光る風を超えて   作:黒兎可

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今日はちょっと早めだから深夜の更新はないんじゃ、ゴメン!


ST18.楽園は青い鳥のようなもの

ST18.Paradise Is Nearby Mind

 

 

 

 

『いやぁ参った参った、ぎっくり腰ぎっくり腰。……不死者がそんなもんになるかって? いやまぁ俺はお前らより回復能力無えからな。流石に千年前みたいにゃ上手くはいかんさ。

 でもそれだけ速く動けりゃ、何とかなんだろ』

 

 あの後、甚兵衛はそう言うと、どこかから呼び出した杖を使って、色々と心配になる歩き方をして拠点に戻っていった。曰く「威力がある程度で充分だが、それ以上に速さがあれば一月クリアも夢じゃないだろう」とのことだ。

 要するに訓練の目的……というか意図するところとしては「威力のある武器で」「いかに高速に動くか」という双方の手段を得られるかどうかであったらしい。その観点でいえば私は合格点をもらえたということだ。

 

 

 

 もっとも、楽しいかどうかは別にする。

 能力を作ったときはそれはもうテンションが上がりに上がったが、訓練が明けて二週間前後の現在、デスマーチのように来る敵来る敵を斬って捨てて斬って捨ててを繰り返し続ける今はそれどころではない。心の波が削り取られて、段々と感性がやさぐれていく感覚を味わっていた。

 

「血風創天――――!」

『……ふむ? なるほど。「気」はないから、振り下ろす一瞬だけ重量を底上げしてるのか。五百倍にも満たないが、連続で叩き込むならそれが無難か』

「とは言ったって、全然お前振り回せないからやっぱりそれ所じゃないわな。それに…………数が多い!」

 

 黒棒と適当に話しながら私は血風を使い延々とバケモノ共を刈っている訳だが、九郎丸の補助なしだと、死天化壮(デスクラッド)併用とはいえ一撃で仕留めることは難しい。つまりは一度に何発か血風を叩き込む必要がある訳で、それでようやく脚やら切断したり胴体に傷をつけたりといったところなのだ。そりゃ、痛みにあえいだ敵が増援を呼ぶのを防ぐ手段もないし、下手に超高速移動できるものだから致命傷をもらうこともなく、デスマーチは終わらないでいた。

 いや確かに、これが本来予定していた使い方でもあるし趣味装備(オサレ)の満漢全席で特に文句もないと言えばないのだが、いかんせん初陣以降の場としては悲しいものがあった……。いや、修行だと割り切れば悪くはないのだが、刃禅(オサレ)の時間すら取れないのは個人的に悲しいものがある。

 

 九郎丸がいればまだ一時的に引き受けてもらったり、一緒に逃げる隙を作ったりもできるのだが、現在は私一人で対応中だ。九郎丸は九郎丸で、一昨日から現在、別途口頭で色々教わっているらしい。というのも、どうにも私にばかり気を張りすぎていて自分の訓練というか、見稽古について疎かになっていたとか。

 ……確かに原作からして九郎丸そういう所あるが、お陰でクリアできたような立場の者としては何も言うことができない。お前主人公の事大好きかよぅ!?(信者) 悪いけど頑張ってくれ、と頭を下げた私に、大丈夫! と両手をガッツポーズみたいにしてやる気満々の姿は、何とも言えない可愛らしさがあって頭が痛かった。

 

『だが悪くはないんじゃないか? こうして極限状態に君自身を追い込むことで、自動的に「気」の訓練にもなる。期間を短縮している訳だな、意図せず』

「まー確かにデスクラってば、維持するのだけなら全然リスクねーけど、これに振り回される中の肉体はかなり疲れるしな……、かれこれ八時間くらいはずっと出しっぱなしだし」

『六時間だ』

「こ、細けぇことは良いんだよ! っていうか黒棒、お前なんで九郎丸相手にしゃべらないんだ? そしたら色々と話が簡単って言うか、省略できそーなもんなのに。お前視点も交えてデザイン作るのに、わざわざ九郎丸に頼んで一人きりの時間つくらなきゃならなかったし」

『まあ一応「そういう制約」自体はあるのだが……、しいて言えば、突然しゃべったときに見られる女の子の驚いたリアクションや顔は、良い物だ』

「趣味じゃねーか!?」

『趣味だが何か!』

「いや趣味は大事だけどさぁ……」

『やはり良いセンスをしているな、そういう所は嫌いじゃない』

「そりゃ、どーも! オラッ!」

 

 血風を左手――――あの後アザラシなんだかドラゴンなんだか得体の知れない連中を刈ってる途中で戻った――――で雑に投げて牽制し、ひるんだ隙に血風創天を数発叩き込んで後退。もはや一種のマシーンにでもなったような心境だった。

 しかし黒棒、やっぱり作り手と考え方が完全に一緒の思考回路をしているらしい。それでも嫌がらせのレベルがあそこまでではないように見えるのは、黒棒自身が当のクウネル(なにがし)に散々いじめられ続けた反面教師か。まぁ感じ入ってた気もするがそれは思い出さなかったことにして……。

 

 と、唐突に炎が私の周囲一帯を焼き払う。「刀太君!」と名前を呼んで降りてくるのは、ご存じ相棒な九郎丸ちゃんくんである(最近くんちゃんかもしれないと怪しく思い始めているが)。見たところ私のような明確なパワーアップはないようだが……。

 何を教わってきたんだと聞けば、ちょっとねと苦笑いする九郎丸。

 

「少なくともすぐにどうこう出来る感じじゃなかったかな。でも、方向性については相談出来たって言うか……。

 あっ! その、別に刀太君が頼りないから相談できなかったとかそういうことじゃなくって! 純粋に不死者としての先輩の慧眼みたいなものがあったっていうか!」

「いや何のフォローだよ、別に気にしなくても――――!」

 

 話しながら黒棒を頭上で一回転させ、血の円を描く。そしてそこを起点に巨大な血風を展開し、後方に放り投げた。それで隠れてこちらの隙を伺ってた「蜘蛛の子供」らを蹴散らし、九郎丸の首根っこを掴んで引っ張る。

 

「な、なんか随分、使い慣れたね……! 僕、そういうのいいと思う!」

「そうかよ! 九郎丸もやっぱいると安心感が違うから、ちょっと遊べるってのはあるけどな!」

「え!? そ、それは……、うん、ありがとう!」

 

 

 

 そうこう話しながら期間ギリギリな二十八日目。いい加減、逆に魔物がどこにいるか見つからなくなり家探しし始めたころ「流石にこれはレギュレーション違反だわな、逃げる奴相手に可哀相か」とか言って「イレカエ」で、地面の底に隠れてたモグラのような魔物を引きずり出した甚兵衛の助けもあったりしたが。無事一月以内で妖魔共の退治は終わった。

 …………ちなみに訓練以降のデスマーチによる期間の睡眠時間は、総合で7時間弱である。九郎丸はピンピンしているがおそらく私は今ものすごい顔をしているはずだ。睡眠不足は変なミスの温床になるから、出来ればもう二度とこういうことはしたくないのだが……。

 

 

「いや、お疲れさん! このモグラもどき美味いから食っとけ食っとけ。味はウニを砂糖で煮っころがした感じだが、意外と――――」

「いやー、その……、そろそろ地上の飯が食べたいっスわ」「僕も……」

「おっと、そりゃそうか。さて……、よっと」

 

 言いながら甚兵衛が、イレカエを連発する。私と九郎丸を伴って延々と転移を繰り返した先は、石造りの階段と、その先にあるレンガ造りの塔のような何か。上は何かで厳重に封印が施されているのか、わずかな光こそ見えるが「空気が流動していない」ことがなんとなくわかってしまう。

 これはアレだな、原作であった井戸の底がこういう構造をしているのか……?

 

「本来なら一通り終わった後、この出口探すのとか、出口からこの垂直な壁を上っていくの含めて最後の試験なんだが……、お前さんやっぱそれ反則だわな」

「押忍!」

「褒めてる訳じゃねぇんだが……、はは」

 

 黒棒を片手に、既に足場には血蹴板(スレッチ・ブレッシ)を形成している私である。今回は完全にサーフボード的なイメージでだ。いい加減使い慣れてきた。九郎丸を本人の了承なく適当に肩担ぎ(お米様抱っこ)し、頭を下げてから急上昇。

 

「と、ととと刀太君! 僕、自分でいけるから!」

「固いこと言うなってー。って、ならアレだな? あの天井というか壊すのはお前に任せるわー」

「わ、わかった! えっと…………、斬鉄閃!」 

 

 言いながら牙〇零式(ゼロスタイル)みたいな構えをした九郎丸は、そのまま予想通りの動きで刀を突きだした。と、その衝撃に合わさり、見えない波動的な何かが回転しながら打ち出される――――激突! しかし何かしら結界でも張られているのか、蓋はびくともしない。

 一度空中で停止したあと、二人そろって蓋を触る。……どう考えても木造りだった。こんこんと叩いた感じでも、只の木の板でしかない。

 

「何だろう……? 刀太君、血風(けっぷう)でやってみて?」

「おう。えっと……、こんくらいで行けるか?」

 

 黒棒で小さく円を描き、底を起点に小さな血風を発生させて上に投げる――――結果として、只の血文字のような「卍」が描かれただけだった。ダイイングメッセージか何か?

 どうやら魔力やら気やらは分解する性質でもあるのだろうか……、考えれば甚兵衛がここまで連れて来ておいて、一足先に上に登らない時点で察するべきだったかもしれない。何かしらそういった力を封じる効果があるのだろう。そうでもなければ「金星由来の」魔物どもが地上に徘徊しかねないか。

 だがまぁ、結論は簡単だ。要は物理で破壊すれば良いというだけ。このあたりは原作通りだが……、いや?

 

「黒棒使えないか? これ、下手すると重力魔法無効化されて真っ逆さまに……」

「こ、怖いこと言わないでよ刀太君!」

 

『――――問題はないな、私の魔法はあくまで剣の内部で完結しているから、外界の影響は受けないぞ』

 

 ひぃ!? と幽霊でも見たような声を上げる九郎丸には悪いが、私は苦笑いしながら「そうかい」と、黒棒片手に天井を斬りつけた。…………、全然切れなかった。へ? いや、切れ味悪ぅ!? 思わず二度見したが、よく見れば刀身に私の血がいくらか付着していた。いや、これまさかとは思うが血風の使い過ぎで武器としてメンテナンスしてなかったせいで錆びたのか……? 魔法的な効果か何かでそういうのとは無縁だと勝手に思っていたのだが。

 

「ええぃ、なにくそ!」

 

 がん! がん! と。八つ当たりのようにぶん殴り続けた私だったが、苦笑いした九郎丸が「僕がやるね」と、刀で何分割かして終わってしまった。……そりゃ気を纏わせなければ、十分普通の刀だったなソレは……。

 上からさす久々の太陽光に一瞬目が焼かれる私たちだったが、血蹴板でぬぅ、と様子を伺いながら上昇する。井戸を出て九郎丸を下ろした時点で、和服の女の子たちがこちらを涙目で見ているのに気づいた。

 

「あー、確かこれって原さk――――」

 

 

 

 原作だとどういうシーンだったかと思い出すよりも圧倒的な速度で、私は横から突撃してきた何者かに捉えられ、締められ、転がされた。意識の外をつかれすぎたせいで、思わず黒棒を転がしてしまう。すまぬ相棒! でもいや、その……、こう言うと非常に誤解を招きかねないのだが、服装こそ違うものの顔面の下を覆う柔らかさと匂いで誰か察した。

 きゃあああ! とさっきの浴衣姿のちびっ子たちの黄色い声があがる、と、私の頭上からさも今気づいたような労いの声が聞こえた。

 

「あっ、貴女もいましたか九郎丸。無事でよかったです」

「いや、刀太君に何をいきなり、何やっちゃってるんですか!?」

 

 夏凜である。圧倒的に夏凜ちゃんさんである。

 いや一月ぶりの夏凜であったが、距離感というか行動に一切の躊躇いなくこちらを確保しに来るこれはアレか、餌の小動物を前にした捕食者か何かで? 原作を知る身としては怖い以外の何物でもないのだが……。

 九郎丸が慌てて黒棒を拾ってくるのに合わせ、すっと表側ではなく私を正面に向けて後ろから抱きしめる形に。……その、何というか久方ぶりの再会で思う所がないわけでもないのだが、出会いがしら早々に私のメンタルにダイレクトアタックかますの止めてもらえないだろうか。こちとら悶々とする暇もない一月だった訳で、おまけに睡眠不足であるため普段より理性のタガが外れているのだが?(威圧)

 

「雪姫様が言ったこととはいえ、本当に二人で一月終えてしまうとは……。頑張りましたね」

 

 そう言って九郎丸に微笑む夏凜であったが、言いながら私の頭撫でるの止めて! 止めてよぅ!(逡巡)

 

「あ! はい、それはもう……ってそれはそうと、いきなりぶつかってきたら危ないじゃないですか! っというか刀太君を離してあげて……」

「いえ、そうもいかないでしょう。見れば随分と疲労の色が濃い。不死者的にも貴女よりまだまだ後輩なのです、いつ気絶してもおかしくないコンディションでしょう。早々に寝かせて上げるのが良いかしらって思って」

「寝かせるって……! ちょ、そういうのは良くないと思います!」

「……何が? いえ、何を想像したのかちょっとお姉さんに話してみなさい。大丈夫、貴女が多少むっつりでもそういうのは需要が――――」

「何の話ですか!」

 

 言いながら九郎丸が私の腕を引き、夏凜は特に姿勢を変える様子が見られない。ちびっ子たちから「これってアレだよね」「しゅらば!」「どっちも頑張れー!」「かりん様あんな顔するんだ……」とか色々聞こえた気がするが、生憎と確かに夏凜の言う通りであって、実際こう緊張の糸でも切れたのか、私の意識はぐらんぐらん不安定となっていた。

 

 と、そんなところで頭の横で、私にささやく夏凜。

 

「…………がまん、しなくて良いのよ?」

 

 ――――色々な感情やら何やらが同時にわっ! と押し寄せ、私は言葉通りに我慢せず意識を手放した。

 オヤスミ!(気絶)

 

 

 

   ※  ※  ※

 

 

 

「あー …………、色々と見逃しすぎて何かガバがないか気が気でない……」

 

 結局、私の意識が回復したのは深夜を過ぎていた。旅館は既に本日の運営終了状態。見れば服はしばらくぶりに浴衣に着替えさせられており(着付けがしっかりしてるので九郎丸か誰かか?)、それはそうと全身なんとなく気持ち悪かったので温泉へ向かった。

 場所は本館か別館か分からないが、どうもお客様フロアであるらしかった。九郎丸の姿は見えなかったが、不思議と違和感や恐怖心はない。要はそれだけ私自身に、精神的な余裕が出来たということだろう。その場に置いてあった黒棒を「血装」で作った紐で結いつけ背負った。

 清掃中と書かれた看板を開けると、夏凜が更衣室ではたきを使ってるのに出くわすも「今なら誰もいないので『無理もしないで』いいですから」とか言われてしまった。……やはり夏凜相手に素を出してしまったのは特大ガバの一つかもしれない。明らかにこちらを気遣う視線は、どう見ても刀太に嫉妬して斬りかかるCPL(クレイジーサイコレズ)のそれですらなかった。

 気のせいでなければ、終盤の夏凜すら想起させる、普通の女の子の顔である。

 

「結局あの後、何が起こったのだろうか。……おそらく合格はしたのだろうが、一空もパイセンも見かけなかったし。甚兵衛はきっと出てきたのだろうが、さて……。

 黒棒の手入れ問題もあるし、中々順調とは行かな――――」

 

「――――失礼するわ」

 

 がらがらと風呂の戸が横にひかれ、現れたのはいつかのように当然のように夏凜だった。……いや、さっき遭遇した段階でそういうのしてくるかとは予想もしていないではなかったが、ホントお前一体どうしたんだってばよ(情緒破壊)。もっとも今回はバスタオルを体に巻いているだけ、当時より正気と見るべきか。

 

「………… 一応、男湯っすよね。いや、あれ? 時間制でしたっけココ」

「大丈夫よ。結界張ったから電子機器の類も問題ないし、どちらにせよこの時間はそもそも誰もいないはずだから」

 

 やっぱり正気じゃない念の入れようだった。お前ホント、お前何なんだお前!?

 背中くらい流すわ、と言われる彼女に促され(というか逃げられる気もせず)、腰にタオルを巻いて上がる私だった。

 

 椅子に座った後、石鹸スポンジで私の背中をいたわるように撫でる夏凜。

 

「まぁ、とりあえずお疲れ様……、お帰りなさいの方が良いかしら?」

「距離感おかしくないっスかね? 距離感。夏凜ちゃんさん、まだ菊千代名乗ってた時のアレ引きずってます?」

「引きずっていないと言えば嘘になるけど、貴方個人に嘘がないことは判ってるつもりですので。それに…………、少し『素の貴方』とも話しておきたかったから」

「…………」

 

 どう反応したものかと思い、私は言葉が出なかった。それを特に不快に思ってもいないのだろう、少しだけ微笑んだような息遣いが聞こえる。

 

「……別に、踏み込もうとは思わないわ? それは刀太、貴方の問題なのでしょうから。貴方のことを何も知らない私が、それを聞くカギをもっているわけもないです。

 話さない理由を聞いてもどういった事情なのか、さっぱり見当がつかないけれども。だからこそ、それを話さない貴方をどうすれば、もっと心の底から無邪気に笑えるようにしてあげられるのか、私にもわからないから」

「…………私は……」

「だから、任せます。貴方がもし一人で抱えきれなかった時に、それを少しでも話してくれる、頼ってくれるのであったら、私は嬉しく思うから。あれだけ貴方に変なことを言った私であるなら、なおさら。

 まぁ、それがたとえ感情を肉体的にぶつける手段であったのだとしても、えっと、その……、相談次第で受け入れなくもないというか、まぁ、そんな感じだもの」

 

 ……そんな言い回しどこかで聞いた覚えがあるのだが。私の背中を洗いながら、夏凜はしれっと告げる。

 

「(……49、50、ヨシっ!)結局、まだえっちな相談はされていませんし」

「茶化すの下手かアンタ!?」

 

 途中までのシリアスな空気どこに飛んだ!? いや、夏凜の不気味だったスタンスがある程度明らかになったまでは良い。要はちゃんと、お姉ちゃんしようとしてくれる立場に回ったというところだろう。夏凜はCPLでも反省できるCPLだった訳だ、そのあたりは命を狙われる可能性が減るので色々と助かる。

 だからこそ最後のそれはいただけない。無効試合だから話自体がそもそも流れたろアンタ!?

 

 思わず素のまま叫んだ私に、くすくすとからかう様に笑う夏凜。いくら何でも心臓に悪い話だぞそれは……。

 

「いえ、あの勝負自体は私の負けだと思ってますもの。結局雪姫様たちが来てタイムアップでしたし」

「そもそも何でも言うことを聞くという条件自体、私が受けた覚えがないのだが…………。それ以前にタイムアップなら引き分けだろうに」

「そこはハンデのつもりですが、何なら覚えておいてくれれば結構かしら」

「……あまりそういうことを言われると、私も男なので色々と困るのだが」

 

 あら? と背中に湯をかけながら。私の困った様子を見て、夏凜は背後で突然タオルを取って――――いや待て、貴様何をやらかそうとしているっ。そのまま彼女は私を抱き寄せ、耳元で。

 

 

 

「何ならその時は、私が責任をとってあげても良いけれど?」

 

 

 

 ……………………………………。

 は?

 

「なんて、冗談です」

 

 くすくすと、一瞬何か私のメンタルが崩壊しかねない現象が起こった気がしたが、きっと気のせいだろう。思わず振り返った私に、特に胸元とか隠すこともない夏凜。気遣って足元に落ちたタオルを向けながら顔を逸らすが「今更じゃない」などとちょっと何言ってるか分からない。夏凜が何言ってるかわからないし、私もちょっと何言ってるか分からないが、流石にそろそろ看過できないレベルに入ってきてるのではないだろうかこれは。

 

「まぁ今日はこのくらいにしてあげましょう。……今度は刀太が私の背中を洗ってください」

「へいへい……」

「ちゃんと50回、ごしごしするんですよ」

「へいへい……」

 

 既に色々と情緒が破壊されている私であったがためにイエスマン状態、諦観と流されにより言われるがままに彼女が使ってたスポンジでその綺麗な背中をごしごしとする。考えたら旅館に泊まった時以来なので、これはこれで懐かしいような気がするし、そうでもないような気もするし……。

 

「思えば遠くまで来たものだ」

 

 何が恐ろしいかと言えば未だ原作二巻の半ばに過ぎない点であり。ビリヤードから派生するこれから先のことを想像しようとして、何もかもが見えるような視えないような重い気持ちが私の背中にのしかかる。深いため息をついてしまった私を、夏凜が大丈夫かと気遣った。

 

 

 

 

 

(???「自分から外堀を埋めていく趣味でもあるのかねぇこの子は。まぁ50回背中洗うのにどういう意味があるかとか全然忘れてるんだろうけど」)

 

 

 

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