幻想郷で唯一人間の安全が約束される場所。妖怪たちから[人里]と呼ばれるその場所に一人の薬売りが来ていた。とある竹林の中で生活をするこの薬売りは、師範として慕う一人の医者の作る薬をこの里に住む患者に届けている。
その配達は患者の問診もかねており、薬を渡すと同時に患者の健康観察も行う。また、この薬売りは人と言えない容姿をしている。そのため傘を深めに被り、頭部を見られないようにしている。
そして、今日もいつもどおりに薬を渡し、軽く問診をして去る予定だった。
「ごめんくださーい…薬のお届けに参りましたー」
そう言うと、奥から慌ただしい足音が聞こえ、すぐにこの家の奥さんが血相を変えて飛んできた。
「今日もありがとうございますお薬屋さん!唐突にお聞きしますが、あなたは先生の下でお勉強をされているんですよね?」
「はい…まあ…」
「でしたら、今夫を診て頂くことは可能でしょうか?」
突然の依頼に薬売りは困惑する。当然だ。今まで問診以上のことをしたことがなかったのだから。
しかし、将来医者を志している者としては、ここで引くわけには行かなかった。
「わかりました。できる限りのことをさせて頂きます」
そういって、薬売りは医者として患者宅へ上がるのだった。
患者の状態は決して良いものとは言えなかった。肉体的にはたいした問題はないものの、体格の割に体重がかなり軽く、体温が異常に低く、呼吸が少し浅かった。今までこんな症状は聞いたことがなかった。普通なら肉体にも何かしら異常が見られるはずなのだが、肉体組織はいたって健康だった。
しかし、患者はどこか衰弱しているように見える。一体何が原因なのか全く持って分からないことに薬売りは嫌悪感を抱いた。自分の非力さが不甲斐なかった。
「申し訳ありません。このような症状は未熟者の私には分かりかねます。戻って先生にご相談させていただきます」
「そうですか…」
「とりあえず、今回のお薬と栄養剤を処方させていただきます。この件は一度先生に診て頂き、適切な処置を施させていただきます。それでは、今回はこれにて…」
そう言って、薬売りは患者宅を後にした。このあとも何軒か薬を届けに向かったが、同じような症状がいくつか確認された。この事態に薬売りは疲れ果てていた。
「ああ…どうしよう…訳わかんないよ…何かの伝染病かな…」
「あの…どうかなさったのですか?」
振り向くと、二本の刀を持った少年が立っていた。
今日もいつものように里へ買出しに来た。前に借りた本を返し、お昼に蕎麦を啜り、残りの買い物をして地霊殿に戻るつもりだったが、明らかに様子のおかしい人物を見つけた。それと、気配からして人間ではない。そのまま通り過ぎようかとも思ったが、何やらぶつぶつとぼやき始めたので、とりあえず声を掛けた。
「ああいえ、ちょっと仕事のことで…」
「へえ…何のお仕事ですか?」
「薬の配達兼医者見習いです…」
噂に聞いた竹林に住んでいる人かもしれない。とりあえず話を続ける。
「初めて患者を診たけど碌な答えを出せなかった」
「え?!」
驚いて見習いはこちらを見るがすぐに目を逸らされてしまう。
「目を合わせてはくれないのですか?」
「はい」
「俺に見られて困るものでも?」
「…」
見習いは沈黙する。しかし、もう手遅れである。
「耳…とか」
「そっか…見えちゃいましたか」
傘を取る。すると兎の耳の生えた少女が現れた。
「はい。それで患者の症状は…」
「いやいやいやいや!」
彼女はここで制止を掛ける。
「あなた人間ですよね?!気にしたりしないんですか?!」
「はあ…この世界でいちいち気にしてたらキリがないでしょう…」
この世界はそういう世界である。
「はあ…」
「それで、患者の症状は?」
彼女は一通り説明してくれた。因みに名は(鈴仙・優曇華院・イナバ)というらしい。そして、一つ気になる点があった。
「そうですか。ありがとうございます。一つ助言をするなら…」
そして言い放つ。
「おそらく、医学ではどうにもならない」
衝撃の一言に彼女の思考は止まる。
「それでは、俺はこれで」
未だ思考が追いつかない彼女を残し、俺は調査へ向かうことにした。