穏やかな陽射しに包まれた校舎の、昼下がり。
整った顔立ちの銀髪の女子生徒が一人、車椅子を自走して三階の廊下を進んでいた。
すると、彼女に気が付いた二人の女生徒達が教室から飛び出し、声を掛ける。
「アリア会長、私達がお手伝い致します」
「生徒会室までご一緒に」
女生徒達からの申し出に、銀髪の少女……アリアは車椅子を止め、フンワリと彼女達へと微笑んだ。
右目を覆う眼帯を差し引いても、その優れて美しい容姿は同性ですら惚けるだろう。
「ご親切に、どうも。シャーリーさん、メルサさん。ですが、これも訓練だとお医者様から言われてしまっているので。ごめんなさいね」
恭しく頭を下げたアリアに、二人も慌てて頭を下げる。
内心は自分達の名前を知っていた事実に歓喜しているのだが、あくまでも淑やかに努める。
「では、私はこれで」
再度軽く会釈をしたアリアは、二人の前を通り過ぎ。
しかし少し進んだ所で車椅子を止めて首だけ振り返った。
「そうそう。美味しい紅茶が手に入りましたから、明日の放課後。ご一緒にいかがですか?」
「え、私達が……良いんですか!?」
「ええ、他のお友達も連れて来て下さい。部屋のドアは開けておきますので、どうぞ良しなに」
アリアは優雅に銀髪を耳に掛けながら、二人に向けてもう一度笑顔を見せる。
そして、押し殺したような彼女達の黄色い声に気付かないフリをして、廊下を曲がって行った。
「あ、でも待って。あっちは確か、階段だったわ」
「アリア会長、エレベーターとは真逆の方向へ。いくら成績優秀で容姿端麗なアリア会長でも、あのお身体では階段は上れないわよ」
二人は急いで廊下を曲がり、階段へと走ったが。
「あれ……? え?」
そこで立ち往生している筈のアリアの姿は、奇妙な事に忽然と消えてしまっていたのだ。
◆
四階の生徒会室前。
アリアは上着のポケットから鍵を取り出す前に、異変に気が付いた。
鍵をポケットへと捩じ込むと、白く細い指先でドアノブを捻ってみる。
鍵は開いていた。
「あらあら」
微笑してドアを開き、中に入るアリア。
革張りの長椅子がコの字に置かれ、その中心には薔薇の装飾が施された硝子のテーブル。
壁には予備の椅子が二脚と、アンティーク調の食器棚や本棚が置かれている。
その内、予備の椅子の一脚に二十代前半と思われる男が座っていた。
上着を左肩に担ぎ、手帳を開いている。
「不法侵入ですよ?」
「学院長からちゃんと鍵を借りてる。まあ、電話口では君を訪ねる事しか伝えていなかったが」
男はアリアに見えるように鍵を持ち上げた。
アリアは車椅子を器用に操って部屋の奥に併設されている給湯室に入り、ヤカンを火に掛けた。
「電話での急なお話でしたが。貴方は、スピードワゴン財団の……?」
「ルークだ。財団内部では特殊研究班に所属している」
「……。今、お茶をお出しするので。そちらの椅子に腰掛けてはいかがですか、ルークさん?」
ルークは椅子から立ち上がると、革張りの長椅子に腰掛けた。
そして持っていた封筒を逆さまにして、中の写真をテーブルに広げた。
「君を待っている間、暇だったからな」
その中からルークが数枚の写真を持ち上げる。
写っていたのは、少女だ。
キャンプで撮った写真や、海辺で撮った写真も混ざっている。
眼帯に覆われていない左眼で、アリアは軽蔑の眼差しを送った。
「あらあら。乙女の机の引き出しを探るだなんて。どうしましょう、ハラスメントですよ? いえ、犯罪ですよ?」
アリアはにっこりと微笑んだ後、写真を丁寧に揃えてテーブルに置いた。
そうしてテーブルを離れ、給湯室へと向かう。
「これは、この写真に写っているのは。近頃この街を騒がせている集団失踪事件の被害者達だな? 君は独自に事件を調べて、勝手に首を突っ込んでいるのか?」
「紅茶のお菓子は、マカロンですか? それともシュークリームかしら?」
「質問を質問で返さないでくれないか……!?」
少し苛立った様子でルークが言う。
それでもアリアは悠長にポットにお湯を入れ、紅茶の準備をしている。
「報道では確か、昨日で八人でした。ここ数ヶ月の間に行方不明者になっている女性は。メディアは集団失踪事件や、神隠し事件として取り上げているようです」
「表向きはな。だが実際は違うんだろう?」
ルークは上着のポケットに右手を突っ込んで探った後、何かを握っている右手を机の上に近付けた。
と、手を開くとその場に突然ノートパソコンが出現する。
アリアが目を丸くした。
「今のは……。ルークさんも、スタンドを?」
「君だから見せた。君も俺と同じように。生まれつきのスタンド使いなんだろう?」
ルークはパソコンを立ち上げ、幾つかあるデスクトップ上のファイルを開く。
「行方不明になっている彼女達の周囲の人間関係やSNSからは、失踪を仄めかすような繋がりは無い。住んでいる場所もバラバラだ。
友人との電話中に突然会話が途切れ、そのまま行方が分からなくなったり。同居人や家族らが部屋を訪れて事件が発覚している。
そして、その証言から夜九時から十一時の間に一連の事件が起こっていたという説が有力だ。
部屋の中には飲み掛けのコーヒーカップ等もそのままで、財布や携帯電話も机に置かれたままだったらしい。勿論、目撃者なんていないし、街中の監視カメラにも彼女達は一人として映っていなかった」
「──流石は財団の情報網ですね。穏やかな街で起こる事件にも、目を光らせているという事ですか」
「まあな。特に、君に関する事は」
「私、ですか?」
アリアは小首を傾げた。
絹の様に流れた銀髪が、フワリと彼女の膝に掛かる。
「亡くなった君のお父さんはスピードワゴン財団の著しい発展を支えた幹部で、財団職員からの人望が厚く、現代表とも親しい間柄だった。
その娘である君の身体を心配した代表は、本部で最新の治療を受けさせたいと考え、何年も前から文書を送っている。が、君の了承は中々得られない」
「私にはまだ、この街でやる事が有りますので」
「そうだ。君の返事はいつもそうだったらしい。だから今回は、手紙の代わりに俺が来たんだ。君が何故応じないのかを調べる為にな。そして今回は、連れて行くのに手段は問わないと言われてもいる」
少し嘘と睨みを利かせたが、アリアは意に介さずカップに紅茶を注いでいる。
てっきり突っ掛かるかと思ったルークは、内心拍子抜けだった。
「──どうぞ」
紅茶を淹れたカップを皿に乗せ、アリアはルークの前に差し出した。
彼女は所作一つ取っても美しく、気品に溢れた振る舞いをする。
また然り気無く角砂糖の入った瓶を隣に用意し、茶菓子のマカロンも丁寧に薔薇の装飾が入った皿に乗せての提供だ。
アリアが紅茶を片手に優雅に微笑むと、ルークは両腕を組んで一度深呼吸した。
「……君は。こういう事なのか? 君のやる事というのは、この手の事件を解決する事か? 学生の君が」
ルークは写真の束に視線を落とした。
「今回の失踪事件。たったの数時間の間に痕跡を残さずに人間が居なくなる、という大変不可解な事件です。
警察は多方面に捜査を展開していますが、意図的なスタンド攻撃の可能性は大いに有り得ます。このまま放っておけば、また被害者が出てしまう」
すると少しだけ声を低くして、アリアが紅茶を一口齧りカップを皿に置く。
「──今回だけでは有りません。この街では数年前からスタンド使いによる事件が度々起こるようになっています」
「ああ、それも調べたよ。だが君はその身体だ。スタンド使いとしてはもう、再起不能だろう?」
「私の身体の事は、余りお気になさらず」
「いいや、言わせて貰う。スタンドが見えるから解決出来ていた今までの事件なんかとは、今回は明らかに性質が違う。君はこの辺りが引き際だ」
手紙とは違う、諭すような口調の生声。
ルークのその言葉を聞いて、アリアは少し心が痛んだ。
文書の送り主で父の親友でもある現代表には、だいぶ気苦労を掛けてしまっているようだった。
多少強引な方法になろうと、安全な場所に財団は匿いたいのだろう。
しかし。
それでも自分がやらなくてはならない理由が、事実存在する。
この場で口にするのは怖い。
それを語る事で、自分が責められているような感覚に陥るから。
「……っ」
「それに、まぁ……」
すると。
沈黙したアリアに代わって、紅茶で口を潤したルークが口を開いた。
「──お父さんの件で。君一人が責任を感じて、全部解決する必要なんてないんだ。君の成すべき事はきっと、そういった過去の柵から抜け出して。幸せに成る事だ。本部で最新の治療を受ければ、君の身体は今よりずっと良くなる」
「……代表は、私が責任を感じている事までご存じなのですか?」
「そりゃあ無い。君に直接会った俺がそう思ったってだけだ」
ルークはマカロンを一つ手に取り、一口で食べた。
「そう、ですか。少しだけ安心しました」
アリアもマカロンを一口だけ齧り、その魅惑の美味しさに瞳を輝かせ、思わず頬に手をあてがう。
「安心?」
「ええ。私がお話を断っていたのは、財団の雰囲気というか。そういうのが苦手だと感じていた事も有るんです。でも……ルークさんが優しい人だったので、一先ず安心しました」
そして上機嫌な口をそのままに、アリアは微笑む。
それを受け、反射的にルークは咳払いを挟んだ。
「だが、今回の事件は確かにスタンド使いでなければ解決出来そうもない。そこで、だ。俺も一つ手を貸そう」
「え?」
「手段は問わないと言われているからな。命令違反じゃあないだろう」
我ながら、情に流され易いなと思うルーク。
それでも一番手っ取り早い方法だと思った。
暫くは街に滞在する事になるので、長丁場は覚悟の上だ。
「つまり。事件を解決させてから、私を本部へ?」
「そうなる。君の身の安全は、俺が保証するよ」
「は、はあ……。えっと、助かり……ます」
アリアは苦笑いを浮かべ、その申し出を受ける事にした。
特に断る理由が無いのが、理由である。
「うん、宜しく頼むよアリア君。早速だけど、情報共有といこうか」
ルークはパソコンを操作し、別のファイルを開いた。
お読み下さりありがとうございます。
会話文も改行する。
このジョジョでは敢えて、その方法をとる!