいことはいい、最後の直線に何がある?」

「最後の直線……坂、ですか?」

「そうだな。高低差1.8メートル、勾配1.5%。なかなかキツい坂が待ち構えている。逆にダイアナが勝った京都なんかは平坦だな」

 

 コース替わりによるバ場の不利、加えてダイアナヘイローは坂を苦手にしているかもしれない。ということは──

 

「あの日の阪神レース場はダイアナさんに合っていなかった……?」

「その可能性は高いな。翌日の同条件の桜花賞、勝ったジュエラー含め上位陣は外を通ったウマ娘が多かった。逆に内にいたウマ娘は沈んでた。あの週の阪神マイルは逃げウマ娘にとってかなり厳しい条件だったんだろう。フィリーズレビューは差しで走ってたし、桜花賞を目指す予定でメニューも組んでいたから阪神マイルを選んだんだが、上手くいかなかったみたいだ」

 

 マーカーの蓋が締まる音が部屋に響いた。

 

「さあ、こっからが本題だ。以上のことを踏まえて改めて考えていこう。勝つためのレース選びだ。あいつにとって有利な条件は何か。まずはレース場から選ぶか。5月の出走を考えるなら東京、京都、新潟だが……」

 

 坂川は各レース場のコース開催をまとめたものをタブレットに表示して差し出してきた。

 再来週の4月の四週目から第2回東京と第3回京都が、次の週から第1回新潟がスタート。

 東京はAコース、京都はCコース、新潟はBコースで、どこも前回開催からコース替わりとなっていた。

 

「これも見て考えてくれたらいい。考えたついたことがあったら何でも口にしてみてくれ」

 

 坂川から言われたことを頭の中で整理しながら、自身の考えを組み立てていく。

 必死になって、言葉という形にしていく。

 

「どのレース場もコース替わりとなっているので3つに大きな差はない……と思います。あとは、内側のバ場状態を意識するなら開催が進む前のレースを選んだ方が良いのかな、と」

「ほう。……どんどん言ってけ」

「はい。えーっと……強いて言うなら、DからAに替わっている東京が有利だと思います……けれど」

「けれど?」

「東京は直線に坂もありますし、何よりダイアナさんは未経験で……彼女は右回りばかりを走ってきているので、左回りの東京は…………新潟も左回りですけれど……右回りか左回りかって、大事だと思うんです。私が()()なので……」

 

 これは私自身の経験に照らし合わせたものだ。右回りが嫌いなわけではないけれど、私は左回りの方が気持ちよく走れるし、パフォーマンスも上がる。金鯱賞や毎日王冠、そして……怪我をする直前の天皇賞秋。

 個人的には右回りか左回りかというのはとても大事な気がする。これはウマ娘としての……サイレンススズカとしての勘だ。

 

「なので、バ場がやや有利ですけど坂のある左回りの東京や、平坦だけれどこれも左回りの新潟よりは、勝った経験もある京都レース場の方が良いんじゃないかと思います」

「…………」

 

 顔を上げると、黙って腕組みをしている坂川と目が合った。その表情は不機嫌そうにも見えるし、何か考え込んでいるようにも見えた。

 そんな彼の表情がふっと緩んだ。

 

「いいじゃねえか」

「……え?」

「それで行こう。ダイアナの次走は京都にしよう」

「い、いいんですか?」

 

 あっさりと話が通ったことに驚きを隠せなかった。

 

「筋の通った話だと俺は思ったぞ。……なんだ? 実は東京か新潟の方が良いのか?」

「あ、いいえ……京都が良いと思います」

「そうか。……なあスズカ」

「はい……?」

 

 一転彼は真面目な表情をした。

 

「そうやって、自分の場合で考えて、それを形にしていくってのはお前にとってすごく大切なことだ。それが正しいのか正しくないのかは別にしてな。忘れるなよ」

「は、はい……」

「よし。話を詰めるぞ。……距離については俺に提案がある。おそらくだが距離短縮した方が良いと思うんだ。アイツの資質ももちろんだが、スタミナ強化を気にせず実践的なトレーニングに集中できるから短期間でも調整しやすい。詳しい理由は──」

 

 

 

 

 坂川の話は続いていき、彼と話し合った上で、ダイアナヘイローの次走は5月1日の京都1200mのクラシック1勝クラスに決まった。

 

 

 

 

 ……勝手にやってくれたらいい、とは何だったんだろう?

 

 

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