乙女ゲー世界でモブが悪役になるまで   作:鈴名ひまり

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追跡 Ⅱ

「来た!リオン!降下準備して!」

 

 アラベラの声で目が覚めた。

 

 飛行船泥棒に盗られた飛行船が姿を現したようだ。

 

 素早くエンジンを始動させて舵輪を握ると、アラベラが指示する方向へと飛行船を走らせる。

 

「あそこ!」

 

 彼女が指差す先にいるのは前世の飛行船に似た構造の飛行船だ。

 フグの胴体のような浮き袋の下に水上船のような船体が吊り下がっている。俺の飛行船の三倍くらいはありそうな大きさで、しかもかなり足が速いのが遠目に見ても分かる。

 

「いい?合図で全速急降下だかんね!レバーが圧し折れるくらい押し込んでよ!」

 

 舳先でタイミングを窺うアラベラが大声で念押ししてくる。

 

「ハン!折れたら修理手伝えよな!」

 

 こっちも大声で返す。

 

 難空域を突っ切って先回りし、待ち伏せするというアラベラの奇策は見事に当たったが、それでも依然こちらが不利なのは変わらない。

 相手の飛行船は速度でもサイズでもこちらを上回り、追跡してもまず追いつけない。すれ違ってしまえばそれでお終いだ。

 

 だからアラベラが作戦を考えた。

 

 まず上空を取り、浮き袋を持つ飛行船にとって死角になる真上から急降下して浮き袋に体当たりしてこれを破る。

 これによって、相手はそれまで推進に振り向けていたエネルギーを高度維持にも振る必要が生じ、船速が大幅に下がるので、その隙に俺の飛行船を船体に横付けし、乗り込むというものだ。

 

 この作戦を実行するために俺は飛行船が上がれる限界高度まで上昇し、高高度で飛行船の浮き袋を畳むというハイリスクなことをやっている。

 

 浮遊石という天然の反重力デバイスが存在するこの世界で飛行船が浮き袋を付ける理由は、浮遊石を浮かべる魔石のエネルギーを節約するためだ。

 浮遊石といっても魔石からエネルギーを供給しなければ浮かびはしない。

 つまり、飛行船がどこまで上がれるかは魔石のエネルギー量に依存しているのだが、民間の飛行船に搭載されているような魔石は純度が低い粗悪品──外れ玉と呼ばれている非力でエネルギー量に乏しいやつなのだ。

 だが、そんな粗悪品でも結構な値段がする──国が専売制を敷いているせいだとアラベラは言っていた──ので、なるべくエネルギーを節約しながら使わなければならない。

 だから飛行に必要な工程のうち「浮かべる」という役割はガスや熱い空気を詰めた浮き袋に任せて、浮遊石へ供給するエネルギーを出来るだけ少なくする、というやり方が一般的らしい。

 

 ちなみに俺の飛行船の魔石は親父が無理して質の良いものを積んでくれているが、それでも高高度では浮き袋の補助がないと高度を保つだけで精一杯になる。

 かといって浮き袋を付けたままでは急降下なんてできやしない。

 だから今俺は空気抵抗を減らすために浮き袋を畳んで船体に括り付けている。

 

(いつの間に俺はアクション映画に出演しているんだか)

 

 高度を保つために魔石は浮遊石に大量のエネルギーを送り続け、マゼンタ色の強い輝きを放っている。

 ──爆発とかしないだろうな?

 

「真下に入るよ!三でマーク!」

 

 アラベラが叫ぶ。

 

 俺は魔力回路制御装置と上昇・下降用のレバーに手をかける。

 

「一!」

 

 制御装置のリミッターを外し、エンジンにエネルギーを送り込んで加速に備える。

 

 魔石は電球の何倍も明るく輝き、直視できない。

 

「二!」

 

 浮遊石へのエネルギー供給をカット。

 

 飛行船は気持ち悪いほどゆっくりと落下し始める。

 

「三!!」

 

 制御装置のリミッターを戻し、レバーを限界まで押し込む。

 

 飛行船は舳先を下に向け、猛スピードで降下していく。

 

 凄まじい風圧が俺の身体にかかるが、レバーを押し込む手は緩めず、跳ね上がろうとする飛行船の頭を押さえつける。

 目標の飛行船がどんどん近づいてくる。

 

 相手が気付いたらしく、回避行動を取り始めた。

 

 だが全速で急降下中の飛行船はろくに針路調整ができない。このまま突っ込むしかない。

 

 幸い目標の移動より俺の飛行船の降下の方が速いようだった。

 俺の飛行船は真っすぐに目標目掛けて突っ込んでいく。

 

 最初は麦粒くらいにしか見えなかった目標がどんどん大きくなってくる。

 接触はもう目前だ。

 

 俺は内心で祈りを込めて叫ぶ。

 

(当たれえええええええ!)

 

 船底が浮き袋を擦ったかと思うと、何かが折れるような音と共に小さな衝撃が走る。

 どうやら勢い余って船体まで擦ったらしいが、構わずにすぐレバーを引いて今度は上昇に転じる。

 

(手応えはあった。やったはずだ!)

 

 だが上を見上げると──目標の浮き袋は健在だった。

 

(効いてない!まさかミスった!?)

 

 一気に冷や汗が噴き出る。

 

 だがアラベラの口からは予想外の言葉が出てきた。

 

「プロペラがもげてる!そのまま上昇して!」

 

 見ると相手の船体後部のプロペラが一基なくなっている。

 ああクソ。死角になるほかに被害が少なく済むからという理由もあって浮き袋を狙ったのに、浮き袋を破らずに大事なプロペラをもぎ取ってしまうとは。

 飛行船のプロペラは高価な部品なのだ。

 アラベラのやつあとで損害賠償とか請求してこないだろうな?

 

 一抹の不安を抱えたまま俺は飛行船のエンジンを全開にして目標の飛行船を追いかける。

 

 だが相手も追われていることを悟ったらしく、増速し始める。

 距離が縮まらなくなってくる。

 

「このままじゃ引き離されるぞ!」

「もう!リオンがドジやるから!」

 

 アラベラは悪態をつきながらも次の手を用意していた。

 

 俺の飛行船の錨を投げ縄みたいに頭上でぐるぐる回したかと思ったら、身体の捻りを加えて投げた。

 

 錨は見事に相手の船体と浮き袋を繋ぐ索具に引っ掛かった。

 相手の飛行船にこっちの飛行船が引っ張られる形になる。

 

 アラベラは素早く錨のロープを船首に掛けると、舵輪の前に移動してきた。

 

「操船代われ!」

 

 ご命令通り、俺は素早くアラベラと交代する。

 こんな状況だ。ジェナに命令された時みたく口答えする気は起きない。

 

 アラベラが舵輪を握ったのとほぼ同時に、相手が船体を左右に揺らし始めた。

 ロープで繋がったこちらも同じように、いや、小さくて軽い分もっと大きく揺れる。

 

 しかしアラベラはすぐに舵を巧みに調節し、相手の動きと同調する。

 彼女の見事な操船で俺の飛行船は水平状態を保つ。

 

 ──問題はどうやって相手との距離を縮めるか。

 俺は魔法で筋力を強化して必死にロープを引っ張り、手繰り寄せようとするが、ちっとも距離が縮まらない。

 

 クソ!なんで巻き上げ機のひとつもないんだよこの船は!誰が冒険に出る俺にこんな頼りない()()()を寄越してくれやがった!?親父だった!

 

 そんな悪態が浮かんでくるほどビクともしない。

 少し手繰り寄せたと思ったら滑ってまた振り出しに戻り、摩擦で手袋が高熱を帯びる。

 

「リオン!引っ張っても無駄だ!それよりそのロープを伝ってあっちに移れ!」

 

 は?コイツ今なんて言った?

 

「はぁ!?お前正気かよ!?途中で落ちたら死ぬだろ!」

「アンタ冒険者でしょ!それ以前に、男でしょ!それくらいの度胸見せなさいよ!しくじったらどっちみち終わりなんだし、弟さんを助けると思ってやりなさいよ!」

 

 嗚呼凄まじきはことわざになるくらいの社会観念。

 こんな危険な、文字通りの意味での綱渡りを「男は度胸」で乗り越えろ、とは!

 しかもコリンのことを持ち出されるとこっちは言い返せなくなる。卑怯だろうが。

 

 だが他に良い選択肢は思い浮かばず──俺は腹を括ることにした。

 

「ああ!もう!分かったよ!やってやる!コリンのためだ!」

 

 船首に括り付けられたロープをさらに巻いて補強すると、俺は再び魔法で肉体を強化してロープに両手足でぶら下がる。

 

 そして両手足を順繰りに動かして少しずつ、相手の飛行船ににじり寄っていく。 

 悠長に命綱を用意している暇はなかった。手や足が滑ったら死を覚悟するしかない。

 

(なんでモブの俺がアクション映画の主人公みたいな真似しなきゃいけないんだよ!)

 

 目的地だけを見据えて手足を動かしながら、内心で毒づく。

 

 ほんの一瞬でも下を見たら恐怖で竦んで手足の力が抜けてしまいそうで、何とか綱渡りの動きだけに意識を集中しようとした。

 それでもなお湧き上がる恐怖はこの先にあるものを想像して掻き消そうと試みる。

 

 俺は今度こそ田舎で山ナシ谷ナシののんびり引きこもりスローライフを送るんだ。

 こんなところで海に落ちて死んでなんていられない。

 

 そんなふうに自分に言い聞かせながら少しずつロープを渡る。

 

 もう半分くらいは渡っただろうか。

 さっきよりも相手の飛行船がだいぶ大きく見える。

 

 ──いける!

 

 そう思ったが、やはりそう甘くはなかった。

 

「急いでリオン!アイツロープを切りに行ってる!」

 

 アラベラが警告してきた。

 

 マジかよ!ロープ切られたら確実に落ちて死ぬ!急げ俺!

 

 心臓の鼓動が恐怖で早くなる。

 

 俺は必死で腕を動かし、身体を引っ張る。

 

 早く!

 早く! 

 一秒でも早く!

 

 気はこれ以上ないほど急くのに、ロープの先はまだ遠く見える。

 

 ふとロープの先に剣を持った男が現れるのが見えた。

 錨が絡まった索具をよじ登り、錨に繋がったロープを切ろうとする。

 

「やめろおおお!」

 

 無駄だとは思うが叫ばずにはいられない。

 しかし、男は無情にも剣を振り下ろし、ロープに大きな切れ込みが入る。

 そのまま、ロープはどんどん裂けていく。

 

 ヤバい!

 どこかに捕まる場所は──咄嗟に周囲を見渡してみると、すぐ隣に飛行船の方向舵が見えた。

 

(頼む間に合え!)

 

 左手でロープを掴んで、右手で腰に提げていた剣を抜き、ハーケン代わりに方向舵目掛けて突き刺そうとしたが──その鋒は空を切った。

 

 寸前でロープは完全に千切れてしまった。

 

 気持ち悪い落下感と共に俺は振り子のように下へと引っ張られて落ちていく。

 

 その時一瞬下が見えて──寒気がした。

 細波の光る海面が何千メートルもの彼方に広がっていた。

 

 ──落ちる。

 

 一瞬で悟った俺は剣を手放し、両手でロープに全力でしがみついた。

 

 落ちたくない!死にたくない!──その一心で渾身の力を込めてロープを握り締める。

 直後、衝撃でロープにかけていた足が外れて空中に投げ出されたかと思うと、落下感が消失する。 

 

 ロープが張ったようだ。

 俺は足を下にして俺に飛行船にぶら下がる形になる。正確にいうとぶら下がったまま引っ張られている。

 

「リオン!」

 

 上からアラベラの声がしたので見上げると、船縁からアラベラがこちらを見ていた。

 

「待ってろ!今舟を止める!絶対手離すなよ!」

 

 そう言ってアラベラは姿を消したが、すぐにプロペラが止まり、俺の飛行船は減速を始めた。

 

 体感五分乃至は十分くらい経って、飛行船が静止すると、再びアラベラが顔を覗かせた。

 

「上がれそうか?」

「──やってみる!」

 

 両脚でロープを挟み、両手でロープを手繰り寄せてよじ登る。

 

 綱渡りでだいぶ体力が消耗しているのを感じる。

 腕に力が入らなくなってくるが、精一杯気力を奮い立たせて身体を引き上げる。

 

 船縁に両の手を掛けると、アラベラが俺の服の背中を掴んで、飛行船の中へと引っ張り上げてくれた。

 

 ──助かった。

 

 どっと冷や汗が噴き出し、力が抜けて、俺は寝転がったまま荒い息をする。

 

 見るとアラベラも船縁にもたれかかって荒い息をしていた。

 その顔に悔しさが滲ませて前の方を見ている。

 

 身体を起こして同じ方向を見ると、目標の飛行船は遥か彼方へと逃げていくところだった。

 

「クソッ!」

 

 アラベラが握り拳で船縁を叩く。

 その拍子に彼女の手に血が滲んだ。

 

「すまねえ。間に合わなかった」

 

 あと少し──あと少し早く剣を抜いていたら、方向舵から相手の船の船室までよじ登れただろう。

 

 アラベラに謝罪するが、彼女は力なくかぶりを振って言った。

 

「──仕方ないよ。命には代えられない」

「お前──」

 

 昨日とは真逆のセリフに驚いた。

 そして──俺の命を救うために、自分の生命線である商売道具の飛行船の奪還を諦めざるを得なかった彼女にかける言葉を失った。

 

 だが、アラベラは俺の顔を見るや、僅かに笑みを浮かべる。

 

「それにまだ完全に終わったってわけじゃねえ。今度は港で待ち伏せて取り戻す」

「待ち伏せ?」

「ああ。本土にあーしらみたいな半端者や日陰者が集まる港があるんだよ。運びの仕事をしている奴はそこで仕事を取ってくる。だからあいつも今回の仕事を終えたら、新しい仕事を取りに現れるはずなんだ。この舟でそこに行ってあいつを待ち伏せる」

 

 アラベラの次の作戦には俺の飛行船が組み込まれているようだが、はいそうですかと受け入れられる話ではなかった。

 

「──待てよ。それじゃ俺の方はどうなるんだ?あいつに逃げられた以上、俺は一刻も早く武器を買い直してダンジョンに行かなきゃいけないんだぞ。悠長にそんな港に滞在なんてしていられるかよ」

「捕まえ損なったのはアンタがドジやったからでしょ。取り返すまで付き合いなさいよ」

「それは──そうだけどさ」

 

 こっちにだってやむにやまれぬ事情がある。

 失った魔弾とライフルを買い直せるくらいの金を稼ぐには、ダンジョンに潜るくらいしかない。しかも今の俺では特殊な武器やアイテムを必要としない、比較的難易度の低いダンジョンに潜るのが精々。

 難易度が低い分稼ぎはあまり良くなく、どう頑張っても数ヶ月はかかる。

 その間にコリンが売られてしまう可能性を考えると、一日だって惜しい。

 

 だが、アラベラは笑みを消してハイライトの消えた目で俺を睨みつけてくる。

 

「あの時エンジンをブーストさせてれば追いつけたかもしれないんだよ。アンタがあーしの船のプロペラをもぎ取ったのと、あいつはあの時操船を離れていたからね。でもそうしたら追いつく前にぶら下がってたアンタが落っこちると思った。だからあーしは舟を止めた。つまりアンタはあーしに命の借りがあるってわけ。あーしの商売道具を取り返せるチャンスと引き換えに生き延びたアンタには、あーしの商売道具を取り返すまで自分の都合を通す資格なんてないと思うけどな。だってそうでしょ?死んだらダンジョンに行くも何もないんだから。その借りを踏み倒すって言うのなら──あーしを殺してからにしな」

 

 最後の方は底冷えのするような声で思わず震え上がってしまった。

 

「殺すって──そんなことできるわけないだろ」

「じゃあアンタの選択肢は一つだよ。あーしを【ディスカス】まで連れて行って」

 

 有無を言わさぬ圧の込もったアラベラの視線に気圧されながらも、俺は何かこの場を切り抜けられる方法はないかと思考を巡らせる。

 

 そして──一つ、考えが浮かんだ。

 

「なぁ、アラベラ。一つ提案というか、考えがあるんだけど」

「何?」

 

 アラベラは目を細めるが、幾分か圧が弱くなる。どうやら話を聞く気くらいはあるらしい。

 

 その瞳を見据えて、俺は持ちかける。

 

「──俺と組んで俺の船で運びの仕事をする、ってのはどうだ?」

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