「ただいまー」
俺はあれから数十分掛けて地霊殿に戻った。静かで誰かがいる気配はしなかったが、念のため挨拶しておいた。やはり誰も返事をしないので食材を置きに台所へ向かおうとすると…
「あら…随分と時間がかかったのね」
さとりが2階から降りてきた。俺の挨拶が聞こえていたのかは不明だが、とりあえず応答することにした。
「ああ。ちょっと個人的な用があったからな。他の皆はどうしたんだ?随分と物静かだけど」
やはり皆いるとはどうも考えにくい。生活音が殆ど聞こえないからだ。
「お燐は地底の猫仲間に用事があるって出て行ったわ。こいしがいないのはいつものことだし、お空は温泉の調整に行ってるわ」
そう言った後、さとりの表情が少し曇った。理由は紛れもなくこいしのことだろう。無意識の能力のお蔭で誰にも襲われることはないにしても、姉としてはやはり気になることがあるのだろう。家族と別れてからだいぶ経つが、誰かを心配に思う気持ちは痛いほどに分かる。
「やっぱ心配か…」
「ええ…」
「まあでも、俺から唯一言える事は、信じて待てってことくらいだけどな」
無意識を操る程度の能力…本人も自覚していたが、その効果は自分にも反映される。無意識の内に能力を発動して、脳内の無意識領域を拡大し、本能のみに従って動く状態となってしまう。そのため、いつ発動するかも予測不能だし、分かったとしても対処の仕様がない。なので…
「お前の妹は弱いか?」
「ッ!そんなことない!あの子は私なんかよりもずっと戦闘が得意で、やられそうになっても隙を突いて逃げられる!」
さとりは断固として反対の意見を述べた。その目には自信に満ち溢れた光が宿っていた。
「そんだけ言えるなら大丈夫だな」
「え?」
さとりはほぼ無意識で否定したようだ。状況が分からず疑問符を浮かべている。
「お前は自分の妹の危機対処能力に対して絶対の自信を持っている。そんだけ自信があるなら、もう心配なんてする必要はねえんじゃねえのか?」
「…そうね。ありがとう漣」
さとりは何かが吹っ切れたような表情をしていた。これでさとりが妹の帰りで悩むことはなくなっていくと思う。
「あ、そうだ。飲み会の予定だけど明後日になったから」
「なあ…ほんとに行くのか?」
「当たり前でしょ?何をいまさら言っているの?」
どうやら俺の未成年飲酒はどうやっても避けられないらしい。確かにさとりの言うことも一理あるため、断固として否定できないのが悔しいところである。
そして今更だが、俺はもといた世界の法律を破ってしまうことに躊躇っているのではない。自分が酔っ払ってしまうことに恐怖を抱いているのだ。ただそんなことをいつまでも言っていても仕方がないので俺は諦めてその飲み会に参加することにした。
そうして暫く雑談をしているとお燐とお空が帰ってきた。こいしはそのうち帰ってくると思う。夕ご飯はいつもさとりが作っているので、俺はその間自由時間となる。俺は今日借りてきた本をめくりながら、空いた時間を有意義に過ごした。
「明日は自由に?」
「ええ」
俺が皆と夕食をとっていると唐突にさとりがそんなことを言ってきた。
「あなたにはいつも朝食や買出しを任せて体力を使わせてしまってるから、偶にはおやすみをあげたいと思うの。ほら、前なんか私の手伝いまでさせちゃったし」
俺はつい数日前さとりの事務処理の手伝いをしたことがあった。会計やら契約先の資料の整理まで何かと大変だったのを覚えている。しかし、それでも居候の身として休みをもらうには理由が軽すぎる気がする。
「待て。確かにあれは少し大変ではあったが別に休みをもらうほどでもないし居候の身としてそんな理由で休みをもらうわけには…」
「悪いけど、あなたに拒否権はないわ。私が決めたことだからこれを曲げるつもりはないわ」
そう言ってさとりは自分の部屋へと戻っていった。こうして俺は殆ど強制される形で一日の休暇を手に入れることになるのだった。