終末の異世界で生き残るため、TS魔法少女となってスパチャを稼ぐことになった話   作:星野純三

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第33話

 この熱帯の都市では、日が暮れてからが本番だ。

 灼熱の太陽が消えて月が昇り、海からの風が大気を冷却して、気温が一気に落ちる。

 

 セウィチアの商区では街灯の魔導ランプに明かりが灯り、橙色の光が街路を照らし出す。

 食べ物や飲み物を売る屋台が通りに並び、そこに人々が集っていた。

 

 セウィチアの広いメインストリートを、おれとメリルアリルが並んで歩く。

 せっかくだからデートにでも行ってこい、とエステル王女に命令されたのだ。

 

 シェリーが自然についてこようとしたものの、王女に「シェリーちゃんはあたしとお話ししようねー」と抱きつかれ、連れて行かれてしまった。

 

 すまん、妹よ。

 兄も権力には勝てない。

 

「懐かしいです、こういうの。故郷では兄といっしょに、こっそり街に出ていたんです」

 

 メリルアリルが通りを歩くセウィチアの人々を眺めて呟く。

 この地の人々は、褐色の肌の持ち主が多い。

 

 そういえば、ゲームでも褐色の肌のキャラがいたな。

 あいつら、このへんの出身だったんだろうか。

 

「お兄さんは今、どこに?」

「父の下で東方騎士団を統括しています。けっこう強いんですよ」

 

 東方騎士団は東の国との国境に配置されている。

 近衛騎士団や、帝国との国境を支える西方騎士団ほどではないが精鋭で、その構成員はみんな、おれなんかよりずっと魔力保有量が高い。

 

 ちなみにメリルアリルの魔力保有量はおれの七倍くらい。

 最近インフレしてるからアレだけど、一般騎士の七倍ってかなりのエリートだから、彼女もたいしたものなのだ。

 

「でも、きっと兄の剣術は、魔族や魔物相手にはあまり役に立たないんですよね。エステル殿下にお聞きしました」

「各騎士団でもそっち方面の訓練を始めた、って聞いたよ。それに、魔族には人型のものも多い。相手次第では充分に通用するはずだ」

 

 そういえば、とふと思う。

 彼女はおれをどこで知ったのか。

 

「ひょっとして、メリルアリルさん」

「メリル、と呼び捨てでお願いします」

「メリル、きみはエステル殿下のそばにいて、そこでおれをみたことが?」

「はい。殿下の側仕えをしていたとき、なんどもおみかけしました。それに、戦っているとき、殿下が螺旋詠唱(スパチャ)しているところもみていました。煽りコメントを入れているところも黙ってみていました」

「煽りは止めようよ!」

「ごめんなさい」

 

 言葉とは裏腹に、メリルは嬉しそうだった。

 

「殿下、アランさんと絡むとき、とても生き生きとしているんです」

「いつも自由すぎるんだよなあ。ああ、それとおれのことも呼び捨てでいい」

「はい、アラン。わたし、あなたになんどもお茶を出しているんですよ」

「すまん、気づかなかった」

「目立たないのが側仕えの務めですから、それでいいのです」

 

 そうはいっても、なあ。

 少し気まずくなって、おれは後ろ頭を掻いた。

 

「覚えていますか、アラン。殿下とあなたが初めて会ったときのこと」

「覚えてる。挑発されたな。ただの騎士見習いの身で、なにができるのか、って」

「なんて返したか、わたしも覚えていますよ。『ただの騎士見習いが王族より活躍できるシステムをつくるんだ』って啖呵を切ったんですよね」

「おれ、そんな失礼なこといったっけか……」

 

 仮にも王族であるエステル王女に対して、なんてこといってるんだ、過去のおれ。

 

「でも殿下は、とても嬉しそうでしたよ。わたしも嬉しかったんです」

「きみも?」

 

 メスガキ煽りされて喜ぶやつらはともかく?

 

「なにものでもない、ただ高い魔力を持って生まれたが故に義務を背負った人に対して、アラン、あなたはこういったのです。『魔力なんかに縛られて、己の定めを決めるな。諦めるな』って」

「それは……」

「高い魔力には強い義務が伴う。わたしたちは、もちろん殿下も、そう教わってきたんです。アラン、殿下はあなたに会う少し前に、『もうすぐ料理なんて遊びからは卒業しないとね』っていっていたんですよ」

 

 それは、知らなかった。

 ひょっとして、今みたいな食の権化になったのって、おれのせいなのか?

 

 そういえば、エステル王女と最初に会ったときって、あのひとまだあそこまでふとましくはなかった気がするな……。

 めちゃくちゃ悪い方に影響を与えてしまった気がする。

 

「わたしも、そうでした。あまり身体が強くなくて、家で活躍する道がなかったんです。貴族の家に生まれて魔力を活用できない者というのは、とても肩身が狭いんです」

「そういう話は、あまり聞いたことがなかった」

「下の者には伝えませんからね。知らなくても無理はありません。騎士は騎士の働きをすればいい、と考えるものです。貴族は貴族の働きを、王族は王族の働きを」

 

 ヴェルン王国(うちのくに)ではよく聞く言葉だ。

 でも、とメリルアリルは続ける。

 

「アラン、あなたはリアリアリア様以上に、王国放送(ヴィジョン)システムに熱心でしたね。騎士見習いが、王族の働きをするためのシステム。殿下にとって……いえ、わたしにとっても、それは救いだったんですよ」

 

 少女は、花が咲いたように笑った。

 ほんのつかの間、それにみとれた。

 

 婚約者、か。

 政治的な事情があるとはいえ、身内になる、ということだ。

 

「どうしましたか」

「守らなきゃいけないものがどんどん増えるなって思ったんだ」

「わたしのことも、守ってくれるってことですか」

 

 十歳で前世の記憶が戻ったころ。

 最初は、せめて両親と妹だけは守らなければという一心だった。

 

 やがて、少しずつ、その対象が増えていった。

 

 町の人々を守りたくなった。

 リアリアリアを守りたくなった。

 

 王都に赴いてからは、この国の王族たちを守りたくなった。

 アリスになってからは、アリス(おれ)を応援してくれる人々を守りたくなった。

 

 そして今、目の前の少女も守りたくなった自分がいる。

 

 魔王軍の侵攻から。

 迫り来る破滅から。

 

 これは分不相応な願いなのだろうか。

 

「嬉しいです」

 

 それでも、おれに対して向けてくれるこの笑顔のために、頑張りたいと思った。

 それが、どれほど無謀なことだとしても、である。

 

        ※※※

 

 セウィチアの民芸品はヴェルン王国でも人気がある。

 内陸国であるヴェルン王国では、真珠貝で装飾された指輪や腕輪を異性に送るのが最上とされていた。

 

 せっかくセウィチアに来たのだから、ということで、おれとメリルは民芸品を並べている屋台を覗き歩く。

 屋台で売っている品なんて偽物ばかり、かと思いきや、この商区の大広場では、正規の業者として許可証を掲げて商売している者たちだけが屋台を並べることができるのであった。

 

 で、正規品の指輪や腕輪、胸飾りに掲げられた値段をみて目を剥くまでがひとつのルーチンであるらしい。

 おれは騎士見習いとしてはそうとう裕福な部類のはずだが、やはりなんというか、この、値段……マジ?

 

 う、うーん、なんとか出せるけど。

 いや最悪、おれが管理している機密費に手をつければ……あとでへそくりから補填すれば……。

 

「アラン、気持ちは嬉しく思います。ですが、プレゼントは無理のない範囲でお願いしますね」

 

 速攻で釘を刺された。

 できた人である。

 

 そりゃ、あれだけ奔放なエステル王女の侍女だったんだもんな。

 

「情けない婚約者ですまないが、いまはこれを贈らせてくれ」

 

 おれは宝石を断念して、青い貝殻でできたネックレスを買った。

 その場でメリルの首にかける。

 

 胸もとで、貝殻が虹色に輝いた。

 これ、なんの貝殻なんだろうな……?

 

「嬉しいです。大切にしますね」

 

 メリルは、屈託のない笑みをみせた。

 

        ※※※

 

 セウィチアは商人たちがしのぎを削る、商売の国だ。

 国政に口を出すためには、より多くの税金を納める豪商になればいい。

 

 激しい競争の結果、勝者も出れば敗者も生まれる。

 昨日まで羽振りがよかった気鋭の商人が今日になって一家奴隷落ちなんてのもよくあること、らしい。

 

 いや、噂話にしてもそれ裏でなんか腹黒いことしてたでしょ……という感じではある。

 そもそもセウィチアで奴隷は、表向き、犯罪奴隷だけのはずだし。

 

 まあ、そういう国であるから、ちょっとでも裏通りに足を踏み込めば、かなり治安が悪いと事前に注意を受けていた。

 おれひとりならともかく、メリルといっしょに歩くような道ではないと。

 

 とはいえ商区のなかをうろついている分には大丈夫、だったはずなのだが……。

 

 気づくと、おれとメリルは前後数名ずつの、明らかにごろつき、ならず者とおぼしき方々に囲まれていた。

 半分くらいがモヒカンで、ナイフを構えてへへへと舌なめずりしたりしていて……すごいな、なんてテンプレな人たちなんだ。

 

 周囲の人影が、いつの間にか消えている。

 あーこれ、人払い系の魔法を使われてるな。

 

「いちおう聞くけど、おれたちがヴェルン王国から来た外交官と知っての狼藉か?」

 

 おれはメリルをかばうように建物を背にして立ち、腰のホルスターから小杖(ワンド)をとり出して訊ねる。

 合わせて八人の男たちは、おれとメリルをとり囲み、にやにやと笑っているだけだった。

 

 金で雇われて、目的は聞かされていないタイプかな、と当たりをつけた。

 まあ、いずれにしろ……。

 

 けっこうまずいわ、これ。

 だっておれ対魔族および魔物特化で鍛えたタイプだし、魔力リンクがないと平均的な騎士くらいの魔力量しかないし。

 

 もちろんわが国の平均的な騎士は、ごろつきの三人、四人くらいならなんとかする。

 でもこれが十人近くとなり、しかも背に女性を抱えているとなると……。

 

「メリル、おれが合図をしたら逃げてくれ」

「あ、えっと、アラン、その」

「どうした、今は……」

 

 メリルが、ちょいちょい、とおれの服の端を引っ張る。

 

「心配するな。きみはおれが守るから……」

「そうではなくて、ですね」

 

 メリルは、自身も小杖(ワンド)を握る。

 その先端が淡く輝いた。

 

「こいつ、魔法を使うぞ!」

「さっさとやっちまえっ!」

 

 ごろつきたちが、一斉に迫ろうとして……。

 

「えいっ」

 

 背から、強い風が、吹いた。

 飛び込んでこようとしたごろつき八人が、全員、吹き飛ばされて仰向けに倒れる。

 

「今のは、きみが……?」

「あ、はい。護身用の魔法です。お役に立てますか?」

「そりゃあ、もう」

 

 おれは、よろめきながら起き上がってくるごろつきたちに視線を向ける。

 そうだよな、この大陸の貴族って、つまり騎士より魔力がある奴らのことだもんな。

 

 シェリーほどじゃないにしても、彼女だっていっぱしの魔術師だ。

 ひょっとしたら、おれなんかよりよほど強いかもしれない。

 

「わかった、背中は預けた」

「はいっ!」

 

 おれは、ごろつきたちの体勢が整わないうちに、包囲する彼らの一角にとびこむ。

 小杖(ワンド)を小剣に変化させて、すれ違いざまの一撃でひとりの首を刎ねた。

 

 鮮血が舞い、頭部を失った男が倒れ伏す。

 吹き出るその血を浴びる間もなく、おれはその場を離脱している。

 

 残りのごろつきたちが、一瞬、おれの姿を見失った。

 その隙に、別の男の背後にまわり、背中からうなじのあたりに小剣を突き立てる。

 

 これで、ふたり目。

 

 なんか暗殺者みたいな戦い方だが、これって師匠から習った、大柄な相手に対して肉体強化魔法を使って優位に立つ戦い方、ってやつなんだよ。

 この戦い方を極めたからこそ、アリスがいる。

 

 ちらりとメリルの方をみる。

 彼女は小杖(ワンド)を掲げて、周囲を牽制していた。

 

 男たちはさきほどの突風をみているから、迂闊に飛び込めずにいる。

 よし、それでいい、いちばん助かるサポートだ。

 

 実際のところ、今、無差別に突風を撃たれるとおれも喰らってしまうからなあ。

 それでも、いざとなったら構わずぶっ放してくれていいけど。

 

 そう、アイコンタクトを送る。

 メリルは緊張した面持ちでうなずいた。

 

「ま、任せてください! ちゃんとアランは外します!」

 

 バッドコミュニケーション!

 

        ※※※

 

 このあと、ふたりの連係で、普通にごろつきを半分くらい倒したところで、残りが逃げていった。

 おれとメリルは、生き残りをひとり止血して、大使館に連れて帰った。

 

 その男を軽く尋問し、ついでに魔法で調べた結果、なにものかに精神操作された痕跡が発見された。

 

「禁術……かな。わたしの手には負えないやつだ」

 

 シェリーの分析に、大使館の皆が戦慄した。

 

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