九郎丸は(夏凜と比較して)素直に話を進めてくれて助かる……。
ST17.Transformation!
甚兵衛からの評判は、なんともいえない結果に終わった。賛否両論、そして私からしてもどちらともに納得しかない話である。
「元々、技の方向性自体が完成してたのもあんだろうが、思った以上に酷い組み合わせだな……。えげつねぇぞ威力。
でも完全に技と武器に振り回されてるじゃねぇかお前、そりゃダメだぞ坊主」
「自覚はあるッス」
「あー、ならアレだな。とりあえず使いこなすためにも、しばらく特訓しないとならねぇか? とはいえ一月だろ? 一月。年単位だったらまだ色々やりようがあるだろうし、アイツらに食われても問題ないだろうがなぁ……」
あいつら、という話についてそういえば聞いていなかったことを思い出した。私と九郎丸の会話だけでは、おそらく不死に対する耐性のようなものを持っているのだろうという推測で終わっていたが、実態であるところの「長い時間かけて魔力を消化しつくす」といった事実で唖然となった九郎丸である。
「た、大変だよ! 早く取り戻さないと!」
「落ち着けって。三十年くらい消化に掛かるって言ってたろ? 一月目標なんだからまだ大丈夫だろ」
そう言って九郎丸をなだめてる私なのだが、一体何なのだこの立場。原作だと主人公の方が大慌てで、九郎丸は言葉を出せない雰囲気だったろうに。
いや、確かに本来なら慌てる立場が私なのはわかっているが、ここに関してはどうにも緊張感が薄い……。腕を切断された(食われた)時の記憶がないせいか(ショックで健忘したか?)、それとも腕先の感覚が未だになんとなく生きているのがわかるせいか。
とはいえ判るからと言って自由に動かせるようなものでもないし、体内で血風を発動するような滅茶苦茶が出来るわけでもない。つまりはどうしようもない訳で、地道に強くなって行くほかにないのだろう。
しかし一月、という期間の短さはやはり甚兵衛をして「マジか……」と何度も連呼するだけの短さであるらしい。よしわかったと左掌に右こぶしをぶつけ、私たちにニヤリと笑いかけた。
「とりあえず三日だ。三日で、お前たちを今の五倍強くしてやる」
いきなり大きく出たなと思わなくもなかったが、そういえば
さて。九郎丸共々頭を下げたのだが、夕食の蜘蛛を食べた後(ちなみに味はカレーで煮込んだ鶏肉みたいだった)やることとしては二つに分かれた。
「刀太は俺と刀で試合な。九郎丸はそれを見稽古しろ。
血風のでけぇ斬撃はナシ、重力剣は二百倍以上にしないこと。九郎丸は見稽古中、武器を手に取るのも禁止だ、他のことを何もするな。いいな?」
「僕たちに言った話の延長上ですよね。わかりました!」
「お願いします。……って言っても、甚兵衛さん素手でやるん?」
「お? はは、いや確かに今は素手の方がメインだが、これでも昔は浪人というか侍しながら、ふらふら東へ行って西へ行ってバケモノ退治をしていた頃もあるからなぁ。剣術始めて百年にも満たない赤ん坊にゃぁ負けねーよ」
百年単位で計測されたら誰だって赤ん坊なのではと思わないもないが。と、九郎丸が手渡そうとした刀を「いらんいらん」と笑って拒否し、す、と片手を構える。
「――――『
次の瞬間、彼の掌から
だって控えめに言って今の私の恰好は
「はは、こちとら、まともに刀握って戦ったのなんて随分前だからなぁ。玩具みたいなものだし、このくらいはハンデハンデ」
「それって、イレカエってのの応用っスか?」
「そう、正解。常に座標をこの状態でイレカエ続けてる感じだな。本当は見えない刀にしてやるつもりだったんだが、それじゃ流石にフェアじゃねーかと思ったから、わかりやすくしたわ。
ちなみにだが――――」
黒棒を構えて距離を取った私を、瞬間、何かがかすめた。気が付けば甚兵衛が目の前にいて、つまりその一撃の断空剣に痛みは全くなかったのだが。
「――――斬れてもなーんも感じないから、そこだけ注意な」
『はっ」?」
言い終わる前に私は脳天から真っ二つに割け崩れ落ち、刀太くん!? と大声で叫んで慌てる九郎丸の声が「左右に分かれて」聞こえた。
※ ※ ※
甚兵衛さんとの特訓が始まって二日目の夜……? たぶん夜。「風呂など無ぇわ!」という甚兵衛さんの堂々とした断言に、比較的綺麗な水場を探して体を流した僕たち。途中、刀太君に先に入ってもらうか僕が先に入るかでもめたけど(刀太君の残り水で体を洗うとか心臓がどうにかなっちゃいそうだし、僕の残り水で刀太君が体を洗うなんて頭がどうにかなっちゃいそうだし)、結局同時に入ることで決着した。ま、まぁ僕も一応男だから何も問題はない。
途中、刀太君が困ったような笑いというか、呆れたような顔をしていたのはよくわからなかったけど、堂々としていればいいんだ、堂々として。
…………まぁ、身体は上着で隠してたけど。
そして水浴びが終わった後、刀太君と今日の特訓の反省会。……反省会として今日の話をお互いにしながら、僕は刀太君の「気」の訓練をみていた。
肉体の限界を超える形で、その状況でなお生じる「生きる」という意思……、身体から溢れてくる生存本能、魂すら揺さぶる熱。それこそが気であり、生命エネルギーの根幹に触れるということ。
流石に三日間の特訓でそこまで至るとは思わないので、重力剣の重量を底上げして素振りするとか程度に落ち着けながら話をしていた。
「九郎丸、アレどー思うよ」
「どうって?」
「いや俺さ? 見える範囲だったら
「そうだね、気のせいじゃなければ、質量自体がないようにも見えた、かなぁ」
甚兵衛さんの「断空剣」。本人は思い付きだって言っていたけど、実際強い。純粋に力が強いというよりも、剣を使う相手にとってかなりやり辛い武器なことは間違いない。なにせ一日ずっと斬りかかったり回避する刀太君相手に、甚兵衛さんはあの「断空剣」を片手に一方的に切り飛ばしていた。
血蹴板で背後に回った刀太君の脳天を軽く貫通させたり、鍔迫り合いなどさせるかとばかりにひらりと重力剣を透過して袈裟斬りにしたり、気が付いたらいつのまにか刀太君の首をもって余裕で笑ったり、血風をバリアみたいにして展開して防ごうとしてもどうやったのかわからないけど腕を粉みじんにしたり……。
「痛くねぇのは助かるっちゃ助かるんだけど、なんか釈然としねーっていうかさぁ……」
「僕も見稽古しかできないから、歯がゆい気持ちが強いよ……」
僕は僕で、そんなピンチの刀太君に助太刀することが出来ずに、不満が溜まっていた。見稽古は確かに勉強になってる自覚がある。特に雪姫様仕込みと思われる、刀太君の基本的な動きに対する、血風とかの混ぜ方だ。
甚兵衛さんに良いようにやられているように見えて、実際刀太君の攻撃もけっこう……その、えげつないっていうか、容赦ないっていうか。首を切られても死なないと聞いてからは、足を斬り飛ばして首を狙う様な動きをしたり、あるいは血風に血蹴板を併用して乗って接近したり(!)、血装術で作った鎖っぽいもので重力剣を投げ縄みたいに振り回したり。
どれも甚兵衛さん相手に決定打に欠けてはいるんだけど、それでも基本の動きから自由な発想で行われる動きは、見ごたえがあった。
「一番怖いのは、アレでハンデとか言ってるってことで、しかもアレで剣術はとっくに止めて最強でも何でもないって言ってることだよなぁ……」
「実際、断空剣使ってる時って甚兵衛さんイレカエやってないからね。一歩も動いてないし」
「不死人、底が知れねぇ……。伊達でも酔狂でもなく本当にリーダー代理だって話なんだろーな」
そういってる刀太君も、まだ始めたばかりだって言うのにちゃんと重力剣を一千回素振りすることが出来ているのだから、凄いと思う。血装術を併用していない素の刀太君の腕力は、気を使えないせいもあってそこまで強くないのに。それでも腕を振り続けられるのは、やっぱりその手の才能がある証拠だと思う。
そうやって褒めても、ありがとうと言いはするけど考えるのを止めない刀太君。こう……、すごいストイックに見えて、かっこいい気がする!
「実際、どうすりゃ良いと思う?」
「そう、だね。……外から見てる感じだけど、甚兵衛さん、刀太くんの血蹴板とかも、ちゃんと目で追ってるように見えた」
「マジか? あれ結構速い自信あるんだけど。もっとやべーのを知ってるのか? 知ってそうだな……。対応してくるってことは」
「僕の『五月雨斬り』も半分くらいは見てたし、凄いと思う。でも、逆に言うと『半分は』見えてないんだと思う。今思えば、イレカエか何かで弾いていた気がするし」
色々と話し合った分をまとめると、ある一定速度までの分は「見て」対応している。でもそれ以外についてはたぶん経験とか、殺気とかで判断して対応しているのではないか、ということに落ち着いた。
「理屈から言えばもっと速く動ければ対処方法があるって話か。って言ってもなぁ……。血蹴板をもっと速く動かすと、足と胴体が分離しちまうし」
「え゛、それは、実体験なの……?」
「うん。というか、甚兵衛パイセン相手に一回やって、三枚におろされた」
「あれか…‥、確かに胴体だけ残ってたけど、そういうことだったんだね」
単純に防御力を上げる話でもなんでもないし……、と唸り続ける刀太君を見ていて。ふと、僕は一昨日のアレを思い出していた。隣の刀太君が握った重力剣から溢れる、深く、濃くて、赤い…………。
そしてその赤い血を「初めて見た時のことを」僕は思い出していた。
「……そういえば、最初に使った時ってコートみたいになっていたけど。あれってどうなのかな?」
僕が刀太君を「殺してしまった時」の、あの赤い血と、刀太君の臭いに包まれた時のことを思い出し、少し顔が熱い。刀太君はそんな僕の顔を見ずに、目を閉じてあの時の事を思い出しているらしい。
「どうって? まぁ、今なら確かに使い慣れてきたし、似たようなのは作れそうと言えば作れるけど………。まぁ基本は防御にしか使えないだろうし……」
「そうじゃなくってさ。血蹴板って、血と魔力とを混ぜて作った、血装術の足場だよね?」
「まぁ、そういう話なのか? ん?」
僕と刀太君の目と目が合う。
彼の表情に、理解の色が浮かんだ。
「――――血蹴板と同じ! そうだ、何も防御に限る話じゃなかったんだ!
そうだよ、やろうと思えば足場のそれと『同じ速度で動かすことが出来るんだ』!
めっちゃ良い着眼点じゃねーか九郎丸!」
「と、刀太君、近い、近いからぁ!!?」
僕の手を掴んでぶんぶん振り回す、年相応、見た目相応に楽しそうな刀太君。引き寄せられたりして、かなり珍しいものを間近で見てしまい、思わずドキドキする。……て、何を考えてるんだ僕は、これじゃ本当に雪姫様が言っていたみたいじゃないかっ!
「ってことは頭も覆わなきゃならねーな、高速移動で首ちょんぱとか完全ギャグだろ……。よし、ちょっとアイデア出すから手伝ってくれ。あとネーミング」
「ね、ネーミング?」
「うん。
「け、結構こだわりがあるんだね……」
「ちなみに今までのはこう書く」
そういいながら砂浜みたいなところに、重力剣で文字を書く刀太君。……血蹴板と書いてスレッチ・ブレッシと呼ぶのは何かよくわからないハイセンスさを感じて仕方なかったり。あとちょっとわからない由来が出てきたりもした。
「けっぷうは血の風かなって思ってはいたけど、そうてんの創は?」
「きず」
「えっ?」
「
「…………刀太君、ひょっとしてけっこう前々から似たような技の名前みたいなのとかって、考えてたりしたんじゃないかな。こう、なんかすごい恰好良い感じのやつとかさ」
明らかに一瞬で出て来る技名というか、その複雑さではない気がする。だって素直に格好良い感じだし。絶対授業中のノートとかに、そういうのがびっしり書かれてたんじゃないかな。
思わず微笑ましいものを見る顔になってしまった僕に、刀太君は「そ、それより早くデザイン考えようぜ!」と話題を逸らす様が、ますます可愛く見えてしまった。
※ ※ ※
「おう、何か良いアイデアが出たって顔してんな」
「まーなー。九郎丸が良い仕事してくれた」
そう言われると照れてしまってまともに刀太君の姿を直視できなくなっちゃうから、出来ればそういうことは言わずに、戦って欲しいかなぁ……?
三日目の朝一番、甚兵衛さんと顔を合わせて早々にこんな会話が交わされた。刀太君の自信満々な言葉に「ほーぅ?」と、なんだか近所のお婆ちゃんが初々しい小学生のカップルにでも駄菓子を上げるときみたいな生温かい目を向けられてる気がするのは何なのかな……!?
「まぁそこはどうでも良いか。とりあえず一本くらい入れられるようになってくれっと、オジサンは嬉しいねぇ……」
「いや、その割には全然勝たせる感じじゃなかったしっ」
「でも、攻略法のヒントは出したぜ? ちゃんとその通りに準備してきてるか、楽しみにしておく」
距離をとり、断空剣を生成する甚兵衛さん。
彼を前に、刀太君は重力剣を左に持ち替え、右手を心臓に当てた。
また血風か? とニヤニヤ笑う甚兵衛さんに、刀太君は「ちげーよ」とちょっとわくわくした感じで言った。
「血装――――!」
「お?」
言った瞬間、いつかのように刀太君の胸元から、血と魔力が溢れかえる……、まるで僕が彼を殺した時のように。それが卵のように円形の幕で彼の周囲を覆う。鉄臭さとただならぬ雰囲気に、甚兵衛さんも訝し気な顔で一歩後退した。
「コイツは……」
やがて渦巻く血に、黒い刃が内側から生えて、切り払った。飛び散ったはずの血はすべてなびく形へと再形成され、刀太君の恰好は先ほどまでと大きく変化していた。
裏地が白と赤、漆黒の全身を覆うコートのようなもの。裾の部分は液体の名残かボロボロとしてるように見えて、首元にはフードのようなものが出来上がっている。足元もスニーカーじゃなくてブーツ、髪も血で湿気ったのか、少し跳ねが落ち着いていた。
胸元、傷痕から「×」のように伸びる、血の十字――――。
「――――
技名というかを名乗る刀太くん。うん、ネーミングは……実は僕なんだ!
刀太君が漢字を出して、デスなんとかにしたい……って言っていた。アーマーだとかコートだとかそういうのはしっくりこないって言ってうんうん唸っていたところ、だったらクラッドで良いんじゃない? って声をかけて、それだ! と。
……あまりにもテンションが上がりすぎて、やっぱり顔が近くて、どうしてかどぎまぎした。
甚兵衛さんは、そんな刀太君にニヤリと笑みを向けた。
「いい感じにハッタリ利いてるじゃねぇの。いいねぇ、ハンデしてるのがもったいなくなるじゃねぇの――――ん?」
刀太君がフードを被った次の瞬間、彼は甚兵衛さんの目の前に現れて、その腕を斬り飛ばしていた。宙を舞う右腕。右手に形成されていた断空剣が消え、オイオイ、と彼も冷や汗をかいていた。
無音で、当たり前のような動作で重力剣を彼の首元に添える刀太君。
「これでまず一本。……満足してくれました?」
「へっ、上等じゃねぇか!」
切られた右腕を「イレカエ」で寄せた甚兵衛さんは、刀太君の胴体を蹴り飛ばして距離をとり、接合。再び断空剣を右手に構えるけど、刀太君の速度の方が速い――――!
驚いた顔で背中に構え「鍔迫り合いをしながら」、甚兵衛さんはどうやら何をやっているか正体がわかったようだった。
「オイオイオイ、やっぱあの足場作る奴、ちょっと反則じゃね? 流石にハンデありでやるには、ちょっと大変だぞ」
わかりましたか、と得意げな刀太君は、僕の方をちらりと見て笑った。……なんでか顔が熱くなるのは置いておいて。つまり、刀太君は今、全身に纏った血のコートで血蹴板を発動しているようなものなのだ。
移動の基点は脚だけらしいけど(このあたり僕も聞きかじりだから、感覚的な話しか聞いていない)、その足の動きに合わせて全身が同時に、一気に、一瞬で動く――――つまり「移動」ではなく、それこそイレカエに負けないくらいの「転移」みたいな、異常な速度が出るという事らしい。
瞬動と違い初動らしい初動がなく、気が付いたら移動している……、しいて言えば踏み込みとかがない分、瞬間的な馬力が足りないくらいか。でも、気を使いこなしていない刀太君にとって、今できる精一杯の速度対策だ。
……防御だけじゃないと言ったのはそういうことで、血蹴板の応用らしいと言えば応用らしいけど。それにしたって、刀太君のそれは妙に完成度が高すぎる気がする。まるで最初から「完成形を想像していたみたいに」、それに合わせてピースをくみ上げてるような、ちょっとびっくりするような技の作り方だった。
「でも甚兵衛さんのハンデを前提にしなきゃ、こんな無茶やりませんって」
「それもそうか……よっと」
切り結びながら、甚兵衛さんは刀太君から距離を取ろうとする――――この間、不自然なほど「イレカエ」による距離の異常な跳躍をしていない。
「ま、察してるとは思うがな? これってば、剣で色々出来るよう『お遊び』をしまくってるせいで、本来のイレカエに気を遣う余裕がないんだわ。ただ――――」
「それ以上に甚兵衛さんの剣術がすげーってのは、十分知ってますよ」
甚兵衛さんの背後に回った刀太君に、負けじと「わきの下から」一瞬を狙いすまし、心臓を貫通した断空剣。
一本とり、とられ。再び距離を離した刀太君と甚兵衛さん。
「楽しそうだな…………」
外で見てる分には、始点と終点がわかるのでまだ相手をしてる本人よりはわかりやすい動きをしているだろう刀太君と。それでも見えないなりにしっかり対応して切り結ぶ甚兵衛さん。
結局その後、お昼までずっと楽しそうに戦っていて、なんだかこう、何とも言えないんだけど、僕は「むっ」とした感情を持て余していた。
※死天化壮時の恰好は、完現術後の胸十字がついたような感じで、天鎖斬月(知らないオッサンの若い頃)みたいなコートだと思うとイメージが付きやすいかなって思います