罪なき貴方が示した方へ
声なき私は泣き叫ぶ
ST1.Over Spacetime
生と死の境界を越えて……、などと
ツンツン頭にくりっとした無邪気そうな目。身長は十二歳くらいで止まった低め。顔立ちは女顔……、というか童顔。雰囲気は陽の性質。でも浮かべた表情は酷くやる気がない。こころなし、目にも光が宿っていない。
そんな病院の洗面所の鏡に映った顔を見ながら、ため息をつく。世に「魔法」が大々的に知られても、当たり前のように人は死ぬ。奇跡的に「生まれ変わって」生還しても、そのあたりは何も変わらない。
とはいえ生まれ変わった漫画の主人公はちょっと特殊で、早々に死ぬことはないだろうが。
「しかしマジか、何でよりにもよって『ネギま!』世界なのか……」
近衛刀太、現時点で十二歳。それが私の転生先というか、憑依先というか、そういうのらしい。といっても私はともかく、刀太本人の記憶らしい記憶はない。二年前に事故に遭って以来、すべてを失くしていた。
とはいえその素性に心当たりがない訳ではない。少なくともここは漫画の世界だ。なにせ私の爺ちゃんらしいと言われている名前が「ネギ・スプリングフィールド」と来ている。魔法が存在する世界でその名前。おまけに私自身の刀太という名前に容姿。もう間違いなく「UQ HOLDER!」の世界だ。色々混線したような魔法バトル少年漫画の世界。ついでに言えば「魔法先生ネギま!」のパラレル続編のような作品であった。
さてこの主人公、いきなりネタバレしてしまえば色々と遺伝子操作をされた人造人間(文字通りの意味)であり、その血筋には前作主人公とメインヒロインの遺伝子情報も含まれている。世代的にはそこから何世代か経由していたり、代理母がまた別に居たりということもあるのだが、総じて孫みたいなものである。その事実は変わらない。そしてまた、二つの血筋がベースにあることもあり色々な意味で方々様々な組織や相手から命を狙われる。
しかし、困った。困ってしまった。こんな世界に放り出されても特に何かやりたいことがあるわけではない。よく転生もので「あの悲劇を救う!」とか「最強になる!」とかそういう目的をもった主人公が多いが、その意味では私自身、不適格だろう。物語冒頭の刀太もやりたいことが明確になくフワフワしているため、似通っていると言えば似通っているのだが。
「刀太、倒れていないか? 大丈夫か?」
「おーけぃおーけぃ」
廊下から心配する声がかかる。アニメで散々聞いた覚えのある声だ。保護者である雪姫はその声の通り、一切の差異なく原作通りの偉大なる吸血鬼の真祖だろう。その彼女に保護されている今の状況は悪くない。お陰でこの身の特殊性が故にすぐさま命を狙われるということは起こらないだろう。
だがそれも時間の問題、二年といくらかの歳月を経過すれば、いわゆる原作が始まる。
「痛いのは嫌なのだが」
色々と要素がごちゃ混ぜになったような魔法と物理のバトル漫画世界である。おまけにこの身は不死身の身体。腕は飛ぶわ首は飛ぶわ、痛みに関しては人間の限界値をはるかに超える。それに対する作中の扱いは「慣れろ」の一言で決着ときた。正気か魔法世界? 正気なら戦争など起きないか魔法世界……。
かつて角のある赤い人は言っていた。当たらなければどうと言うことはないと。エースパイロットの中でもトップクラスの発言、一般人は当てにしてはいけない。いけないのだが、幸か不幸かこの身は不死身、おまけに強靭極まりないと来ている。鍛えれば鍛えた分だけ素直に成長するセンスを(原作通りならば)持っているはずだ。
とするならば、その方向に鍛えるとして…………。確か原作において、UQホルダーに加入する際に重力剣、自重を自在に操る武器を手にしていたはずだ。あの刀の黒いシンプルなデザイン、私が求めたい「速さ」という方向性。これらを勘案して目標というか、方向性は決まった。
いきなり
幸いにもコートのようになった
「まぁでも、それを踏まえても割に合わないからな。主人公でなければ、ことあるごとに意味深なことを呟く主人公たちが通う喫茶店のマスターのようなロールプレイでも出来たものを……」
前途が多難なのはもはや確定して揺るがない。であるならば、少しでも身の安全は図るべきだろう。誰しもが地上生まれの所謂ニュータイプのように実戦で磨かれるわけでも、不自然なまでの戦闘適性を見せるわけでもないのだ。
それにこの程度の差異なら、極端な原作ブレイクにもなるまい。最終的に村を離れることになるのは予想がついているので、その範囲での誤差は後々に影響は出ないだろうと踏んでいた。
さて早々に何をするべきかと言えば、まず刀の扱い方を教わるところからだろう。生き残る術を教えてくれと雪姫を「母ちゃん」呼ばわりして拝み倒すこと数カ月。お前は何を目指しているのだと訝しがられながらも、軽いしごきから始まった。
だが私自身すっかり忘れていたことがある。不死の魔法使いたる彼女は基本的に、どんな相手にも手を抜かない。つまり何から何まで全く心得の無かった私にとってはスパルタに等しい行いだった。
原作では真正面から、それこそぶつかり稽古のごとく猪突猛進だった刀太だったが、それが私に置き換われば疲弊の度合いも段違いである。
しかし生来の面倒見の良さもあり、スケジュール、トレーニングの実効性、効果については色々と検討を重ねてくれているらしい。ギリギリ、本当に私の心が折れない程度を見極めながらのしごきである。辛いと一言いえば「では止めるか?」と煽ってくる。止めたいのは山々だが、この程度で止めると後が酷いことになる。それこそ身体が欠損するレベルのダメージを引き受けてたまるかと、私は奮起した。……好き嫌いはともかく。
魔法については完全に独学というか、それこそ一日に瞑想の時間を作るようにして、自らの内の何かと引っ掛かりを覚えるのをずっと待っている。……完全に思い込みというか、独学の方向性が間違っているかもしれないが、それでも何か、あと少しで何かが出そうな感覚があるので、それを掴むために諦めず続けている。
もちろんそんな日々も、村の学校にも普通に通わされている。ちなみに雪姫も学校に先生として赴任している。毎日毎晩のように肉体的にも扱きながら勉強を叩き込む姿勢、鬼か? 吸血鬼だから鬼だった。気質もどっちかと言えばSだし鬼要素しかないと言える。
勉強自体、地理以外はあまり難しくは感じないのが救いと言えば救いだが、このハードスケジュールで身が破滅しないのは不死身の肉体の再生力的なものも働いているのだろう。なお地理の担当が雪姫であるため、私の地理に対する苦手意識は二倍となっているのも億劫さに拍車をかけていた。
そんな私にも友達は出来た。原作中にも出てくる巨漢(やんわり表現)の田中、クールな白石、名前が全体的に宇宙世紀の艦長でもしてそうな眼鏡の野和、微笑みを絶やさないメカクレ三橋だ。もっとも原作と違って私が私であるために、彼らのフォローに回るのが切っ掛けで友達になったのだが。
よくある上京したい若者、というポテンシャルでは言い表せない、その横のつながりは全員がどこか村から浮いているというのもあったのだろう。それぞれがそれぞれに明確なビジョンを持つ。例えば田中なら料理、三橋なら歌といった具合に。中学生にしては全員、きちんとしたビジネスプランというかキャリアプラン的なものも検討をしていたくらいだ。精神的には社会人先達みたいな所はあるので、失敗時の挽回方法というか、リカバリー方法についてつい口を出してみたくなったのだ。
だがそうこうして過ごしている私たちに、最大の壁が立ちふさがる。言うまでもなく大人の壁、最難関は雪姫だ。村長からの依頼で、村を出る条件が打倒雪姫という風に学校で彼女が宣言したのだ。
「私を倒せば都への許可証を渡そうという話だが、問題はそこじゃない。
いくらお前らがそれを真剣に検討したとしても、そこには楽観が大きいのを忘れるな。
都会に行っただけで人生バラ色になるわけではない! 環境を変えて成功するのは並々ならぬ才能があるか、成功するまで続けられるだけの財力が元からあるかのどっちかだ。
今時、成功するまで貧乏暮らしを都でできるなどと思うな! あっという間に新興宗教か悪い大人の餌食だぞ!」
要するに、変な夢を見て道を踏み外さないように監督をしているということらしい。私の立場では実際よく判る話だ。この時代のこの世界、つまりは私が生きていた時代からすれば近未来……という範疇よりちょっと進んでいる気がするが、世界情勢を見てもより色々な要素が先鋭化し、治安も両極化しているのだろう。そんな場所に無鉄砲で力不足(物理)な子供をみすみす追いやる訳にもいかないというのは、大人として妥当な判断と言えば妥当な判断だ。
だが、それで子供の意志全てを封じるつもりがないというのが、ある意味で「打倒」という条件に掛かってくる。仲間内は全員が「物理的に打倒!」と考えているようだが、私はあえてその勘違いを「まだ」指摘しない。
おそらく彼女の言う打倒には、雪姫を説き伏せ納得させられるだけのプランを見せられるかどうかというのもかかっているのだろう。私程ではないにしろ雪姫に挑み続けた結果、四人とも身体能力、技能は上がっている。腕っぷしもある程度で目途が付けば、そちらの話を向こうから振ってくるだろう。
「しかし動かないなぁ、橘先生」
十四歳の夏。そして間もなく原作開始か、既に原作が開始されて過ぎた時期であるにも関わらず。最初の敵である橘某は、いまだ一手も打ってこず、さわやかな教師の顔を浮かべて古文の授業を行っていた。
※ ※ ※
戦う術を教えてくれ――――。
刀太が私にそんなことを言ってきたのは、一体いつ頃だったか。
あの日、フェイトすら予想外の形で、しかし奴の意図通りに追撃された刀太。
育ての二人がしっかり愛情をもって庇ったのは予想外だったのだろうが、ぼーやと分かり合えたのだからそれくらい理解していろと言いたい。
そういう所が甘いというよりも、やはりまだまだ傲慢だ。
私が言えた義理ではないが、子供とか育てるのには向いていないぞアイツ。
そんな経緯もあって、結果として私が刀太を引き取ることにした。
表面的には私の車両との事故……実際に車両自体は、刀太を乗せた車が突撃して私の車と正面衝突したので間違ってはいない。
書類上、対向車線に飛び出した車との正面衝突ということになっている。
もちろんそれで恨まれもするだろうと思ってはいた。
だがそれ以上に愛情を注ごうと思った。
元よりぼーや達やA組の忘れ形見のようなものだし、それに…………。
まぁ私自身の感傷はともかくとしよう。
でも引き取った刀太は、思ったよりもしっかりと落ち着いていた。
以前に見た時のような無邪気で無鉄砲で、それこそまっすぐな子供のような雰囲気はナリを潜め。
ぼーやともナギとも違う、どこか遠くを見てるような、何かを諦めてるような顔をしていた。
だから、そんな刀太が自分から、戦う術を教えてくれと来たのには驚いた。
「わからないんだけど、このもどかしさって言うのかな……。埋まらない胸の奥の何かがあるんだ。それはたぶん、事故の時とかに出来たやつなんだと思うけど。別にそれは雪姫が悪いとかは思わない。事故った当時の記憶もない俺が言えた話じゃないし、こうやって母ちゃん代わりやってくれてる訳だし。
でもだから、このままじゃいけないんだ。きっとこのままだと、毎日ずっとただ当てもなく、生きてるって実感もなくダラダラダラダラと過ごして、年取って、死んじまうような。それって生きてるって言えるか? 違うと俺は思う。
だからまず、自分だけでも生きれるように。ずっと雪姫の世話になりっぱなしになるのも悪いから、俺の中での指標として、立派な大人になるために――――武術を教えてくれ、『母ちゃん』」
青少年の思春期にありがちな、自立 (自律)しようという意識の萌芽にしては、最終的な結論が蛮族極まりなかった。
このあたりはナギの血だろうか……。
いやでも、ぼーやもアレで慣れると結構体育会系なところもあったし……。
でも私は張り切った。
お前は一体何を目指してるんだとか、お前の中の立派な大人のイメージって何なんだとか、色々言いたいことはあったが。
あの一カ月ずっと悶々として、覇気もなかった「息子」が、前を向いて意欲を出したのだ。
当たり前だ、「母ちゃん」としては何か力になってやりたい物だろう。
……ま、まぁ、ぼーやの時ほど無茶はさせなかったが、若干やりすぎた感もあったが。
友達も出来て、その全員が都会に行きたいと言って。
いずれ刀太もそういう気配を見せてくるかと思った。
でも、それに関しては一切欲を出さない。
この日、ふと思いついて私は聞いてみた。
お前は友達たちのように夢はないのか、何か大きいことをしたいとか、そういうのはないのかとか。
刀太は苦笑いしながら、しかし明確に語った。
「別に都じゃなくてもいいんだよ。ちょっと山下った駅前とかで出来そうな夢だし」
「駅前?」
「アレアレ、よく映画とかでいっつも本読んでたりする喫茶店のマスターで、意味深な発言をさっとしたりとかして、お客さんの悩み解決したりするような。そんな感じのことがしたい」
「どんな夢だ…………、回転率で言うとあまり儲からんぞ? 今時、喫茶店は。中華関係なら、かろうじて知り合いの伝手があるが」
「そういうのじゃなくって。それで、こう、皆でそれぞれ何年かしてまた集まるんだよ。で近況話したり、あの頃は楽しかったなぁとか、くさしたり懐かしんだり喜んだりテレビ見たりさ。
そういうような場所を提供できるようになりたいのが、俺の夢というか、まぁそんな感じかな? 連絡がつくなら場所は問わない。食ってけるなら場所は問わない。生きてさえいれば、会えるってのが大事だと思う」
その言葉に、私は少し胸の奥が痛くなる。
既に刀太は不死身の肉体――――私やぼーや同様「金星の黒」が、その身に強い闇の魔術と不死性を与えている。
だからその夢の実現は不可能に近いと……。
楽し気に話す刀太に、私は何も言えなかった。