ST210.If Only You Are...
「……悪いな、九郎丸。結局最後の最後で、大して遊んだ感じにならなくって」
「ううん! あれはあれで、貴重な体験だったと思うよ。僕も参考になったし」
「参考…………?」
私の謝罪に対し、九郎丸は「気にしないで」とばかりにニコニコとしている。その顔をなんとなく直視できず、気恥ずかしさとも罪悪感ともつかない感情を抱えながら私たちは軌道エレベータ―出口のゲートをくぐって、外に出た。いわゆるビジネス街ではなくショッピングモールやら、運営事務所やらが並ぶ近未来的な建物が、一部エレベーターから伸びる有機的な線を描く
そんな巨大な木の根のような足元の街中で、私はその隙間から差し込む夕日に目を細くしていた。流石にこの時間帯になってくると、人が多い。そろそろ私もカトラスの方に行かないといい加減拗ねられているので(メッセージアプリに「遅い、死ね」の文字が躍る)、行かねばなるまい。後、なんとなく授業参観に行くようなノリである。本人に言ったらキレそうなので言わないが、出来たお兄ちゃんとしてはあまり無茶をやらかさないよう見守ってやらねばなるまい。……血のつながりが従兄妹程度だとかそんな話は聞かなかったことにするとして(震え声)。
「参考って、何を参考にするところがあったんだ? いや、終始お母さんがフェイトのヤローを振り回してるだけだった感じがするっつーか」
「そこは、あんまり参考に出来なかったかなぁ……。どっちかというと、夏凜先輩が刀太君ときゃっきゃうふふしてるのに近い感じがしたし」
「おっと藪蛇だったか!?」
「な、何が藪蛇なのかな……? って、大丈夫!? いきなり震え出してるけど…‥‥」
脳裏に満面の笑みの夏凜の姿を思い描き、例の人格崩壊プロポーズやら色々と年貢の納め時の可能性と夏凜関係のイベントチャート完全崩壊五秒前(遅い)である事実を一瞬で想起させられ震える私に、慌てて背中を撫でて来る九郎丸。いやさ、別に夏凜は面倒くさい(語弊)だけで嫌いでもないし世話になりっぱなしなので何も言うことができない話ではあるが、相応に時間をかけて関係が進展していくことを前提としているのだ。
おまけにそれは夏凜一人と言う訳でもないし、しいて言えば「何がトリガーとなって」どういった現象が引き起こされるかすら定かではない。
フェイトですら何かよくわからないがお母さんと結婚してるようなこの魔境の現世、夏凜ルート成立と同時に雪姫やら九郎丸やらが闇落ちして敵側に回るか洗脳されるか、といった現象が発生しても何ら不思議はないのだ。当然、誰か一人だけに肩入れし続ける訳にもいかない話であり、なんなら恋愛感情を構築するための精神性がそもそも原作刀太と「私」とでは異なっているのだ。色々自分に言い聞かせて距離感を変えていくにしても、エヴァちゃんに対するそれのように限界というものがある。
具体的に言うと、もうちょっとお時間をください(震え声)。一人一人の対処についてもどうするべきか、少なくとも8カ月はあるのだから考えさせて欲しい。いかに原作刀太的な言動を最低限踏襲していたとしても、私の演技力にだって限界があるのだ。自分で自分の心理をどこに持っていくか、という置き方を決めるにも、どうしても時間がかかる。
流石にこんな不誠実極まりない話を彼女にする訳にもいかず、そしてますます原作時空から離れていくかのごときこの世界線での原作未登場系の情報公開レベルよ。話としては納得させられるところもあるような部分もあるし、フェイトと近衛野乃香が結婚している下りについては「今思えば」何か納得できるところもあったのだが。もしかしたら、キリヱと共に時空をまたいだ一周目の私は、その事実を知っていたのやも知れない。
「無理はしないで、もっと頼ってもいいよ? だって僕は、刀太君の相棒なんだから」
「……さんきゅー」
ちなみに九郎丸、既に本来の恰好やら体格に戻っている。コスプレカードの維持時間としてはそれなりに長く、それこそ「ネギま!?」基準で考えれば基礎的な生命力の違いということになるのだろう(「ネギま!?」でもエヴァちゃんの継続時間はえらい長かったような覚えがある)。ただそれはそうと、なんだかんだ普段通りの恰好の九郎丸を前にした方が落ち着くといえば落ち着くのもまた事実。
……………ちょっとだけ普段より胸元が膨らんでいるような気がするのを無視さえすれば。どうしてまだちょっと大きいままなんですかね(震え声)。
少し落ち着いた私に、九郎丸は困ったようにニコニコ笑いながら言う。
「マイペースな所はともかく、フェイト・アーウェルンクスとの関係をどう考えているか、みたいなところかな。自分が誰かとどうありたいか、みたいなことって、言われてみると全然思ったこともなかったら」
「あー、アレな。……ケッコー、ダブルスタンダードな気もするけどなぁ。フェイトの表情見てると」
「万事が万事ってことじゃないんだろうけどね、たぶん」
「そりゃそうだろうけどさ」
私の認識で「母親」に該当するのは、現在の「私」にとってはエヴァちゃんその人である。だから近衛野乃香に対して何を思うかと言われても、色々複雑だ。「私」という認識を通したとしても、原作を知っているからこそ彼女に対しては義理や節度と言うものがある訳で。だからこそ、なんとなく彼女が近衛刀太を見ながら近衛刀太を「見ていない」ようなことも、指摘する立場でもない。
それは、近衛悠香と近衛仁徹について確認した時のそれも含めて。
『雪姫が俺を引き取る前の『育ての親』ってことになってる、近衛悠香と近衛仁徹って、結局どんな人たちだったんだ?』
ガバだ何だと恐怖心に支配されていた私であるが、だからこそギリギリ、流石に知ったところで原作に毛の先ほども影響がないだろう(新たなイベント発生や前倒しなどを誘発しない的意味の)情報を欲したのだ。以前に三太が
原作における両者は、あくまで近衛刀太を逃がした誰か、という程度に落ち着いている。原作初期、刀太の出生について疑念が一つも存在しなかった頃においては、それでも刀太が筋を通すための存在として。「両親を手にかけた」と言うフェイトに対して、筋を通してぶん殴るためのトリガーであったが。その生まれ育ちのことごとくが人間的なものに囲まれてのそれでなかったというのが発覚してからは、むしろ謎が深まった2名であった。
今生においては「ケーキを作るのが上手だったらしい」というのを帆乃香からまた聞きする形で、そして近衛刀太の主治医だったと言われたことで、その関わり方について想像の余地が出来た彼女とその相手たる彼である。
それと同時に――――私が絶対に「覚えていてはおかしな記憶」、情報ではなく実感を伴って、自らの息子だと、私を庇った両者のその姿。
であるならば、もし彼女たちが「本当に」かつての近衛刀太を実の子のように愛していたのだとするのならば。人となりすら知らないのは、全く悼むことが出来ないと言うのは、いくら何でも不義理がすぎる。そこまで多くの情報を口に出して語ることはないが、それでもこれは、知らないといけない情報に入るだろう。
少なくともフェイトには、かつて私に近衛野乃香と会えることをダシに自らの陣営へと招いたという事実がある。私のそういった物の考え方、一番厳しいところをあえて抉るような形で交渉に臨んで来たことがあるのだ。
であるならば、虚偽は許さない。
そういった意志でもってフェイトと向き合った私だったが、ここで一つだけ誤算があった。
『悠香せんせぇ……、仁徹はん…………』
何を隠そう、お母さんである。フェイトが何を話すか思案している中、あくまでフェイトの補足情報で色々話すと自称していた彼女が、その質問に対して一発で押し黙ってしまった。先ほどまでの天真爛漫な様子をかなぐり捨てた、苦い表情で。
何かを押さえるように胸元で手を握り、深呼吸する姿は外見の若々しさもあって、見ているだけで痛々しい。流石に彼女にそんな顔をさせることになるとは、思ってもみなかった。なんならあの二人の名前すら「本名かどうかすら怪しい」と思っていたくらいだ、付き合いがあってもせいぜい顔見知りと言う程度だろうと、そう無意識にタカを括っていたのかもしれない。
だからこそ、まるで自分が殺したようなものだとか、そう言わんばかりに痛々しい表情を作るお母さんは想定外であって。
『……語ることも無いではないけれど、そうだね。僕から言えるのは、二人が死んだのは「僕ら」の責任ということだ。歴史にイフはないものとして、僕が「戻っていた」ことと、雪姫の忠告を聞かなかったこと。そして、彼女と当時は決別していたことが、遠因だろう』
言いながら庇うように、お母さんの肩を抱き寄せるフェイトの姿が、何よりも意外であって。そして嗚呼、この人はお母さんだけど「母ちゃんではない」のだと、何を言いたいかわからないが、すとんとそんな風に納得してしまった。
あくまでも、彼女たちと私の間には距離がある。
超えようのない何かは、血のつながりの有無だけではない何かなのだろう。
それはそれで良い影響を与えた結果なのだろうと納得できるが、一抹の寂しさのようなものも覚えた私であった。
グロッキーになる程ではない。私にはカアちゃんがいるのだから、それは望むべくもないものなのだろう。たとえ雪姫が、エヴァちゃんが、キティちゃんが「近衛刀太」に求めているものと致命的に違えているのだとしても。
その後、質問を自由にして良いと言ってはいたものの、空気を読んだ九郎丸が「フェイトの目的は何なのか」という、明らかに空気を入れ替えるための話題転換をはかったり、その途中で注文していたフード系のメニューが届いたりといったことがあったが。まあ、フェイトが語った話は一部、九郎丸は和尚から聞いていた部分があったらしく、それを元にしても原作からそう逸脱しない程度のやりとりだったことを明言しておく。
とはいえ、フェイトの語る「ネギ君を助けるため」という物言いに、難色を示しているのがお母さんではあったが。
「……そう言う意味じゃ、何っつーか、本当悪い。というより、ありがとうな。無駄にこっちに配慮した質問させちまって」
「えっ? あ、いや、そんなことはないよ。僕自身、フェイト・アーウェルンクスに聞きたいこととかはなかったし。そのうち刀太君、あっちと話し合いの機会があるんだよね」
「たぶん雪姫が前に言ってた
「だったら、その時に一緒に行くよ。それだけ」
「おう」
そして、こうして気軽に応じてくれる九郎丸に、なんだか救われる私だ。女の子だ何だという前提など取り払って、九郎丸は九郎丸だと納得するべきなのだろう。そもそもの話、九郎丸とは実際付き合いが長くなっているのだ。思えば熊本でひと月近く一緒に学校に通っていた訳で、色々気安くなりやすいのは「近衛刀太」的な理由だけでもなく、お互いのコミュニケーション機会の多さにも由来するはずだ。
関係性、という意味で振り返ればガバガバの原作破壊イベント序曲みたいな話になりかねないが、そこで生まれたものまで無価値だとか言うこともないのだ。…………大半が色々周り周って世界崩壊への引き金になりかねないことを思えば、楽観視もできないのだが。をのれ橘ァ!(正当ギレ)
「ただ……、えっと、そういえばだけど、なんとなく夏凜先輩っぽい所もあったよね。こう、フェイト・アーウェルンクスに対して」
「ん? ……あー、アレか。いや別に、夏凜ちゃんさんも『おショタ』な訳でもないだろーが…………」
それはそうと、苦笑いを深めた九郎丸にこちらも釣られて苦笑い。
何が苦笑いかといえば、ほどなくスイーツやら何やらを食べている時に「ポンッ!」と音を立てて、九郎丸のコスプレカードによる変身が解除されたのと同時に、フェイトの方も解除されたことだ。
そこにいたのは寸分たがわず原作においてネギぼーずと少年漫画して遊んでた(比喩)あのフェイト・アーウェルンクス。大人フェイト、いわばフェイ
そして、そんなこちらのリアクションなど当然のように置き去りにしたお母さんは、過去最高速度でフェイトに抱き着き、セーラー服のリボンの下、というか思いっきり胸の谷間にフェイトの顔を
『うわ~~~~!? やっぱカワえぇわ! フェイト君はこうでなくっちゃなぁ……! か~わ~い~い~! 昔はこんな可愛いフェイト君もフェイトお兄ちゃんって感じやったもんな~、ひゃわ~~~~!』
『いきなりテンションが壊れすぎていないかい? 君』
『せやかて、な? こんなものごっつカワえぇフェイト君、独り占めにしたいに決まっとるやん! 今なら誰にも負けへんで、もう何も怖ぁない!』
『死亡フラグというやつじゃないかな、それ』
フェイトらしくない古いスラングだが、くしくも私と感想の被った発言である。
クールにツッコミを入れる様もどこか可愛らしい。「UQ HOLDER!」において精神体でしか披露していない男の子姿は、どうも良く判らないがお母さん的にはどストライクであるらしい。というよりも、これはアレか? 刷り込みか? 小さい頃から好きだったとか言っていたし、その頃はもしかすると年齢をこの姿にして世話をやいていたのかもしれない。なんとなくそんな関係性の一端が見えた二人に、なんとなくもう一つの質問権を使って聞いてみた。
『アンタ結局、そこのお母さんのことどう思ってるんだよ? ケッコー苦手にしてるみてーに見えるけど』
ほえ? と不思議そうにこちらを見るお母さん。そんな彼女の腕から逃れたフェイト(子供の姿)は、咳払いをしてから言う。
『僕は人を愛せないよ』
人を愛
口には出せないが、胡散臭い表情にはなっていたのだろう。隣を一瞥してから、フェイトはクールな表情のまま続けたが……、それでも少しだけ、声音は柔らかなものになっていた。
『ただ、愛せないからといってそれで全てを割り切ることができるほど、完璧には作られていないものでね。……とある男か、あるいはネギ君の言葉を借りるなら、僕も「人間」だそうだから。加えて。死んだ女の話など酒を飲んで流すに限るらしい』
『流せるもんなんスかね、それ……?』
『さあて。だが失われたものは、二度と戻らなくとも。それでも今いるこの場所で、かつてあった何かを想うことは出来る。そのことに気づかせてもらったお陰で、この様だよ。良し悪しは、時と場合に寄るだろうけど、結論は一つであるべきではない』
フェイト君、何言いたいん? 愚弄したん? ん? と圧のある笑顔で彼を抱き上げ膝の上に乗せて、後ろから抱きしめるお母さん。しかし「一応、褒めてるんだよ」と返されると、びっくりするくらい顔を真っ赤にした。いや生娘でもあるまいし、年考えろ年を(失礼)。
「『結論は一つであるべきではない』、か…………」
いかにも中庸で、中途半端で、しかし同時に人間らしい返答で。それはそうと「第四の目」をちらっと使っても、思念はほぼすべてが「ネギ君」から始まる文章で埋め尽くされていたあたりが、絶望的に台無しだった。お前、そういうところだぞ(戒め)。お母さんに対する感謝の念もないわけではないが、それとこれとは話が別と言う扱いでおそらく原作通りの「世界救済計画」を立てているのだろう。中々のダブルスタンダードぶりである。
そう言う意味では、ある意味お似合いの二人であるのかもしれない。
……そしてそう思えば思うほど、近衛野乃香との距離が遠のいていくこの感覚。元々近かった訳でもないだろうに。一体、私の何に根差した心理なのだろうか。
言いようのない、どこかが伽藍洞になるような寒さ。そんな私の手を、不意に九郎丸がとって握った。
「はい? いや、どーしたんだ」
「…………その、よくわからないけど、なんとなく」
「そっか」
「うん」
少しだけ照れながら、それでも自然な物言いの九郎丸に、なんとなく私も振り払う気が起きず。そのまま彼女のするがままにさせながら、一緒に歩いていく。
「僕も多分…………、一緒に話して楽しいとか、背中を預け合いたいとか。きっと、それだけじゃないと思うんだ」
「どうした、急に?」
「うーん。……僕も整理できてないや」
少し楽しそうにそう言う九郎丸の笑顔が印象的で、しかし、それに上手く返す言葉を私は持って居なかった。
だから九郎丸のつぶやきも、秋の風に巻かれて聞こえなかった。
「――――たぶん、それだけじゃないから、刀太君が何を悲しく思ってるのかとか、もっと知らないといけないんだと思う」