ST233.Yourself in [2033] ③:Lost My Home.
結局、食事をして少し話をして、それだけで終わってしまった。
甚兵衛や源五郎たちは別件で調査中(おそらくはバアル関係)、九郎丸達も数日後には別な仕事が入るらしく、今のタイミングは丁度良いインターバルの時期であったらしい。みぞれも実家の力を使って何事かしていたりと、とにかく色々あるらしい。あるらしいというのは、私にその言葉の真実を探る気がないからである。「第四の目」を啓けばすぐにでもわかる事だろうが、どうにもいわば原作における刀太が居なくなってしまった時期の彼女たちの情緒を露骨に視ることに、抵抗感があったというべきか。
キリヱがわざわざ私を連れて来た事情も聞かれず、行くところがあるとだけ言えばそっと送り出されたこの流れ……。
「キリヱお前さん、このセーブデータが
「……えっと、流石に言える訳ないでしょ。流石に私だって、色々思い出したし」
呻くキリヱであるが、彼女の考えは視れなくとも手に取るように予想できる。彼女のその罪悪感は、あの経済的ディストピアと同様に世界全体に、もっと言えばホルダーの仲間たち全員に向けられたものなのだろう。
近衛刀太を生かすために戦い、成功したと思ったがそれも最終的にはほぼ死亡扱い。
世界を周回できる能力を得たキリヱ大明神からすれば、そんな展開など認められるはずもない。
とはいえこのデータを残していたのは、おそらく彼女としてもギリギリまで思ったより上手くいったのだからという認識がどこかにあるせいだろう。あるいは忘れて久しい原作の修正力じみた何かが作用したか。少なくとも、この世界の究極の選択として「私を放棄して」この世界を存続させるという手段も存在するということだ。思う所はあるが、きちんと原作沿いしたというならそれで最低限世界は救われることだろう。
キリヱ本人がどうなるかは、定かではないが。
ただそれを今の彼女に説くのも説明するのも酷な話だ。だから言葉を選びつつ、キリヱに笑いかける。
「いや責めてるって訳じゃなくって、確認っつーか。こう……、な? 何かこう、視線がみんな気色悪かったっつーか。俺を通してこの世界の俺を見てるとかならまだわかんだけど、妙にこう、な?」
「だから何でそう察しが良いのヨ……。というか気色悪いとか言うの止めなさいっ! 九郎丸、完全に女の子なんだからもうここだと」
とはいえフィーリングは大事と言えば大事なので、多少はキリヱにも甘えさせてもらいたいところである。
私と接した九郎丸たちの言動から細かく情報を取れはしなかったが、明らかにあれは「死人を見送る目」であった。今、生きている世界である自分たちの場所に、異世界から誰かが現れたというよりも、そのまま死人が現れたといった見方だ。ニュアンスとしては、つまりこの私の姿を見た上で、その未来が存在しないと判断しているというとこと。
だからこそこちらに勝手な同情と幻想を抱いて、勝手に幻滅してダメージを喰らうのだ。エヴァちゃんが特にそうだろう。このルートにおけるエヴァちゃんは、カアちゃんではなくキティちゃんを経由した上でしっかり今に至っているはずだ。そう鑑みれば、彼女が私に期待するのはそのまま原作刀太のそれに他ならない。
故に、明らかに自分の知る刀太でない私を見て、その在りように違和感を抱くに至ったのだろう。
……直接確認する勇気はないが、私はそう考えておこう。忍の言った私の存在が劇薬だという話もいまいち理解が出来なかったし。
だからこそ、この世界もまた私には遠い場所なのである。自分がたどった道こそが自分の人生で自分の世界である、みたいなことを言うと何とも思春期真只中な
そしてなにより、この孤独感は
だからこそ私たちは、その実行のために樹木に覆われた軌道エレベーターの外周部まで来ていた。
新東京の中心エリア、いわゆる関東が水没して以降の海上都市を含む中心区画は、円形のそれに周囲へと伸びたブリッジと、旧関東のビジネス施設を再現したようなエリア。これらの
見た目で言えばそれそのものが螺旋の描かれた円錐のような形状なのだが、現在はそれを芯に多量のツタやらコケやら樹木やら色々と植物が覆っている状態だ。内部のエレベーターが生きているのか死んでいるのか気になるところである。もっとも、今日はそんなことを調べに来たわけではないのだが。
相変わらず空を見上げど先が見えないのも相まって、見た目は完全にファンタジーゲームに出て来る世界樹そのものである。
「……で、何でキリヱもここまでついてきたんだ? 外周は整備とか清掃以外で使わないから、普通に危ないってのに」
「いや、だってアンタどうやって自分を探すつもりなのヨ? いきなり飛び出ていったら、それはついていくでしょ。……まさかとは思うけど、ものすごい高い所から見渡せば何とかなるとか思ってない? 小学生とかじゃあるまいし」
そんな
もっとより現実的な理屈で、より現実的な方法を取るつもりなのだが、これについてはキリヱにはちょっと刺激が強いかもしれない。
ちょっと下がってろと言い、私は黒棒を抜刀する。……なんかここのところずっと出しっぱなしになっていて申し訳ないのだが、黒棒も黒棒で不満は言ってこないので、ある程度は諦めてくれているのだろう。何かお礼をしたいところではあるが、もうしばらくはこのままで頼むと念を送っておく。
そして黒棒を雑に平に構えダイヤルを回す――――血装で刀身を延長させ、猛烈な速度で血の刃を、アマノミハシラを覆う大樹に突き刺す。
「って何やってんのヨ!?」
「んー、見た通りっつーか?」
「つーかじゃないわヨ!!? いきなりアンタが封印されてる世界樹攻撃してるとか!」
「まあアレだアレ。…… 一周目の私がやったやつの逆版みたいな?」
「逆? …………えっ? あー、そう、そんなこと出来るの?」
なんとなく私の言いたいニュアンスを掴んだキリヱが、おずおずと聞いてくる。そんな彼女に言葉を返さず、肩をすくめて私は「第四の目」を
キリヱに伝えた内容は、つまりは彼女が駆け巡った1周目における「私」の魂の運搬に関わる。キリヱの中に残された「私」が、今回ならこの世界樹に囚われた私になる。つまり、血装術でこちらの魂を無理やり引き抜くと、そんなことに相当する話を伝えたのだ。
ただ実際やろうとしていることは異なる。「私」程度に出来る練度の血装、エヴァちゃんが出来ないとは到底考えられない。だとするならば、エヴァちゃんが試しにやったところでそれが成功しないだけの理由があるのだろう。
例えば、そもそもの物理面積が広すぎるとか。
例えば、思考することが出来ない状態の魂に呼びかけても探すことが出来ないとか。
色々考えられはするが、このあたりはこと今の私に限っては一切合切問題が生じない。何せこちらは私自身、かつ疑似サイコメトリー的な能力持ちである。であるならば、内部に血装を走らせたとき、必ず「私」の核たる人体が存在する座標が、この樹木のどこかに存在するはずなのだ。
そうでなければ、わざわざ世界樹から排出された時点で近衛刀太の身体は「完全な形で」形成されてるはずがない。
忘れてならないのは、近衛刀太の不死身とは生物としての再生ではなく魔法的な再生。身体という概念が欠損した際、外部に散らばるその概念を再度身体に分解し再構成して接続するというような、そのような形をとられる。だからこそ私はじめ吸血鬼たる存在は、部位破壊プラス封印のコンボに弱いという面が存在するが、それはさておき。世界樹によってバラバラにされた後に「原作」において完全な状態で排出されたのだとすれば、散らばった身体を再構成させる基礎となる座標――――言うなれば「魂が眠ってる」座標が、この巨大なオブジェクトの何処かに存在するはずなのだ。
なのでそれをより詳細に探すための「第四の目」であるが……。
世界樹に接続した瞬間、私の脳裏に流れて来た思念は次のようなものだった。
――――滲み出す混濁の紋章、不遜なる狂気の器、湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き・眠りを妨げる――
――――爬行する鉄の王女 絶えず自壊する泥の人形――
「
「にゃん!?」
隣で整備用の手すりにつかまっていたキリヱが一瞬震えるが、悪いがそちらに気を回す余裕がない。何を九十番台の
何を人がちょっとメンタル的に死にかかったりしてから来てるところで一人遊びに興じていやがる、恥を知れ貴様ッ! この調子だとお前さん絶対アレだろ、エヴァちゃんの干渉とか呼びかけとかに気付いていてもスルーしてただろうがッ!
「悪い、ちょっとぶん殴ってくる」
「ぶん殴るって何を――――って!? また置いてきぼりはちょっと止めなさいヨ~~~~!?」
足元にキリヱを置き去りにし、死天化壮を形成しながら一気に上昇する私。若干風圧が痛いので珍しくフード部分も被り、黒棒を腰に構えて両手で握る様はちょっとした
そして垂れ流される
というかこのレベルのネタを転生先で目の当たりにすることなど絶対ありえないはずなので、間違いなく動揺する(確信)。
やがて胸元の違和感が致命的になり、心臓の脈動に異常が発生し始めたころ。その異常も徐々に徐々に収まり始め、深く息を吸い込んでも「無」を吸い込んでいるような気味の悪い呼吸音しか出ない状態。すなわち、宇宙空間のアマノミハシラにまとわりつく木、惑星周辺を覆い各国のエレベータ間を繋ぐ低軌道リングのエリアまでくる。
ここまでくるとわざわざ血装を使わずとも思念が見えて来る。既に詠唱は中断していて、なんならかなり抱腹絶倒しているような思念が飛んできていた。…………こう、「wwwwwww」とか「ワロス」とか、ネットミームめいた思念なのは私らしく残念極まりないが(諦観)、ここで一つ困った事実に気が付いた。
「そうか……、金星の黒の扉が使えないのだから、生身では意思疎通できないか」
当たり前と言えば当たり前だが、現在近衛刀太の身体は世界樹に「魂レベルで」取り込まれ、その魂から無尽蔵に大量の魔力=生命エネルギーを賄わせている状態だ。世界樹が各国の軌道エレベーターを保護するように安定したとしても、一朝一夕でその融合が解けるかと言えば、そう言う訳ではない。つまるところ、現在そっちの私というのは、例え魂を救出しても「生身の肉体が再生するよりも先に」世界樹が生えて来て、再び同じ状態に陥るということだ。
まあだからといって会話する手段がない訳でもないし、救出する手段がないわけでも無い。……救出は星月頼りになるのは間違いないが。(確信)
丁度木の幹の一つ、伸びた枝にしては嫌に太いそこに黒棒を刺してやる。「痛い」という恨みがましい思念が飛んで来るが、そんなことお構いなく黒棒のダイヤルを捻り、血を流し込む。
ある程度流し込んだのを確認した後、背後に死天化壮から直接腕を生やし、その腕で大血風を形成。回転させ、無理やり魔力を送り込む。
『ここまでやり方が解っていて面倒は全部私に投げてよこすのだからなぁ……。
相棒も良い性格をしているよ、ハッ』
星月が鼻で笑ってくるか、若干声が震えていた気もするのでそこは内心で謝罪必至だ。
ともあれ後は「世界樹の養分」に対してそれ以上に魔力がこうして循環してれば、その間に限って世界樹の養分は、取り込まれている私とこの私とで半分半分にできる。
折半できるということは、何が起きるかと言うと――――。
「――――いやいやマジかよ、ギャル文は反則だろうがどう考えても、って、はい!?」
「ようどうだ、数日振りの現世はなぁ私よ」
樹木から生えて来た近衛刀太……、性格にはこの世界の私の
有言実行して一発ぶん殴ると「何をいきなりやってくるのだどう考えてもキリヱによって引き連れられて来た私の分際で(激怒)!」と殴りかかってきて、しばらくの間醜い争いが行われた。
※ ※ ※
「えぇ……、ガバガバだろうが(白目)。どう考えても橘に襲撃されなかった時点でチャートの組み方間違った自覚があるなら、そこから原作ムーブに戻すべきだろうが」
「いや言動として違和感があるだろうが、お前さんは最初からやっていたらしいが……」
「いや、そう言う訳でもないな。原作開始前まで、朝倉清恵と付き合ってたし」
「…………なん……、だと………………?」
お互いに情報共有する私と「半分の」私。いわば血装による分身である目の前の相手と、それぞれのルートにどう違いがあったかという話を確認しているのだが、彼の発言を前に私の頭の中は一瞬真っ白に染まった。
朝倉と? あの朝倉と!?
「超中学生級とまでは言わないが、それなりに美人だったし、胸は大きかったし。タイプは全然大河内アキラとは違ったが」
「いやちょっと待て(震え声)。こっちだと朝倉はクラス巻き込んでいじめて来たぞ? それ自体には大したことはなかったが、とてもそう言う関係にはならなかったが」
「そうか? あー、いや、私の方は……、おそらくアレだな。『原作近衛刀太』のロールをしていたというのが分岐点だろう。意外と口で言ってることと心の中で思っていることが釣り合ってる女でもなかったし。そこは、年相応に中学生だったということだな」
「あー、あー……、納得はできないが分岐については理解した」
軽い頭痛を覚えている私に笑う目の前の私。一見すると彼のやっていたことはガバでしかないのだが、よくよく考えてみればガバにはなっていないという絶妙な塩梅に調整されている。
少なくとも朝倉は、熊本の実家を早々に出るような理由がない。
そしてこの私は、潜在意識的に「第四の目」を使っていたのだとすれば、おそらく朝倉への洞察を間違えることはない。
程々に付き合い、程々に結び、そして程々に別れ、ということを如才なくこなしたことだろう。どうやらこの私は、原作ルートに
その割にはガバらしいガバが見当たらないのは、私にしては流石と言うべきか。
だからこそ、その分のストレスは限界を極めているらしい。
ある程度の情報共有を終えたら、今度は間髪入れずに愚痴へと突入した。それもかなり、こう、センシティブな領域の。
「だからさな、問題は夏凜なんだよ。……何だアレ、よく全裸に剥かれるの見てどれだけこっちが我慢しなきゃならないかという話なのだ。正直仮契約の時とか
お前さんは理解していると思うが、色々踏み外せないものは踏み外せないのだから、いっそ外に
「ノーコメント(震え声)」
「キリヱはまあ今のままだと
「いやメス堕ちとか言うな(震え声)」
「で、地味に危なかったのが忍だな……。割と年相応に成長してくるものだから、ダークホースといえばダークホースというか。まあ
「嗚呼、雪広みぞれはこのルートでもあやかだったか……」
まくしたてられる情報量が、情報量が多い……! あと露骨に自分のシモの欲望の話を明け透けに話すな、虫唾が走る(正当ギレ)。例え自分自身相手だとはいえ、自分自身相手だからこそそのあたりを軸に仲良くなろうとするなもっと話題があるだろうが(震え声)。
ただ下品な話題から始まった愚痴ではあったが、聞けば聞くほどに私の辛さというものを理解できて来た。
「言語化するなら……、寂しいのだろうな」
「寂しい、か…………」
「お前さんも覚えはないだろうか?
語られる言葉に、私は返せない。それは、確かに今の私ですら、近衛刀太でなく「私」という個を……、その構成が既に一つの人格によって成り立っているものでないと自覚してはいるが、それでも神楽坂菊千代と自己認識している私が、受け入れられることはないだろうと言う、その感覚は。夏凜というバグ(断言)を除外した時にこそ。
彼女たちに必要なのは近衛刀太であって、私ではないと言うその感覚は――――。
それこそ、キティちゃんの傍に立てなかったのを見たあの時からずっと、心に残っている。
そしてだからこそ、この私にとってもキティちゃんは、ひいてはエヴァちゃんと言う存在は……。
「だからまあ、申し訳ないのだろうな。……結局何処まで行っても私にはエヴァちゃんに
「…………」
「星月も明言しないが、はっきり言ってこれは異常だ。おそらくだが、我々の人格の根底に何かエヴァちゃんに関係するものがあるに違いないと、私は思ってる。その上で近衛刀太を演じることもできたはずだ。少なくとも、こちらの内心がバレている反応はされなかった。
お前さんの目から見ても、多分そうだろ? ガバだったら殴る時に絶対言ってるし」
「嗚呼」
「なら、それはそれで良かったよ。例え――――キリヱがこの世界を見限ったのだとしてもな」
そう言って笑った眼前の私は、私に力なく微笑む。
「それで?
そして、私が語った依頼に。頼んだ協力の要請に。
眼前の私は、半眼になって肩をすくめた。
「……この後、万一キリヱがその気になった時に仕切り直させるこの世界で、これからもっとアホみたいな最終決戦挑む私に? 寝言は、寝て言うべきではないか?
むしろ私が寝かせてもらいたいんだがな。――――――――もう疲れたよ」
次回、おそらく本作が最も受け入れられないタイプのルート予定(ギャグ)