底辺キング   作:シェーク両面粒高

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第9話 底辺 vs キングヘイロー

 私は廊下で息を潜めて坂川とペティの会話の一部始終を聞いていた。沢山の情報が一気に入ってきて、頭がまだ整理できていない。

 

「…………」

 

 しかし、彼の語った言葉が妙に耳に残っていることは確かで──

 

『何度悔しい思いをしようが、惨めな思いをしようが、俺は絶対に諦めない。今担当しているウマ娘を絶対に勝利へと導いてやる……そんな気概でやってんだ』

 

 それはおそらく彼の信念。どこかで似たような意味の言葉を最近耳にした気がする。

 

 そう、それは自分の口からだ──

 

『キングは後退しない。決して首を下げない。そういう覚悟で、私はここに来たんだもの!』

 

 自身の才能を示すために、どんなことがあろうとも屈することなく立ち向かおうと決めたその在り方。

 それはキングヘイローというウマ娘としての矜持とも言えるもの。

 

「…………」

 

 今の感情をうまく表現することができないでいた。

 それでも、自身の中で変化があったことは認識できていた。

 

 それは坂川という1人のトレーナーへの見方が昨日とは一変したことだ。

 昨日の会話から、彼は結果を残せていない現状に何の不満も抱いていないような、不真面目で不甲斐なくて情けなくて口も悪くて見た目も冴えなくて実績も性格も最低で、決して私とは相容れることのないトレーナーだと思っていた。

 しかし、こうも思っていた。今までスカウトしてきたトレーナーはあんな的確で技術的なアドバイスは話してくれなかったのだ。こちらを持ち上げるような誘い文句や母親の話をするトレーナーばかりだったので、スカウト目的ではなかったとはいえ坂川の言葉を新鮮に感じたのも事実だ。

 

 

 昨日の彼との会話と今日聞いてしまった会話を受けて、キングヘイローの中には1つの思いが生まれていた。

 

 

「坂川健幸、あなたと……私は──」

 

(って、あっ!)

 

 それが言葉として思わず漏れてしまったことに気付いたとき、部屋の中から足音が聞こえてきた。つかつかとこちらに向かってきている。多分中にいるペティというウマ娘だろう。

 このタイミングでは逃げられないし、かといって何もしないで盗み聞きしていたと思われるのも癪だ。どうしようか、どうしようかと心の中で右往左往しているうちに、その引き戸が開かれた。

 

「誰ですか!?」

「あっ……!」

 

 薄暗い廊下を灯りが照らす。部屋の中にいたのは、目の前で怪訝そうな表情をしているペティとデスクの椅子に座って眉間に皺を寄せている坂川だった。

 

 ◇

 

「あなたは? もしかして盗み聞きですか? いい趣味してますね」

 

 ペティが扉を開いた先にいたキングヘイローは傍から見ても焦っているように見えた。

 

「キ、キングが盗み聞きなんてするわけないじゃない! 今ここに来たばかりよ!」

「キング……? ああ、あなたキングヘイローですか?」

 

 ペティはキングヘイローのことをかろうじて知っていたようだ。トレーナーの間だけでなく、学園のウマ娘の間でもある程度名前と顔は通っているのだろう。

 

「ええ! 私はキングヘイロー、一流のウマ娘よ! キングのことよく知らないあなたには特別にキングコールを聴く権利をあげるわ! その時を楽しみに待つことね!」

「はあ……よく分かりませんが、トレーナーさんに用事ですか? 私は話が終わったのでちょうど良かったです」

 

 俺に背中を見せていたペティが白衣をなびかせてこちらに振り返った。

 

「話もできましたし、これで失礼します。今日の午後からお世話になりますが、放課後はどうすればいいですか?」

「……とりあえずここに来い。ウチのウマ娘と顔合わせする必要もあるし。ウチの、って言っても今はカレンモエしかいないけどな」

「分かりました。じゃあまた放課後来ますね」

 

 そう言ってペティはキングヘイローの横を通り過ぎ、トレーナー室から去っていった。残ったのは扉の前でばつの悪そうな顔をしているキングヘイローとそれを眺めている俺の2人だった。

 

「「…………」」

 

 両者とも無言の時間が流れる。埒が明かないのでこっちから切り出すことにした。

 

「よう、何か用事か? キングヘイロー」

 

 俺がそう声をかけると、キングヘイローは大きくため息をついてからトレーナー室の中に入ってきた。振り返って引き戸をきっちりと締めてから、デスクの前までやってきた。

 

「これ、あなたの物でしょう?」

 

 そういってキングヘイローは黒い革製の細長いケースを取り出してデスクに置いた。

 

「お前! これをどこで!」

 

 見間違うはずもない。今日の朝から探していた万年筆のケースだ。急いで中を確認すると、見慣れた万年筆の姿がそこにあった。

 

「良かった……!」

 

 安堵した俺はケースに入った万年筆を両手で優しく包み込んで祈るようにそう言った。もしかしたら見つからないかもしれないと思って気が気でなかったので、心の底からの言葉だった。

 そんな俺を見たキングヘイローは静かに諭すように口を開いた。

 

「そんなに大事なものなら、不用意に落とさないことね。あなたと昨日会話した水場の近くに落ちていたわ」

「返す言葉もねえ。いや、本当にありがとう。もしかして届けるためにここまで来てくれたのか?」

「……ええ、そうよ」

 

 わざわざそんなことしなくても学園の教師にでも渡せば届けてくれただろうに。律儀と言っていいのかは分からないが、親切な奴だ。

 

「感謝してもしきれねえ。何かお礼をしたいぐらいだが」

「そんなもの必要な──お礼、ね。じゃあ、聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」

「? ああ、なんでも構わないが……」

 

 キングヘイローは胸の下で腕を組んで、真剣な目をしていた。

 

「あなたはどういうトレーナーになるつもり?」

「……ん?」

 

 どういうトレーナーとはどういうことだろうか。質問の意図が全く読めない。

 

「あなた、悔しくても惨めでも、それでも諦めないんですってね」

 

 さっきのペティとの会話のことだと瞬時に分かった。

 

「! やっぱり盗み聞きしてやがったのか!?」

「キングが盗み聞きなんてするわけないでしょう失礼ね! たまたま廊下にいたらこのキングの優秀な耳に聞こえてきたのよ! だいたい、戸をきちんと閉めない方が悪いわ!」

「やっぱり盗み聞きじゃねえか……」

 

 小声で突っ込みを入れつつ、その質問の本心を探ってみる。

 

「で、何だその質問は。茶化すわけじゃなくて、本当に意味が分からねえ」

「……そうね、質問を変えるわ。あなたは一流のトレーナーなのかしら? ペティさんが熱弁を振るっていたけれど」

 

 可笑しなことを言う。俺が一流のトレーナーであるはずがない。

 

「ペティのアレは過大評価だ。俺は重賞を1個もとれない弱小、底辺のトレーナーだ。真の一流トレーナーなら重賞だろうが未勝利戦だろうが勝たせられるからな。俺が一流のわけがない」

「……そう。なら次の質問、あなたは一流のトレーナーになれる人かしら?」

「そんなこと分からないに決まってるだろ。まあ、なれたらいいんじゃねえか?」

 

 軽い返答をした俺に向かってキングヘイローが睨みつけてくる。まるで昨日みたいだなと思い出しながらキングヘイローと目を合わせていると、その睨みつけている顔がすっと解けていった。

 

「あなた、口だけね」

 

 見下すような、どこか失望したような口調でキングヘイローはそう言った。

 

「あ?」

「あなた、一流のトレーナーになりたくないの? 絶対に諦めないとか、ウマ娘を絶対に勝たせてやるとか言っていたけど、そんな口ぶりなら本気で目指してはいないように見えるわ。その2つを貫き通した先に一流トレーナーの称号があるのではないの?」

「何が言いたいんだ?」

 

 まるで昨日の会話とは逆の立場のように俺はそう言った。

 ここまで話しても俺はキングヘイローの真意を掴めずにいる。これではまるで、俺に一流トレーナーを目指せと言っているようなものだ。

 

「あなた、カッコいいことを言いたかっただけで、別に本気でないんでしょう? 上っ面の言葉ばかりで本当は大して悔しくも惨めでもないんでしょう?」

「……ああ?」

 

(何だコイツは、何か目的でもあんのか?)

 

 おそらくキングヘイローはわざと俺を煽っている。直感ながらそう感じた。そうでなければ、昨日の意趣返しにしては回りくどすぎる。どうでもいいなら、興味がないなら、黙って帰ればいいだけのことだからだ。

 

「へらへらして、担当ウマ娘が負けても『俺は底辺トレーナーだ』って言って言い訳を重ねてきたんでしょう!? 『絶対に勝たせる』とか、聞いて呆れるわ! 一流のトレーナーになれるかどうかの前に、あなたは一流のトレーナーになろうとさえしていないのよ! そんな半端な覚悟で一流のトレーナーになれるわけがないし、その資格もないわ!」

「…………」

 

 キングヘイローは厳しい口調で俺を責め立てるように言った。

 わざとだとしても、ここまで言われたら黙ってはいられなかった。

 

「……好き勝手言いやがって」

「あら、また何か言い訳?」

「大して悔しくない? 惨めでもない? ……んなわけねえだろうが!!」

 

 デスクを右の拳で思い切り打ち付けた。木製のデスクがドンと音を立て、右の拳にいつかの新潟のときのように鈍い痛みが入った。

 

「担当ウマ娘が負ける度に最悪な気持ちになるんだよ! これは10年間何一つ変わらねえ!」

「……」

 

 キングヘイローはじっと俺を見ていた。

 

「それに一流のトレーナーになりたいかだと……なれるなら今すぐなりたいに決まってんだろうが! なれるならいくらでも一流になってやるよ!」

「……!」

 

 今のこの状況(底辺)に陥ったのが()()()()()()だとしても、現状に満足したことなんて一度も無い。一流のトレーナーだと名声を得たいし、リーディングトレーナーにだってなりたい。トレセン学園のどのトレーナーだってそう思っているはずだ。

 今でも常に上を目指し、1つでも多く担当ウマ娘を勝たせられることを(こいねが)っている。

 

 キングヘイローは考え込むように下を向いてから、顔を上げて再び声をあげた。

 

「ならさっきの質問で一流トレーナーになると言い切ってみなさい! 『なれたらいいな』なんて言って逃げているから──」

「口にする言葉がすべて本心だと思うなよキングヘイロー! お前はまだガキだからそこが分かってねえんだ! だいたい、結果が伴ってないのにお前みたいに一流一流なんて普通は言えねえんだよ! んなことする奴はピエロか現実が見えてないアホだ!」

「ガ、ガキ……ピエロ、アホですってぇ……! それはともかく! 人前で一流と言い張ることで背負うものがあることぐらい、理解しているわ!」

 

 俺とキングヘイローは睨み合っていた。会話はヒートアップしていたが、この無言の睨み合いが10秒ほど続くと一旦落ち着きの様相を見せた。

 

「「…………」」

 

 お互い目線を外し無言の時間が続く。売り言葉に買い言葉の要領でまた言い過ぎてしまったようだ。今日はペティといいキングヘイローといい俺の癇に障ることばかり言ってくる。

 

 俺は少し冷えてきた頭で次に何を言うか考えていると、キングヘイローの方が口を開いた。

 

「……ちょっと、いいかしら」

 

 声を落として、落ち着いた様子でこちらを伺うようにキングヘイローはそう言った。

 

「今度はなんだよ……」

「もしあなたが私のトレーナーだとして、私がGⅠを勝ちたいと……一流のウマ娘になりたいと言ったらあなたはどうする?」

「……なんだその質問」

「いいから! 答えて」

 

 静かだが有無を言わさぬ真剣な様子のキングヘイロー。

 質問自体に疑念を抱きながらも、その仮定を考えてみる。もしキングヘイローが担当ウマ娘でGⅠを勝ちたいと、一流のウマ娘になりたいと言ったら──

 

 

「もしお前が担当ウマ娘なら」

 

 

 もしそうなら、俺の担当ウマ娘であるキングヘイローがそう言うなら、俺の答えは決まっている。

 

 

「────GⅠを勝たせてやる。お前を、一流のウマ娘にしてやるよ」

 

 

 俺がそう言い切ると再び静寂がトレーナー室を包んだ。

 キングヘイローはそっぽを向くように横を向いた。なのでこちらからその表情は窺えないが、耳と頬が若干赤くなっている気がする。そして小声でなにか唸っているのが聞こえた。

 

「……~~~~っ」

 

 この時間で俺の頭は改めて今の質問の意味を考えていた。

 俺がキングヘイローのトレーナーだったらという仮定。キングヘイローがGⅠを勝ちたい、一流になりたいと言った時に俺はどうするかという仮定。

 そして俺に一流トレーナーになれと言わんばかりの先程までの話。

 

(それじゃまるでこいつは俺に────)

 

 と、考えたところでキングヘイローがこちらを向いた。そしてあの笑みであの高笑いを始めたのだ。

 

「おーっほっほっほ! これまでのキングへの不躾けな振る舞いを不問に付してあげる! 寛大なこのキングに感謝しなさい!」

「は?」

 

 いきなりキングヘイローは意味不明なことを言いだした。

 

「まったく、キングの冴えわたる計略には我ながら惚れ惚れするわ!」

「一体何を言ってんだお前は? 頭おかしいのか?」

 

 俺はそう言う他なかった。何を言ってるのかさっぱり分からない。

 

「このキングに対して頭がおかしいですって? ()()()()そういう戯言は慎むことね」

 

 キングヘイローは自信にあふれたような様子で、こちらに手を差し出した。

 

 これから……? もしかして彼女は────

 

 

「一度しか言わないからよく聞きなさい!」

 

 

 ────それが俺の勘違いでなければ、おそらく彼女は。

 

 

「あなたには私の────」

 

 

~~♪♪ 

 

 

 そこで突然鳴り響いたのは軽快な機械音。着信音だと思われるそれはキングヘイローから聞こえていた。

 

「もうっ! いいところだったのに一体誰が──」

 

 キングヘイローはスマホを取り出して画面を確認した。電話をかけてきた相手が表示されているであろうそれを見て、キングヘイローは露骨に顔をしかめてこう呟いた。

 

「お母さま……」

 

 お母さま──キングヘイローの母親となると、電話をかけてきたのはグッバイヘイローその人なのだろうか。

 

 トレーナー室に着信音だけが鳴り響いていた。

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