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「ヤツのデスクは……ここか」
時間軸としては、アリアがフランを撃破する三十分程前になる。
幽霊の懐中電灯で事務室内を散策していたルークは、遂にフランの作業机を発見した。
意外と綺麗に整理された机の上には、ノートパソコンが一台置いてある。
あとは時計や筆記用具、予定の書き込まれたカレンダー。
机の中には袋に入った飴や、資料の束。
「机の中や下には……さすがに無いよな。几帳面そうなヤツだから、絶対リストぐらい作ってると思うんだが」
ルークは丁寧に机や資料の束を調べていくが、特に何も無い。
ゴミ箱の中も勿論空である。
「と、なると。やっぱりこのパソコンだよな……」
ルークは椅子に座り、電源を着けた。
机全体がパソコンの放つ淡い光に包まれる。
試しにキーを叩こうとするが、早速パスワード認証に引っ掛かる。
「な……!? じゅ、十五桁のパスワードを掛けてやがる。これ作業する時にイライラしないのか?」
試しに適当な数字を打ち込んではみたが、駄目である。
何か、手掛かりは無いかとカレンダーを手に取ったが、これは罠だった。
カレンダーの裏側から、蛙のような形状の小さなスタンドが姿を見せ、近くのカッターナイフを掴んでルークの手の甲を切り付けたのだ。
「うお……!? な、何だ!? コイツは!?」
ルークは直ぐに机から離れ、反対側の机の角へと身を潜める。
手背から滴り落ちる鮮血は取り敢えず、ハンカチを巻き付けて止血した。
すると、敵スタンドはそれ以上の追跡をせず、パソコンの側へと戻っていったようだ。
やり過ごしたのか、と安心したルークだったが。
そのスタンドは今度はパソコンを攻撃し始めた。
カッターナイフで画面を攻撃した後、ボールペンを画面に突き立てている。
「まさか、ヤツのスタンドか……!? い、いつから居たんだ!? 本体が近くに居ないのに、正確にパソコンを狙っているぞ……!?」
机の上の文房具をあらかた使った蛙に似たスタンドは、今度はパソコンに体当たりを始めた。
徹底的に破壊するつもりのようだ。
「成る程。用心深いヤツだ。自分以外の人間が起動させると、自動的に破壊されるように罠を仕掛けてたって事か。けどな……」
ルークはそっと机に近付くと、敵スタンドの動きに注意しながら一気にパソコンへと触れた。
そして、タンスから衣類を引き出す様に、ズルリと。
破壊されたパソコンから幽霊のパソコンを引き抜く。
「この手の方法じゃあ、俺の方が一枚上手なんでね」
ルークのスタンド能力によって出現した幽霊のパソコンは、破壊される前の状態で復元され、中身の情報もそのまま残る。
また、自在に縮小可能でルークが許可しない相手は扱う事が出来ない性質も合わせ持つ。
尚、幽霊である為スタンド能力による干渉を受けにくい。
つまりは、貴重な情報を低リスクで持ち運ぶ事が出来るのだ。
「さて。目当てのモノは手に入れたが、パスワードがな……」
敵スタンドはまだパソコンを破壊する事に夢中になっているし、何より時間が無かった。
ルークは事務室の入口に座り込み、パソコンのパスワードを解除する事に尽力する。
だからこの時はまだ、気付いていなかった。
ヒタヒタと事務室へと近付く、人影に。
この暗闇の中、懐中電灯も無しに真っ直ぐに向かって来ている事を、ルークはまだ知らない。
やがて。
事務室前にやって来たソレは、勢い良く入口の扉を開いて中に入って来た。
しかしそこに、ルークの姿は無い。
「……っ」
口に片手を当て。
文字通り息を殺して、間一髪。
ルークは窓側の机の陰に隠れていた。
(もう少し気付くのが遅れていたら……ヤバかったな)
机の陰から、ルークはこっそり顔を覗かせる。
月明かりに照らし出されて明らかになったソレの正体は、警備員であった。
入口付近、先程までルークが居た場所を。
四つん這いになって、落としたコンタクトレンズでも探すように調べている。
奇妙な事に、腰に装備されている懐中電灯は使っていない。
(明らかに、様子がおかしいよな。まさか、新手のスタンド使いか?)
暫く様子を伺っていると、警備員は突然動きを止め。
ゼンマイ仕掛けの駆動人形のような、少しぎこちない動きで振り返った。
明らかに、此方を見ている。
そして四つん這いの状態で、ゆっくりと向かって来た。
(マズイ、こっちに来るぞ……!)
ルークは足音を立てないように、中腰のまま慎重に移動を始めた。
長机をグルリと一周するつもりで回り込み、警備員と入れ違いに一つしか無い入口から外に出ようと考えたのだ。
ジリジリと互いに移動していき、ルークは入口正面の机の角に隠れる。
入口は開いていて、走れば振り切れる距離だ。
警備員はまた、先程までルークが隠れていた所を四つん這いで探している。
今しか無い。
ルークはそれでもソッと小走りで移動して入口に辿り着いた。
警備員は背中を向けており、気付いていない。
安堵したルークが廊下へと出ると。
既に入口の真横に。
二人目の警備員が立っている。
「……っ!?」
即座に組み付いてきた警備員。
ルークを廊下へと引き摺り倒すと、逆手に持っていたナイフを思い切り振り下ろしてきた。
「うおっ!?」
咄嗟に身体を回転させて避けたルークは、懐から幽霊のスタンガンを取り出して警備員の足首に押し当てた。
警備員は少しよろけただけだったが、距離を取るには十分である。
ルークは事務室から急いで離れ、近くの廊下の角に身を隠した。
(な、何だ? アレは!?)
今、警備員を間近で対峙したルークが感じた違和感。
血の気の抜けたような青白い肌に、裏返った眼球。
フラフラと歩く男の両眼と口から、黒色のドロドロとした液体が流れ出ているのが見て取れた。
黒い液体は廊下にまで滴り落ちており、足跡のようになっている。
と、事務室の中からもう一体。
矢張り四つん這いの状態の警備員が登場した。
二人は、またしても吸い寄せられるが如く、ルークの隠れている廊下の角へと近付いて来る。
(アレは……何か奇妙だ。あの警備員がスタンド使いなんじゃあなくて。取り憑かれているみたいに。──それにしても、勘が良すぎる……!?)
ルークは音を立てないように、呼吸を殺しながら廊下の奥へと進んで行く。
突き当たりの側にあった階段を慎重に上り、踊場の辺りでしゃがんで様子を見た。
ヒタヒタと、二人分の足音が聞こえる。
近付いて来ている。
(そのまま、階段の横を通り過ぎてくれよ……?)
相手は懐中電灯を使っていない。
加えて、ここは月明かりが差し込み難い場所だ。
やり過ごせる可能性は十分に有る。
だが、ルークの予想に反して警備員二人は。
迷わず階段に足を掛けた。
(何……!?)
そればかりか、踊場で様子を伺っていたルークを的確に見上げると、ニタァと不気味な笑みを浮かべ、急に走り出して階段を駆け上がって来た。
さっきまでヨタヨタと歩いていた二人が、突然にだ。
あっという間に距離を詰められたが、警備員二人は階段の途中。
下の手刷りと上の手刷りとの間に斜めに張られていたロープに引っ掛かり、派手に転倒する。
その隙にルークは二階へと逃れた。
「ね、念の為。幽霊のロープを張っといて良かった。……しかし、あんな分かり易い罠に足を取られるなんてな」
ルークは廊下を暫く走って、再び角に身を隠した。
また罠を張ろうかと思ったが、警備員二人は意外にも早く、二階に上がって来ている。
(クソ……。駄目だ、俺の能力じゃあ身を躱すので精一杯だ。しかも、本体が近くにいないのに俺を追跡して来ているって事は、何かを探知して追って来ている……! このままでは、振り切れない!)
走り出し、ルークは懐から幽霊のパソコンを引っ張り出した。
フランの物ではない為、立ち上がりから直ぐにこの校舎の見取り図を表示出来る。
それを見ながら、ルークは廊下を走って二階校舎をグルッと回って行く。
「お、女の子に助けを求めるのはどうかと思うが、今は抜き差しならない状況だ。──アリアだ、アリアの『チャリオッツ』なら太刀打ち出来る」
そう考えたルークだったが、ふと背後を振り返ってみると。
二人の警備員は既に。
数十センチの距離にまで迫って両手を伸ばして来ていた。
ルークの服の裾が、警備員の一人に掴まれる。
「うおおおおおおおお!? マ、マズイ……!!」
グイグイと上着を引っ張られ、ルークは足を縺れさせてしまう。
しかし、寸前の所で上着を脱ぎ捨てて廊下を転がり、立ち上がって再び走り出す。
それをも見越して、警備員は尚も追い掛けて来た。
(時間稼ぎ程度なら……)
走りつつ、ルークはシャツの胸ポケットから幽霊のテーブルを取り出すと、廊下の真ん中に設置した。
突然現れたテーブルにブツかり、警備員二人は倒れ込む。
その隙にルークは曲がり角に差し掛かった。
すると警備員は立ち上がらずに、両手足を使い蜘蛛のような奇妙な格好になって凄まじい速さで追って来た。
「げぇ……!? な、なんだぁ!?」
最早人間業では無い。
あの速さでは間違い無く追い付かれる。
たまらず、ルークは途中にあったトイレの中に逃げ込み、一番奥の個室に入って鍵を掛けた。
荒くなっている息を、整える事に努める。
(俺が入った所は……見られてない筈だ。急に姿が消えたから、探しているかも知れないが……)
と、入口の方でギィッと音が上がって、二人分の足音が入って来たのが分かった。
しかも真っ直ぐに奥の方へと歩いて来ている。
ルークは再びパソコンを取り出し、立ち上げた。
「落ち着け。見取り図の確認を……」
だが。
ドンッ、と鍵を掛けた扉が叩かれる。
そこから更に何度も扉が歪んだ。
所詮はトイレの扉だ。
今にも白旗を上げそうである。
そして、遂に。
扉が破壊され、狂った警備員達が流れ込んで来た。
其所に居るルークへと、一斉に掴み掛かる──事にはならなかった。
何故ならルークの姿は、トイレの個室から忽然と消えていたのだから。
警備員二人は中を這うようにして探したが、暫くすると立ち上がり。
揃ってフラフラとトイレから出て行った。
◆
「う………ん……?」
真っ暗な廊下に仰向けに倒れていたフランは、目を開いた。
肩や腕には布が巻かれており、止血されている。
恐らくは教室のカーテンを裁断して作ったモノだろう。
「気が付きましたか?」
その応急手当てを行ったであろうアリアが、月明かりを背景に姿を見せた。
彼女も自分の身体に布を巻き付けており、止血を行っているようだ。
「……僕に、喋らせるつもり、か? あの女達の居場所を」
「いいえ。ルークさんが貴方のパソコンを確保する筈です。悪い尋問は、私の趣味では有りませんので」
「パソコン……? ああ、残念だったな……。アレには、罠が仕掛けてある……」
上手く身体を動かす事の出来ないフランは、視線だけでアリアの動きを追う。
アリア自身も車椅子を漕ぐ動作がぎこちない。
「もっとも、僕がこうなった以上……『アルク・ブラック』はとっくに解除されていると、思う……けどな」
「例え解除されていなくても、ルークさんならば大丈夫です」
「へぇ……信用、しているんだ……羨ましい、限りだよ」
フランは天井の蛍光灯を見上げ、ボンヤリと呟いた。
「僕は昔から、写真が好きでね。特に、女性を被写体にした写真を、毎日のように撮っていたよ……。美しいモノを自分の手で形にして残す。僕にとってのそれは、芸術の域を外れない、一つの生き方であり真実の自分だった。その高揚感を普通だと認識していたし、誰しもがそう思っている感覚なのだと疑わなかった」
「……?」
「ああ。勿論、独り言だよ。適当に聞き流してくれて良い。仲間を呼ぶ前に君に倒されちゃったし、僕自身も反撃する力はもう残っていないさ」
フランの様子を見る限り、それは事実だろう。
電話を使う事はスタンドの動きも含めて完璧に防いだし、急所を外しておいたが一人で立つ事は困難な程には戦力を削いである。
もし戦闘になっても即座に無力化する事は可能だ。
単なる時間稼ぎならば、ルークを待っている此方にも利得が有る。
「警戒している所……悪いんだが。これは、そういうのじゃあない。君の実力なら、僕を殺す事も出来ただろう。でも、僕は生きていて、こうやって君に手当てして貰っている。それに対する少しばかりの敬意だと捉えて欲しい。僕は自分からは他の仲間の事や計画の事は絶対に喋らないが、何せ君は勘の良い奴だからね。僕自身の事ならば少しは、と思ったのさ」
「一体、何の話を──」
「僕の写真への拘りを『才能』へと昇華してくれたのが、矢だった。形にして引き出した。僕から『アルク・ブラック』をね」
「っ!?」
「君はあの矢について知っていて、手に入れたいと考えているんだろ? 僕のスタンドの特性に気が付いておきながら、敢えて追って来たからね」
「矢は、今何処に有るんですか!?」
冷静さを欠いた態度でアリアがフランに食い付いた。
フランがスタンド能力を発現させ、その力に気が付いたのは最近の事だろう。
矢を持つ人物を突き止める手掛かりになるかも知れない。
だが、薄ら笑いを浮かべるフランを見て、アリアは察する。
フランは知らないのだ、と。
悔しさと歯痒さを押し殺して、アリアは顔を背けた。
「……良いね。君の今の表情。フフッ、凄く良かった。カメラがあったら思う存分に君を撮影したいよ。フフフ、凄く気分が良い。君さ、ひょっとして携帯とか持ってないの? パソコンが苦手とも言ってたよね? 面白いな、君に興味が湧いた。──今から、僕が言う事を良く聞いて。一回しか言わないけど、心に留めといてくれると有難い」
フランは首を捻るアリアへと、一度不気味な笑みを浮かべる。
そして、言うのだ。
「『愛してる』」
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お疲れ様でした。
読んで頂けて嬉しいです。
どうにか続きを投稿出来ました。