ST195.Who Are You?
はっきり言って神は死んだ(断言)。
そうとしか思えない程に私の精神はぐらぐらと揺さぶられ引き裂かれそうであり、これを止める術はおそらくない。わかっていた。わかっていたはずだった。だが実際に「自らの手で」それを為した時に受けるストレスの規模と言うのが、想像の埒外に堪えていた。
夏凜とのあれこれを師匠に思い知らされたのとは違う。アレはまあ、色々紆余曲折あったとはいえ最終的に夏凜と私の間とである程度の決着が見込める話ではある、はずだ。それは少なくとも「私」と彼女との関係で、明確に区切ることが出来る。
だが今回は…………、既にお師匠の手によって「時間切れだよ」とキティちゃんとは違う時間軸に送られてしまった以上、私に出来ることは無い。そもそも初めから私が「私」であって彼女の近衛刀太でない以上はどうしようもないことであって。その再会を、彼女の愛する刀太との再会をギリギリで阻止したことは。私の本意「だけではなかった」とはいえ意図的に妨害し、分断し、ああも傷ついた背中を見せられた側としては、欠片も笑うことが出来ないのだ。原作的には9巻冒頭から逸脱していないとは言え、それはそれこれはこれである。私の分身で時間をかせぎ、例の特典たるお師匠からの本を読ませて一眠りし、八つ当たりを受けた末に上り、今に至ったのだ。徐々に徐々に蓄積された罪悪感は、心と体に悪い。
血装を解除し、黒棒を
というか「
我ながら何ともヘタレ極まりないと鼻で笑ってしまう。そして深いため息をついてしまう。星月に声をかければ何となく慰めてくれそうな気もしているが、ただそれをするには色々と今の私は罪深く、必要悪というには主体性がなさすぎた。
「あまり落ち込むもんじゃないよ、トータ。必要なことを必要な形で成したのだから、クヨクヨ悩む話でもない」
そして当たり前のようにデラックスサイズなモードのお師匠が現れ、コーヒーを私とメイリンの手前に置いた。カップやらスプーンやらティーセット一式が非常にオシャレで、しかし注がれるコーヒーはなんとなくアメリカンな薄い風味。酸味を感じる香りはなんとなくブラジルっぽいが、砂糖だけ溶かして一口飲むと味が判らなかった。どうやらだいぶ、ストレスでやられているらしい。
非難を視線に込めようにも、事実上共犯であり「原作を思えば」主犯である以上、その資格もない。大人しくコーヒーを飲みながら、酸素を吸って二酸化炭素を吐きだす作業にだけ意識を向ける。
……呼吸に意識を向けすぎて、逆に自律神経でも狂ったのか息がしづらくなり、むせた。
あー、いやー、とメイリンがこちらの背後に回って背中をさすってくるのがありがたい。ありがたいが、お礼の言葉も出てこないくらいには声がかれており、つまりは「心が病んでいた」。
どうしようもない。少なくとも嗚呼、今の状況で私が何をするか、できるかなんてことすら考えるのすら億劫で――――。
「――そんなに辛いというのなら、
「いや本来の時系列基準で考えてガバ以前の問題だろ何考えてんだアンタ(戒め)」
それはそうとお師匠の危険な発言で我に返った。冷や水を浴びせられる所の騒ぎでは無かったのだ仕方ないね救いはないね(無常)。変わり身の早さにメイリンが「や!?」と変な声で困惑してるが、こればっかりは仕方ない。いくら夏凜に甘やかされたいという欲が脳裏でちらついても、原作基準で考えて危険極まりないことは、これ以上慎まないといけない。
どうせ何やったって慎めるわけないのだから、自覚的に少しでも慎んだ方が多少マシだろの精神である(自棄)。
『本当は大河内アキラの方が良いとか思ってるくせに』
星月、シャラップ。
大河内さんボイスでのそれは色々とグサリとくる。
とりあえずもう一口だけコーヒーを飲んでお師匠の方を見ると、やれやれという風に肩をすくめられる。ちょっとオーバーな動きだが、ある意味でデフォルメされたようなお師匠のその大柄な体躯には合っていた。
「で、結局どうなったんスかね。キティちゃんは」
「安心おし。あっちのアタシが色々あることないこと言ってどうにかして、アンタの知る通りの流れに乗ったさ。時系列の分岐も最小限に留められたし、まあ結果オーライと言えるんじゃないかい?
そこのメイリンなんかと違って」
「あー、いやー、……」
困ったように身を縮めるメイリン。ちなみに現在の恰好は何故か
お師匠いわく「元々着用していた服」ということらしい。まあ似合っていると言えば似合っているのだが、一応は超の知り合いということでこそのチョイスなのだろうか。もしくは描写されていないだけで「ネギま!」での超包子の中にお前さん、店員として活動していた可能性が微レ存……? その理屈だとタイムマシンで置き去りにされてそうだし、違うのだろうが。
「そういえば、メイリンって一体何をやらかしたのだろうか。本人から『世界が滅亡した歴史を作った』から全裸で投棄されたとは聞いたが」
「――――――――ッ!」
「何いっちょ前に恥じらってるのかねぇこの小娘は。いわゆる年頃らしい生活なんて三年ちょっとくらいしかしていないだろうに。
何をしたかと言えば、言葉通りだよ。アンタも『そのうち察する』から直接言及しやしないがね。日本の歴史で例えれば信長、秀吉、家康が国ごと戦国時代からばっさり消え去った上に『時間軸の欠損を補填しない』なら何が起こるか、みたいな話かねぇ。タイムパトロール総出で事に当たるレベルだろうさ」
「そりゃ…………、歴史壊れますわ(震え声)」
正直、想像だにできない仮定の話を放り投げられても困るのだが、そこのところどうお考えなのでしょうかね(震え声)。
「まあとにかく、事故とは言えご苦労様だ。この後アンタは元いた時間軸に帰してやれば良いが、このメイリンはまだ『賠償』の方法すら決めかねてるし、何にせよそのための労働が待っているからね。
そのうち会えるだろうし『もう会ってる』かもしれないが、別れの挨拶くらいはさせてやるよ」
「何ですかね、その不穏な発言? こうまるで、これから殺処分される野生化したペットに向けるみたいな物言い…………」
「そりゃ、当たらずも遠からずだからねぇ」
はい?
聞き返す私に、メイリンは寂し気に微笑み、師匠は何と言うことも無いように腕を組んで続ける。
「当たり前だろう。この子がやらかしたのは、いわゆる縦軸一本の崩壊だけじゃない。横軸から飛んだ先で縦軸を滅ぼした以上、それは中間にある全部の横軸の世界線にも波及する。
水面に大きな石をドボン! と投げたようなものさ。波紋は広がり、その悪影響はアンタの知るところのガバの温床になっていくだろう。それこそ――――特に何かしたわけでもないのに、本来の歴史における近衛刀太が『始まりの魔法使い』ヨルダ=バオトに敗北する歴史が生まれるように」
「…………」
「どれほど重大なことをやらかしたか、わかったね。つまりこのメイリンとか言ってるこの子は、これからそれらに波及した全てに干渉する必要が出てくる。そうである以上、そんなことが出来る存在はもう、ただの生物の枠に置いて良いものではない。波及に干渉するためには『全ての軸の存在』を束ねる必要があるからね。アンタが見た近衛刀太や雪姫の邂逅が、歴史における収束と言う形であったように。
アタシほど規格外とは言わないが――――どこにでも居てどこにも居ない、すべての横軸と縦軸に存在『しうる』が、同時に全ての軸に存在『できない』、そういった存在になってもらう」
「SF極まりすぎて何言ってるかわからないっス(素直)」
思わず呆けた顔で問い返してしまった。お師匠が「やれやれ」と頭を左右に振り、メイリンはくすくすと笑う。
えーっと、つまり…………、
「今のメイリンには、もう会えないということか?」
「アンタの歴史にいるこの小娘はそのままだろうが、将来的に今ここにいる小娘になる以上は、そう解釈しても構わないさ」
それは何と言うか……。いや、やらかしたことがやらかしたことだし、私がとやかく言えるような権限も何もないのだから、正直出来ることは無いのだが。だからといって知り合いの未来の姿らしい彼女に「君の人格、消えるよ……」みたいにトリプルカウ〇ターめいたことを突き付けられて、何がどうしてどうなったという話なのだが。下手するとそれこそ、超以上に刑が重すぎるのではなかろうが。
思わずメイリンを見て「第四の目」を起動しようとする。しかし師匠の近くにいるせいかメイリンの思考も靄に包まれ、こちらからは観測することが出来ない。
と、師匠から注意される。
「野暮なことは止めてやりな。せっかくの別れ際にそんな情緒もへったくれも無く思考を直球ダイレクトに読まれたらたまったもんじゃないだろうさ」
「いや……、まあ確かに
「アンタも言いたいことがあるなら、とっとと言えば良いのさ。ここで本名を言っても良いし、そうでなくても良いよ、どうせ大した影響はないさ」
「あっ…‥、いや、はい…………」
メイリンはそう言って立ち上がり、椅子に座る私の手を引く。つられて立ち上がった私を見るメイリンは、寂し気に微笑んだまま、私の両手をとる。
「えっと……、今の先輩からすると私はどういう扱いのころなのか分からないけど、さ。それでもたぶん私が私として、私
「お、おう……?」
「――――ありがとう。先輩と出会えたお陰で、私はき
「…………」
そう言われるだけの何かを、将来の私は彼女にしたということなのだろうか。今の時点での私たちの関係は、そこまでのまっすぐな感謝を向けられるほどのものではないはずだ。
困惑が勝る私に、わかってたとばかりにくすくすニコニコ笑うメイリン。ふと、そのニコニコ笑いに見覚えがあるような気がしたが、そのデジャビュの正体に私が行きつくより先に彼女は私の額を人差し指で小突く。
「いいよ。でも、少しでもまだ知らないにしたって、私のことを想ってくれるなら。……私が消えるかもしれないってことに、少しでも違和感を感じて、ものを言いたいような気持ちが少しでもあってくれるなら、それでいいよ、ね。
私だって素直に溶けて消えるつもりはないし、そこはタローマティも了承してくれてるから。だから……、少しだけ力を借りるよ」
はい? と。彼女がそう言った瞬間、空がいきなり紫のような、青のような夜空となり、玉虫色に星々の輝きが照る。同時に椅子とテーブルもどこかへと消え、私とメイリンは輝く魔法陣の中にいた。
あまりにいきなり景色が切り替わったせいで反応できない私だが、視界の端でお師匠が両目をお手々で塞いでいるので間違いなくあちらの仕込みだろう。またアレか? 目の錯覚を応用したか何かで物理現象を超越なさりましたかね(震え声)。
そして緊張から身体が固まり、いざ血装でもするかしないかというところにいた私に、メイリンがそっと近づき。
こちらの両肩をもって、倒れ込むように。
「――――コード[9784063955637]、呪紋回路・起動。『ラスト・テイル・マイ・マジック・スキル・マギステル』」
「はっ――――?」
何だその始動キーは、と問い詰めるよりも先に、その唇が私の唇に触れ、魔法陣が輝いた。
瞬間、メイリンの全身から黒い帯のような魔力が走る。一目で理解する、その正体は嗚呼、「金星の黒」の魔力の渦! 闇き夜の型、とも呼ばれるそのオーラが彼女の全身を覆うと同時にこちらと魔力の綱引きを始め、それは数秒と持たずに三つのイメージに集約される。
一つは「スポーティな中華服に鉄扇を持った」誰か。
一つは「雑技団めいた中華服に蒸籠を複数かかえ肉まんを咥えた」誰か。
一つは「笹なのか竹なのか分からない物体を持ち一息ついてるパンダのような」デフォルメされた誰か。
……いや最後ちょっと待て。いや、最後どころか全部待て。
ツッコミだけが頭の中で延々とループする中、私から唇をはなした彼女は、それら3つのカードが1枚のカードに変化するのを待ち。同様に増えた2枚のカード。描かれているのはスリットの大胆なチャイナドレスに扇子を構え、得意げな顔をした、具体的に言うと
問題はそう、刻まれている名前だ。そのカードに書かれていた名前は――――
「
――CHAO LINSIEN――
「ちゃお、…………りん、しぇん……?」
ちょっとだけ「何、だと?」みたいなイントネーションに寄ってしまったが、再び分岐し周囲を回る三枚から引き抜いた一枚に従って、彼女の衣装が変化する。
二十代の女性らしさを残したまま、赤い、へそだし風の中華チックな格闘家っぽい、ミニスカの服。
腰には畳まれた鉄扇が二つ下がり、その場でくるくる回る彼女の髪は自動的に三つ編みに編まれ。
どこからか飛んできた布と網止めとリボンが、非常に見覚えのある、見覚えしかないシニョンを形作り。
いつの間にか復活していただろう呪紋回路が光を失い、目立たない形となり、それでいて彼女の頬は生気を取り戻して上気する。そう、さながら漫符で言えば赤いほっぺを示すような楕円形の何かが、目の下の頬に浮かぶように。
ビシッ! と動きを止めた彼女は、さながらミュージカルの主演女優のように左手を胸に当て、一度お辞儀をし。
「じゃあ、行ってきます。――――頑張て来る
彼女は、そう、メイリンを名乗っていた彼女は、心配するなとサムズアップをして、その場から駆け出し。
気が付けば視界の光景は、さきほどメイリンと話していたテラスに戻っており。色々と情報過多によって頭がパンクした私は、その場にぺたりと女の子みたいに座り込んだ。
「ば、ばば――――」
言葉が途切れ途切れに出て来るが、それでも全力で叫ばざるをえなかった。私の、おそらく「全人格」が声をそろえて叫んだような、そんな妙な一体感を感じられた。
「――――
『何でカリオスト□……?』
動揺のあまり何を口走ったかわからないが、星月が大河内さんボイスで困惑していたのは確かだ。だが正直それどころではないので、私もリアクションをとれない。
あぁ確かにそれなら納得がいくとも。近衛刀太と従兄妹レベルの血縁であるだろうし、ネギぼーずの血を引いているだろうし、お師匠の修行の片手間に何か研究してても不思議はないだろうし、そもそも未来からお師匠の元まで独力でたどり着いても不思議はないだろうし、「世界を滅ぼした」罪でお師匠が捕まえて折檻するだろうし、そんな時空を超越した誰かになってしまったというのなら確かに将来的にUQホルダーに勧誘されていても不思議はないだろうがなァ! そういう問題じゃないんですよね、時系列的には私に馴れ馴れしかった頃よりは過去の姿なのだろうが、お前さん本当は
というか、え? そもそもそんな話って原作にないだろ? なのに何で出て来た? 生えて来た? えっ? これもガバ? ガバにしては特大の大針過ぎませんかね? えっ? えっ? キティちゃんで鬱屈しながらもガバをギリギリ回避できたと思ったらこれですか。人生終わってんな(震え声)。
大混乱している私に対して、背後からお師匠が「少しは落ち着いて対処できないもんかねぇ、それだから小僧なんだよ」とか言いつつ、一言。
「まぁ安心しな。あの子の
「――――――――」
「ダメだねこりゃ。意識がぶっ飛んでる」
流石に今日は、ね。キティちゃんに続いてこれは、ちょっと、ね…………。
燃え尽きたよ、真っ白に。
そうか、お前さん前に視た時に「バレてないよね」的なことを考えてたのは、そういうことか。…………わっかるかいそんなモンッ!?