話中の鬼頭君の対処方は半分フィクションとして捉えて頂ければなと思います。
さて、今日は作業の日である。
今日共に作業するのは五十嵐と新沼。
五十嵐はいつも通りに準備を進めており、新沼も不慣れながら準備を進めている。
因みに太田は武志さんと共に牛舎の作業である。
人数が増えた事で効率的に作業出来る。とはいえそれは新沼が一人前になればという前提だが。
今日は少し気温が上がるらしいので、タオルと水筒は忘れず持つ。特に午後は作業が難しくなるくらい気温が上がるらしいので、早めに切り上げる予定だ。
畑近くの水道水も飲めるが、持っていくに越した事はない。
そうしていたら全員の準備が出来たので、農園へと向かう。
「じゃあ、今日の作業の説明をしよう。今日は生徒用の畑の準備だ。石灰と堆肥を土に撒いて、耕うん機で混ぜる」
「「はい」」
「じゃあ耕うん機と石灰と堆肥を軽トラに載せよう。まずは耕うん機からな」
「「はい」」
まずは軽トラの荷台のロックを外し、後ろ側の壁面を下に降ろす。
次にいつも使っている木製の足場を開けた荷台に立て掛けるように置き、軽トラ側の準備は完了だ。
「農園って、耕うん機もあるんですね。全部トラクターでやってると思ってました」
「トラクターだと小回り効かないからな。小さい畑やちょっとだけ耕したいって時に使えるんだ」
次に耕うん機の準備。
エンジンスターターの紐を数回引っ張り、エンジンに火を入れる。これ一回じゃ成功しないんだよな。
エンジンがある程度回ったら、ギアを前進の1速に入れ、手元のレバーを握り前進させる。
ハンドルのバーを上手く操って軽トラの後ろに付けたら、ここで二人の番だ。
「じゃ二人とも、この足場を押さえてくれ」
「……鬼頭さんも乗るんですか?」
「いや耕うん機だけだよ。俺は後から荷台に乗る。あと踏まないよう気を付けるけど、あんまり指は出さないようにな」
「はい」
二人が足場を押さえるのを確認し、レバーを握り込む。
ゆっくりと足場を耕うん機が登っていくが、都度二人の指を踏まないように調整する。
耕うん機が足場を登りきり、軽トラに乗ったのを確認したので、少しだけ進ませてから荷台に乗り込む。っと、そうだ。
「二人とも、もう押さえなくて大丈夫だぞ」
そう言ってから、荷台の上で耕うん機を前進させ、奥まで進ませる。
所定の位置まで着いたので、エンジンを切り、ロープで耕うん機を固定する。
「よし、じゃあ石灰と堆肥を乗せよう。俺が荷台に並べるから、二人は袋を荷台に上げてくれ」
「わかりました。五十嵐さん、僕一人だと上げられないので、手伝って貰っても良いですか?」
「もちろん良いですよ。というかこれ25リットルと書いているので、一人では危ないですね」
「そうか普通は一人じゃ無理なのか」
「貴方が馬鹿力すぎるんですよ鬼頭さん」
全部乗せ終わったので、荷台の壁面をロックして畑へと向かう。
因みに今回は荷台の荷物が多いので、五十嵐が運転、慣れていない新沼が助手席、余裕のある俺が荷台ということになった。
「そういえば、新沼は好きな野菜はあるのか?」
「なんですかいきなり」
「ああ、鬼頭さんは初めて作業する人と軽トラに乗ってて居たたまれないだけなので、答えてあげて下さい」
「おい五十嵐何言ってる」
「事実でしょう?」
「んー……、豆苗、とか」
「あー、旨いよなアレ」
「炒め物に入ってると食感良くなりますね」
「僕的にはサラダに入ってると良いですね」
「え、アレ生で食べられるんですか」
「新鮮な奴なら食えるが……生とは」
「僕ハーブサラダとか好きなんですよね。スーパーで水菜とか生のハーブ買ってきて、オリーブオイルとハーブソルトかけて混ぜると旨いです」
「だいぶハーブ好きな奴が来たな……って事は、水菜も好きなのか?」
「いえそれは別に」
「「えぇ……?」」
「安いので」
「あぁ」
「なるほど」
畑に着いたので、荷台の荷物を降ろす。まずは石灰と堆肥から。
さっきと同じように俺が荷台の上に乗って袋を降ろし、五十嵐と新沼がそれを受け取って地面に並べる。
それが終わったので、次は耕うん機を降ろす。……おや。
「足場、乗せ忘れたな」
「あー、耕うん機のです?」
「そうだな。俺持ってくるよ。五十嵐と新沼は作業始めてて良いぞ」
「わかりました」
「あったあった」
ビニールハウスに着くと、直ぐに足場を見つける。
脇に持って、畑に戻ろうとした時に、ふと気付く。
「あれ、五十嵐と新沼に施肥量伝えるの、忘れてた」
まあ戻ったら伝えれば良いだろう。
そう思った。
思ってしまった。
「これ……どういう事だ……」
畑に戻った俺が最初に見たのは、真っ白になった一つの畑と、きょとんとした新沼の表情、そしてバツの悪そうな五十嵐の表情。
「新沼……この畑に、石灰どれだけ撒いた?」
「一袋ですが……石灰はこれくらい撒くのでは」
その言葉に対し、溜め息を吐きそうになるのをギリギリで抑えた。
「すみません鬼頭さん、止めようとしたんですが」
「いや……うん、俺が説明するよ」
そうして新沼に向き直り、彼の目を見て話を切り出す。
「新沼、石灰をこの量撒くと、畑に悪影響が出る。こうなる前に伝えるべきだった」
「え…………じ、じゃあこのままだとこの畑は……」
「このままなら、今年1年は使えないな……」
「そ、そんな……」
俺が離れてるうちに、新沼が畑に石灰を撒いた。それもかなりの量を。
そう俺は結論付けた。
「でも、楽観視は出来ないが、まだやりようはある。とりあえず今日はもう終わりにして、明日やろうか」
「……はい」
その日の夕方。
「太田、新沼見なかったか?」
「見てないが、どうした?」
「今日の日誌の提出がまだなんだ」
「あ、新沼さんならちょっと前に出かけるのを見ましたよ」
「こんな時間から?」
現在、だいぶ日が暮れてきた時間だが。
「思い詰めたような表情でしたね。もしかしたら、今日の事と関係があるのかもしれません」
「……わかった。ちょっと探してくるよ」
少し探した結果、校外には出ていないようなので、敷地内を探す事に。
とりあえず農園に向かうが、ライトが無い農園はかなり暗い。
スマホのライトを点け、周囲を見回す。
と、昼間に作業した辺りを照らした時に、何かが浮かび上がった。新沼だ。
新沼の方に駆け寄り、彼の様子を確認する。
「新沼、探したぞ。ここで何して……」
「鬼頭さん……」
「ん?横に何か……は?」
しゃがみこんで何かしていた新沼の側にあった物。
透明なボトルが数本、中には薄い黄色の液体。ラベルには……酢。
「ホントに何してんの……?」
「あ、えっと……石灰ってアルカリ性じゃないですか。酢をかけたら酸性に傾くかなと」
「…………何、何だそれ……アッハッハッハ!!」
「ちょ、必死に考えたんですよ!笑わなくても良いじゃないですか!」
「ごめんごめん。まさかの発想でさ……くくっ」
「僕なりに考えたのに!」
「あー笑った。でも考えたって事は、責任として捉えてくれたんだな」
「それは……そうですね」
「ありがとうな。でも、一応俺に話通して欲しかったな。責任者だし」
「それは、すみません」
「良いよ。じゃここは昼間に言った通り、明日やろう。その酢はどこから?」
「あ、買ってきました」
「思い立ったからって、酢のボトルを何本も買えるのは凄いな。でも、管理しきれないし、食堂の人に渡そうか」
「わかりました。ちなみに、農業に酢って使えるんですか?」
「濃度を薄くした奴なら活力剤として使えるな。ただ、専用の酢があるらしいから、食用の酢よりそっちの方が良さそうだな」
「なるほど」
「じゃあ、後は明日やろう。昼間も言った通り、リカバリー利くからさ」
「わかりました」
そして次の日。
農園には俺と新沼の二人だけ。他の二人は別の作業がある。
そして目の前には。
「鬼頭さん、一輪車、用意終わりました」
新沼と俺とで出してきた、6台ほどの一輪車。猫車とも言う、土等を運ぶ手押し車。それと2本のスコップ、堆肥の袋。
「ありがとう。じゃあ昨日の畑まで運ぼうか」
「一つずつ押して行きますか?」
「いや、一輪車をひっくり返して、別の一輪車に乗せてくれ」
「なるほど。なら2往復でいけますね」
「そういう事。じゃあ行こうか」
「じゃ作業の説明なんだがな」
「はい」
「昨日石灰を撒いてない畑から土を掬って、石灰を撒いた土と混ぜる。その後、混ぜた土を戻す」
「はい」
「その後、堆肥も混ぜる。これは一つずつやろうか」
「わかりました」
「昨日勝手に作業した罰も含めて、耕うん機は無し。休憩しながらなら、二人でやれば今日中に終わる筈だ」
「わかりました」
新沼の表情が硬くなっているのを見て、俺は冗談を言う。
「ま、例年は俺一人でやってた作業だ。二人なら俺も楽できるよ」
「……わかりました」
微妙な表情になった。何故……
そう思いながら、作業を開始する。
「そういえば新沼」
「はい」
「お前って、農業経験ホントに無いのか?」
「……家庭菜園を少しやった程度ですよ。将来は農業の道に進みたいとも思いました」
「でも、資料には」
「ええ。あれは自己申告ですから。虚偽報告って奴になりますかね」
「どうだろうかな」
会話が途切れた。
その間にも、作業を進める。
「以前、言いましたよね。貴方も僕に才能が無いって言うのか、って」
「うん」
「家庭菜園の作業をしてた時に、身近な人に言われたんです」
「うん」
「僕が自己流でやって、失敗して苗を枯らしてしまった時に、『そんな事もできないなら、お前には才能が無い』って言われました」
「それは、酷いな」
「でしょう。僕はショックを受けました。それ以降、家庭菜園をやりたいとも思わず」
「ここまで来たって訳か。辛かったな」
「ええ……だから、失敗するのが怖くなりました。先日転んだ時にも、フラッシュバックしたんです。その時の事が」
「うん」
「新人って言われた時も、家を出る前の周囲からの扱いを思い出しました。高校生として学校に通ってる時でも、小学生か、それより年下の子供として扱われていました」
「うん」
「『自分は子供じゃない』、そう喚き散らす姿は、周囲からは子供の癇癪に見えたんでしょうね。そう扱われる毎日でした。それが嫌で、家を出ました」
「そうか」
「失望しましたか?」
「いや、全く」
「え?」
きょとんとする新沼の顔を見ながら、持論を語る。
「話聞いた感じ、田舎あるあるだなって」
「やっぱあるあるなんですか、これ」
「うん。俺も子供扱いされた事あるし、そういう人たちの暇潰しみたいなものって考えてるしな(※)」
※個人の感想
「えぇ……暇潰しって」
「俺としては、命に関わらない失敗はいくらでもやれって感じだしな。その後改善するならって注釈付くが」
「それが、命以外に関わる物だったとしても?」
「そりゃ責任は負ってもらうさ。でも命が無くならない限りは行動できるしな」
「……思考スパンが長すぎません?」
「農業なんでそんなもんだぞ。先人の言葉を借りるなら、『農業は60回しか挑戦ができない』ってな」
「どういう事です?」
「大体の作物は年1回しか栽培が開始できず、結果が出る時には次の年を待たないといけない。んで、20歳から農業を開始しても、80歳くらいには挑戦する体力がなくなる。だから60回」
「なるほど」
そうして作業すること数時間……
「よし、これで終わりだ。お疲れ」
「お疲れ様でした」
道具を片付け、帰路につく。
「新沼、何かやってみたい野菜とかあるか?」
「なんですか急に……そうですね、やっぱりハーブ系好きなので、そこら辺が良いですね」
「なるほどな。じゃあ調整してみるよ」
「ありがとうございます!」
そう話しながら、宿舎へと戻った。
新沼君の過去話は私の経験を元にしています。
これで新沼編は終了です。
次話は暫くお待ち下さい。