ジョジョの奇妙な冒険 ─泣血の独唱曲─   作:うーゆ

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『アルク・ブラック』③

 

 

 

 

 闇の中に広がる空虚と静寂。

 其所へそっと溶け込むように二階に上がったアリアは、上半身を屈めて息を殺した。

 と、一瞬だけ灯った光を左眼の端で捉える。

 光が途絶えたのは、直ぐ近くの教室の中だ。

 アリアは、スタンドを出現させた状態で慎重に車椅子を漕いだ。

 臨戦体勢で望み、窓からの僅かな月明かりだけを頼りに暗闇へと勇敢に踏み込む。

 

(あの光、間違いない。ペンライトか何かでスタンドを設置している……)

 

 それ以降、教室の中に光は灯らない。

 此方の気配に気が付いたのだろうか。

 もし、身を潜めているのならば好都合だ。

 密室内での一対一の戦闘なら望む所である。

 

 アリアは車椅子を漕いで教室へと近付いた。

 しかし、その進行の最中に。

 無数の気配。

 

 アリアが気が付いた時には、既に。

 廊下の上に無造作に、そして不自然に転がっていた文房具。 

 

『イギギギ』

 

『イギ、イギ』

 

 不気味な声を滴らせ、あの蛙に似たスタンドが一斉に跳び掛かって来ていた。

 しかも、文房具。

 それもコンパスやカッターナイフも混じっているそれ等を、蛙に似たスタンドは手足で器用に抱え込んでおり。

 明らかに、鋭く尖った先端を突き立てるつもりで攻撃してきている。

 

「……っ!」

 

 咄嗟にアリアは突破する事だけに力を集約化させた。

 車椅子を全力で漕ぎつつ、前進を遮る数体の敵スタンドへと強引に。

 『シルバー・チャリオッツ』の剣を捩じ込む様に高速で繰り出し、斬り裂く。

 

(く……! せ、正確過ぎる。この攻撃。しかも何かを探知したように、一斉に私目掛けて襲い掛かって来た……!)

 

 敵スタンドの包囲網を突破出来たものの、荊の中を通過したかの如く、アリアは傷だらけになる。

 裂けたブラウスのあちこちで薔薇が咲き、顔を歪めた。

 だが。

 頬からも滴る鮮血を物ともせず、アリアは調理実習教室の中へと一気に飛び込んだ。

 

 再び灯った明かりを目掛け、『シルバー・チャリオッツ』の剣の切っ先鋭く。

 正確無比の刃を突き立てた。

 しかし。

 途端に前方の空間は音を立てて砕け散り、それが鏡である事をアリアは知る。

 

(……っ!? しまった、本体は対面の廊下の角に……!)

 

 調理実習教室の入口が、音を立てて閉じられる。

 無数の気配が一斉に蠢くのを、アリアは肌で感じた。

 

(そして、これは。マズイ。この教室から脱出しなくては)

 

 廊下側の窓を割って逃げるのか、先程と同じように入口から正面突破するか。

 様々なこの空間からの脱出方法を画策するアリアだったが。

 流石、調理実習室というだけあって刃物が揃っている。

 その刃物を、無数の影のスタンドが掴んでアリアを包囲する形で迫って来ているのが見えた。

 

 途中、衝撃で落下したフライパンが串刺しとなり、続け様に床を転がった鍋が粉微塵になった。

 さながら軍隊蟻の行進である。

 

「……。」

 

 アリアは、スタンドで離れた位置に有るスプーンを拾って、刃物の群れの中へと投げ入れた。

 敵スタンドの群れは転がったスプーンの上を通過して行き、真っ直ぐ此方へと向かって来る。

 

 最早、窓に近寄る事も一ヶ所しか無い入口に向かう事も怪しくなってきた。

 唯一、敵が固まっていない壁際を走り抜ければ強行突破で入口から脱出出来るかも知れない。

 だが、無事では済まないだろう。

 

「設置可能な、自動攻撃を行うスタンドですか……。確かに、厄介な能力ですね」

 

 ジリジリと迫って来る敵スタンド達。

 アリアは徐々に部屋の奥側へと追い込まれていく。

 もう逃げ場は無い。

 一か八か、壁際を走って突破するしか無いだろう。

 

 痺れを切らしたように、一斉に襲い掛かって来た敵スタンド。

 その凶刃を前にしてアリアは──。

 

 ──何もせず、その場から動かなかった。

 襲い掛かって来た包丁の切っ先は、見えない壁に阻まれたかのように、アリアの眼前数センチメートルの所で綺麗に静止している。

 

「しかし。やはり、そうですか。物体を動かす事は出来ても、最初に影を潜行させた位置から、スタンドは離れる事が出来ないようですね。何処までも追跡して来るのならば、階段付近の文房具もこの部屋に入って来ている筈ですからね。有効射程距離は二メートルが限界といった所でしょうか」

 

 アリアは横に移動したが、目の前にいる筈のスタンド達はそれ以上追跡して来ない。

 首輪と鎖で地面に繋がれた番犬のように。

 それ以上の追跡が出来ないらしい。

 

「私の逃げ道を限定したようですが、壁際にも恐らくスタンドを設置している筈です。そちらが本命でしょう?」

 

 アリアは近くのフライパンを手に取り、壁際の暗闇の中へと放り投げた。

 するとフライパンは鈍い音と共に串刺しになる。

 

「落下したフライパンは優先的に襲い、スプーンには反応しなかった。刃物の影よりも、大きい影を生み出す物質を優先的に襲う性質を持つスタンド。廊下で私を襲った文房具も、射程圏内に私の影が入って来たから自動追跡のスイッチが入ったのだとすれば……」

 

 アリアは奥の棚からフライパンを三枚取り出すと、スタンドに渡して入口へと放り投げさせた。

 すると餌を蒔かれた池の鯉のように、敵スタンドの群れは一斉にフライパンを追って入口へと殺到。

 ドアごとフライパンを破壊する。

 

 その間にアリアは手早く窓に近付き、撫でるように。

 滑らかなスタンドの太刀筋で窓を切断、敵スタンドの群れが再び戻る前に、『シルバー・チャリオッツ』を使って車椅子ごと廊下へと飛び出した。

 

 車椅子の車輪が床へと接地する。

 その直後、窓から一斉に敵スタンドが顔を覗かせたが、既に射程外だ。

 窓から飛び出して来る事も無い。

 アリアの注意は、廊下の柱の影に隠れているフランへと注がれている。

 

「……。」

 

「──凄いね、君。いやぁマジに尊敬するよ。僕のスタンドの特性にあっという間に気が付いて、ライオンの群れの中から奇跡的に逃げ出すシマウマみたいに教室から脱出するなんてさ」

 

 フランはアリアの前に姿を現すと、掌の上でペンライトをクルリクルリと回した。

 そろそろ暗闇にも慣れてきたアリアは、この廊下一帯に不自然な物体が落ちていない事を確認する。

 『アルク・ブラック』本体から切り離した自動操縦型のスタンドは確かに厄介だが、アリアの影を射程圏内に捉えないと攻撃スイッチが入らない。

 

 互いに数メートルの距離を置いている今、最大限に警戒しているアリアに物体を接触させるのは至難の技だ。

 試しにフランは自らのスタンドにナイフを持たせ、アリアへと投擲したが。

 ナイフの影がアリアの影に重なった瞬間、ナイフに潜行させたスタンドが攻撃するより速く。

 アリアの『シルバー・チャリオッツ』はナイフを細切れに切断した。

 

「『アルク・ブラック』は君との戦闘に向いていないかなぁ~」

 

「では、降参しますか? 行方不明になった方々の居場所、喋って貰います。そして、これから連れ去る予定の方に仕掛けたスタンドの自動追跡も、解除して下さい」

 

「おいおい、そりゃあ傲慢じゃあないのか? 確かに君を倒す事は無理だと判断したし、僕はもう事実上敗北したも同然だ。──でもさ、僕は心ではまだ敗北していない。スタンド能力は解除しないし、行方不明の女達の居場所も絶対に喋らない」

 

「……。」

 

「君は警察でもなければ、裁判官でもない。只の一般人だ。僕を痛め付けた所で、君の魂が穢れていくだけだろうね。断言する。さぁ、やれよ。君にそれだけの覚悟が有るのならなぁ!」

 

 フランはそう言ってアリアへと近付いて行く。

 直ぐに『シルバー・チャリオッツ』を出現させ、アリアは左目を細めた。

 

「僕は勝てないだろが、最後まで抵抗してやるからなぁ?」

 

 そのままジリジリと、アリアの右手側へと移動するフラン。

 アリアにとっては非常に闘い難い位置となるので、無意識的に敵を追って身体の向きを調整し、距離を取る為に壁側へと後退する。

 百戦錬磨のアリアであるが故に、自然と警戒してしまう。

 

 と、アリアが壁に最も近付いた瞬間。

 背後の壁から『アルク・ブラック』が急襲し、直接アリアを羽交い締めにする。

 既にアリアの背後の壁の影に『アルク・ブラック』を潜行させ、虎視眈々と機会を伺っていたのだ。

 

「っ……!?」

 

 流石のアリアも背後から零距離で襲撃されては、スタンドのガードも一瞬遅れる。

 そのまま天井付近まで敵スタンドが移動した事で、アリアは車椅子から引き離されて宙吊り状態となった。

 『アルク・ブラック』のスタンド像は背後の影と融合した様な液体形状と化しており、アリアの身体に纏わり付いて全身の自由を奪っている。

 

「はははははっ! やったぞ! 君が教室から脱出した時には、『アルク・ブラック』は既に!」

 

「ぐ……うう……!」

 

 液体の様な形状となっても『アルク・ブラック』のパワーは健在であるらしく、ギリギリとアリアの華奢な身体を大蛇の如く締め上げていく。

 首筋が締まり、全身の骨が悲鳴を上げているのが分かる。

 

「試しに、自慢の剣で攻撃してみろよ! 交際3ヶ月目のカップルみたく、これだけ密着してりゃあ間違いなく君も巻き添え食らうぞ!」

 

「う……あ……!」

 

「このまま首の骨ブチおって殺してやるよ!! 『アルク・ブラック』、トドメを──」

 

「──っ、『チャリオッツ』!!」

 

 透かさずアリアは、自らの右腕へとスタンドの切っ先を撃ち込んだ。

 剣身は一瞬で、彼女の右腕ごと『アルク・ブラック』の右腕を貫いた。

 アリアと、『アルク・ブラック』の本体であるフランの右腕から同時に鮮血が吹き出す。

 

「ぐ……!」

 

「な、にぃぃぃぃぃ~~!?」

 

 更に続けてアリアの右肩を『シルバー・チャリオッツ』の剣が貫き、二人同時に右肩から鮮血が舞う。

 共に激痛が身体を駆け抜け、意識が飛びそうになった。

 

「あ……ぐ……!」

 

「う、おおおおおおおおお!?」

 

 アリアは苦悶の表情を浮かべながらも、『シルバー・チャリオッツ』の攻撃対象を自分に固定している。

 スタンドが攻撃体勢を取り、次に撃ち込む場所を探っているのが見て取れた。

 あと何度、繰り返すつもりなのだろうか。

 

(し、信じらんねぇぇぇぇぇぇぇ! こ、この女ぁぁ! 何の躊躇いも無く! 自分ごと、『アルク・ブラック』を串刺しにしてきやがったぁぁぁぁぁぁ!)

 

「次、は……! 肝臓なんて、いかがですか? この、距離なら……正確に。外し……ません……!」

 

 そう言って、アリアは不敵に笑ってみせた。

 まさかとは思うが、どちらかが気絶するまで続けるつもりだろうか。

 自らのスタンドで自らを刺し続ける、等と並大抵の覚悟では務まらない。

 凄まじいまでの精神力である。

 

(ヤバイ! 想像以上に、この女はヤバ過ぎる! ブローリンの野郎にこの女を──)

 

 その、フランが携帯電話に手を掛けた瞬間。

 『アルク・ブラック』の拘束が一瞬弛んだ、その隙を逃す筈も無く。

 身体を捻って自分と敵スタンドとの間に僅かに隙間を作り出すと、その空間へと『シルバー・チャリオッツ』の剣先を捩じ込み、敵スタンドを貫いた。

 

「うっ、ぎゃああああ!?」

 

 今後はフランだけが腕から鮮血を撒き散らせて悲鳴を上げる。

 遂には『アルク・ブラック』による拘束を完全に解いてしまった。

 マズイ。

 と、フランは思ったがもう遅い。

 アリアは車椅子の上へと落下、つまりは着席して。

 スタンドを使い車椅子を押し、一気に安全圏へと脱出した。

 

「勿論、肝臓なんて狙いません。私も痛いのは嫌ですし。さて……」

 

 アリアは右肩を押さえながらフランを睨み付けた。

 これだけの負傷を抱えながらも、彼女のスタンドには微塵の動揺も見られない。

 それが鍛練と実力に裏打ちされた成果である事をフランは知るよしも無いが、夜闇に漂う威圧的な空気は確かな牽制となって、彼を一歩退かせた。

 

「確か、貴方は先程こう仰いましたね。行方不明者の情報は教えない、スタンド能力も解除しないと。後は……心では敗北しない、とも」

 

「わ、分かった喋る! 解除もする!」

 

「素晴らしい信念をお持ちだと思います。なので是非とも、最後まで──」

 

 アリアは『シルバー・チャリオッツ』を自らの傍らに出現させる。

 

「貫き通して欲しいですね!」

 

 一足で。

 瞬時にフランへと肉薄した『シルバー・チャリオッツ』が、彼の全身へと猛烈なまでの突きの連打を亜音速で放つ。

 教室や廊下に展開していた自動攻撃のスタンド達が次々と消滅していき、全身を剣で貫かれたフランは廊下の端まで吹っ飛ばされた。

 

「貴方の信念、僭越ながら私が()()()()()おきました。覚悟の上での行動ですので、悪しからず」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 





久しぶりの更新となりました。
お読み下さりありがとうございます。


【スタンド名】
『アルク・ブラック』
【本体】
フラン

破壊力   C
スピード  B
射程距離  A
持続力   A
精密動作性 C
成長性   D

【①人工光によって発生した物体の影の中にスタンドの一部を潜行させる事が出来る。
 ②移動の制限は受けるが、光が消えた後でもスタンド能力は解除するまでその場に留まり続ける。*潜行させた影が移動するとスタンドも距離制限無く移動する。
 ③影に潜行させたスタンドの一部は以後、自動操縦型のスタンドとなる。
 ④媒体となっている物体の影よりも大きな影を作り出す物体を優先的に攻撃する。*比較対象は人間程度の大きさが限界値】
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