光る風を超えて   作:黒兎可

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感想、ご評価、ここ好き、誤字報告などなど毎度ご好評あざますナ!
 
いつかのアンケート結果で、「カリンと「あの方†」との過去話」です。書きあがりはだいぶ前だったんですが公開まで長かった……
本作捏ぞゲフンゲフン独自解釈オンパレードなので色々注意
 
今回も1万文字超えてるけど、夏凜ちゃんさん回なので仕方ないね……


ST168.それでも人として愛されて欲しかった(番外編)

ST168.Repentance...

 

 

 

 

 

 一方的、一面的、そして断定的な評価――――今でいうレッテルというものは、抱え込むものではないと、私は思う。私は、カリン・オーテという名の一人の女は、先生の姿を見てとくにそう思う。むしろ私以外の者たちは何故、先生が無茶をしているのだと気付かない。否、気付こうとしない。私だけが知っているというのが、どうして可笑しいことだと思わないのか――――。

 

『貴方は、先生を神にでもするつもりなの? 人として苦しみ抜いているあの人を、人でない()にしたいとでもいうの?』

 

 布張の簡素な拠点、私たち「十二人」も住居として利用するこの場所で。私は先生に、唯一個人部屋を許されていた。性別の問題もあったけれど、それは私以外が会計事情に明るくないからという問題が大きかった。

 私の言葉に、目の前の男は顔をしかめる。年代で言えば私より少し上だけど、顎髭は生えているもののいまいち貫禄がない。貫禄がないのは先生も似ているけれど、あの人は割と破天荒だからそういう感想は出てこない。何を仕出かすか判らない怖さがある。……まあもっとも、あの人の場合はその後で「どうしてこうなった!」って私室とか、私の所に来て愚痴をこぼすことが多いのだけれど。

 

 そんな私のことを、この男は、ケファは好んでいない。もともと先生の恩人の息子さんらしく、先生もその扱いには配慮をしているくらいだ。外部の、なんら後ろ盾も無かった私など初めから彼の眼中には無かったんだろう。十二人の中で最も金銭に頓着がなく、使い方が雑なのもこの男だった。

 ケファは睨みつけるような目をして、私に言った。

 

『……昼のお前の行いだ。カリン、救世主たるヨシュア(ヽヽヽヽ)様は、救世主たる故にその存在は他と隔絶しているのだ。断じて不健全で、不完全な存在であってはならないし、そうでは『決してない』のだ。だからあの方に泥を塗るようなことをさせてはいけない、カリン』

『不健全って言うけれども……。そもそもあの人があの場で、どれくらい無理していたかはわかっていたはずよ? 特に付き合いが長い貴方なら、誰かがあの場で先生を気にかけてるってポーズでも示さないといけないっていうことは』

 

 私の言葉に、私のあの時の行いに文句をつけたケファはそれでも続ける。それが邪な金の使い方だったと。確かにあの品を直接金品に変えた方が、その分のお金でより多くの人が救えるかもしれない。けれど、そんな私を先生が庇ったことも、彼にすれば認められない、認めたくないことなのかもしれない。

 よく不当に横領してるとか、そんな告げ口を先生にしている。もっとも先生も私がどういう場合にお金を使っているかは把握しているし、そのことに問題があった場合はちゃんと言ってくれるので、その部分について私は問題ないと思っているのだけれども。

 

 だからこそ聞いたのだ。貴方はヨシュア先生を、神にでもするつもりなのかと。本来、人として苦しみ抜いているあの人を、まるで人が人として感じる痛みや苦しみなどないような存在として扱えというのかと。もしや、あの人をまるで人でない物にでもしたいとでもいうの?

 

 その時のケファの目の微妙な怪しさを、私は正しく理解できず。だから私は、ある意味で最大の失敗を犯してしまったということなのだろう。

 

 状況がそれを許さなかった。そう言えるかもしれないのだけれど、それでも私は先生に言いたかった。

 それでも、それでも私は、貴方に人であって欲しかったのだと。

 

 

 

 思えばそう、こういうのは試すようなことでもなかったのだけれど、ケファはよく先生を試していた。それはケファの中である程度の納得が必要だったということなのかもしれないけれど。ただそんなもの、先生と二人きりの時にだけしてれば良いのだ。

 救いを求めて壊れた人間の前でするようなことではない。

 

 例えば……、かつての私など。

 

 私があの人を直に初めて見たのは、あの時が最初のはずだ。

 一目でわかった。子供達が集まってくるあの人を見て、子供たちに言葉を説いているあの人を見て。この時の私は、まるで救い主が人の形をして現れた者だと思ってしまったほどだった。それくらい、私の心は崩れていた。

 

 その後、食事に招かれたあの人たちの後をつけ、その場で思わず縋りついてしまった。そんな私を見る周囲の人たちの目のなんと強い拒絶の意志か! 特に招き主だった男の、ケファの忌避感は強かった――――元々この近辺で、私は嫌な意味で有名だったから。

 親を亡くし、友を亡くし、子を為せず夫も先立たれ――――まるで世の不幸すべてが私に寄っているように謂れ、咎まれ、身体を売る事すら出来ず、それでも「死なない」。まるで何か、悪しき霊に呪われているかのごとき、縁起の悪い者。良からぬもの、汚い女。罪深き「影」を負ったもの。呼ばれ方は様々だった。

 実際に、私の周りで不可解な現象が起こっていたこともそれに拍車をかけていたのでしょうし。

 

 そんな私を見て、あの人は、ヨシュア先生は言った。

 

『ケファ、聞け。ある者に50と500借りた者たちが居たとしよう。ところが二人そろって返すことが出来ず、しかし彼の者はその二人を許した。どちらも已むに已まれぬことであったが、果たしてどちらの者がより深く恩を感じるものだろうか』

『…………より多くを借りた者、でしょうか』

『しかり、だ。………………このヒトは()に縋りついたが。このヒトはこの中で最も俺を歓迎した。一体誰が、ここに招かれた中で俺の足を洗い、香油を垂らした人だろうか。このヒトはその涙で俺の足を清め、髪と服でぬぐい、油をくれた』

 

 顔を上げた私を目を合わせ、先生は微笑んだ。同情するような目だった。同時に、よく頑張ったなって言ってくれた目だった。

 

『だから言おう。より多くを愛したのだから、愛せるのだから。貴女の罪と言うのはそれで許されて良いものなのだ。少しだけ許すことが出来るものでは、そうはいかない。

 ――――貴女の罪はもう許された』

 

 ただ泣き続ける私を抱き留め、先生はおんおん泣く私の背を叩いた。

 

 その時、私は最初から気付いたのだった。この人の言葉がよく言われているような「救世主」のものではないのだと。どういった経験をしてきたのか、どういったものを見てきたのかは定かではないけれども。それでも、その発する言葉はこの人の、その人生で培われた言葉なのだと。……それはある種、女の勘みたいなものだったのかもしれないけれど。

 

 そうね、端的に言って惚れてしまったのかもしれない。縋りつける相手が彼しかいなかったから、その彼が言われているほど浮世離れした相手ではなかったから。だから今度こそは、というような心境になっても、別に不思議ではないでしょう。

 

 だから、私は先生についていくことにした。……私は、彼を先生と呼ぶことにした。もともと亡くなった夫だった人に拾われ、彼の商売を手伝っていた経験が生き、先生は私に金勘定を任せた。私より先に入っていた面々が、てんでそういったものに疎い、というより忌避していたのも、それに拍車をかけた。

 別段、気にはならなかった。もともと出身も立場も、振る舞いも、先生に対する見方も、何もかもが彼らと私とでは違っていたのだし。お金の使い道が適当過ぎて、私が全体の取りまとめをしていたから後始末に追われて、それを不正だと言って責めたのだとしても、先生はそうではないと分かってくれていたから。

 

 それに、少しだけ嫌な感触があったのだ。どうにも皆、あの人のことを祀り上げることに終始しているように感じて。その距離感が、まるであの人を人ではないものの様に見ているように感じて。

 

 先生は、確かに奇跡めいたことを行ったこともあった。今思い返せば、魔族だとか妖魔だとかに分類される相手を撃退していたこともあった。

 けれど、それ以上に彼の力は知識の力だった。人に振るうそれは、病にかかった者がいればその知識の力をもって対処し、薬を与え、どう過ごすのが適切か、何を食べさせるべきかをかみ砕いて、根気強く教え。食べるものがないとなれば手持ちの食料を分け与え、それだけでは駄目だと食べるものを集め稼ぐ方法を説き。心を病んだ者がいれば、寄り添い、立ち上がるための志を時に与え。

 

 救えた人もいたし、救えなかった人もいた。……その多くは、それでも救おうとしてくれたあの人を慕って。でも、そして私が語るように「人として」努力していたあの人を、人としてではなく別なナニカとして捉えていくようになった。

 それだけ時代が悪かったと言えばそうなのだけれど。それだけ誰しもが救われたいと願いを抱いていたと言えばそうなのだけれど。だから、あの人は私とよく話すようになったのでしょう。それだけあの人にとっても、色々限界だったってことなのでしょうから。

 

『何でこんなことになっちまったのかなぁ』

 

 もはや口癖のように聞き慣れてしまった、先生の少し乱暴な口調。……寝床にわざわざ来る先生だったけど、決して私に手を出すようなことはしなかった。私が一方的に慕い、迫ることもあったけど、彼は「そういうのは良い」と別な女性に手を出し、明確に私と「そういう」関係になるつもりはないと教えて来た。

 口が上手いようで口下手で、肝心なときにうっかりと色々忘れていらないことを口走って、その対応によく追われていた。そんな彼のことすら、その言葉すら全てが彼の本当の言葉なのだと考えていた人たちと違い、私はその苦悩というか、右往左往している心を直に聞いて、見ていた。私だけが、「あの女性」とも違い、理解してあげられた。だけれど、それでも彼は私に「そう」は求めなかった。

 

『でも、たとえ私に手を出していなくても。ヨシュア先生と私が「そういう」関係に見られるのは、当然の流れではないでしょうか』

『とはいえ年だって多少離れているしな。……大体だな、俺が庇わないとお前がちょっと危ない立場にあるっていうのも色々と問題なんだぞ? 俺は、ヒトが俺をどう見るかというのに頓着はせんが、その見方に応じて付き合い方を変えるくらいはする。

 カリン・オーテ。お前が俺を「救世主」ではなく「ヒト」として見るから、俺はいまだに人間としてお前と付き合いが出来る訳だが、それに気付かずにその女を何故贔屓するのか、とか言われてしまってもなぁ。贔屓しないと最悪殺されかねねぇだろって』

『そこまででは、ないと思いたいですが…………』

『とはいっても、そう簡単にお前は「死なない」だろうけどな。それは、俺が保証する』

 

 偽悪的というか、にやりと少し悪い笑みを浮かべる先生。ここまで露骨な表情は、表だとほとんど出すことはない。ある意味で私にだけ見せてくれる、先生の顔。もはや、こんな小娘相手にしか向けることの出来なかったその表情――――。

 

 特に変わり映えのしない日々。いえ、色々あったにはあったけれど、先生が致命的な失敗を犯して頭を抱えたあの日、ふと気になって聞いたのだった。先生は何故私に手を出さないのか。そういう関係になろうとしないのかと。「あの女性」の所にもいかず、私に話しかけたのは、何かしら理由があるのではないかと。ひょっとしたら「性として」求められているのかもと言う期待もあったのかもしれない。

 私としては、「女として」成熟する前の結婚だったから、夫とは身体を重ねたことはなかった。当時はボロボロで、そして「不吉な影」を背負っていた小娘だった私に、夫は良くしてくれた。けれど、だから子をなす前に二度と会えなくなった私は、やはりどこかで救いを求めていたのだと思う。

 

 あの人の言葉は、端的だった。

 

『だって、お前はわかりやすく見返りを求めてしまうだろ。カリン・オーテ。「魔」を負いし女、生まれて来たことが悲しいと言えるかもしれないヒトよ』

 

 また何か言おうとして口下手な失言をしたと思い、私は半眼で先生を見た。そんな目で見なくても、と言いたげな表情になって、うずくまって頭を抱えていた姿勢から上体を起こすと。まぁ座れと私を自分の横に招いた。

 

『俺には一般的に、父とされるヒトが二人いるが、まあ俺の「ちゃんとした」方の父親。……いや、実際のところどうだとかは、もう聞く気もねぇし聞くこともできねぇんだけど。夫婦仲も悪くなかったみたいだし。それでもちゃんと父として今より「ヤンチャ」してた俺を連れ戻したりして、さ。あの頃は割と、俺も色々と自分の憤りばかりが全て正しい、正しいことは言わなければいけないって思い込んでたところがあったからなぁ。大分迷惑をかけちまったし、大分泣かれちまったっけ』

『思い込んでいた……? しかし、正しいことは真理として正しいのではないでしょうか?』

『真理としては、な? 例えば人間が何もなく空を飛べるかと言えば、それを真と言うことはできない。背中に羽が生えて飛べるように変化した、とか、何かしら理由がなきゃいけねぇ。

 ただ「ヒトとして」正しいかどうかっていうのは、また別なんだよ。……今回俺が頭を抱えてるってのも、そのせいなんだが』

 

 人は、自分が見たい物を見たいように見て、自分が納得できる形でしか受け入れることが出来ない、と。先生は力なく笑った。

 

『どんなに俺が、こうすると病は良くなると言っても。悪霊と言う文字を一言たりとも使わなくとも。知識による術を受けた者は、皆勝手に言葉を紡ぎ、俺の言葉をそのまま聞いていた連中も勝手に記していく。

 こうして話してることだって、いやお前はそんなに色々脚色したりしねぇだろうけど、それでもどこかで何か曲解されていくものだ』

 

 だけど大筋は変わらない、と。

 

『どんなに嫌われても、父は俺を助けようとした。子である俺を、それでもずっと安心させようとした。俺が危険にあわないように色々手を尽くしてくれた。母が俺の背を押し続けるのに対して、父はちゃんと俺を見てくれた。母も俺を見てくれたが、それとはやっぱり違うっていうか…………。こう、なんだろうなぁ。やっぱり、そこに違いはないんだろうけれど。それでも、二人は俺がどうなることか、どうであることかに、そういう簡単な見返りを求めなかった。どう変わっていくかとか、どうなって欲しいかとか、そういうことがなかったっていうか。ある意味尊重してくれたってことなんだろうが』

 

 お前はそういうことは出来ないと、先生は言った。

 

『いや、お前に限らないけれどな? 大体俺の所にくるヒトっていうのは、そりゃ虐げられていたり、今の状況に反抗したり反論したり、色々思う所がある奴が多いんだけど。そういうのって、殆どが自分の今あるところに納得がいっていない、自分たちはもっと良い状況になっても良いって思いが主だったりするからな。

 カリン・オーテ。お前だって、一生懸命やってるから報われたい、そう思うからここ一番でヘタな失敗をした時に、俺ほどとは言わねぇけど色々嘆くんだろ』

『…………いえ、わ、私は――――』

『いや、あくまで俺の見方。個々人で考え方、感じ方は違ぇだろうけど、まぁそれについて思う所もあったから、そういう高説も言ったことはあるけれど。つまりは、そういう意味で性格的に合わないって思ったってだけの話。

 やっぱり面倒臭ぇなぁお前は』

『め、面倒くさいっ!?』

『お前は他の皆のことを、一度信じたら疑うことをしない蒙昧みたいに考えてるかもしれねぇがな。俺に言わせりゃお前だってそう違いはねぇぜ? 思い込み激しいし、自分の世界で一度決めつけたことは中々曲げねぇし。

 まあ、そういう所を好きだっていう奴もいるだろうが、俺は違うってだけだよ。肉体的な成熟さ云々を抜きにして、な? だから、お前は人をよく見ろ。見ても判らないことは多いだろうが、それでもしっかり見据えるんだ』

 

 正直言って、やっぱり何を言ってるか要領は得なかったけど、それでも最後に言われたことは理解できた。つまりは、好みではないのだということ。肉体的なそれ以上に、出自に色々と複雑なものがあるせいか、先生はあまり積極的にそういうことをしようと思わなかったのかもしれない。

 そう言って力なく笑う先生の顔は、そして、どこまでも孤独で寂し気で――――誰にもまるで理解されていないと、いわんばかりの顔で。

 

 

 

 だから、私はケファと共に取引をした。あの人が、決して誰しもが思う様な救世主ではないのだと、誰しもに知らしめるために。

 

 取引相手だった彼ら(ヽヽ)に信用されるように、情勢に慮ったとばかりに思われるように――――先生に二心あるよう悟られないため、数十枚の銀貨を対価として。

 

 

 

 引き渡し、そのための準備を終えて、そして私は先生に言った。逃げてくださいと。そうすることで、先生は初めて誰からも解放される。例え後ろ指を差されることになったとしても、後で発覚したのだとしても、先生はちゃんと「ヒト」として戻って来れると。

 ありがとうと、先生は言ってくれた。

 でも、それだけだった。

 

 寂し気な顔で、むしろ、何か覚悟を決めた表情になってしまった。

 

 その晩餐、先生が言ったことはことごとく当たった。もともと頭が良く回る人だったし、気遣いが出来る優しい人だった。外面はちょっと乱暴だったけど、それ以上に理性の人だった。だから、その彼から。私たちの十二人の「全員が」裏切ると言われたのは、全員が衝撃だったはず。どこか投げやりに、どこか見捨てられた子供の様な先生の言葉の意味を、それでも私は理解できなかった。

 先生の手を取り逃げようとした私を押さえ、先生は自ら彼らの下に足を運んだ。

 

 その後のことは、他の面々が決して確認したわけではないのだけれども……。あの書物を読んだ時のそれを思えば、誰しもがあの人の予測から外れることはなく、全員が全員、あの人を知らぬと受けて流したのでしょう。

 

 

 

 だから、先生は十字架にかけられた。

 

 

 

 慟哭。私は人づてに聞いてしまった。先生の嘆きを。亡くなる前の――――先生は、先生の父に嘆きを投げかけていた。亡くなられた先生の父親への慟哭だったと、私は思っている。あの人は十分に信心深い方だったが、それである以上にあの方は父を愛していたと思う。先導者としての先生は神を、ヒトとしてのあの人は父を。

 今度は助けてくれないのか、誰も助けてくれないのか――――そう言った慟哭で、それでも、あの人は私の引く手を拒絶した。

 

 磔刑、息をしなくなったあの人の姿を見て。その表情の寂し気なそれを見て、ようやく私は理解した。あの人は――――あの人は、ただ受け入れてくれる誰かに居て欲しかったのだ。私でなくとも良い。あの時、あの場では、私が一番最適だったから、その役割を私が負うことになっていただけで。ただ受け入れて、本当に理解しようとしてくれる相手が居て欲しかっただけなのだ。

 

 そうであるにもかかわらず、それを理解できず、勝手に動いて。だから、これは私の罪なのだと――――。

 

 そこから首を吊るまでに、時間はほとんど必要なかった。

 必要はなかったけど、望んだ結果が得られたと言うことはなかった。

 

 ケファと、お母様と、あの人の身を包みその埋葬を見届けた後で。意識は途絶えたり戻ったりを繰り返したけど、それでも私は「死ななかった」。首が延びることもなく、身体が落ちることもなく。三日とたたず、縄の方が切れた。いつまでも私のように罪の重いものを繋いでいるつもりなどないとでも言うように。

 

 咳き込んで、それでも、どうして私は死ねないのかと。嗚呼、ならばせめて、あの人の傍で、あの人と共に死ぬことが出来ないかと。

 

 番をしていたお母様の下に行き、叱られ、そして――――。先生のお身体は、そこには無かった。

 見知らぬ顔の男たちが、たぶん男たちだろう「誰か」が言うのだ。そこにはもう誰も居ないのだと。既にそこに彼の人は居ないのだと――――。

 

 

 蘇られたなどと、ケファだったら妄信しただろう。先生の身を慮りこそすれど、ケファたちにとってあの人はあくまでも救世主。そして、なによりケファたちはあの人の為したことを否定して、いまだ私のように帰ってきていないのだから。

 ケファ達に伝えた。事情を知らぬものからは、どの面を下げてと罵倒もされた。それもあってか、大半は信じなかった。ケファもまた、不思議そうにはしていたけれど、そればかりだった。

 

 私も、信じ切れてはいなかった。もし「そう」でないならば、先生の遺体は盗まれたのだと、死後もその墓を荒らされ尊厳を貶められたのだと。怒り、嘆き、そして――――。

 

 見知らぬ道筋の果ての場所で、私は出会った。「出会ってしまった」。

 何事もないように、彼は私が首を吊った樫の木の前で、それでも「見たことも無いような」微笑みを浮かべていた。

 

 私は、最初、そんな彼が誰かを知ることが出来なかった。私の知る先生の姿で、しかし、それはまるで「先生ではない」何者かのようだった。

 

『――――何を悲し気な顔をしてるのです、カリン・オーテ。救世主(わたし)が未だここに居るというのに』

 

『あ、あ、………あ――――ッ』

 

 不気味な感覚だった。不可思議な感覚だった。立ち振る舞いも、姿も、何もかもが違うというのに、私はその人が「先生」だとしか「認識できなかった」。だからこそ、いっさい先生らしからぬ振る舞いをするその様に、私は言葉が続けられなかった。

 それでも、そんな有様「であっても」、先生は先生だったのだから。

 

『救世主は、印されている。して苦しみを受け三日の後に死者の間から蘇る。……他の子らに言う言葉と、貴女は違う考えをしていましたね、カリン・オーテ』

『…………先生、貴方は、奇跡のようなことを起こすこともあった。でも、それを自らの奇跡と言うことは無かった』

『ええ』

『自らを救世主と、名指しで名乗ることは無かった。なのに――――』

『――――この有様は、まさしく「救世主」ですから。救世主(わたし)がそうあるのならば、そう名乗るのは正しいことなのです』

 

 先生の言葉を、亡くなられた後に自死しようとする前まで、述懐していた。先生が蘇ったと伝えられた後、他の者たちに伝え、救世主を売った娼婦とまで罵倒された時も考えていた。……そもそも娼婦になることすら「出来なかった」、そういった不幸すらあったとあの人に言われていた私を罵る彼らを、理解したくないものの、理解はしてしまっていたからこそ。

 

 先生の言葉の真価は――――あくまでも物質に依る私たちに、その心に、救いをもたらそうという意思なのだと。様々に縛られた私たち、しかしその誰しもがそういった「救世主」を心に宿し、死した者たちからの想いを受け取れば。正しくなくとも受け取れれば、それはやがて大きな力になると。

 

 それが、きっと「人としての」先生の言葉だったのに。だったはずなのに――――。

 

『どうして、先生は、「そんなもの」になってしまったのですか……ッ』

『嘆いてはいけません。悲しんではいけません。扉は叩かれた――――叩かれた者が求めたように、その救いが与えられたのです』

 

 つまり、何か? 誰しもが救世主を望んでいたから? 望んでいたからこそ、先生は「あんなもの」になってしまったというのか? そう在ろうとしていなかったはずの先生をここまで「変えてしまって」――――。

 

 最後に、と先生は私の頬に触れ、額にキスをして。

 

『――――貴女は、私の下から離れなさい。貴女が成したことを罪とは言いません。それは「必要なこと」であったとされるでしょう。ですが、だからこそ私は貴女を放しましょう。カリン・オーテ』

『なん、で……、なんで、ですか?』

『いつまでも「人の私」に縛られることはないのです。貴女はもう、私がいなくとも大丈夫――――唯一、十一人の中で「貴女だけが」「私を私として見てくれた」のだから』

『それでも……、そんな、それでも、先生、この罪深い私は、この女の私の身は! 一体どうすれば良いというのですか!』

『私は、天地の権能を授かりましたが……、決して、それが「真理の全て」ではありません。だからこそ、救いを求める者に、私の言葉を伝えてください。その隣の人を、愛してください。今の貴女なら、きっとそれがわかるはずです』

 

 そして手を放されて…………、姿を消した先生に、私は見捨てられたと、呆然として。

 

 そして延々と彷徨い続けた。彷徨い続け、行く先々で「先生」を、本当に神か救世主かと言わんばかりに言う他の連中(ヽヽ)を見て。そして私は醒めてしまっていた。

 

 救世主だから復活した? そんなことじゃない。きっと、あの先生は――――。 

 

 

 

 あの当時、私たちという「救いを求める」者たちの信仰心が、意図せず一つの魔術儀式のような体を為して、先生の言葉を曲解した「私たち信徒」が、あの人を救世主に「仕立て上げてしまった」のだと。

 

 

 

 だから、あの場に先生はいたけれど、「人としての先生」は残っていなかったのだ。

 それが、どれ程罪深いことか――――人としての一生を終えたはずの先生の、その人としての全てを否定したのは「私たち」なのだ。私たちが、最も敬愛していた先生を「別なナニカ」に「作り変えて」しまったのだ。「造り替えられて」なお、先生は先生だったけれども、それは間違いなく、嗚呼間違いなく、それまで受けていた先生の、人としての言葉の否定に他ならない。

 

 先生に言われた通りじゃないか――――しっかり見据えなかったから、私はこんなことになってしまったのだ。

 だから、そんな私に愛される資格なんてない……、たとえどれほど、何があったとしても。

 

 私が愛したとしても、その相手を不幸にしてしまうのなら…………、せめてそれだけはと、深く心に刻み。「悪霊」をまた私は封じ込めた。

 

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 

「ふぅ。…………誰もいませんね」

 

 久々に帰ってきた仙境館で、私は自室の整理をしていました。数日は学校も休むということになってはいるけれど、それにしたって静かすぎるのも考えものね。子供達は寺子屋のような形で学習中だし、からまれて声が集まるからすぐわかる刀太の姿も、一昨日から見えない。

 雪姫様いわく、雪姫様の師匠である魔人とやらに連れ去られたということらしいですが。……何故か名指しで連れて来るなと言われていたそうで、そこだけは不服ですが、でも「手紙は預かっているから、適当に読んで処分しろ」と言われましたので、素直に受け取りました。

 

『修行が終わればほぼ完全な状態で戻ってくるだろうが、その頃にはもう少し精神も安定しているだろうさ。けど、もうちょっと自重しな少年誌的に』

 

 要約するとそのような意味合いになりますが、少年誌的に…………? いまいち理解ができないその言葉に、私もどう反応したら良いかわかりませんでしたが。

 

「危ない目に遭うなら付いていきたかったところですが……。その方があの子の素が『分裂するリスク』の低下に繋がるのでしたら、ここは我慢ですね。

 大丈夫、入団試験の時よりスパンは短いのですから」

 

 

 

「――――始動キーの登録もこれで完了だな。

 では使ってみろ、結城忍。

 まずは肩慣らしだ」

「は、はい! えっと、『スチーマ・ジェッタ・エレクトラ』――――」

 

 

 

 刀太のことを色々考えながら、私は忍が雪姫様に魔法を教わっている様を、微笑ましく、そして羨ましく見守ることにした。

 

 雪姫様への思慕と、あの子への恋慕と。

 誰しも不幸にしてきた私のような女でも。私が受け入れたように、あの子もまた私を受け入れてくれるのならば。

 

 それはそうとして、並び立つ()が増えてくれるのなら、それは大変結構なことなのですから。

 

 

 

 

 




・※参考:ルカによる福音書(口語訳)-wikisource(2022/10 確認)-
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