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「あと少しでね、点滴終わりだって」
アリア、七歳。
彼女は今日も、病室のベッドの上から幻覚に話し掛けた。
右目と両足の機能はこの先回復する見込みが無く。
それはアリア自身も気が付いていた事なのだが、医者や看護師は毎日のように励ましの言葉を掛けてくれたし、まだ幼い彼女の精神的支えになっていた事は間違いない。
しかしそれ以上に彼女を側で見守り続けたのが、彼女自身のスタンド能力であった。
そこに誰か立ってる、鎧を着てる、剣を持ってる。
事故から目覚めた後、そんな台詞を言い続けたら流石に「幻覚が見えてしまっている」と判断されてしまうだろう。
部屋を変えても幻覚は付いて来て、アリアの側に姿を見せ続ける。
思い切って話し掛けてもみたが、返事は無い。
危害を加えてくるワケでもない。
アリアにしか見えない。
それでもアリアは、この幻覚に奇妙な友情を感じ、看護師がいない時の話し相手にもしていた。
しかし、それから数日後。
決定的な事が起こる。
夜間に突然胸が苦しくなり、ナースコールを押そうとしたアリアだったが。
焦っていた事もあり、運悪くコールを床へと落としてしまう。
手が届かない上に苦しくて声も出ない。
誰か助けて。
そんな彼女の願いを叶えるように、側に現れた幻覚の友達はコールを拾い上げ、アリアの目の前にコールを届けた。
この幻覚は、自分の思った通りに動かせる。
彼女が初めてスタンド能力を認識した瞬間であった。
そして、この日の出来事がまだ幼い彼女の復讐心に火を着ける結果となる。
父を殺し、自分をこんな身体にした、あの事故の現場にいた男。
身体が不自由な自分でも、この力が有れば。
この力を上手く使えば。
見付け出して、必ず罪を償わせてやる。
その為には知らなくてはならない。
もっともっと、この力の事を。
この日を境に、アリアの身体は驚異的な回復を見せる。
薬の量は減っていき、少しずつ出来る事が増えていく。
食欲も増して、上半身の機能もほぼ取り戻した。
「一つ。スタンドは、精神エネルギーが作り出す、パワーを持ったビジョンである。スタンドは『立ち向かう者』という意味合いからきており、この力を持つ者はスタンド使いと呼ばれている」
ベッドのリクライニングを起こし、アリアは鉛筆を左手で持って、ノートへと分かった事をまとめていく。
この時、アリア八歳。
父親と共に事故に会ったのが丁度七歳の誕生日を迎えた翌日。
身体を起こして手を動かせるようになるまで、実に一年を費やした。
「本人の精神エネルギーで作り出している為、スタンド使いはそれを自在に操る事が出来る。個々によってスタンドの姿や能力は異なっており、この騎士のスタンドは私自身の精神が形となった姿であると思われる」
車椅子に乗ってリハビリを受けるようになってから、アリアは病院の中で一人だけ、スタンド使いの男性に出会っていた。
いや。
正確には観察をしていた、である。
突然の高熱で運ばれて来たらしいその男は、スタンドを使って看護師や他の患者に悪戯を働いたり、金品を盗んだりしていたのだが。
その時、見舞いに来た友人達に話していたのを聞いていたのだ。
スタンド、という言葉をこの時初めて耳にし、以降アリアもこの幻覚の事をスタンドと呼ぶようになる。
「一つ。スタンドはスタンド使いにしか見えず、スタンドを持たない者は見る事も触れる事も出来ない。これは性別年齢を問わず、200人を対象に検証を行ったので、例外は無いと判断する。尚、この事から恐らくスタンドはスタンドでしか倒せない」
事故の現場にいたあの男も、恐らくスタンド使いだろう。
だとすれば対抗する手段は此方も手に入れた事になる。
「一つ。スタンドが傷付けば本体も同じように傷付く。しかし、本体が直接負った傷はスタンドには著明に反映されない。これはスタンドを作り出している精神エネルギーの流れが関係していると考えられ、ダメージバックが発生するのはスタンドのみである。つまり、スタンドを叩く事で本体を再起不能にする事は可能である」
と、病室のドアがノックされる。
アリアは広げたノートの上に教科書を乗せて隠した。
いつもの女性の担当看護師が入って来る。
「アリアちゃん、調子はどうかしら?」
彼女はアリアが入院してからずっと優しくしてくれている看護師だった。
まだ若いのに仕事が出来て、誠意に溢れていて周囲からも一目置かれている。
「大丈夫。今日は夜一緒なの?」
「うん。アリアちゃんがちゃんと寝てるか見に来るからね。あ、勉強中? 偉いわね……。って、ええ!? これ名門中学の入試の参考書なんじゃあないの? 凄ぉ~い」
そう言って感心したようにアリアの頭を優しく撫でた後、看護師の女性はアリアのバイタルを測る。
数値を紙に書き、何故かベッドの角に張り付けた。
アリアは不思議そうに見る。
「ああ、気にしないで? 私、最近何だかミスが多くて。自分で思ったのと反対の事を引き継ぎの時に伝えちゃってるし。彼氏にも……酷い事言って。あ、これは私事か……」
彼女はアリアのベッドに腰掛けながら、意気消沈したように深い溜め息を吐き出す。
それからアリアの方を見て、自嘲気味に言うのだ。
「それで、ね。もしかしたら私、アリアちゃんの担当……外されちゃうかも」
「え……!?」
「っていうか、他の病棟に飛ばされるかも。そうならないように……頑張ってるんだけど。ゴメンね、何か……」
看護師の女性はアリアへそう言った。
彼女はこの病院の中で唯一アリアに対等に接してくれた人間である。
辛い時に素直に辛いと伝えられる、アリアにとっては医者以上に頼れる存在であった。
「じゃあ、また夜にね」
と、アリアのベッドから彼女が立ち上がった時。
一瞬だが見えてしまった。
彼女の口の中、舌の上に何かが張り付いていたのを。
「……っ!? ま、待って!」
咄嗟にアリアは呼び止めた。
看護師が振り返る。
「私ね、お仕事が上手く行くおまじない知ってるよ」
アリアの心臓が高鳴る。
今までの自分の仮説を決定的なモノにする、絶好の機会。
何より、自分なら彼女を助ける事が出来るかも知れない。
試す価値は有る。
「へぇ、どんな?」
人の良い彼女は直ぐに近寄って来てくれた。
「うんとね」
アリアは勉強用のノートに適当に模様を書き、彼女へと見せた。
「この魔法陣に。目を閉じて、あっかんべーをすると、仕事が上手く行くようになるの」
「え、何それ可愛い~。じゃあ、ちょっとやってみようかなぁ?」
アリアがノートを見せると、看護師は目の前までやって来て目を閉じる。
タイミングを図る為に、アリアが音頭を取った。
「じゃあ、行くよ。せぇ~の……」
看護師は舌を出す為に口を開き、アリアは──自らのスタンドを近くに出現させる。
そして看護師が「べぇ~」と舌を出した瞬間。
アリアは左目を鋭く細め、スタンドの剣を彼女の舌に取り付いている物体目掛けて素早く繰り出した。
見事、スタンドの剣先は彼女の舌からその物体を串刺しにして引き剥がす。
タコの手足のようなウネウネとした触手を持つ、小さな生物のようなスタンド。
「もう良いよ?」
「ありがと、アリアちゃん。何だか、上手くやれそうな気がするわ」
アリアは看護師へと笑顔を向けつつ、スタンドの剣先に貫かれたスタンドの動きを注視していた。
剣先のスタンドは呆気なく消滅した為、アリアもスタンドを引っ込める。
「じゃあ、私はもう行くわね。……ん? 何か、騒がしいわね」
看護師は廊下の様子を探ってから、手を振ってアリアの部屋から出て行った。
その直ぐ後。
「ええ!? 主任が突然血を吐いて倒れた!?」
そんな声がアリアの病室の中まで届く。
アリアは確信する。
自分の仮説の正しさと正確さを。
自分のスタンドの能力を。
そして、大事な人の助けになれた事を。
「やっぱり……スタンドは、使う人次第なんだ」
その日の出来事は、後のアリアの人格を作る上で非常に重要な経験となった。
正しい枠の中で真っ直ぐに進む為の強さの源。
正義という言葉を、アリアは幼いながらに知ったのだ。
「そうだ。私のスタンド、名前を付けよう。何が良いかな……」
アリアは部屋の中を見回す。
丁度、窓側に停めていた車椅子の座席シートの上に、さっきの担当看護師が図書館から借りてきてくれた占いの本が開いた状態で置いてある。
生年月日の合計の数字によって決定した頁を開き、そこに表記されたタロットカードによって占う、というモノだった。
今開いているのは、恋愛面を占った結果の頁。
戦車の正位置だった。
「チャリオット……」
窓から吹いた風が、アリアの銀髪をゆらゆらと揺らす。
流れた髪を指先で払い、「決めた」と彼女は微笑した。
「このスタンドの名前は、『シルバー・チャリオッツ』」
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お疲れ様です。
お読み下さり有り難うございます。
11話か……。
幸運無くしては近付けない道程だった。
今後は、更新頻度が落ちるかもです。