GⅢ京都ジュニアステークス
11月後半に開催される、中距離を得意したウマ娘たちが集って参加するジュニア級のレースである。
――そして今日、才気溢れる新バ達が初めての重賞獲得と己のプライドを賭けて熱烈に競い合っていた。
『最終コーナー! 最初に立ち上がったのは9番ブリッジコンプ!』
京都レース場は会場を埋め尽くす観客の声援と興奮で熱気立っていた。
『外から飛んでくるのは6番ハートシーザー! しかし、未だニバ身後ろ!』
レースも佳境。
実況の声もけたたましい程に大きくなっている。
『抜け出したのはブリッジコンプ! だが後続も追いすがる!』
『さあ、ラストはこの二人の――』
絶え間なく続いていた実況の声は瞬間、鳴りを潜めた。
――しかし、それはさらなる爆発をもって活性化した。
『さらに外から追い上げてきました!』
それは、一匹の黒い生物が先頭を走る二人を捉えた瞬間だった。
『――1番コノヒトキモイヨー!!』
そいつは、ウマ娘と言うにはあまりにも違いすぎた。
尻尾も、ウマ耳も、胸もなく。そして、股間に棒をぶら下げていた。
それは正に――スーツ姿の
『1番コノヒトキモイヨー! 驚異的な追い上げ!』
『コノヒトキモイヨーここで抜け出した! ここから一気にちぎるか!』
『コノヒトキモイヨー脚色は衰えない!』
『コノヒトキモイヨー、リードは三バ身!』
そしてついに――
『勝ったのはコノヒトキモイヨー! ウマ娘を遥かに超える、人間の走りを見せつけました!』
初めての重賞勝利を果たし、表彰台の上に立ったコノヒトキモイヨーは、勝利宣言を。
「――じゃねえだろぉーっ!!」
「ぐふぉ!?」
表彰台の上でポーズを取っていたコノヒトキモイヨー(トレーナー)に一人のウマ娘が飛び蹴りをくらわせた。
「ろ、ロール……」
ウマ娘――ツッコミロールはトレーナーの胸ぐらを掴むと。
「お前何してんの? 私が出るはずだったレースに何でお前が出てるの? つーか何で勝ってるの?」
ドスの利いた声を聞かせながら頭をトレーナーのデコに打ち付けていく……頭突きをしていた。
ぐったりとしたトレーナーは目だけは彼女に向けながら。
「に、人間を舐めるなよ、ウマん娘……」
「うまんこ言うな」
「俺は人間だろうがウマ娘だろうが同業者だろうが、勝負事では絶対に負けねえ……!」
「それでどうして『担当』に勝とうとしてんだお前はーっ!!」
ぐわんぐわんとトレーナーを揺らしながら、ロールはさらに怒りを見せる。
「お前、初めての重賞で緊張している私に向かって言ったこと思い出してみろよ、あぁん?」
トレーナーは胸ぐらをつかまれたまま顎に手を当てて考える仕草をするが。
「……なんだっけ?」
「『ええいもういい! 俺が走る!』だよ! あんたなに考えてんのよぉ!」
「いや、お前の代わりに勝ってやろうかと」
「名前変わってんじゃねえか! 誰だよコノヒトキモイヨーって!? 完全にトレーナー専用のネームじゃねえか!」
流石に絶叫を上げ続けたからか、ロールは息切れを起こした。それと同時に、多少は怒りを鎮めたのだろう、トレーナーの胸ぐらから手を離した。
トレーナーは乱れたスーツを整えながら、ロールに頭を下げる。
「まぁ、今回の件は俺が悪かったよ。――でも周りを見てみろよ。みんな俺たちに注目してるぜ。あんなに騒がしかった会場が静寂に包まれてやがる」
「呆れて物が言えないだけだよ! 他の娘達のトレーナーさん皆涙目だよ!」
「……涙を流せるってことは強さの証だ。――来年アイツらはもっと強くなるぞ!」
「スポ根風の強敵認定で誤魔化すな! ちゃんと謝ってきてくださいよトレーナーさん!」
――これはヤベェトレーナーとツッコミを宿命づけられた可哀想なウマ娘の物語である。
***
ここは東京都府中市に所在するURA管轄のウマ娘養成学園。
通称――中央トレセン学園。
その設備は――スゴォォォォォいッ説明不要!!
……今日もトレセン学園ではウマ娘達が汗と涙で溢れた青春の日々を送っていた。
「おはよう、ロールちゃん」
「あ、おはようベルノちゃん!」
私――ツッコミロールはトレセン学園に通うウマ娘。
時刻はまだ午前6時だが、今日も朝練をするので頑張って早起きしたのである。
私は友達のベルノライトちゃんに笑顔で挨拶を返した。
「ベルノちゃんは今日もオグリキャップちゃんの手伝い?」
「うん、最近オグリちゃん気合い入ってるから私も負けられないよ!」
彼女は地方のトレセン学園からスカウトされてやってきたオグリキャップちゃんをサポートするために、彼女自身もまた地方からサポートスタッフの研修生としてここへやってきた努力家だ。
地方と中央の差は、走る技術だけでも10年は違うと言われ、そんな中でも中央へと『実力』でスカウトされたオグリキャップちゃんは、平凡な走りしかできない私にとっては遠い存在なのである。
二人とも本当にすごいなぁ。
……それに。
「私……あのトレーナーさん、苦手」
「あはは、ロールちゃんのトレーナーは個性的な人だもんね」
「個性的というか変態的だよあの人は……『超』が付くぐらいの」
「あはは……」
私のトレーナーはこのトレセン学園で知らない人がいないくらい有名な人だ。
年齢はまだ二十代の若手で新人トレーナーとベテラントレーナーの狭間にいるらしいのだが、教え方は非常に上手で、レース前では親身に接してくれるという優しい人という評価を与えられている。
――しかァし、それは表の姿だけの話!!
本当のあの男は……。
練習で併走する相手がいないときには、
――『んじゃ、俺が併走してやるからしっかりついてこいよ。遅れたら今日の人参没収な』と人間を超越したスピードで走り出し。
雨の日の室内で体幹トレーニングをしているときでは、
――『体幹トレーニングで他人が腕をプルプルしてるところを見ると何か気分が良くなるよね』と寝転がりながら足でダンベルを持ち上げてたり。
私がとある事情で糖質制限をしているときでは、
――『ふーん、甘いもの食べすぎて太ったんだ。……ところで、駅前に新しくスイーツ店ができたらしいよ』とチョコを食べながら言ってきたりと。
今思い出すだけでも本当に腹立ってくるーっ! 特に最後!!
「で、でも最近のロールちゃんの成長は本当に著しいよ! 結果はちゃんと出てるよ!」
「そうだけど! そうなんだけど!! あの男本当にムカつくーっ!!」
怒りの絶叫を上げる私にベルノちゃんは「まあまあ」と宥めてくれる。
……本当に良い友達を私はもちました。
「あっ! ロールちゃんのトレーナーさん見つけたよ! ――あれ? 誰かに何か教えてるみたい」
私がトレーナーさんの愚痴を言っている間にグラウンドに着いてしまったようだ。
私はベルノちゃんが示す方を見ると、たしかにそこには私のトレーナーさんがいた。
しかしそこには、トレーナーさん以外にも一人、銀髪のウマ娘がいた。
たしかトレーナーさんは私以外に育てているウマ娘はいないと言っていたので、臨時で指導しているのだろうか?
私はトレーナーさん達の方に聞き耳を立てた。
「レースにおける必勝法というものはこの世には存在しない」
……なんだか真面目そうな話だ。
あの人は変態だが有能なので、真面目なときの話は、しっかりと聞いていると後々役に立つことがある。
「身体能力、走行技術、精神状態、駆け引き、運、その他たくさん。様々な要因が絡み合ってレースの勝者は決まるんだ」
私はトレーナーの話に対して無意識に頷いていた。
トレーナーの話を直に聞いている銀髪のウマ娘さんも、うんうんと頷いていた。
「つまり、それらすべての要因をどうにか克服していけば自ずとレースは必勝になるわけだが――そんな時間はない!」
語気を強めるトレーナーさんの周囲に、ピンと糸を張ったような緊張感が増していく。
それを振り払うようにトレーナーさんは一つ息を吐くと。
「そこで俺は特に精神状態を重視している。精神は肉体よりも駆け引きよりも運よりもレースにおいて重要だと思ってるからな。まぁ、ウチの担当にはよく言ってるが」
そういえばトレーナーさんはそんなことをよく言っていた気がする。
『精神は肉体を超越する、すなわち妄想は現実化する!』とかなんとか。
「ウマ娘の身体能力は人間とは比べ物にならない程に凄まじい。そんな彼女達が競うレースは、一瞬の隙や迷い、戸惑いが勝敗を決める。――すなわち、レースで勝ちたいのなら相手に付け入る隙を作る必要があるということだ!」
なるほど……本当に今回の話は為になるようだ。是非とも後でもう一度聞かせてもら――
「しかァしッ! 身体能力お化けのウマ娘とはいえ所詮は外聞ばかりを気にする小娘だ!」
トレーナーさんは真面目な顔つきで。
「だから、併走する場面がきたら小さい声で『……パンツ、見えてますよ』と言うだけでそいつは脱落だ。――これで勝てる!」
「勝てるかぁあああああああ!!」
「ぐふぉ!?」
私はトレーナーさんの顔面にドロップキックをくらわせた。
地面に倒れたトレーナーさんは顔を上げて私たちを見ると。
「あれ、ロールと。たしか……ベルノトランザムライザーじゃん」
「ベルノライトです! ガン◯ム化しないでください! せめてベルノライザーと間違えてください!」
「それよりも、トレーナーさんは一体何を教えてるんですか!? レースで相手を辱めて勝つってイヤラしいにも程がありますよ!」
「いやトレセン学園の校訓も『唯一抜きん出て並ぶ者なし』って言うだろ? だから俺も」
「空ではなく地中を掘り進めることを抜きん出るとは言わないんですよ! 埋もれるって言うんですよ!」
私はトレーナーさんに怒声を浴びせるが、トレーナーさんは至って堪えた様子は見せない。……まったく、この男は!
「というかオグリちゃんはどうしてここにいるの!? 北原さんは!?」
私はベルノちゃんの方を見ると、トレーナーさんに指導を受けていたウマ娘さんに詰め寄っていた。銀髪のウマ娘さんってオグリキャップちゃんだったんだ。
北原さんとは、オグリキャップちゃんのトレーナーである。
「キタハラならこのトレーナーが首をしめて気絶させたあと花を添えて海に流してた」
私はトレーナーさんを睨みつけると。
「いやぁ、なんかこのウマ娘とイチャイチャしててイラッときたから」
「イラッときたからで済む問題か!」
テヘッと笑うトレーナーさんに無性に腹が立ってくるが、今は我慢だ。
……というか『このウマ娘』って。
するとトレーナーさんとオグリキャップちゃんはお互いに顔を見合わせて。指を差し合って。
「「というかこの人誰?」」
「なんであなた達はお互いのこと知らないのに指導したり受けたりしてたんですか!?」
私の代わりにベルノちゃんがツッコミを入れてくれた……ありがとう。
「トレーナーさん。ほら彼女は、地方から中央へ転入した、あの……」
「そうか!」
そこまで言うと流石にトレーナーさんも聞き覚えがあったのか、手をポンと叩いた。
「お前があの『食べ放題泣かし』のオグリキャップか!」
「いやどういう覚え方ぁ!?」
するとオグリキャップちゃんも何か思い出したかのようにハッと顔を上げて。
「そういうお前はまさか『UFOキャッチャー泣かし』で有名な! …………誰だっけ?」
「結局知らないの!?」
オグリキャップちゃんは本当に知らないようで「はて?」と言った感じに首をかしげる。
彼女は見ての通り、ぽやぽやした感じのマイペースな娘だ。
トレーナーさんは「ふっ」と鼻で笑うと。
「まぁ、俺は上から読んでも横から読んでもトレーナーだからな。名前なんて無いのさ」
「嘘つけ、名刺に名前書いてあるの見たぞお前」
「いやそれは言わないで――あれ? ロール、今お前言うた? ねぇ、今トレーナーのことお前って言ったよな?」
「うるせーぞお前」
「お前、後でケンカな。スマブラで泣かしてやっから」
「なんであなた達はナチュラルにケンカしてるんですか!? トレーナーさんも大人でしょう!?」
「ロール、ケンカはよくないぞ。お腹が減ってしまう」
私とトレーナーさんはベルノちゃんとオグリキャップちゃんに仲裁されてしまった。
――すると、オグリキャップちゃんの耳がピクリと動いた。
「おぉぉおおおおおおおおい!! オグリ――!!」
男性の大きな声がグラウンド中に響き渡った。
「おぉ、キタハラ」
彼女は自分の元に駆け寄ってくる男性を手を振って迎え入れる。私もベルノちゃんをその男性――北原穣さんに会釈をした。
トレーナーさんは北原さんに軽い様子で。
「うっす、ジョーさん」
「うっす、じゃねえよ! お前に海に流されて大変だったんだぞコッチは!」
どうやら北原さんは海から帰還した直後のようだ。
トレーナーさんと北原さんは同期であるらしく、年齢は北原さんが上のため、トレーナーさんは敬語(適当)を使っているとのことだ。
「流されてるところを人に助けられたと思ったら、CBなんていう組織に入れられてベルノライザーとかいう巨大ロボットに乗せられて人造人間と戦ったんだぞ」
「ジョーさん、それ宇宙かどこかっすか?」
「いや宇宙というより地底だな。最終的には地底人も人造人間も和解して平和になったんだ。ベルノライザーとの別れは惜しかったけどな」
「なんで私の名前……じゃないけど! 似た名前が出るんですか! というかたった数時間でどんだけ濃密なイベントをこなしてるんですか!?」
オグリキャップちゃんのトレーナーも少し頭のネジが外れているらしい。ウチのトレーナーは少しどころかネジの一本も見当たらないけど。
北原さんとオグリキャップちゃんとベルノちゃんは、彼が持ってきた紙袋に注目していた。
「ほい、オグリ。お土産の宇宙煎餅だ。ベルノと分けて食べろよ」
「おぉ! ありがとうキタハラ!」
「やっぱり宇宙行ってるじゃないですか、北原さん!」
「いや、地底のお土産屋で宇宙煎餅なんて面白いものを見たからつい買っちまってな」
「どうせなら地底のお土産も買ってきてくださいよ! めちゃくちゃ気になるじゃないですか! でも、ありがとうございます!」
彼女たちの微笑ましい触れ合いは、見ているだけで自然とこちらも笑みが溢れてくる。
そんなことを考えていると。
ぽん、と頭に手を置かれた。トレーナーさんだ。
「ジョーさん、少しいいっすか?」
「ん? どうした?」
トレーナーさんは私の頭に手を置いたまま、ニヤリと笑みを浮かべると。
「ロールと、おたくのオグリキャップを競わせてくれませんか?」
「えっ?」
私は思わずトレーナーさんの顔を二度見した。
しかしトレーナーさんは挑戦的な笑みを浮かべたまま、北原さんに言い放つ。
「オグリキャップの末脚は研究のしがいがあるもんですから。ウチのロールが進化するためにもね」
「へぇ……。おいオグリ、今日のトレーニングはロールと一緒でいいか?」
「んっ! もちろんだっ! もぐっ! 思う存分走り合おう! はむっ!」
「ちょっとオグリちゃん。食べながら話すのはマナー違反だよ、むしゃむしゃ」
「うぉぉぉい!! お前らトレーニング前に土産食ってんじゃねえよ!!」
どうやら彼女達はやる気満々みたいだ。
だ、だけど、私とオグリキャップちゃんじゃ実力が……私じゃ彼女には到底敵わない。
とても申し訳ないのだが、私はトレーナーさんに断ってもらおうと。
「――心配すんな」
「え……?」
トレーナーさんは私を見ていた。そして、真面目な顔つきで。
「お前は俺の
「――――ぁ」
「さぁ、派手に散ってこい!」
トレーナーさんは私の背中をとんと押した。
一歩踏み出した私だが、思考はトレーニングよりも別の事に占められていた。
――お前は俺のウマ娘だ。
お、俺のウマ娘って……!
い、いや言ってる意味はわかるけど! 俺の担当って意味なんだろうけど!
ほわほわと頬が変に蒸発している私を他所に、トレーナーさんはもう一度意地の悪い笑みをニヤリと浮かべると。
「そして最終的に――俺が勝つ」
「だからなんで担当に勝とうとするんですかーっ!?」
続きます(続きません)。