底辺キング   作:シェーク両面粒高

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当作品はイクイノックス号(父キタサンブラック母父キングヘイロー)を全力で応援していました!
ジャパンカップの最後の直線は忘れられそうにないです。個人的にはラジオ日本の実況が最高でした。「現役にして既に伝説」ってキャッチーなフレーズがとても良いです。


本話はあるウマ娘視点の話となります。


第67話 惜日

 

 

 

 いつからだろうか。

 

 

 走るたびに褪せてゆく自分に気づいたのは。

 

 

 

 

 ……ああ、そうだ。それは最初からではなかった。

 

 

 

 

『“──────”! ケンタッキーオークスを制しましたっ! ティアラ路線、世代の頂点に立ったのは“──────”!』

 

 

 

 

 

 間違いなくそこにあった、輝いていた瞬間。

 

 

 

 

 

『“──────”がラカナダステークス優勝! これでGⅠ7勝目です!』

 

 

 

 

 

 疑わなかった。

 

 

 

 これからの私は、今よりもっと輝くのだと。

 

 いつか頂点にたどり着くのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 ……()()が来るまでは。

 

 

 

 

 

 

 

『バヤコアが“──────”を破ってサンタマルガリータ招待ステークスを勝利! アメリカでのGⅠ初制覇となりましたっ!』

 

 

 

 

 あまりにも眩い輝きが、私の輝きを飲み込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 色褪せていく、私。

 

 

 

 

 

 

 それでも、次こそは勝つと決意して、両手を強く握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ふと思う。

 

 

 

 私の輝きは誇れるものであったのか? 

 

 私は自らの残した足跡に胸を張れるだろうか? 

 

 

 

 

 

 

 ……答えは否。

 

 

 

 

 

 

 なぜなら──

 

 

 

 

 

『レコードタイムだっ!!! BCディスタフをレコードで制しましたバヤコア、これでGⅠ8勝目です!』

 

 

 

 

 

 ──手の届かない燦爛たる輝きに灼かれた瞬間を、グッバイヘイローは覚えているから。

 

 

 

 

 ずっと握りしめていた手が緩んだ。

 

 

 

 もう力は入らなかった。

 

 

 

 

 

 

『BCディスタフ連覇達成、バヤコア!!! GⅠ13勝目!!!』

 

 

 

 

 

 手を伸ばしても届かない。

 

 

 

 

 

 永遠に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 宝物を授かった。

 

 

 何にも代えがたく、大切で、そして何より愛おしい。そんな私の宝物。

 

 レースの世界しか知らなかった自分には不慣れなことばかりで、いつも傍らには積み上がった育児本と厚くなった使用人やベビーシッターのメモ。

 

 

 

 

 

 あなたが幸せでありますように。

 

 

 

 あなたのおかげで私が幸せだから、あなたにも幸せになってほしい。

 

 

 

 

 一日一日が色濃く、そして光のように一瞬で過ぎ去っていった。 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 走りたい、とあなたは言った。

 

 

 

 笑顔のあなたが指さす画面の中には、在りし日の私が映っていた。

 

 

 あなたが生まれてからも私は走ってはいたけれど、今ではもう勝負服のデザイナーの道を選び、レースからは離れていた。

 あなたが私の走る姿を実際に見ていたのはもう何年も前……物心がつくかつかない頃のこと。

 

 

 

 私みたいに走りたいと、無邪気に笑うあなた。

 その笑顔を見せられては、断ることなんてできなかった。

 

 

 そもそもウマ娘が走り出すのを止めるなんて、最初から無理な話だったのだ。

 

 

 嗚呼、今思い返すと、あの時の私の奥底ではあなたに期待していたのかも。

 

 

 ……自分に反吐が出そうになる。

 

 

 救いようもないほど愚かで醜く、下劣な自分に。

 

 

 

 ──私が届かなかった燦爛たる輝きを、あなたは持っているかもしれない──

 

 

 

 そんな卑しい期待を抱いていた自分に。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

『わたし、ぜったいにおかあさまみたいなうまむすめになるわっ!』

 

 

 口癖のようにそう言うあなた。

 

 

 

 走り始めたあなたをずっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 言葉にせずとも分かる。あなたは走ることを心の底から楽しんでいる。

 

 

 

 

 

 身体も心も成長して、あなたという個人が徐々に形成されていっても、何も変わらなかった。

 楽しそうにあなたは走っていた。

 

 

 

 親として、私はそんなあなたをただ応援したかった。だってあまりにも幸せそうに走るから。

 

 

 

 

 ──しかし、競技者としての私はそれを許してくれなかった。

 

 

 

 

 あなたの走りからは輝きを感じる。あなたには才能があるのだ。贔屓してるわけではなく、事実として。

 

 けれど、あなたの輝きは()()()()からは遠すぎた。届きそうになかった。届かなかった私だからこそ、分かってしまう。

 

 

 あなたには、全てを蹂躙するような才能は無かった。

 

 ある程度までは上に行けるだろう。でもそれだけ。あなた以上の輝きを持つウマ娘は必ず現れ、いずれ飲み込まれる。

 

 

 待ち受けるのは、手に力の入らなくなった私のような未来。

 

 

 ……あなたにあんな思いをさせるわけにはいかない。あんな残酷な世界、あなたは知らなくていい。

 

 

 

 もうひとつ問題があった。

 

 

 あなたは優しすぎた。

 相手を倒した喜びより、負かした相手のことを心配してしまう。

 あなたの生来の気質……他人を思いやる優しさはレースに向いていない。

 

 

 レースの頂点を目指すうえで、致命的な気質だった。

 

 

 その気質を問題にしないほどの圧倒的な才能を持っていれば別だが、あなたはそうではない。

 

 

 

 

 

 

 競技者としての私が、親としての私に語りかけてくる。

 

 

 

 

 あなたをこのまま走らせてはいけないと。

 

 

 

 

 母親と同じ、惨めな結末が待っているだけだと。

 

 

 

 

 だから私はあなたに言うのだ。

 

 

 

 

 

『あなたに走りの才能はない』と。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 口酸っぱくあなたに言った。

 

 

『レース以外にも道はあるのよ』

 

 

 それでもあなたは走ることを選んだ。

 家を飛び出して、トレセン学園に入ってしまった。私の手から離れてしまった。

 

 

 止めようと思えば止められた。でも止めなかった。

 あなたは誰かに似て頑固だから、言うだけでは理解できないのだ。

 

 

 ……こんなところまで、似なくていいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 伝手を頼って、学園内のレースの情報を得ていた。

 

 同世代で最上位グループに位置するあなた。

 しかし、最上位ではなかった。

 

 

 幸か不幸か、あなたの世代は豊作すぎた。

 前髪に特徴的な流星を持つ娘、栗毛のロングヘアの娘、覆面を被っている娘……この3人は明確にあなたよりも上だった。違い過ぎた。芦毛の逃げウマ娘も、総合的に見ればあなたと同等以上の力があった。

 

 ……芦毛の逃げウマ娘が同期にいるなんて、運命を感じずにはいられなかった。母娘の宿命なのだろうか。

 

 

 

 あなたに待ち受ける未来が透けて見える。

 

 

 尚のこと、あなたをこのまま学園に置いておくわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ある模擬レースの後の電話で、近くにいたというトレーナーと電話をした。

 彼は慇懃無礼を体現したような口調で話し始めた後、豹変して私のトラウマを抉ってきた。

 (はらわた)が煮えくり返った。似たような内容で陰口を叩かれてはいたが、面と向かってそう言われたのは初めてだった。

 

 そして彼が最後に放った言葉に、私は絶句させられることになる。

 

 

『グッバイヘイロー、お前はあそこで才能ってのを知ったのか?』

 

 

 混乱した。

 

 彼とは初対面で全く知らない相手なのに、なぜここまで正鵠を射ることができるのか。

 

 

 ……あとから考えると、別におかしくは無かったのかもしれない。ウマ娘と接しているトレーナーなら分かっていても何もおかしくない。

 

 

 どう足掻いても敵わない。そう思い至って絶望する。

 そんなこと、レースを走るウマ娘には珍しくともなんともない。彼女に会うまでは、私がそちらの立場であって、知らなかっただけ。

 

 

 そのとき混乱していた私はあなたにあのトレーナーだけは駄目だと伝えた。理由は気に食わなかったから。あの他人を小ばかにするような話し方も気に障った。

 

 あなたに相応しいトレーナーだとは思えなかった。性格的な相性は悪いだろう。

 

 しかし、結局は彼が……坂川があなたのトレーナーになってしまった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 ある日のこと。

 仕事場に着くと私宛に謎の問い合わせが来ていると社員から報告があり、一応目を通した。

 

 そこには匿名のウマ娘の育成方針やトレーニングメニューなどが具体的に記されていた。全て根拠づけがされており、文末にはおびただしいほどの参考文献。

 改めて考えるまでもなかった。彼が送ってきたものだとすぐに分かった。

 あの実績の割に力はあるようだった。あの話し方から粗暴でいい加減な人物像を描いていたが、トレーナーとしての中身はそうではなかったみたいだ。

 

 

 

 それは1ヶ月に一度、定期的に送られてきた。返信はしないが、内容だけは毎回目を通していた。

 そうするうちに、ある思いが湧き上がってきた。

 

 

 ──このトレーナーは駄目だ。

 

 

 彼は優秀だった。それが駄目だった。

 

 こんなトレーナーじゃ、あなたは言い訳をさせてもらえない。トレーナーのせいで……なんて、言えない。

 

 あなたは負けた理由を正しくあなた自身に求められる。逃げ道はない。

 

 

 

 

 ……もっとも、あなたが他人のせいにするような娘ではないことはよく知っているけれど。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ホープフルステークスでの初敗北、そして弥生賞での連敗。あなたは敗北を味わうことになった。

 

 特に弥生賞は先頭の2人に離されての完敗。一瞬で差をつけられて、必死で走っても追いつけないあなた。

 ……思わず目を逸らしそうになった。それでも見ていた。あなたが負ける瞬間を。

 

 

 この先に何が待ち構えているか、火を見るより明らかだった。

 だから私は今回もあなたに電話をかけた。

 

『まだ遅くはないわ。これ以上醜態を晒す前に帰ってきなさい、キング。何度も言っているけど、レース以外の道もあるのよ』

 

 あなたはいつものように反発した。

 

『帰らないわ。トゥインクルシリーズで私は、キングヘイローは一流のウマ娘であると証明するのよ!』

 

 いつの間にかあなたが言うようになった“一流のウマ娘”。

 

 “お母さまみたいなウマ娘”ではなくて、“一流のウマ娘”。

 

 ………………一流。

 

 だから私はあなたに訊いた。“一流のウマ娘”と何かと。

 

『クラシック三冠? 天皇賞? ジャパンカップ? 有馬記念? KGVI&QES(キングジョージ)? チャンピオンステークス? ブリーダーズカップ? 凱旋門賞? この中の1つでも? 複数勝ったら? 全て勝ったら? GⅠ勝つにしてもいくつ勝てばあなたの言う一流に届くのかしら? 1勝? 2勝? 3勝……それとも、私のGⅠ7勝を超えれば、かしら?』

 

 

 あなたは黙るだけ。

 小さい頃から一緒。あなたは都合が悪くなると黙ってしまう。

 

 我ながら意地が悪い。……そういう風にしか言えない自身に少し嫌悪感を感じた。

 けれど、あなた自身が走る意味を持たず、ただ漠然と走っていても何も成せない。ただ苦しむだけで終わってしまう。

 ……成そうと思って走った私でさえ、何も成せず褪せていったのだから。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 皐月賞。あなたは負けた。

 

『……』

 

 僅かな差。しかしあまりにも大きい差であることを私は知っている。

 

『……っ』

 

 負けたあなた(キングヘイロー)の姿に、(グッバイヘイロー)の姿が重なった。

 

 

 褪せて終わった自身のことを、今でも色褪せずに思い出せる。

 

 私は未だに囚われたまま。あなたにだけは囚われてほしくないのに。

 

 

 

 その日は電話をかけられなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 日本ダービー。

 

 

 何を考えたのか逃げて惨敗。見ていられなかった。

 

 

 あなたは現実を知ってしまった。レースの残酷な現実を。

 ……泣き虫なあなたは泣いているかしら。

 

 あなたにだけは、こんな思いをさせたくなかった。

 

 

 あなたも潮時だと理解してくれることを期待して電話した。

 

 

 しかし──

 

 

『今は電話する気分じゃないの! ごきげんようさようならお母さまっ!』

 

 

 ──と言われて電話を切られた。

 

 

 理解できなかった。

 

 

 あなたの声色からは、悲壮感を微塵も感じなかったから。

 

 

 

 それどころか逆に──

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 菊花賞5着。あなたはクラシック無冠で終わった。

 危惧していた未来が現実のものとなった。

 

 そしてあなたがトレセン学園に入ってから初めて、あなたから私へと電話がかかってきた。

 私は動揺した。あなたが何を考えているのか分からなかったから。

 

 通話ボタンをタップする指が震えていた。

 

 怖かった。あなたの声を聴くのが。

 

 

 あなたは語り始めた。今までの自分のことを。

 2人に追いつけないばかりか、他のウマ娘に追い越されたことを。

 

 

『お母さまは嘲笑(わら)うかしら? ……っ……言った通りでしょうって……無様ねって……醜態を晒して情けないわねって……っ……』

『お母さま…………私は、ね……っ…………悔しいわ。どうしようなく、悔しいの……っ……』

『分からないの。私が勝って一流のウマ娘だって証明したかった…………っ、でもっ、できなかった。満足に勝つことさえできない……こんなっ…………くっ…………こんな結果にたどり着いてしまった』

 

 涙声で綴られるあなたの気持ち。

 

 私の目の前には泣いてるあなたがいる。

 

 これまでと同じように、あなた(キングヘイロー)の姿に(グッバイヘイロー)の姿が重なる。

 

『お母さまに言われた、一流のウマ娘の意味…………それも結局、分からないまま…………走って負けて、自分が目指す一流のウマ娘の正体も分からないままで…………私は──』

 

 聞いていられなかった。

 話を遮って、帰ってくるように言った。

 

 今のあなたなら、聞き入れてくれると思った。

 

 

 

『嫌よ。私は走るわ』

 

 

 

 ──それでもなお、あなたは走り続けると言った。

 

 あなたは“一流のウマ娘”について話し始めた。

 内容は支離滅裂。結局それが何かは分からないから、走ってそれを探すと。

 

 

 

『私は走り続けることで一流のウマ娘が何かを探して、そして証明する。ただ見つかるのを待ってるんじゃない、走ることで見つけていくの。私が、私だけの一流のウマ娘を見つけていくのよ!』

『私のレースを、私の走る姿を見てなさい。……それだけよ』

 

 

 

 いつの間にか涙声ではなくなっていて、あなたの声には力強さだけがあった。

 

 

 

 気づくと、あなた(キングヘイロー)の姿に重なっていた(グッバイヘイロー)の姿が無くなっていた。

 

 

 

『……はあ。ほんとうに、バカな娘』

 

 ──ほんとうに、ばかな()()娘。

 

 ──けれど、あなたは、私ではないのだものね。

 

 

 

 通話を切った。

 

 

 

「…………」

 

 

 言っていることは滅茶苦茶。

 

 でも、あなたは前を向いた。

 

 

 私が危惧していたことを経験してもなお挑もうとする。

 

 あなたはまだクラシック級。これから先、これまで以上の苦難が待ち構えているかもしれない。

 

 そこで、私のようにならないとは限らない。折れてしまうかもしれない。

 

 

 

 それでもあなたはまだ固く両手を握りしめている。

 

 

 

 

 私の願いが叶うなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──どうか、あなたに幸せな結末が待っていますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上をもって幕間2は終了となり、本編へと戻ります。
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