ST227.Standby And Jumping.
決してニキティスが設置に加わったせいでもあるまいが、完成した実験装置とやらはたいそうアレな見た目をしていた。
具体的に言うなら「そのまま」である。ジェットと言い張る培養水槽らしきものの中に
内部は液体で満ちており、ぷくぷく音を立てる様が可愛い。
いや、キリンさんベースの着ぐるみであることを考えると軽く虐待なのだが(正気)。やはり大河内さん型にするべきだったのでは……?(謎提案)
ともあれそんな装置の周辺にモニターが数台。コンピュータらしき縦長のボックスも2つほど設置されており、簡単な電子工作の類に見えなくもない。
ともあれ直後、私も私でその装置の近くで両腕に血圧でも測りそうな装置をとりつけられる。そこから魔力を供給するという流れなのはわかるのだが、やっているのが大学の1教室内、しかも特に他の研究員とかもいる訳ではなく、どことなく低予算感が漂っていた。具体的に言うとB級もしくはZ級映画の雑なマッドサイエンティストがやりそうな実験である。色々と心配になり「大丈夫っスかね」と確認せざるをえなかった。
なおAI葉加瀬本人からは『むしろ秘密裏にやってますので』とにこにこと返答される始末。
「「「秘密裏?」」」私と忍と三太である。
『ええ。本来ならこの実験、先ほども言いましたけど実行不能なんですよ。ですから小規模とは言え仮に実行したという記録を公的に残すと、今の社会情勢的にまた色々と問題が出て来るので……。
少なくとも理論上の実行可能度合いを知りたいって言うのが、私の立場です』
「社会情勢ねぇ……」
『太陽系五輪の準備だったりにかこつけて、この
「ふぇ!?」
「何でそんなしれっと恐ろしい情報漏らしたんスかね(震え声)」
絶滅に瀕している訳でもないとはいえ、いまだに内側で争い続ける程度には人類は割と余裕があるらしい。いやそもそも現政権だったり野党だったりも2080年代になれどゴタゴタ続くしマスメディアは汚職だの色々報道の自由やら報道
まあ、あくまで少年漫画世界だからそういう話に直接ツッコミを入れると火傷で済まないというだけの話なのかもしれないが。そうはいっても、多少なりとも人間の正気に期待したくなるような、そんな話でもあった。
で、実際に起動した実験装置。
魔力そのものは「超さん曰く、血風でしたっけ? を作ってぐるぐる回転すれば供給できますので」などと言われた。いや何当たり前のように干渉しているのだと思わなくもなかったが、そういえば何度かこっちに来ていたなと思い直す。私に接触して遊んでいたように見えなくもなかったが、もしかしたらアレはアレで別な目的もあったのかもしれない。
そして黒棒を呼び出し、頭上で血風を作り回転させ。
……何だかやっぱり見覚えのあるちゃちゃまる2台がそれぞれのエリアで小さく踊り出す様が「ネギま!?」を思わせて何とも言えない気分になったが、ただ徐々に徐々にジェット? の内側のちゃちゃまるだけ、ダンスの速度が低下していってる。
ダンスの指示はどうやらコンピュータから出ているのか、モニターに「同期率」だの何だの色々と文字列が踊る。ちゃんと日本語なんだなぁと思いきやひらがながなかったりするので、おそらくプログラミングは超が担当したりしているのだろうか。
そしてある一定時間踊り続けた先で――――ジェット内部の培養液の中に、それは現れた。
『出ましたね、オーロラ。んーちょっと失敗ですかねぇ?』
「……オーロラ?」
ジェットと称されたブツの中は、液体があるというのにまるで銀色のカーテンのようなものが揺らめいているのが、想いきり外側から観測できた。
あのオーロラは世界のエントロピーの限界を示すんですよ、とかAI葉加瀬はまるで意味が分からないことを言い出す。ほらそこ、忍どころか三太までぽかーんと口を開きっぱなしにしてるし。
『物質とは所謂エネルギーの在り方の一つ。言うなれば「その形で存在し続けている」ということによって常に消費され続けるエネルギーこそがこの物質世界。裏火星の魔法世界について言及するともっとややこしい話になるんで今回は割愛しますけど、どちらにせよそれはエネルギー保存の法則が働いています。
だからこそ、あのオーロラが出る訳ですね…………。んー、ウラシマ効果は意図的に使えないみたいな法則性を「世界から」強制されているみたいで、気持ちが悪いですね』
「いや、ちょっと何言ってるかわからないっスけど……?」
『えっと、噛み砕くのが難しい話ではあるんですが…………、例えていうと境界線、閾値を示すものです』
色々その後説明されてもいまいちよくわからなかった。いや、出来る限り専門用語を噛み砕いて説明しようという努力は見られるのだが、どうにもロジックの部分があまりにも抽象的すぎて現実から乖離しているというか。ともかく一通り話した後、彼女はまとめにはいる。
『あの銀色のオーロラは世界のエネルギー法則の限界を示します。物質的に「それ以上の現象を許容できない」場合、現象そのものを逃がすための出口として出て来るのでは、というのが仮説です。
一部の魔法研究者は「時間軸の境」という人もいますけど、あの向こう側と仮定される場所になど誰も行ったことはありませんので、眉唾な話としてそれはあつかいましょう。
これを解消する方法を考えるのが、当面AIとしての私のお仕事になりますかね』
「時間軸? 境? え? え?」
「キリヱ先輩連れて来るべきだったンじゃねェか?」
「キリヱ大明神は絶対絶叫するだろ……、というか忍本当に何も聞かされてないのな」
困惑する忍に、いわゆる世界線とかパラレルワールド的な話を語るべきかどうか悩んでいる私だったが、そんな我々にAI葉加瀬は両手を腰に当て胸を張り。
『ちなみにこのオーロラ、
「光る風、ねぇ?」
『――――――――ッ』
語られた言葉は、どこかハピ〇テ的な意味で聞き覚えのあるフレーズでちょっとだけ謎の微笑みがニヤニヤと浮かびそうになった私と。
内側で、エヴァちゃんの姿をしているだろう星月が少しうめき声を上げたのが聞こえた。
※ ※ ※
その後、魔力を供給しつつ延々と血風を回転させ続け、時刻は既に夕方。曇っているのもあるが日が沈むのも早い。扱いとして忍は少々特殊な立場になるが、それはそうと学生としては朝早く起きて夜早く寝る生活サイクルは必要だろうということで、とりあえず食べに行くことになった。参加者は私、忍、あと三太。ニキティスも参加するつもりマンマンだったが、一空が「いや~ここはちょっと、萎縮しちゃうでしょうから……」と三太や忍にウインクして引き受ける形に。AI葉加瀬自体はいまだ実験室で何やら計算したり資料を作ったりしているようだが、それは一旦置いておいて。
九郎丸や夏凜、それこそキリヱ大明神も参加するかと思いきや、キリヱはキリヱで何やら忙しくしており、九郎丸たちは普通に不参加。聞いてみれば夏凜が「空気を読みますもの」とのことで、なんなら三太の方を半眼で見ているくらいだ。
「ん~、いまいち何故あんな目を向けられたか意味不明っつーか」
「なァ、オレ帰った方が良いか?」
「ふぇ!? そ、その、まだ二人きりはちょっと刺激が強いというか……(久々すぎたのもあって顔が見られない……)」
もごもごと何やら言ってる忍に「第四の目」を使うか一瞬悩んだが、またニキティスが出歯亀していないとも限らない。また色々アレな光景が今度は屋外で展開されようものなら出禁必至だろうし、同じ轍を二度踏むのは流石に
まあ、なのでイタリアン系のファミレスに入って三人で適当に頼み、ドリンクバーでわいのわいのと適当に雑談を振って話している。三太は三太で人見知りなところが結構あるのだが、この場ではメカニックの話に目を輝かせて延々語り始める忍に感心したりすることで合わせていた。多少なりとも年長者(不死者的な意味ではなく享年的な意味で)として頑張ってるのかと思えば、忍の語り口がマシンガントークなのでどう見てもオタクがオタクに何かしら布教する絵面であったため、なんとなく同病的なものを感じて聞きに徹しているのだろうとうかがい知れた。
そんな中、話題に上がったのは。
「忍的にアレは、面白いのか? いや実験っつーことは一日で終わらないし、忍が好きそうなスピードマシンとかのあたりに並んだ代物じゃねーだろ?」
「っと、そうなのか? あんまり話したこと無かったけどよォ」
例のSF極まった実験が、果たして忍的にどういうものかということである。私からすれば原作的での忍の進路的に違和感はさほどないものの、作中で彼女がそこに至るまでの心理的な変化が描かれることはついぞなかった。ある意味、そこを描かないこと――描けないこと――こそが原作「UQ HOLDER!」のキモの一つでもあるのだろうし、生者と不死者との生き方の壁というものでもあるのだろう。だからこそ、彼女がどう考えているのかを聞いてみる気になったのだ。
そういえば原作最終盤、あの忍は妙に若々しかったし、もしかしたらさきほどの実験のウラシマ効果については何かしら克服できたりして上手い事いってるのかもしれないが、それは割愛。
私と三太の疑問に「お話としては面白いですけど」と断りを入れてから。少し深呼吸して、忍は私を見据えた。
「たぶん、私に必要な事なんだと思って、とりあえず出来る限り、知りたいことはいっぱい知ろうかなって思ってます」
「必要な事?」
「……先輩は強い人だと思います。力とかじゃなくって、心というか」
「心が強いとか言われてもなぁ……。しょっちゅう泣いてるような気がするし」
「そういうことじゃなくって! 上手く言えないかもですけど……、芯があるっていうか。へこたれたりするかじゃなくって、折れないって言うか、うん…………、何があっても先輩は先輩って感じがして」
忍のその言葉に、三太が「あー、そういう? わからなくもねェけど」とストローで音を立ててコーラを飲みながら相槌を打つ。とりあえず音立てないようにとツッコミを入れてから、何がどうした? と意見を聞いてみた。もっとも返答は、こちらとしては不可解なものであるのだが。
「小夜子の……、って、一応ァホルダー所属だから話しても良いンだよな? ダイダラボッチ」
「ダイダラボッチ?」
「話しても良いんだろーけど、長くなりそうだから端折ってって感じだな」
「そうだなァ。刀太、まァそりゃヤベェ怨霊の中に放り込まれても、ずっとこの調子だったんだ。他の奴だったら気絶とかしても全然不思議じゃねェし、オレだってちょっとチビりそうになったってのにいつも通りで……」
「何故お前さんそれを知ってんだ?」
「あァ? あァー、小夜子から聞いたっつーか。アイツ、ダイダラボッチに入ってた時は全身に何が起こってるかとか、アマノミハシラ周辺に出した妖魔だとか、そういうの全部把握してたみてェだしよォ」
「マジか!? って、いや、まあ神様らしいっちゃ神様らしい話なのか……?」
忍が置いてきぼりになる話については、閑話休題。とにもかくにも、三太的には妙に精神力がある、みたいな感想になるらしい。
両者のその言葉に、私としてはリアクションが取りづらい。只でさえ自己同一性がしっちゃかめっちゃかであることを理解し、その上で自分というものの脆弱性を肌身で感じている。そんな私にヨイショする訳ではないにしろ、褒めそやされても気持ちの置き所がないのだ。
しかし外からそう見えるのである以上は、これはこれで一つの物の見方ではあるのだろうと納得したことにし、忍に続きを促した。
「そう考えた時、先輩は先輩でやりたいことと、将来のビジョンみたいなのが、ちゃんと両方ともあって、折り合いを付けてるのかなって」
「折り合い? いや、まー喫茶店やったって俺がやりてー感じのだと、全然儲からないから中華屋とかにしとけってカアちゃんから言われてるけど」
「でも、止めるつもりはないんです、よね?」
「そりゃ…………」
それは、あくまでも譲りたくないところだ。五人そろって顔を突き合わせた時に中華屋でも問題は、確かにないのかもしれない。いつかの自分たちを懐かしむ、前と変わらないさりとて今に至るまでに変わったことがわかるような、そんなことを愚痴に出せるような、そんな場所こそを求めるべきなのだ。バーか喫茶店の方が、そういった目的ならばおさまりが良い。20世紀初頭の人格が多くあるらしい「私」としては、やはりどうにもそういった「食べる」お店は忙しなすぎるのだ。
「だから、そういう何かが私にあるのかって思ったら……、なりたいことはありますけど、それに至るまでの道筋が全然わからなくって」
「至るまでの道ってーと……」
「メイフラワー3世号。今、火星の小惑星帯で開発されてる人類初の恒星間飛行船です。2100年を目途に民間人も抽選で募集を『現在から』かけているから、私も応募はしているんですけど……、でも、今のままだと完全に運任せだし、それじゃいけないよねって。それに乗るために、乗って、おじさんが言ってた、人類が行く先のもっと果てのその先を飛び越えたところに行くって……!」
目をキラキラさせて語る忍は、それこそ少年のようにわくわくしているのがわかる。可愛らしくも、語られるそこには明確な夢が存在していた。
むしろそんな彼女を前に、三太がちょっと気圧されているのが面白い。基本は陰の者だから、ここまで純粋な陽のオーラは刺激が強すぎたのだろうか。とはいえ彼女の家庭事情からして「原作的にも」また違う側面を見出すことは出来るが、それは私の立場でどうこうといえる話ではないだろう。
「先輩たちの力になるには、ちゃんと自分で自分がどう立ち上がりたいかってことを、ちゃんと見据えないといけないかなって。そのためには、私にはまだまだ足りないことも、知らないことも多い。運転手になるか、クルーの一員になるか、もしくは別な何かかもしれませんけど、それでもやりたいことはあるんだから」
「いいんじゃねーの? 俺より現実路線な気がするし」
「えへへ……、ありがとうございます。
でも、先輩? ――――私が成功しても失敗しても、先輩は待っていてくれるんですよね? お店で、コーヒーを淹れながら」
「一応、そのつもりだけどな」
「だったら、安心できます。……だから見ててくださいね? 先輩」
そう言って照れたように微笑む忍に、私は上手く言葉を返せなかったかもしれない。
ただ、違和感を抱かれない程度に適当な言葉を言ったとは思っている。
少なくとも後日、三太から何かを言われるようなことも無かったのがその証拠だ。
さておき。簡単な進路相談みたいになってしまった会もお開きということで、忍のいる寮まで送り。三太は久々に私たちの部屋に遊びに来るつもりらしく、浮幽霊状態(外から視認できない)でぷかぷかとこちらの横に浮かんでいる。見事に膝から下が輪郭を失っており、頭に白い三角のアレをつけていないだけで完全に幽霊なビジュアルだ。器用なことしてるな、と指摘すれば、引きつった表情で「修行の成果だなァ」と返答。
「成果っつーか後遺症っつーか。
ガチで一回成仏しかけたからなァ……、いや成仏じゃなくって分解か? 食われてそのままっつーか」
「中々恐ろしい話で…………」
「でもまァ、小夜子とまた会わせてくれたから、オレからしたら文句はあんまねェな。うん」
「そこのところブレねーよな」
下手したら私以上にブレのない佐々木三太のそれである。彼個人は他にもはや縋るものがないからという風に考えているようだが、実際それは正しく、ある意味で間違っている。
原作の佐々木三太にとって水無瀬小夜子との繋がりというのは、一度完全に途切れた上で彼女から託された言葉を胸に、今の自分がどう生きるかを見定め直した結果である。だからこそ切っ掛けをくれた近衛刀太は刀太
対して現在の三太はというと、恐ろしいことに水無瀬小夜子との繋がりが残ってはいるだけで、状況はほぼ変わっていないのだ。本人は以前「第四の目」で見た際に、状況に流されるまま流されてるとか、今更何か奮起するのも面倒くさいというような感情が渦巻いていて、微妙に鬱屈はしていたが。それでも感情の機微は前を向くようになっていたのだ――――
水無瀬小夜子の有無にかかわらず、三太の心の動きは異様に前向きで優しいのだ。
環境で歪められさえしなければ、と悔やまざるを得ず、同時に水無瀬小夜子の気持ちも少しだけ胸に来る。
そう言う意味では忍のように、純粋に周りの影響を受けた思春期の少女らしい心の動きではなく。ある意味で没した時から何も変わることのない、変われない死者としての悲哀もあるかもしれない。
しかし、両者は両者ともに強いのだ。弱い所がない訳ではないだろうが、それでも自分の足で立ち、前を向ける素地が存在し、それを生かすための心がそこにあるのだ。
私などと違って。
「…………2年前、か」
三太に聞こえない程度に、呟いた言葉。それはAI葉加瀬の発言に準じるもの。本物の葉加瀬聡美が亡くなったとされる年度に由来する。
そのことに対する感傷に、今また浸るより前に。初めてその言葉を聞いた時から、少しだけ気になる部分があった。胸騒ぎのようにずっと、私の内側にくすぶっている感情が。
相手へと追及するわけにいかない類の部分ではあるが、つまりはその事故死とやらの詳細についてだ。
2年前――――そう、2年前。
近衛刀太が「私」としての自我を得た、つまりは「私」が目覚めたのがちょうどその頃である。
そしてそれはつまり、時期としては近衛刀太の研究所からの脱出(連れ去り?)とも符合する訳で……。
「本来あった事柄と見るべきか、私が関係しているが故になったことと見るべきか。ガバじゃないと良いが…………」
何にせよ、例えどれだけ言ったところで拭い去れない疎外感――――
もちろん、喫茶店をやりたいことに嘘はない。友との場所を残したい気持ちは本心からだ。
だがそれでも…………、それさえも本当に、まだ気付いていない、