終末の異世界で生き残るため、TS魔法少女となってスパチャを稼ぐことになった話   作:星野純三

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第7話

 師匠に「アリスちゃん」と囁かれて、おれは飛びあがらんばかりに驚いた。

 

「えっと」

 

 おれは思わず、師匠から視線を逸らす。

 めちゃくちゃ挙動不審だな!

 

 師匠はけらけら笑った。

 

「あたしが、あたしの剣術を見抜けないわけないだろう」

「すみません、師匠。これは王国の……」

「わかってる。誰にもいったりしねぇよ」

 

 おれは安堵の息を吐く。

 心臓に悪い。

 

 だけど、まあ、師匠ならわかってしまうか。

 アリスの剣が誰のものか、なんて。

 

 もっと早く、師匠にだけは打ち明けるべきだったなあ。

 そのうえで口止めするべきだった。

 

「あたしは、感謝してるんだよ」

「師匠?」

「あたしの剣が魔族や魔物にも通用するって、あんたがそれを証明してくれているんだ。こんなに嬉しいことはない」

 

 なるほど、そういうものか。

 師匠への恩を少しでも返せたなら、なによりだ。

 

「それにしてもよぉ」

「なんでしょう」

「ぷくくっ、アリスちゃんって、おまえ……駄目だ、我慢できねえ!」

 

 ぶわーっはっはっは、と。

 師匠は馬鹿笑いする。

 

 おれの心はぼろぼろだ。

 

「好きでやってるわけじゃないんですよ!」

「本当にそうか? あの煽りとか?」

「あれめっちゃスパチャ貰えるんで……」

「マジか、貴族ってのはマゾばっかりだな!」

 

 ほんとにな。

 特に喜んでるのは王子だぞ。

 

 腹を抱えて、涙まで流して笑う師匠。

 夜中に迷惑なひとだなあ。

 

「ま、いいさ。おまえの顔をみて、安心した。心までメスガキになってるわけじゃねぇんだな」

「だからそれは……」

 

 師匠は、ぽんとおれの肩を叩く。

 ちなみに叩くためにおもいきり背伸びをしていた。

 ちょっとかわいい。

 

「妹さんのためでもあるんだろ。がんばれよ」

「ええ、はい」

「でも、あんまり無理はするなよ」

 

 それは、わからないなあ。

 おれたちは、いったいどこまで歴史の流れに逆らえるだろうか。

 

「ま、いいたいことはそれだけだ」

 

 と師匠は背を向ける。

 おれはそんな彼女に、頭を下げた。

 

「ありがとうございます、師匠」

「おうっ、じゃあな」

 

 ひらひらと手をあげて、小柄な女は去っていく。

 はず、だった。

 

 ふと、身体が揺れた気がした。

 節制したつもりだけど、酒を呑みすぎただろうか。

 

 いや、違う。

 これは……。

 

「地震だ」

 

 近所の家々から悲鳴があがり、人々が飛び出してくる。

 無理もない、このあたりじゃ地震なんて珍しい。

 

 幸いというべきか、建物のつくりはけっこうしっかりしているので、倒壊の心配はあまりない。

 でも、うちの家が心配だな。

 

 師匠が振り返り、戻ってくる。

 

「嫌な揺れだな」

「師匠の道場、ボロいですもんね」

「うるせえ」

 

 シェリーには、おれの帰りが遅いようなら先に寝るようにといってある。

 大丈夫かな?

 

「待てよ」

 

 なにかがひっかかる。

 なんだ?

 

 おれは片膝をつき、地面に手を当てる。

 小刻みに揺れていた。

 でもこの揺れは……。

 

「そういえば、ゲームで一度、地震のイベントがあったな。魔物の群れが穴を掘って移動して、町中に出現するイベントで……」

 

 まさか。

 慌てて立ち上がる。

 そのときだった。

 

「化け物だ!」

 

 町のどこからか、そんな叫び声が聞こえてきた。

 続いて、あちこちで数多の悲鳴があがる。

 

 ランタンの揺れる明かりが、駆ける足音と共に近づいてくる。

 友人の数名が、おれを心配して戻ってきてくれたようだ。

 

「あれ、エリカさん」

「よー、若い酔っ払いども。くせーぞ、近寄んなよ」

「相変わらず、酒嫌いですねえ」

 

 師匠がおれの友人たちと気軽に挨拶している。

 エリカ、というのが師匠の名前だ。

 ちなみに彼女の弟子は、今回呑んでたなかではおれひとりである。

 

「それより、化け物、って声が……」

 

 おれは声がした方向を仰ぎみる。

 暗くてよくわからないが、町の一角で騒ぎが起きているようだ。

 

「アラン、おまえは家に帰れ。御母堂のお腹が膨れているんだろう?」

「シェリーちゃんも心配よね。騒ぎの方はわたしたちが調べてくるから」

 

 友人たちが、口々にいう。

 おれはほんの少し考えたあと、そんな彼らに対して、首を横に振った。

 

「おれが行く。みんな、手を貸してくれ。住民の避難を頼む」

「でも……」

「シェリーは今や、一流の魔術師だ。あいつがいれば、母さんは大丈夫。それより、化け物がどうのって声が気になる」

 

 渋る彼らを「町の人に被害がないのが、いちばんだろう」と説得し、送り出す。

 

 おれは肉体増強(フィジカルエンチャント)で脚部を強化して、駆けだした。

 方向は、「化け物」の声がした、丘の下。

 

 三歩で限界まで加速し、跳躍。

 三階建ての民家の屋根に着地し、屋根から屋根へと飛び移る。

 

 そんなおれの横を走る者がいた。

 師匠だった。

 

 平然と、おれについてきている。

 いや、師匠はおれより魔力があるから、これくらいできて当然なんだけど。

 

「師匠、いいんですか」

「この町はあたしの町だ」

「お子さんは……」

「あいつらには、なにかあったらさっさと領主様のお屋敷に逃げ込むようにいってある」

 

 師匠の家はこのすぐ近くだ。

 いちばん近い避難場所は、領主の屋敷である。

 

 家の屋根の上から周囲をみれば、町のそこかしこで、火の手があがっている。

 その炎の明かりに照らされて、なにかが蠢いていた。

 

 家屋ひとつに匹敵する巨体だ。

 

「魔物だな」

 

 師匠がぼそりという。

 

 おれは懸命に、ゲームの知識を思い出す。

 おそらく地面の下を掘り進んできた魔物だ。

 

「ワーム系で、あれほど巨体なやつか。グリード・クロウラーかな」

「詳しいな、おまえ」

「王家の資料をみました」

 

 適当に嘘を並べる。

 だが師匠は、それで納得したようだ。

 

 そのとき、雲が割れて、月明かりが差す。

 銀色の光に照らされて、魔物がその異様を晒した。

 

 ミミズを巨大化したような魔物が、丘の斜面におおきく開いた穴か半身を出していた。

 その化け物は、天を仰いで巨大な口を開けていた。

 

 大口からは、ぬめぬめとした液体が滴っている。

 魔物がその身をくねらせると、周囲の家々が倒壊する。

 人々が悲鳴をあげて逃げ惑う。

 

 間違いない、グリード・クロウラーである。

 

 巨大な口から、なんでも見境なしに吸い込む怪物だ。

 放っておけば、村のひとつくらいすべて飲み込み、消化してしまう。

 

「総員、化け物を暴れさせるな!」

 

 どこからか、そんな大声が聞こえた。

 

 強化されたおれの視力が、抜刀する革鎧の騎士の姿を捉える。

 騎士のそばで、弓矢を構える六人の男女の姿があった。

 

 この町の、ささやかな騎士団だ。

 このすぐ近くに駐屯所があったからか、動きが早い。

 

 でも、あの程度の弓矢じゃ……。

 

「射て!」

 

 合図のもと、一斉に矢が放たれる。

 それらはいずれも、的確にグリード・クロウラーの胴体に突き刺さった。

 

 見事な狙いだ。

 だが、無意味だった。

 

 その巨体もあって、魔物は数本の矢が刺さった程度では気づきもしない。

 グリード・クロウラーは騎士たちをまったく無視して、逃げ惑う民たちの方を向く。

 

 まずい。

 グリード・クロウラーの口のまわりが緑色に輝く。

 

 特に、ひときわ強く輝いているのが魔物の口の真上にある突起部であった。

 あれは魔法の発動器官、人の魔術師でいえば小杖(ワンド)にあたるものだ。

 

 この魔物は、今、魔法を行使しているのだ。

 吸引(バキューム)

 

 轟音と共に、グリード・クロウラーの周囲の空間が歪んでみえた。

 正面の瓦礫が、花壇が、木の柵が、破砕されながら口のなかに吸い込まれていく。

 

 生き物など、あの空間に少しでも触れるだけで微塵に砕けてしまうだろう。

 ただ吸い込むだけで地形すら変えてしまうほどの戦略兵器のような魔物、それがグリード・クロウラーなのだった。

 

 グリード・クロウラーの口が動き、逃げ惑う人々に追いつこうとする。

 

「させねぇよっ」

 

 師匠は屋根の上を駆けながら、小杖(ワンド)を振って、身の丈よりはるかに巨大な大剣をつくる。

 大剣は、師匠のもっとも得意な武器だ。

 

 師匠は加速しておれを引き離すと、屋根の端を蹴り、グリード・クロウラーに飛びかかった。

 すれ違いざま、一閃。

 

 太い刃が、粘膜に覆われた表皮を切り裂く。

 緑の体液がまき散らされる。

 

 グリード・クロウラーは身もだえして大暴れした。

 

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