「ない!ない!なんでだあああ!」
ボート同然の小さな飛行船の隅々まで探したが、見つからない。
正規軍でも採用されている軍用ライフルと雷属性の魔法を仕込んだ魔弾──他の荷物と一緒にカバーの下に隠してあったのだが、それがなくなっていた。
──盗まれた。その結論を受け入れるまで数分かかった。
俺が補給のため寄港した港で飛行船を留守にした二時間弱の間に泥棒が入って、ライフルと魔弾を盗んでいった。──おそらく売り物にするために。
冷や汗が止めどなく溢れてくる。
早く、取り戻さなければ──あれがないと冒険の目的を成し遂げられない。成し遂げられなければ、俺は終わりだ。
すぐに港にいた兵士に事情を話したが、取り合ってもらえなかった。
一人旅で、治安の悪い庶民用区画にボート同然の小型船で停泊、さらに値の張る積荷を箱に入れて鍵を掛けるでもなくカバーの下に隠しただけ──盗んでくれといっているようなものだと言われた。
食い下がったが効果はなく、男爵家の三男の立場を明かしても憐れみの込もった目で笑われただけだった。
態度の悪い兵士たちへの仕返しを考える気力もなく、肩を落として飛行船に戻った俺はこれからどうすべきかを必死に考えた。
だがはっきり言ってこの状況、詰みだ。
買い込んできた食糧では目的地までは保つだろうが、行けたところで武器がなければどうにもならない。
そこには厄介な敵がいて、そいつらに普通の武器は効かない。
だからこそ無理を言って魔弾なんてものまで揃えてもらったのだ。
なら、故郷の浮島に戻るのは?
論外だ。今回の船出だって親父には相当無理をさせてしまった。
もう一度の船出などまずもって不可能だろう。
俺に待っているのは妖怪婆に売られて軍人として使い潰される運命。
逃げる?
これも論外。そもそもどこに逃げる?
それに俺が逃げたらまだ九歳の弟が俺の身代わりになる。
かわいい弟を地獄に落として自分ひとりで逃げるなんて俺にはできない。
別の手段で金を稼いで自分で武器を揃える?
銃と魔弾を買えるほど稼ぐのに一体どれだけ時間がかかると思っている?
その間にゾラがしびれを切らして弟を連れていくかもしれない。
──どうすればいい!?
思考は堂々巡りを続けるばかりで、時間だけが過ぎていく。
募っていくのは後悔と気が緩んでいた馬鹿な自分への呪いだけだ。
ゲームみたくセーブポイントまで戻ってやり直せたら──そんな思考まで出てきてしまう。
いくらここが乙女ゲーの世界とはいえ、ステータスも経験値も見えない、やり直しもきかない現実だということは知っているはずなのに。
忌々しい光景が蘇る。
この旅の始まりとなった出来事──ダラダラと日々を過ごしていた少年の尻に火がついた時の記憶。
◇◇◇
それは十五歳になってしばらく経った頃のことだった。
俺【リオン・フォウ・バルトファルト】は親父の正妻ゾラの策略で五十過ぎのバツ七妖怪婆──ゾラ曰く「歴史ある家の
相手は世襲できる家を持たない──つまり政略結婚ではない。
政略結婚でないなら、結婚は学園を出てからというのが普通だ。
なのに学園に入ってもいないうちから強引に見合い話を持ち込んでくるのは異常だ。おまけに結婚が俺で八回目──見るからに危険な臭いがプンプンした。
そして、ゾラの放った一言でそれは確信に変わった。
「軍人として働く道も用意しました。精々頑張るのね」
コイツは俺を戦死させて遺族年金を貰う気だ。
だから俺は決断した。抗おう、と。
学園に通うための金、そして縁談を断る非礼に対する慰謝料を自分で稼げばゾラも文句は言えない。
言質も取った。
そして金を稼ぐ算段も俺にはある。
俺はこの世界がゲームの世界だと知っているのだ。当然、どこに金になるアイテムが存在するかも知っている。
その知識と記憶が俺の武器だ。
今まで何度も使って無双してやろうと考えて、結局日々の疲れにやる気を削がれて使わなかったが、事ここに至っては四の五の言ってはいられない。
他人の玩具にされる人生など御免だ。
この理不尽に徹底的に抗って、モブの意地を見せてやる。
そして一ヶ月と少し後、俺は親父が用意してくれたボート同然の小型飛行船で船出した。
目的地は十年前、前世の記憶を思い出したばかりの頃に書き出していた、とある浮島の座標。
前世で妹にプレイさせられていた乙女ゲーで課金アイテムの飛行船「ルクシオン」の回収ポイントとして登場した浮島だ。
主人公がそこに訪れるのは学園二年生の終盤。
今そこに行けば手つかずのまま残っている可能性が高い。
そう踏んで俺はそこを目指した。
主人公には悪いが、俺の命と幸福のためにチートアイテムは頂戴しよう。
いつか恩返しすればそれでチャラだ。
飛行船に積み込めたのは僅かな武器弾薬と食糧、数点の道具ともしもの時のための軍資金だけ──未知の浮島を目指す冒険者の装備としてはなんとも貧相だが、これでも必死で揃えてくれたのだろう。
両親には感謝してもし足りないくらいだ。
なんとしてもこの旅で何かしら持ち帰らなければ。
そう思っていた矢先、俺はとんだ災難に遭った。
船出してから一週間ばかりが過ぎた時のことだった。
催した俺は海面に降りて用を足している途中でヒレの生えた巨大なワニみたいな水棲モンスターに襲われた。
大慌てで船に噛み付いたモンスターに斧を叩き込み、怯んだ隙に船のエンジンをふかし、追いすがるモンスターに貴重な手榴弾まで投げつけて逃れたはいいものの、荷物を固定していたカバーがはがれて水と食糧がだいぶ海に落ちてしまった。
回収しようにもさっきのモンスターが執念深く海面近くを泳ぎ回っている。
──随分恨めしげな目で。
なんだよ。先に襲ってきたのはそっちで俺は身を守るために防衛行動を取ったのに逆恨みもいいところじゃないか。
かといってモンスターを倒そうにも火力不足だ。銛や爆雷などという水中の敵を倒すための武器は持ってきていない。
残念だが、諦めてどこかに寄港するしかなさそうだ。
幸い軍資金は肌身離さず持っていたので無事だった。足りるといいけど。
俺は地図とコンパス──方位だけじゃなく目的地への方角まで示してくれるファンタジーなやつ──を頼りに定期航路の寄港地に向かった。
寄港地に着いた時、食糧は尽きていた。危なかった。
水先案内人も雇えないまま混雑した一般向けの区画──貴族向けの区画も使えるが料金が払えない──に向かう。
ちょうど空いていた桟橋があったのでそこに入港する。
上陸して役人に料金を納めて商業地区に向かう。
この港では船旅に必要なものは何だって手に入る。
安い食堂で保存食でない食事にありつき、その後食糧と水を買って荷車に積んで飛行船に戻ってきた時──積み込んであった武器弾薬がなくなっていた。
肌身離さず持っていた剣を除けば、荷物になる武器弾薬は全部飛行船に置いてきたのだが、それが綺麗さっぱり消えていた。
◇◇◇
いつの間にか空は夕焼けに染まっていた。
今夜は飛行船で寝るか、もう軍資金もロクに残っていないし──ぼんやりとそんなことを考えていると、急に誰かにポンと頭を叩かれた。
「ねぇアンタ」
知らない声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこにいたのはウェーブのかかった臙脂色の髪をした女だった。
頭にはヘアバンド代わりの布を巻き、ラフな船員服からのぞく肌は日に焼けている。どうやら船乗りらしい。
整った顔立ちをしていて、年は俺より少し上だろうか──二十前後に見える。
その女が屈んで俺の顔を覗き込んでいる。
「ちょっと協力してくんない?」
自己紹介もなしにいきなり要求してくる女に腹が立った。
俺は今こんなピンチ状態なのに、何を期待してそんなことを言ってくるのか?
「何に?というか誰だよあんた?」
思わずつっけんどんな態度を取ったが、女は気にした様子もなく話し始める。
「あーしはアラベラ。見たとこアンタ船泥棒にやられたんでしょ?あーしもやられた。アンタは荷物、あーしは船。泥棒に盗られた者同士で手組んでみない?犯人の目星は付いてっから、あんたの船にあーしを乗せてくれたら取り返しに行けるぜ?」
「──それを信じろと?」
睨みつけるが、アラベラは涼しい顔で受け流す。
「信じるんだね。あーしは今抱えてる仕事があってグリッドレイ領に行くところだった。で、ここで水と食糧を補給することにしたんだけど、相方と手分けして買い物に行ったら、相方が勝手に先に帰ってあーしを置き去りにしてくれやがったんだよね」
額に青筋を浮かべた笑顔でアラベラは言う。
うん、割と本気で怖い。
「そういうわけだから、今そいつを追うために船を探してるんだ。それで、アンタはあーしを乗せてくれるの?くれないの?あと五秒で決めて」
一方的にまくし立てられるのは嫌な気分だが──所詮追い詰められていた身だ。
ここで何もしないより、アラベラの言ったことが本当である方に賭けた方がマシだろう。
何かあるにしてもこの際乗ってやれ、というやけくそに近い気持ちで俺は返事をする。
「分かったよ。乗せてやる」
「よかった!助かるよ!」
アラベラはパッと明るい笑顔になると、もやい綱をほどき始めた。
「じゃ、早速出航しようか」
「は?出航って今からか!?」
俺は思わず聞き返した。
既に日が暮れ始めている。夜の飛行は航路が狂い易くて危ないし、何より夜は寝るものだろう。
「あったり前でしょ!こんなボロ舟じゃ今から出なきゃ追いつけないよ。それとも何?もしかして夜が怖いの?」
「──分かったよ」
悪かったなボロ舟で。文句があるなら親父に言えよ。
心の中で悪態をつきつつも俺は買い込んだ食料品を船底に固定し、防水カバーを被せる。
「あ、そういえば、アンタ名前は?呼ぶ時不便だから教えてくれる?」
「──リオンだ」
「リオンね。覚えた。しばらくよろしくね」
アラベラは俺の名前を聞きながら手際よくほどいたもやい綱をまとめると、我が物顔で舵輪のところに陣取る。
おい、何勝手な真似をしているんだ。これは俺の船だ。勝手に操作させるわけにはいかない。
「ちょっと待て。そこは俺の席だ。代われ」
「あーしが舵取った方がいいって。航路だって分かってるしさ」
──冗談じゃねーよ。会ったばかりの身元不明の奴に舵取りなんか任せられるか!
こちとら泥棒に遭ったばかりだぞ。そう簡単に相手を信用なんてできるわけがない。
そっちの提案に乗ってはやるが、主導権を握られるわけにはいかないのだ。
「おい、勘違いするなよ。ここは俺の船で、俺の船を操作するのは俺だ。あと航路が分かっているんなら俺にも教えろよ。それが嫌なら乗せないからな」
アラベラは渋々といった顔で舵輪の前を譲る。
「む──分かったよ。港を出たら北北東に向かって進んで。近道する」
アラベラは舳先の方に移動して針路を告げた。
「分かった」
俺はエンジンを始動させ、飛行船を北北東へと進ませる。
港の明かりがどんどん遠ざかっていく。
やがてアラベラが停泊準備を指示してきた。
「前に浮島が見える?そこに船をつけて」
双眼鏡を覗き込むと、確かに小さな浮島が見えた。
慎重に浮島に飛行船を寄せていくと、アラベラが飛び移り、もやい綱をかける。
「ここで少し休む。交代で見張りをしよう。あーしが先でいいから」
「分かった」
エンジンを切って、船底に固定した箱から晩飯の缶詰と乾パンを出して食べる。
アラベラにも渡したが、彼女は夜食にとっておくと言って食べなかった。
その代わりに自分のこれまでの旅の話をしてくる。
「──で、結構デカい取引だから人夫兼用心棒が要るなって思って、そいつと組んだわけ。マジであれは人選ミスったなあ。ヒヨッコで信用も金もないからってケチるんじゃなかったよ。なのに目端の利く奴が組んでくれたってだけで浮かれちゃって、馬鹿だよね。でもそいつ、目利きなのは本当なんだ。スクラッパーギルドで仕事したこともあるって言ってたし。だから、アンタの船にあった軍用ライフルと魔弾の価値だって一目で分かると思うんだ」
要約すると、彼女は親父さんから独立して自分の飛行船を持ち、仕事を始めて間もない新人の運送業者だったらしい。
経験不足で相方の報酬を独り占めしようとする企みを見抜けず、飛行船を荷物ごと持ち逃げされたのだ。
それはまたなんとも同情する話だが──正直半分上の空だ。
おっと、今の状況を説明しようか。
俺はアラベラと一緒にマントにくるまっている。
二十歳頃の美女と密着状態──精神衛生上かなりよろしくない事態だ。
前世の妹とゾラ、そして今世の姉妹で女の暗黒面を嫌と言うほど知っている俺だが、今の俺の身体は思春期真っ只中の十五歳。
さっきから心臓の鼓動が激しくなってるし、俺の意思に関係なく身体が熱を帯びている。
思わず身じろぎすると、アラベラが訝しむ。
「どうした?」
「いや、何でもない」
「ふぅん──えい」
誤魔化したが、アラベラは俺の頬を掴んで向きを変えた。
目の前に彼女の顔が来る。
思わず目を逸らした。
近くで見るとさらに美人だった。恥ずかしながら直視できない。
「あれ?もしかして照れてる?かーわいい♪」
アラベラが俺の反応を見て面白がっている。
「うるさいな。俺はもう寝る」
「はーいはい。おやすみー」
手を振り解いて身体を丸めると、アラベラは頭を撫でてきた。
子供扱いしやがって。これでも俺の中身はお前より年上なんだぞ。
心の中で毒づいてため息を吐く。
やれやれ。
妖怪婆に売られかけて、冒険者としてボート同然の小さな飛行船で船旅に出て、船に泥棒に入られたかと思ったらどこの馬の骨ともしれない美女と二人っきりでまた船旅に出るとは。
俺の人生って本当にどうなっているのだろうか。