深夜の魔の手……!
今回ちょっとしっとり(当社比)してます。
ST107.Memento Mori:Call of Hell
先の見えぬ、得体の知れない歪んだ道――――。
ダイダラボッチの内側、魂魄へ私たちの精神を飛ばした結果、視えた光景はそんなものだった。周囲の風景は当然のように歪んでおり、所々に人の嘆いているような、悲しんでいるような、怒っているような、様々な顔が見える。いや、顔に見えるだけで只の靄の模様でしかないのかもしれないが、この場合その成り立ちを考えるに両方と見るべきかもしれない。
釘宮と私は、そんな場所を前進する。帆乃香たちは本人たちいわく「私たちはここで待機です」「お兄さまたちの精神を『表』とつなげとく、中継係みたいなもんや」とのこと。つまりは直接戦闘するために来たわけではないとのことで、それを聞いた釘宮は早々に顔色を悪くした。もっとも胃の辺りを押さえないので何故かと思い聞いてみると。
『肉体の枷から解放されてるせいかな? ストレスで痛む胃が存在しないせいか、ただ単に嫌な気分になるだけで済んでるよ』
『…………終わったら、なんか食べにいくか? 愚痴くらいはきくけど』
遠い目であった。諦観の目であった。思わずそんな言葉が出て来るくらいには気遣ってしまいそうな雰囲気なのだった。
「…………所で近衛。さっきから変に声が聞こえるのだけれど、俺の気のせいかい?」
「声? ……生憎聞こえねーけどな。いや、聞こえないからって声がしてるってのを否定する訳じゃねーけど。怨霊の体内? みたいな訳だし、恨みつらみくらいはそこら中で呟いてて不思議はないんじゃね?」
「まぁ、実際そうなのだろうけれどね……」
「というかニット帽被ってないせいじゃね? そのまま狗族の耳にストレートに聞こえるんだろ。たぶんそれって、一般人よりは聴力が良くなってんだろ?」
話しながら、一応は戦える準備として黒棒を構える……、って、あれ? 何故か違和感がある。ここは精神世界なのだから私が武器を構えようとしたところで、本来ならば存在しないのが正しいはずという認識が湧いてきた。にもかかわらず黒棒を持っているというのは……、せいぜい特に理由のないご都合主義的なアレであることを祈ろう。何かのガバでないことだけは切に願いたい(疑心暗鬼)。
「俺も弓くらい準備しておこうか。……『
「…………そういえばだけど、釘宮のその弓って誰との仮契約で出したんだ?」
「従兄妹だよ、君も会ったあのちょっと抜けてる奴。幼稚園の時に色々あって、なんかそういう流れになった」
「色々ねぇ」
「よくある幼少期の恥ずかしい失敗体験というやつだよ。時々、両家の親同士がそれをネタに揶揄ってくるくらい、子供的には色々アレなことだ」
「まぁ親ってのは子供のデリカシーをデカシリーに取り違えて引っぱたいて晒すもんだからなぁ……」
「微妙に上手いのか何なのか…………」
とりあえず大河内アキラの話を夏凜の前で話すのだけはお止めください我がカアちゃんや(祈祷)。
あとそれはそうと、あの時の成瀬川ちづのリアクションからして意外とあっちは失敗談とも何とも思ってない…………というか一種の恋愛フラグ建ててしまったのでは? という気もするが、馬に蹴られる趣味も無いので、何か言うのも野暮天だろう。
だが、そんな雑談をしている場合ではなかった。何故ここが一本道のようにまるで「舗装されたような」場所になっているのか、もう少し慎重に考えるべきだったのだ。
だからこそ――――その嘆きを。いままで聞こえていなかった声が、直接的に、「死にたくない」と「助けて」と、まるで生き埋めにされた人間が叫ぶようなそれが聞こえた瞬間。
「鉄の匂――――ッ!」
「お、オイ、釘宮ッ!?」
突然昏倒した彼を抱き起そうとしゃがんだ瞬間、辺り一面の靄が「晴れたように」なくなり――――否、本当は初めから靄などなかったのかもしれない。少なくとも私の認識では、しゃがんだ瞬間にそれらが見えるようになった。
「………………」
この道の周囲、底の抜け落ちたような深い深い、視界一杯その先に。多くの生身の人間「に見える」誰かたちが、半透明な、さきほどの靄のようなものに延々と「むさぼられている」光景が見えてしまった。
嘆く声、痛みに対する絶叫、恨みつらみ、ひたすらに血しぶきが跳ねる音、しかしそれでも生身の彼らは死んでいるわけでもなく…………。
そしてその底から、水瀬小夜子が……? 水瀬小夜子の「頭を」「複数持った」翼の生えた蛇みたいなのが、こちらに向けて飛んで来るのが見えた。
地獄かな?(震え声)
※ ※ ※
三太君の声に、私はそっと目を開けた。
祭壇――――私の「心」だけを護る場所。ここの核である私にとって、それは昔の麻帆良学園。誰も居ない麻帆良学園の学園祭。まるで祭りが終わった後のようなそこで、世界樹だけが延々と光ってるそこで、私は体育座りをしていた。
ずっと世界樹を中継して魔力をもらってたからかな? 自然と、私が死ぬ前最後の学園祭の光景が思い浮かんだ。……後で知ったけど、アレもアレでけっこう大変な事件があったらしい。なんていうか、不幸の種って世界中どこにでも転がってるんだなって、そう思った。
「…………よ、よォ」
「三太君」
いつも通りの三太君が、そんな私に声をかけた。足元下方、階段の最下段くらいから、中段くらいの私に。一歩一歩、少しフラつきながら歩いてくる三太君は、なんていうか、いつもよりも頼りなさげで…………、でもなんでかな。私はそんな三太君から目をそらさなかった。
「隣、良いか?」
「い、いいよ? だいじょうぶ」
後なんか知らないけれど、ついドギマギしてしまう。女子中学生かなー? 私。死んじゃった年はそうでも、経過してきた年数はそれどころじゃないはずなのに、変に慣れてない感じがして少し恥ずかしかった。
となりに片膝立てた胡坐をかいて座る三太君。距離は、こう、手を少し伸ばせばくっつくくらいの微妙な感じ。
「…………本当にここまで、来てくれたんだ、三太君」
「…………おゥ」
「…………本当にここまで、来ちゃったんだ」
「…………おゥ」
「「……………………」」
私たちはお互いに、何も言わずに世界樹を見上げた。
「…………三太君、私を使ったって、どういうこと?」
「お? あー、いや、ハハ…………」
さっきから、巨大な災害の化身とでも言うべき私の現在の身体。それが引き起こす妖魔へと感染するそれらと、三太君は一度に複数個所に出現して戦っていた。人を逃がしたり、庇ったり、あるいは襲い掛かられた人を看病したり。
私自身は、三太君にそういう機能を「設定しなかった」。もともと精神を分裂させるって言うのは、私みたいな自我が曖昧なタイプじゃないと上手くいかないことの方が多い。下手をすると発狂しちゃう。三太君はそういう意味では普通の男子中学生だったから、せいぜいが個体としての性能を突き詰める方向性で設計したんだ。
にも拘わらず、なんであんなに分身して、しかもそれぞれが独立して戦えているのかと言うのは――――。
「簡単に言うとアレだ、乗っ取った」
「乗っ取った……? えっと、憑依って意味なら、何をって返すべきかな。『私』の中に生身に該当するものはないと思うんだけど――――」
「いや、だから、例のウィルス」
「………‥?」
「厳密には、ウィルスを元にした妖魔なんだっけ? それのうち、いくつかを『俺を複製するように』、命令を書き換えた」
「えっ――――? 嘘、そんな、だって、三太君くらいの完成度の霊体を複製なんて出来る訳が――――三太君みたいなヘタレに出来るはずが」
「えっ……?」
「あっ、ごめんつい本音が……」
「本音!?」
「だ、だって、結構わかりやすく手を握ってくれるよう差し出したって顔赤くしてそれだけだし、腕に抱きついても透明化してすり抜けて逃げちゃったりするし……」
ここは私の精神世界、内的宇宙。そのせいかこう、普段ほどぶりっ子出来るくらいの余裕みたいなのが少なかった。
「い、いや、オレがヘタレかどうかはよく判らねーけど、だからホラ」
ぱさり、とフードをとる三太君。…………その髪は、なんだかすごい短くなっていた。
「オレの一部でもあったら出来るんじゃね? って思って。ホラ、クローンとかってそういう奴だろ? だから試してみたら、意外と上手くいった」
「…………でも、そんなの」
そんなの、だって、駄目だよ?
幽霊なんて不安定な存在が自己複製なんてしたら、複製された幽霊の個我がオリジナルの存在を許容できないというのは一般的な死霊術で言われているロジック。ましてや三太君レベルの強力なそれを、複製なんて「その程度で」簡単に出来る訳がない、出来たとしても複製された三太君がオリジナルの三太君を殺そうとするはず。
なのに、どうしてこの三太君は目の前にいるのだろう。
直接聞いてみると、バツが悪そうに眼を逸らして、ちょっと頬を赤くした。
「いや、だって…………、オレだぜ? 小夜子を助けるためなら、少しくらいは言う事聞くだろ」
「…………ちょ、ちょっと照れちゃうからそういうこと言わないで欲しいんだけど、でも、それだったら『私のところに来る』三太君になりたいから、三太君同士でやっぱり殺し合いにならない?」
「そりゃー、やっぱオレがオリジナルだからだな。他のオレって、全員今の小夜子のコレが解けたら、消えてなくなっちまうだろ? トラウマ確定じゃねーか」
「確かにそれはそうなんだけど…………」
いや、多分その時は「私も」消えてなくなっちゃうからお互いトラウマなんだと思うんだけどなー?
ちょっと引きつった笑み(愛想笑いは相変わらず苦手みたい)を浮かべた後、三太君は私を少しだけ横目で見る。
「それで、色々やって、ここに来るまででわかったんだけどさ。やっぱお前スゲーよ、小夜子」
「すごい?」
「こんな『煩い』ところに、四六時中ずっと居たんだろ? 今だってここに『入る前』のお前は、ずっと磔みたいにされて、そのお前に沢山の『オレみたいな』連中が、縋りつくみたいにまとわりついて、埋もれてたじゃねーか。
いや、オレだったらこんなの耐えられねーって。絶対ノイローゼになってるから」
「………………そうじゃないの」
不思議そうな、不安そうな三太君に、私は出来るだけ微笑んだ。……出来るだけ。あんまり微笑めてる自信はないんだけれど。
「あれは、あの人たちは全部、『そういう下地』が私の死体にあったとはいえ、集めたのは私で、集めた皆を受け入れたのも私自身だったから。だから、あの声はある意味『私の声』でもあるの。自分の声でノイローゼになる人って、あんまり居ないでしょ?」
「まァ、なんか特殊っぽいのとか無けりゃな」
「ねー? ん、だから。もしそれで私の心が変質してしまったのだとしても、それってやっぱり、結局最初の私がいけなかったって思うの。そこがおかしかったから、最後の最後まで狂っちゃったんじゃないかって」
「…………そんなこと無いって言ってやりてーんだけどなぁ」
三太君は、困ったように微笑んだ。
「ここに来る途中の声も、『お前の視点』から見たのも、全部今、視えるんだよな。だからわかっちまう。――――どんなに声を大きくしても、もう、オレ達の声が届かねーってことくらいは」
「…………」
「それを届かせる方法がコレしかないって、全員『オレたち』と同じにしちまえって、思っちまうような切っ掛けが間違いかって言えば、たぶん間違いなんだと思う。少なくとも、こんな無差別にやるのは」
「…………」
三太君が、少し私に寄った。
「なんて言うかさ。……今だって、オレの分身で、ちょっと危なかったところを助けた奴がいるだろ? アイツ、ちょっと前に夜中ホームレス狩りしてたんだよ。魔法で。それ見て思わず気が付いたらぶっ飛ばしててさ。そのくせ、こーゆー時に怖がってるくせに、ちゃんと前に出て来てるとかさ。…………やってらんねーよな。
クズだって朝から晩までずっとクズって訳でもない」
「まともだからって、朝から晩までずっとまともだって訳でもないと思うけどー」
「お前みたいにか?」
「私みたいに、なんて言えるほど、私まともじゃないけどねー」
なにせ中学時代にふっと思いついたような事件を、それから長い年月かけて幽霊になってまで実行に移そうとするくらいだ。自分のことだけど、どう考えてもまともじゃないと思う。やっぱりそういう意味じゃ、「こう」なってしまうだけの素地はあったってことなのかなー。
「今こうして会話がまともに成立してるのも、『ここ』だからの話。外でたぶん近衛刀太と戦い始めた私の分身とかは、もっとコミュニケーションが成り立たないと思う」
「…………取り込まれてたお前を無理やり拾い上げて、触ったら『こう』なってたんだけどさ。ここって何なんだ?」
「んー、心象風景? 精神世界とかなのかな。ちょっと前までは飛行船の上とかだったんだけど」
あるいは…………、ちょっとロマンな感じに浸りたいってだけなのかもしれない。
麻帆良学園の七不思議で、世界樹の下で告白すると成功するとか、そんな感じの。
うろ覚えって所が、私が生前どれくらいその話を信じてなかったかってことの現れっぽくて、つい笑ってしまう。
「三太君。私、どうなっちゃうのかな」
「…………」
「ここから助ける手段って、ありそう?」
「…………俺は、わからねぇ。アイツらなら何かあるかも知れねーけど」
素直だなー。でも、それでも、わからないけれど来てくれた、なんとかしようとしてくれた。その気持ちだけで、少しだけ救われる、そんな気がするんだ。
ほかならぬ三太君相手だからこそ、救われる気がするんだ。
出来もしないことを目標として、頑張ってくれてるっていうのが。
ちゃんと私が私であるということを、認めてくれてるような気がして。
「だから…………」
あっ、駄目「そういうことは」言っちゃ駄目だよ。
ふと、三太君が何を言おうとしたか判ってしまった。
「一緒に地獄に堕ちよう、とか、そういうのは止めてね? そうじゃないんだー。三太君は、無理に私に合わせようとしなくても良いんだって」
「だけど…………、そもそもお前が本当に『こう』なっちまったのって、俺が前、お前を拒絶したから――――」
「確かに、それもあるんだけど……、でも『そのくらいで』壊れちゃう私なんて、もう、本当そこまでで限界なんだと思う」
私だって所詮、クズみたいなものだから。普通に考えて、いくらいじめられてたからって、周囲全部を巻き込んで集団自殺でも計画するような女の子、普通じゃないと思う。まー、だからある意味「自分が強かった」から、いまだに補助ありとはいえ自分が残ってるのかも知れないけど。
「私、全然強くないでしょ? 心がって意味でさ」
「そんなのオレだって一緒だよ」
「アハハ、そうだよねー。悪戯よくして裏魔法委員会の子に追っかけ回されたりして泣きつく先がなくってビクビク隠れてやり過ごしたりー、当たりが出るアイスを透明化してアイスの芯自体を直に見て当たりかどうか判定した上で買ってみみっちくもう一個もらったりー」
「何で知ってるんだお前!!?」
「私、三太君のことなら知らないこと少ないと思うよ? 例えば……、最近ドキッとした女性、近衛刀太の母親」
「い、いや、それは……、だ、だって髪、キレーだったし……」
「おっぱいガン見だったじゃない。分かるから、そーゆーの。……私も、もっと大きかったら、三太君も我慢しないでヘタレ返上して、もっと深い関係になってたのかな」
「…………」
「オイ」
三太君? 三太くーん? さーんーたーくーんー?
ちょっと、結構真面目に睨んじゃった。こっちを見ないように必死な三太君だったけど「そ、それはともかく!」って慌てて話題を変えてきた。
「誤魔化されないけどー? んん……やっぱりあのえっちなシスターさんみたいに、ハグでもしたらイチコロだったかな……」
「いや誰だよそれシスターって……? いや、何ていうか、お前そんなんだったっけ性格」
「人間、内心なんてそんなものじゃないかなー。まあ三太君相手なら、普段以上にぶりっ子してたかもしれないけど。
幻滅した?」
「別に?」
一番大事なところは何も変わっちゃいないだろって。
そこでサラッと、そーゆーこと言ってくるようになったのは近衛刀太の影響かなー。……その影響を受けても私以外にモテないように呪いでもかけとこっ。
【100話記念企画】以下のうちどれが良い感じでしょうか。なお挿入タイミングは未定です
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