終末の異世界で生き残るため、TS魔法少女となってスパチャを稼ぐことになった話   作:星野純三

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第52話

 時刻は、日暮れの少し前。

 そこは、王都の商区の裏通りにある、少し薄汚れた外観の酒場だった。

 

 おれは自己変化の魔法(セルフポリモーフ)を使い、四十歳くらいの猫背の中年男に変身した。

 

 同行する小柄な女性と共に酒場に入る。

 小柄な女性とは、まあつまりおれの師匠のエリカである。

 

 おれは師匠に、最近、自己変化の魔法(セルフポリモーフ)でいろいろな人物に変身できるよう訓練しているという話をした。

 すると彼女は、「じゃあいっそ、普段はいかない場所で普段はやらない役割を演じてみろよ」といいだしたのである。

 

 こんなことをしても戦闘の役には立たないかもしれないが……。

 自己変化の魔法(セルフポリモーフ)の幅を広げる訓練ということなら悪くはない……のか?

 

 そういうわけで、今回おれが演じる役割は、哀愁漂う冴えない中年の商人である。

 ちなみに師匠の演じる役割は、商人の護衛とのこと。

 

 それ師匠の以前の仕事ですよね?

 というか子どもみたいな外見の師匠が演じる役割として、ひどく不似合いだと思うんですけどー。

 

 ちなみに店に入る前、師匠は薬瓶をとりだすと、鼻をつまんで中の琥珀色の液体を一気に飲み干していた。

 

「げーっ、まずーっ。けどまあ、これでよし、と」

「酒に酔わない薬ですか」

「そうだぜ。あたしの場合、こういうところに入るときは必須なんだよ」

 

 師匠、アルコールが本当に駄目だからなあ。

 酒精の臭いですらアウトである。

 

 ということで、酒場に入る場合、この薬が必須なのだとか。

 たいへんだなあ。

 

「あ、そうそう。この酒場、あたしの昔の知り合いがけっこういるから」

「へー」

「だからまあ、顔パスよ」

 

 なるほどなー。

 ふたり並んで、薄暗い酒場の店内を見渡す。

 

 天井から吊り下がっている照明の魔道具が、酒場全体を橙色に照らしていた。

 席の数は五十くらいで、客入りは半分くらいか。

 

 人相の悪い男性客が多く、腰に剣を差しているもの、壁に槍を立てかけているものなど、剣呑な雰囲気の者が客の大半であった。

 彼らは新しく酒場に入ってきたおれたちをじろりと睨み――。

 

「うわっ、なんだあいつら」

「中年男とロリ? 犯罪だろ……」

「おい、やべえぞ。誰か街警に連絡しろ」

 

 おい、話が違うぞ。

 焦って師匠を見下ろすと、彼女はてへぺろと舌を出した。

 

「あたしが王都にいた頃とはだいぶ客が入れ替わったんだなあ。知り合いがひとりもいねーや」

「あら、エリカじゃない」

 

 カウンターから女性の声がかかった。

 中年で小太りのウェイトレスが泡の立つ木製のジョッキを両手で合わせて四つ持ったまま、おれたちのもとにやってくる。

 

「ずいぶん久しぶりね、エリカ。何年ぶりかしら。王都に戻ってきたのね」

「お、おう。久しぶり、ジュリ」

「どこで野垂れ死んだんだか、って噂してたんだよ。みたところ、まだ護衛の仕事をしてるのかい。そういえば、知ってる? あんたと同じ名前の凄腕の剣士が、アリスちゃんの師匠なんだって。エリカって名前、東方ではけっこうよくあるのかい?」

「あ、ああ、そうだな。うん、そういうこともある。あたしはアリスのこと、よくしらねーが」

 

 視線をあちこち彷徨わせて挙動不審になる師匠。

 おいおい、全然駄目じゃねーか。

 

 仕方なく、おれが話に割り込む。

 

「失礼、わたしは旅の商人です。護衛の彼女によれば、手頃な酒場とのこと。喉が乾きました。一杯いただけますかな」

「あらあら、ごめんなさいね。どうぞ、そこらの空いている席ならどこを使ってもいいわ。まずはエールでいいかしら。エリカは当然、果実ジュースよね」

「それと、軽くつまめるものを。彼女にも同じものをお願いします」

 

 師匠にジュリと呼ばれたウェイトレスは、笑顔で注文を受けると、ジョッキを客のテーブルに置いてカウンターの裏に戻っていった。

 注文を繰り返しているから、あちらに料理をする者がいるのだろう。

 

 おれと師匠は適当な隅のテーブルを選び、並んで席に腰を下ろす。

 周囲の客たちは、もうおれたちのことなんてみもせず、自分たちの話題に戻っていた。

 

「師匠、演技するって話、どうなってんですか」

「す、すまん。出鼻をくじかれて、ちょっとばかりテンパっちまった」

 

 額を寄せあい、小声で会話する。

 それにしても、師匠って王都にも知り合いがいたんだなあ。

 

 おれの知らない過去の師匠がこの地で暮らしていたなんて、ちょっと不思議な気分だ。

 いや、あたりまえなんだけど。

 

 で、いまのジュリさんの話からすると。

 

 エリカという人物がアリスの師であることは平民にも伝わっているわけか。

 でも、師匠がその当人であるとは、昔の知り合いは全然思ってない。

 

 いまの旦那さんに会う以前の、王都にいたころの師匠って、どんな風だったんだろうなあ。

 なんてことを考えながら、周囲の声に耳を澄ます。

 

 別人の演技をすると同時に、現在、王都のこういった店でどんな会話がなされているのか、それを調査するというのも目的のひとつであった。

 人々の噂話というのも馬鹿にならない。

 

 特に、こういった荒事を担う者たちが集まる酒場なら。

 と、師匠が勝手に決めたんだけど……。

 

 序盤から躓いてるよ。

 おれは、あまりこういう場所に来たことがない。

 

 この世界、酒を呑むのに年齢制限はないけれど、生まれ故郷の町では修行に明け暮れていたし、王都に来てからは主にリアリアリアの屋敷――つまり貴族街を中心に活動していたからである。

 

 シェリーなんて、もうすぐ正式に魔術爵として叙勲されるんだぜ。

 その兄のおれが、本来はこんな場所に出入りできるはずもない。

 

 まあ、そういうわけで、こういう場所で交わされる会話というものにも興味があったのだけれど……。

 なんか、シャカパチシャカパチと聞きなれた音がするな。

 

 ちらりと横のテーブルをみれば、ふたり組の男たちが『アリスとシェル』をやっていた。

 スリーブに入れたカードをこすり合わせたり、ぱちんぱちんと鳴らしてみたりしながら。

 

「あのゲーム、こんなところでも流行ってるのか……」

「昔はサイコロとかで賭けゲームをやっていたけどなー」

 

 師匠がおれの視線を追って、そう呟く。

 対戦が終わって、負けた方が買った方にコインを投げていた。

 

「ちくしょう、もう一戦だ」

「おれは何度やっても構わないぜ。身ぐるみ剥いでやる」

「言ってやがれ、今度は勝つ!」

 

 カードゲームで賭けをするなよ……。

 いや、どんなゲームでも賭けをするのが、この世界での普通、か。

 

「だいたい、てめぇ。さっきからムルフィちゃんのカードばっかり使って、シナジーがねぇぞ、シナジーが」

「はぁ? おれのムルフィちゃんを馬鹿にするのか? おめぇだってアリスデッキといいつつ魔物のカードが入ってるじゃねえか」

「だってティラノタートル、強いから……」

 

 別のテーブルでは、対戦しながらファンデッキ使いとガチデッキ使いで論争が始まっていた。

 目つきの悪い、汚い外見の男たちが、ロリな絵柄の入ったカードを指差しあってなにやってるんだか……。

 

 と、おれたちのテーブルの上に、どん、とエールの入った木製のジョッキが置かれた。

 中年ウェイトレスのジュリさんだ。

 

「あんたらは、やらないのかい。そのゲーム。いま、流行ってるんだろ。うちは混んでるときだけゲーム禁止にさせてもらってるが、この時間はまだOKさ」

「まあ、少しだけは」

「あたしはやらねー。ああいうの、なにが楽しいんだかねえ。いい大人たちが、昼間からなに油を売ってるんだか」

 

 師匠は呆れた様子である。

 昔から身体を動かす方が好きなひとだからなあ。

 

 だが師匠の呟きは、酒場の多くの客に聞かれてしまったみたいだ。

 皆が、ぎろりとこちらを睨んでくる。

 

「おかみさんの古い知り合いらしいが、お嬢ちゃん、あまり舐めた口を利くんじゃねぇぞ」

「いや、そんなかわいい絵柄のカード握ったまま凄まれてもなぁ……」

「ムルフィちゃんがかわいいだと? よくわかってるじゃねぇか!」

 

 師匠は無言で天井を仰いだ。

 

「いまの若いやつらの感覚、よくわかんねぇわ」

「まあ、アリスもムルフィも人気なのはわかりますよ、わたしは」

 

 おれは演技をしながら、精一杯のフォローを入れる。

 前歯の欠けた人相の悪い男が、そんなおれに「そっちのおっさんは誰が好きだ」と訊ねてくる。

 

「そ、そうですねえ。やはり……シェルちゃん、でしょうか」

「んー、シェルちゃんか……。悪くはないんだけどなあ」

「駄目ですかね」

「シェルちゃんの正体、メリルアリルとかいう女だろ? 魔法で化けていたんだぜ。あれはちょっとなあ」

「なんだてめぇ」

 

 思わず凄んでしまった。

 メリルがどんな思いで、あのとき……。

 

 師匠が立ち上がりかけたおれの肩を押さえて、「やめろ、やめろってば」と慌てている。

 おれに話しかけてきた男は、急におれが怒り出した理由がわからず、きょとんとしていた。

 

「ひょっとして、シェルちゃんデッキ使いなのか?」

「そのデッキも持ってはいますが!」

「持ってるのかよ、おめー」

 

 師匠がおれに突っ込みをいれてくる。

 だってシェルのカードってあんまりレアリティが高くない割に強いやつが多いんだよ。

 

 で、魔物を大量に出して、シェルのカードで強化するという「シェルウィニー」が強いんだこれが。

 まったくどうでもいい話だけど。

 

 おれはこみ上げてくる感情を抑えるべく、ジョッキを握ってぐいとエールを呑む。

 ふう、とおおきく息を吐く。

 

 こんなところで怒っても仕方がない。

 だいたい、いまは情報収集ゲームの最中だ。

 

 せっかくメリルアリルの名前が出たんだ、そのへんの情報が下々の間でどれだけ認識されているのか、確認してみよう。

 

「メリルアリルという人物は、どんな方なのでしょうか」

「さあなあ。貴族様だろ、きっといけ好かない性格なんだろうさ」

「ですが、シェルちゃんもアリスちゃんも、平民だからどう、と差別するような方ではないのでは?」

「演技だろ、演技。――いや、アリスちゃんはあれで素かもしれねぇな……。アリスちゃん、けっこうぽろっと罵倒してくるしな……」

 

 うるせぇ、どうせおれは素で口が悪いよ。

 あとアリスが罵倒してる相手はだいたい王族だぞ。

 

「アリスちゃんはシェルの姉って設定だけど、絶対にアリスちゃんの方が年下だよな」

「な、何故でしょう」

「だって、言動も行動も幼いだろ。シェルと比較してもさあ」

「そ、そうでしょうか?」

 

 戸惑うおれ。

 けらけら笑いだす師匠。

 

 こらこら、演技はどうした演技は。

 おれの方もさっぱり演技ができてない気がするけど……。

 

「そうだぜ。だいたい、アリスちゃんが天然で毒舌、メスガキ煽りが得意なのは公式なんだぜ。みてくれよ、このカード」

 

 男がとり出した『アリスとシェル』のカードを覗き込む。

 アリスがべーっ、と舌を出して相手を挑発しているイラストがカードの上半分におおきく描かれたそのカードの名前は『煽り散らすアリス』であった。

 

 ちなみにハイレア、という下から三番目のレアリティにもかかわらず、一部のURより高い取引価格を誇るカードである。

 強さ的には、ちょっと便利、くらいのカードなんだけど……なぜか、舌を出して笑うイラストが人気らしい。

 

「やっぱりアリスちゃんといえばメスガキ煽りなんだよ!」

 

 男は、力強く力説する。

 まわりの者たちも、うんうんとうなずいていた。

 

「知ってるか? 全カードのイラスト人気ランキングでも、アリスちゃんが挑発してるイラストが上位を独占しているんだぞ!」

 

 おれは天井を仰いだ。

 やっぱりこの国、滅びた方がいいんじゃないかな。

 

 あと師匠、さっきから椅子の上で笑い転げるのやめてください。

 

「だからさ。おれ、こんどの王都大会で決勝トーナメントに進出して、アリスちゃんと対戦するんだ。アリスちゃんにじきじきに煽ってもらうんだ」

 

 前歯の欠けた薄汚い男は、夢見るような口調でそういった。

 なんで男たちのドリーム、みたいな表情をしているの……。

 

 あとアリスちゃん、たぶんその大会に出ないと思うよ?

 

「あー、えーと。カードゲームで煽るのは、マナーが悪いですね」

「アリスちゃんの煽りは健康にいいから、問題ない」

 

 いまの会話全部、おれの健康に悪いんだが?

 やだよもう、こいつ気持ち悪い……。

 

 と周囲を見渡せば、ほかの男たちもうんうんうなずき、「おれはテルファちゃんに罵られたい」やら「ムルフィちゃんにジト目で睨まれたい」やら、思い思いの「好き」を語っていた。

 やだよもう、こいつら全員気持ち悪い……。

 

「ところで、あなたの大切なアリスちゃんのカード、端に油がついていませんか」

「げっ、スリーブの裏まで油がっ! うわあ、おれのアリスちゃんが!」

 

 酒場なんかでカードを遊ぶからだ。

 そりゃ汚れるわ。

 

「でも、油でべとべとのアリスちゃんも……少しアリ、かな」

「うわ、気持ち悪っ」

 

 思わず素で叫んでしまった。

 師匠がますます、けらけら笑う。

 

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