さとりから休暇を言い渡された翌日、特にすることもなかった俺は昨日と同じように里へ出かけることにした。里にはミスティアや小鈴もいるし、仕事の手伝いでもしながら話し相手にでもなってもらおうと考えた。
昨日借りた本は昨日だけで半分読みきってしまい、仕事の後の気分転換に必須なので、今日は読まないことにしている。あまり早く読みすぎてしまうと借りる頻度が多くなって財布の中が空っぽになってしまう。
今日の時間をどう潰そうか考えていると、何時の間にか里の入り口にまでやってきていた。考え事をしていると時間というものは案外早く過ぎるものだが、今回は特に早いと感じる。
そんなことを考えながら里の路地を歩いていると、なにやら妙な陰が目に映った。それは傘のようなものを持っており、物影に隠れてこちらの様子を伺っている。しかし、逆にその行為は俺の黒い部分を刺激するだけなのである。
(上等だ。返り討ちにしてやる…)
そう思った俺は相手の手前の角を曲がった。そして気配を消して屋根の上に上がる。困惑して相手は物陰から出てくる。そして俺は屋根から下りるとすばやく相手の背後に回り、肩をつつく。
(?)
相手が振り向いた瞬間…
「わ!!」
「ひゃあ!」
相手は驚いて尻餅をついた。
「ははwwダサww」
「うう…」
相手は心底悔しそうな表情でこちらを睨んでいる。改めてみるとその少女はオッドアイで少し興味が湧いた。
「あんたこっちから丸見えなんだよ。そんなんじゃ子供も驚かない」
「うう…事実だからなんともいえない」
「まあとりあえず立てよ。ほら」
俺はそう言って手を差し出した。
「俺は黒葉漣。あんたは?」
「…多々良小傘」
「単刀直入に聞く。何で俺を驚かそうとした?」
そういうと小傘は俯いた。
「お腹すいたから…」
「…は?」
「私は妖怪…人が驚いたときの感情を食べてお腹が膨れるの…」
妖怪だというから納得がいったが、内容が衝撃的過ぎて一瞬思考が止まった。
「つまりお前は誰かが驚いてくれないと餓死すると…」
「餓死はないけど空腹感に苦しめられることになるね…」
「なるほどね…」
とりあえず彼女が人間を驚かそうとする理由は分かったが、明らかに問題点が多すぎる。そして俺はある結論に至った。
「お前、今まで人を驚かせた回数は?」
「…0」
「もういいんじゃね?」
「ダメ!」
断固として否定された。妖怪としての存在意義の話なのだろうか…
(問題点だけ教えてやるか…)
というわけで俺は彼女の行動にある問題点だけ教えることにした。
「まあどうしても驚かせたいってんなら・・・昼にやるのはやめろ」
「え?」
「人間は夜だと周りの状況をつかみにくくなるから未知への恐怖心が増すんだよ。幽霊を見たって話も殆どが夜の出来事だしな」
すると小傘は少し考える素振りを見せ、暫く経つとこちらに向き直った。
「ねえ!私が人を驚かすのに協力してくれない?」
「は、はあ?」
「私、あなたが協力してくれたらうまくいく気がするの!ダメかな…」
問題点だけ伝えて適当に別れるつもりが上目遣いで追加注文をされてしまった。
そして、飢えに苦しむ少女を突き放すほど俺は腐っているつもりはない。なので…
「わかった。わかったから一旦落ち着け」
「協力してくれる?」
「ああ。流石に飢えて苦しんでるやつを突き放ような真似はしねえよ」
そう言うと小傘の表情は明るくなっていき…
「ありがとう!今日はよろしくね!」
というわけで、俺と小傘の絶叫ホラー作戦が展開することになるのであった。
「お前、何かに化けられたりはするか?」
「一応付喪神だから傘に戻れるけど…」
「じゃあいけるな」
「え?」
小傘は訳が分からないといった表情をしているが、俺は話を進めた。小傘はなんとなく理解したような感じだったが、おそらく大丈夫だろう。
「っと、そんな訳で実行は今夜だ。気ぃ引き締めとけよ?」
「うん…」
「よし!じゃあ腹もすいたしなんか食いに行こうぜ」
丁度お昼になっていた。しかし小傘は複雑そうな表情で…
「私…人間の食べ物を食べてもお腹膨れないんだけど…」
「いいじゃん。どうせ暇なんだろ?だったら付き合ってくれよ」
というわけでやや強引に店の仲間で引っ張っていった。連れて行ったのは前も行ったうどん屋だ。俺はきつねうどんを注文し、小傘は月見うどんを注文した。軽く雑談で盛り上がりながら昼食をとった俺たちは、里の雑貨屋などを見て回りながら夜まで時間を潰した。ちなみに俺は雑貨屋で手帳を買った。
そして、ついに決行の時間になった。
「よし、作戦は覚えてるよな?」
「うん…あまり自信ないけど…」
「自信なさにビビッてたら絶対失敗する。失敗してもいいと思って精一杯やりきるんだよ」
「…わかった。行ってくる」
小傘の目には絶対に成功させるという意志が垣間見えた。これで途中で怖気づくことはないだろう。俺は気配を消して建物の上から見守る。
暫くすると40代ぐらいの男が通りかかった。ターゲットは彼に決定だ。小傘は下駄の音を響かせながら男の後をつける。やがて男は気配に気付いて後ろを振り返ろうとする。それを小傘は見逃さない。
すぐに傘に化け、近くの建物に立てかかる。男が再び前を向いて歩き出すと小傘は再び後をつける。そして再び男が振り返ると小傘は傘に化けて立てかかる。この不気味な現象に男の表情は歪みだした。
そして再び歩きだすと小傘も下駄の音を響かせてまた後をつける。男はだんだんと冷や汗をかき始めた。
そろそろ頃合だろう。
小傘は歩幅をだんだんと大きくし始めた。そして男はまた振り返る。しかし後ろには誰もいない足音は確実に後ろから聞こえるというのに。男の恐怖心はMAXに達している。やるなら今だ。
(よし!行け!)
再び男が振り返るとき、小傘は既に至近距離にいた。小傘は手に持った傘を目いっぱい広げ、殺気と狂気に満ち溢れた表情で男にナイフを突き出した。その姿はまるで男に恨みのある怨霊にしか見えなかった。男はこれでもかというほどの悲鳴を上げながら全速力であろうスピードで逃げ出していった。
つまりは大成功だった。小傘は暫く呆然と立ち尽くしていたが、やがて満面の笑みでこちらを向いて…
「やった!やったよ!初めて人を驚かせられた!今ね、すごいお腹が膨れてるの!」
小傘は心底喜んでいるようだ。こちらとしても協力した甲斐がある。しかし…
「なあ小傘…喜んでるのは良いんだけど近すぎやしないか?」
「え?別に私は気にしないけど?」
小傘はなんと俺に抱きついてきていた。
「俺が気にするんだよ!」
「何?照れてるの?漣も可愛いなー」
「うっさい!」
とことん煽ってくる。ここまで追い詰められたのはいつ振りだろうか。
「ねえ、成功したのは漣のお蔭だよ?なにかお礼させて?」
「いや礼とか別に…」
「そうだ!私鍛冶とくいなんだ!お礼になんか打たせてよ!」
(いきなりそんなこと言われても…)一瞬そう思ったが、一つ思い出したことがあったこの幻想郷で必要になりそうなもので唯一持って来れなかった物…
「じゃあ…護身用に刀を頼めるか?」
「任せといて!長さは?」
「長めで頼む」
「わかった!できたら連絡するからそのときは里に来て!そういえば何処に住んでるの?」
連絡をするのに必要なのだろう。俺は迷わず答えた。
「地霊殿」
「へえ…え?!」
やはり驚かれた。もうこれにも慣れてしまった。
「じゃ、また今度な」
「うん」
俺は小傘に別れを告げ、帰路に着いた。地霊殿につく頃には日付が変わってしまっていたのはまた別の話。