意外と早い再登場
ST111.Memento Mori:Heart 2 Glow
俺が目を覚ました時点で、まず驚かされたのは鼻に詰め物を入れられていたことだった。
ここは一応精神世界のはずなのに、そういった小道具はなんで持ち込めるのだろうか……? いや、もともと仮契約カードだってそうだったのだから、俺がそれについてどうこう言うのも変なのかもしれないけれど。
そんな倒れている俺の目の前で、近衛が「あの女」と一緒に、肩を並べて戦っていた。
「――――
「ヴィシュ・タル・リシュ・タル・ヴァンゲイト――――
近衛の飛ぶ斬撃を喰らった、近衛と肩を並べるあの女と「同じ顔をした」連中。そいつらは全員、喰らった次の瞬間から「一点に向けて集まり始め」、その場所を起点に女が水球のようなものを作り出し、ドームのようにして封じていた。
と、気付いたのか近衛がこちらを見る。
「…………どういう状況だい? これは」
「おー、第一声がそれなのはちょっと頼もしいな。……まー、何て言うのか? アイツらが使っていたウィルスの仕組みを、ちょっと『解析』っつーか、なんかわかっちまったから、それを応用してちょちょっとな?」
「その『ちょちょっと』とやらを細かく聞きたいところなんだけれどね。…………見たところ、彼女たちを『従わせている』のかい?」
「従わせてるっていうより、なんだろうなこりゃ……。肉体の自由を奪ってるって感じか? まー相手の対魔力っていうか、そーゆーので抵抗力に差がありそうなもんだけど」
「………………おかげで私は、ご覧の有様ですよ。犬上小太郎の孫」
そういう少女、ディーヴァって言ったか…………。敵対してる奴らが着用している襦袢のようなそれの下がボロボロになっていて、ミニスカートっぽくなっているのは一体何なのだろうか。前の留め方も乱雑だし、見ようによっては乱暴された後に見えてしまい、脳裏に何故かちづの怒り顔が思い浮かんだ。
「あーあー、嫌です嫌です。このまま貴方に自分の身体の自由を奪われたまま、最初はいいように肉の盾として使われ、最後はその性欲を満たすため――――」
「しねーからな!? マジでそういうフラグめいたことを言うの止めろ、聞いてなくても聞いてるように振舞ってくる奴とか絶対出て来るから冗談じゃねーぞ!!? ……って、いや、お前さんも割とケッコー、こっちの『尸天』に対抗できてるだろ。意識普通にあるじゃねーか」
「まあ、魂魄を再統合されたら、身体は強制されていても意識くらいは戻りますから。ね? …………まさかその技で集めた
「…………ん?」「……はい?」
ふと、しゃべり方や近衛に対する彼女の呼び方に違和感を覚えた。それは近衛本人もそうだったようだけれど、「じゃあ残りも片づけましょう」と手を向けて呪文を再度唱え始める。
「既に私の魂も『あちらには』残っていないでしょうけれど、この手が通じないとなったらまた新しい方法で干渉してくるかもしれませんし――――術式固定」
言いながら掌に水の塊(呪文?)のようなものを出現させた彼女は、襦袢がはだけて胸板がわずかに見えているそこに持っていき、拡散/同一化。透けているコート状のそれから、下側のギリギリな襦袢が見える。
「ヴィシュ・タル・リシュ・タル・ヴァンゲイト――――
…………直後、ガトリングとかマシンガンみたいな勢いで水の弾丸が超高速射出されていく絵面は何と言うか、弓使いのはしくれとしては色々と思う所がある光景だった。自分と同じ顔をした敵を一掃するのに、一切の躊躇がない。
近衛が「だから本数えげつねぇ……」と引きつった笑みを浮かべているのも、状況に拍車をかけていた。
やがて視界一帯が綺麗に片付いた時点で、彼女は僕らに提案する。
「では、そこの犬上小太郎の孫が起きたところで。何故、私を同行させようと言うのですか? 刀太くん」
※ ※ ※
1周目の私が、「統合」という形で私にもたらした情報は、一部の周回前の記憶と、いくつかの魔法解析の技、あとはいくらかの経験値だった。
例えば、血風のバリエーション。あの「私」の習得時期についてはともかく、少なくとも二系統の魔法を解析したらしい。
土系統魔術と、あとは死霊系統魔術。
これにより私が新たに習得したのは、血風
前者は先ほど見ていた通り、血風と接触した対象に土属性の魔力を帯びさせるもの。ディーヴァでいえば、海天偽壮などで自らが同化している水属性の中に土属性の魔力が紛れ込むことによって、同化状態を制御している術式にエラーが発生し技が溶ける、といった具合だ。石化などでなくて良かったと見るべきか、それとも現時点の私の練度不足の問題かはともかく、ひとまずディーヴァ個人に対して「逃げられる」くらいには対応策が出来たと言うのがちょっと喜ばしい。
後者については、どうも一度「ゾンビウィルス」に感染した際、星月が乗っ取らせまいと急いで解析した結果の副産物のようである。……なおそのことが分かったとしても、あの「私」に紐づいているはずの星月の存在は見受けられなかったので、やはり星月は「私」とは別に独立した魂魄の類なのだろうという確信が強まるが、さておき。この技の特性は、ゾンビウィルスそのものというより、原作において水無瀬小夜子がキリヱや九郎丸を洗脳していた時のそれに近い。言うなれば――――。
「血風尸天――――ッ!」
横凪ぎに放った「どす黒く」「
外見上は麻痺のような状態異常にも見えたが、ふとなんとなく「この状態ならば」、ディーヴァの魂魄を回収できるという直感が働いたのだ――――というより、おそらく「こういった方法」を用いて、かつての私はキリヱを助けたことがある。そんなイメージが、うっすら有るような、無いような。
まあこの場合、仮に救い出せたとしても「私」へ隷属した状態での復活だろう。少なくともココを出るまでそれは継続されるはずだから、二次被害のようなものもあるまい。
ディーヴァもどきたちを眼前に集め、全員に指先を少し切り血を流すように指示。特にそれに反抗もせず、虚ろな目をした彼女たちは指を切り、地面に向けて垂らす。
垂らされたそれらの血を「まとめて」黒棒に当て、体感における「金星の黒」、その扉の先から魔力をひねり出す――――。
(『――――全く、「ここから」だと声は届かないだろうが、これくらいは手を貸してやろう。刀太……、いや、相棒のことだから、これもどうせガバだろうが』)
ひねり出した魔力で「一本芯を通すような」イメージをディーヴァもどきたちにつなげると、その実体のある彼女たちが突然ビクビクと痙攣してその場に倒れ伏し――――液化するのと同時に「ディーヴァでなかった部分」が、翼と尾が接合されたような「脊椎のバケモノ」がこちら目掛けて襲い掛かる。
とはいえ、突然襲い掛かってくるそれらに対して「嫌な感覚」は感じていたので、既に左手で血風を盾のように形成済だった。それで適当にかわしながら、液化したイメージのディーヴァが再構成されるのを待ち。
「…………驚きました、個体名『刀太君』。……いえ、『刀太くん』。何故私をこの場で呼び戻したのでしょうか?」
「いや全裸止めろ、転がってる服着用しろっての!」
「え? あ、はい」
何故か口調が丁寧語になった「再生した」ディーヴァが、切り裂かれてボロボロになった襦袢を慣れない手つきで着込みつつ「呑み込む深海」を発動して、連中を一掃した。くりくりしたお目目をこちらに向けて、不思議そうな彼女。もっともそれにストレートに答えたかと言うと、それが出来ないくらいには私もひねくれているかもしれない。
とりあえず血装術で「薪を背負う」ように固定していた釘宮を下ろしながら、私は苦笑いした。
「一つは人手が足りねーってことだな。釘宮とか早々にダウンしちまうし、一人でアンタもどきとやりあうのはちょっと厳しいってのがある」
「はぁ……」
言いながら、ボロボロの襦袢の裾を千切って丸め、釘宮の鼻に詰めてやっていた。……いや、確かに妙に血が濃すぎるのかさっきからずっと鉄の匂いが充満しているが、そのせいで倒れた釘宮の鼻に突っ込むものがそれで良いのだろうか。
お陰で丈が短くなっているのにも気にせず、彼女は話を続けた。………… 一瞬成瀬川ちづが怒鳴り込んでくるような姿を幻視した気がするが、あくまで魂世界での出来事なのでノーカン!(迫真) ノーカン!(大迫真)
「それは、確かに一理ありそうです。とはいえ私もどきと言っても、今のでほとんど『私』が再統合されましたから、今後再生する『アレら』に私の力は介在しません。先ほどのレベルではないと思います」
「そりゃ吉報って言えば吉報だな。…………で、まーもう一つあるとすると、何て言ったらいいか…………」
「別に私に対して積極的に配偶を求めているような、そんな理由ではないと思いますけれども。そもそも既に肉体的には死んでますし――――」
「いや、別にホレたとかそんな訳じゃねーからな? ……容姿の美醜はともかくとして、敵同士で普通はそういうことしねーモンだから」
「しかし男性というのは、時と場所と場合を弁えず性欲をまき散らすものと――――」
「それどっからラーニングしてんだアンタ……、いや実体験だとしても、もうちょっと別な理由付けとかがあんじゃねーの? 服自体に魔法障壁が織り込んであるとかで、そこに武装解除喰らったとか」
「しかし、私に対して
「……………………、ま、まぁ、俺がどれくらい色々と悶々としてるかってーのは置いておいて」
「あらあら、どうしましょう。この『隷属』状態のまま、こんな場所で肉体を求められてしまうとしても、外部に繋がらないせいで
「だから痴女かってのアンタ!」
「いえ、そういうのが好きなのではなく、知りたいというだけです」
「そーゆーうのに興味津々っていうのは、十分おスケベって奴だと思うぜ? つまりアレだ、エロ女ってことだ」
「!!!!?!?!???!?!?!?!?!????!?!?!?!!!!!!!」
今までで最も目を見開いて硬直したディーヴァ。指摘された事実に思い至っていなかったのか何なのか、それを踏まえて今までの自分を反芻し始めたのか何なのか、顔が一気に真っ赤に染まる。やっぱりこうやって誰かまともに情緒育ててやれって話なんだよなぁ……、デュナミスもネギぼーずヨルダも現実から逃げるな。(戒め)(???「そーかい、現実から逃げないのがお好きかい? なら…………、今までのガバの分、覚悟しておくんだねぇトータ」)
やがて再起動したように、若干震えながら顔を隠すディーヴァ。
「…………わ、わかりました。私、エッチな女の子だったのですね」なお声は一本調子。
「わかりゃー宜しい。恥ずかしいって思うなら、色々善処するように――――」
「それはそれとして気になるものは気になるので、恥ずかしいですがそういった疑問に思ったことは聞くようにします貴方に」
「いやだからそれ止めろっての!」
というより、何故私相手になのか。そう思って聞いてみると、やはり予想通りというべきかデュナミスもラスボスもそういった質問にはロクな回答を寄越さないらしい。大体が頭抱えたり仕事の話を割り振ったりのみで、情緒的な話が出来る相手がこのせつくらいだったようだ。まぁ…………、あの二人のマイペースないちゃつきを目の当たりにして色々学習していけばこうもなるか(適当)。
「……まぁ、そういうのはまた後で考えろってことで。
とりあえず、アンタにゃしばらく俺と同行してもらうぞ」
「同行ですか? ……確かに隷属自体は続いているので、拒否はできませんが――――」
そう言いながら、私は血風を、ディーヴァは無詠唱の
と、続けてどんどん下から飛んで来る連中相手にやりあってる最中に釘宮が目を覚まし、今に至る。
「では、そこの犬上小太郎の孫が起きたところで。何故、私を同行させようと言うのですか? 刀太くん」
「…………そこの彼女、えーっと、…………?」
「ディーヴァで構いません、犬上小太郎の孫」
「ディーヴァ、か。彼女がそもそも何故復活してるのかとかは、聞かないけれどね。この場は協力してもらってるという前提で話を進めているんだろうし」
「物分かりが良いですね、犬上小太郎の孫」
「物分かりっていうより、色々諦めてるやつなんだよなぁその振る舞い…………」
私の一言に察する物が有ったのか、釘宮は遠い目をして私を見て、そしてお互い視線だけで同情しあった。同病、相哀れむ。時系列進行ガバとかそういう概念は彼にはないだろうが、どうやら彼も彼で状況に振り回されて右往左往させられている性質のようだし、ある意味似た者同士なのかもしれない。学習性無気力…………(震え声)。
「その上で、だ。その場合、足止めは俺がすることになるって認識で合っているかい? 近衛」
「まー、そうだな」
「それは…………、大丈夫なのかい? いきなりこの場で倒れた俺が言うのも変かもしれないけれど、おそらく『瑕疵の相手』の下へ連れて行くのだろう? 彼女。その場でギリギリというところで裏切られたりするリスクは、一定数存在するんじゃないかと思っているけれど」
さっきのやりとりもあってか、流石にそこは察したか釘宮は肩をすくめる。――――そう、対魔力という意味で彼女自身が私のオーダーに逆らえない程度の隷属化はされてこそいるが、「自発的に」「潜在的な」敵対行動をとられることまでは、こちらで制御することが出来ない。言動がそうであるし(持て余してるメンタル大ダメージ)、なにより「隷属状態」を破ろうと何かしら術を走らされたりすると、私として対応しきれない可能性がある。これでもラスボス幹部級、現在の私と比較したらネコと異世界転生用トラック(謎比喩)くらいの戦闘力の差があるはずだ。そんな彼女に本気で色々と裏から手を回されると、ギリギリのタイミング、それこそ水無瀬小夜子やおそらく来ているだろう三太と合流した時点で、手痛いしっぺ返しを食らう可能性もあるのだ。
だが、とはいえ逆はむしろ許容できない。
「だからってコイツを置き去りにしても、それはそれで危ねぇんだよな。意図的に数匹俺たちの方に見逃して送り込んでくる可能性だってあるし、何より今のコレって『能力の幅』が全然わからねー。使いこなせてねー以上、ひょっとしたら一定距離範囲内とかみたいな縛りがあるかもしれねーから、下手に置いていくっていうのは色々危険な訳だ」
「なるほど」
「って、いやお前が納得しちゃ駄目だろ…………」
情緒幼児かな?
「……命令だけ残して離れた方が反抗される可能性が高い、ということか。…………なら仕方ない、ここは俺が引き受けよう」
立ち上がる釘宮の首に、血装術でマフラーを作ってかけてやる。と、驚いた表情の釘宮。突然それを首に巻かれたことに対してではなく、突然「鉄臭さが消えた」のに対して驚いたのだろう。これは何だと聞いてくるので、簡単に説明してやる。
つまりは血風をゆるく発動しているマフラーのようなものだ。どうもここの大気と言うか、瘴気のようなものにヤられてしまったらしいので、最低限それらに対する防御は出来るような装備を臨時で適当に造ったという話だ。このあたりは「眼帯の私」の経験値のようなもののお陰で造れたという感覚があるため、何と言うか、緊急時にキリヱも良い仕事をしてくれたものだ。
「これは、正直助かるかもしれない。不快感が大分やわらいだ」
「そうかい? ……って、今更だけど、お前ひとりで足止め大丈夫か? たぶん出来るだろうって勘で提案したところはあるんだけど」
「出来ればもう少し論理的な理屈付けをして欲しいところだけれどね。…………まあ、とはいえ得意じゃないなりに『多数』と対決する場合の技っていうのも、存在はしてるからね。
――――犬上流獣奏術奥義・
自分の下方向、影に向けて矢を撃つ釘宮。と、その陰から大量の黒い狼のような、狗神が――――。それら『数十匹』の狗神が、釘宮を見て尻尾を振り、今か今かとオーダーを待っているように見える。
こちらを一瞥し、釘宮は肩をすくめた。
「行くんだ、近衛。…………とりあえず終わったら、ラーメンたかみちのトンコツ以外だったら何でもいいから」
「おう、了解ッ!」
「ラーメンたかみち……?」
不思議そうに頭を傾げるディーヴァだったが、その場から高速退避する私の後には海天偽壮のまま続いてきていた。
何やらぶつぶつと思案している様子の彼女に、これもまた情緒教育の一貫かと思いながら。
「…………ま、とりあえず一つ言えるのはだな」
「?」
「水無瀬小夜子と佐々木三太の関係が、一つの愛の形だ。そーゆーのを知りたいっていうのなら、せいぜい間近で見て、下手に手は出すなって話だぜ? じゃなきゃ、馬に蹴られてどうにかされちまう」
「…………何と言うか、本当、面白いですよね、刀太くんは」
何を面白がっているのかはよくわからないが、ディーヴァは少しだけ眩しいものを見るように、目を細めて私に微笑んだ。