アデアットは・・・きっとしたんだよ(遠い目)
ST38.Struck Down Cutlas
かつて夏凜と九郎丸の謎修羅場を止めた時、初めての血風創天に失血死しかけた時の事。雪姫が自身の血を私に流し込み、私自身の回復能力を底上げしたことがあった。どういう原理なのかと後になって色々考えたが、いろいろと戦闘を重ねるうちに答えを察した。おそらくそれも血装術の一種なのだろう。雪姫自身の血を経由して私の体内の血を仲介し、「金星の黒」へのつながりを直接操作した、というところだろうか。このあたりは感覚的な話もあったからこそ察したというのが正解かもしれない。原作主人公も九郎丸の傷を縫い留めるために「疑似的に」吸血鬼の力を使い眷属化したことがあったが、あれをもっと局所的に、意識的にするというようなものだ。
ならば、私にだってそれに近いことが出来ないはずはない……、少なくとも「気」を扱うより才能があると言われている以上は、である。自動回天がなくとも魔力のようなものは感覚的に捉えられなくもないので、おそらく相性が悪くないはずのカトラス相手であればどうにか出来るのではないか。
そしてこの話をカトラスにした瞬間、彼女は明らかに引いた目を向けてきた。
『あ゛? つまり、あの気持ち悪いやつを私に対してやるってこと? ……えっ嫌だけど』
そうは言っても現状では勝てる見込みはなく、カトラス本人の不死性を多少なりとも底上げしなければどうしようもないだろう、というのが私の見立てだった。何はともあれ試してみないことには話にならないと、九郎丸がボロボロになっていく様に焦りながら説得を試みた。
『ほかに何か良い手があるなら言ってくれ』
『というか、これ私との約束破る奴じゃねーの?』
『いや、だって私が大量出血して死ぬ訳ではないし。お前だって多少なりとも頑丈になるのはメリットじゃねーのか?』
『それはメリットと言えばメリットかもしれねーけど…………。というか、流石にそんな見てられねぇ有様になってまで、私もどうこう言わねーけど……』
『マジでか!?』
予想外のカトラスからの反応に、思わず大声を出してしまった。もともとこの方法を勧めるもう一つの理由として、つまりカトラスに血装術の使用の許可をもらおうとした、ということがある。そのままなし崩し的に本来の血装を使うまでが目標だったのだが…………、多少は絆されてくれたのか、温情措置のような言葉が出てきた。
そんな説得の甲斐もあってか、嫌そうな顔をしながらも「仕方ねーなぁ」というくらいにはカトラスも妥協したのだが、しかしいざ自分の掌に傷をつける段階になって再びストップしてしまった。
『(……あれ? これってひょっとして兄サンの血が私に混じるってこと? マジで血のつながった兄妹にでもなるってことか? バカバカしい……、いや、えっと、でもなんか、嫌だぞこれ)』
『あー、何か問題でも?』
『問題あるって言えばあるんだけど……、えっと、あのさぁ…………』
正直焦っていたこともあり、カトラスが何故か照れているように躊躇っているのに対して時間をかけて説得する気になれなかった。半眼で睨むように急かすと、らしくもなく小さく唸りながら掌に傷をつけ、私の首をそこに合わせた。
――心臓がないとはいえ、全く血流を操ることが出来ないわけではない。それが出来なければとっくの昔に私の首からは血が流れ続けて、しゃべるどころではないのだ。ならば、と。その私の頭の血液をカトラスの血液に接触させ、「意識」を「伝播」させていく――――。
そして、後悔した。カトラスの血流から「金星の黒」の引っ掛かりを探そうとして、彼女自身の身体の「いびつさ」を直に知ってしまった。それが、私にはひどく痛々しかった。
手足の欠損にはじまり体内の骨自体がいくつか金属製のものに置き換えられていたり、それ以外の骨も継ぎ接ぎまみれ。臓器すらいくつか存在せず、いわゆる「女性としての機能」を司る箇所は人工の魔力循環炉が組み込まれている。ここを用いて無理やり体内の魔力バランスを調整し、金星の黒の再生能力の制御を膵臓のあたりの電子頭脳で補っていたり、あるいは「火星の白」をハマノツルギのような形に成形する魔法アプリが脳天から物理的に挿入され埋め込まれていたりといったような…………。
『どうした? 兄サン。なんか変な顔して』
『……何でもねーよ』
だが、それに同情してやる暇はない。流石に今のままだと九郎丸や忍やルキが殺される。それ所ではない、最終的に私たちが勝ったとしても早期決着できなければ、私たち自身をしばらく戦闘不能にされてしまえば、それだけスラムの被害が拡大することになる。灰斗たちの暴力は一般人からすれば災害であり、それだけの力にさらされて平気なはずはないのだ。
只でさえ情が移ってしまっているカトラスでも、その優先順位を変えることは出来ない。つまり
――――あった! やはりというべきか、心臓近く、肩を縫うように二つの帯。
だが、確かに星月が言った通り頼りない。白い方も、黒い方も、どちらも扱いを間違えれば切れてしまいそうだ……、いや、むしろこれは「切れたものを何度もつなぎ直した」のか。使い方を限定させることで、この頼りない帯でもある程度の使用を可能にしたというところらしい。…………元々は「火星の白」の方が強く、金星の黒はほぼ使えなかったのを察することが出来る帯の絡まり方だった。
『お前の場合、右手の方が「黒い方」なんだな。なんとなく』
『? 兄サンは逆なのか……、って、別にそんな話知ったところで何もねーけど』
『いや、結構重要だぞ? これからちょっと「無理やり」お前の力の出方を解いたり、結び直したりして使い方を変化させるけど。最終的な力の使い方をどうするかってのは考えないといけねーし。俺みたいに血を武器にする、とかは嫌なんだろ?』
『キモいからな? 今だって諦めてやってもらってるけど。でも使い方か……。って? あれ? ひょっとしてハマノツルギも出せなくなるのか?』
『それはお前自身の力とちょっと別なところにあるモノが作用してるから大丈夫だとは思うけど…………、もうちょっと自由度が高くなる感じか』
『ふぅん……』
言いながらカトラスは、自分の右手を見て。
『…………じゃあ、「それ」で良いや。右手から、金星の黒の力を纏ったり、放出できるようにして』
『そんなので良いのか?』
『うん。……人体に直接って形なら、武器を失って困るようなこともないだろうし。最悪、無理やり戦い続けるにしても、最後の最後まで武器を持ってるのと殴り続けるのだったら、殴り続ける方が労力が少ないし』
このあたりは戦場慣れしているせいなのか、判断基準に一定の明確さがあるカトラスだった。ただ、言いながら本人が自嘲げに笑っているのが印象に残る。……スラム生活で自分も平和ボケしてきたか? という自嘲か、あるいは「本当は平和に暮らしたかったのに」今の自分のようになってしまったことへの自嘲か。
結果、かなりギリギリまで格闘したものの、即興ではあるがカトラスの右手は「
暴走状態ではなく、カトラスの「血」を通じて私が「火星の白」を抑え、「金星の黒」の出力を力業で調整しているようなノリである。……つまりは私自身が自動回天の代わりの様な事をしているようなものだ。引っ張ってきた「金星の黒」自体にはノータッチだが、このあたりは意外と空気を読んでくれているのか、それともカトラスの才能か、上手いこと右手右腕を覆う様に、軽い鎧のような状態になっている。
…………今更だがこれって
「――――『
灰斗に一発かましたカトラスがぼそりと技名(というより形態名)らしきものを呟くが、お前それ……、アレか、金星の黒だから「明けの明星」にかけてルシファーからとってるのだろうか。シルエットも悪魔的だし、裏金星つまりは魔界由来の力という意味では間違っていないだろうが。しかしあえてルシファーではなくシファーとつける所に、カトラス生来のセンスを見た。
もっとも素質あるじゃねぇかと感想を言えば何のだとわめき返されるのだが。照れてる感じからして、本人的にもちょっとネーミングやっちまった感はあるのかもしれないが、うん、いいじゃんシファー・ライト。(大絶賛) 情操教育で英才教育する必要もなく乙女回路とは別にOSR回路も搭載しているらしい妹チャンだった。(意味不明)
それはともかく。
「九郎丸! 足あとどれくらいで回復する!?」
「えっと、たぶん40秒くらい……」
「じゃあアレだ! 治ったら『神刀』で俺の胸部を一突きしろ! そしたら中にある封印用の魔法アプリもぶっ壊れるだろうから!」
「へ!? わ、わかった――――」
九郎丸が応え終わる前に灰斗が猛烈な速度でカトラスの頭をねじ切ろうと動き――――瞬間的に「金星の黒」で無理やり強化された動体視力をもって躱し殴りつけた。戦闘勘ではない、明らかに戦闘経験に基づく反射行動だろう。
この動作と同時に私の頭がぐわんぐわん回転するわ揺れるわで、吐くものは物理的にないのだがだいぶ気持ち悪かった。
「忍! 九郎丸たちを頼む!」
「りょ、うかいです!」「兄ちゃんそれで生きてるとかマジか!?」「と、刀太く――――」
ホバーバイクで距離をとりながら、ついでに灰斗の方に南雲が行ったことで隙だらけになった私の身体を回収する忍。……なんだこの手際の良さ、お前さん戦闘要員では全然ないだろうに。私の知らないところで、このスラム生活で何かあったのだろうか。……是非とも私のガバではあってほしくないです。(混乱)
もっとも南雲は様子を伺うばかりで私やカトラスの方を注目していた。灰斗はあちらに向かう素振りも見せず、足止めをするカトラスを警戒してる。
『ハハ、お前アレだな、兄貴よりもよっぽどセンスありそうじゃねーか。どうだ? その気があるなら弟子になるか?』
「お生憎、俺そーゆーのあんまり好きじゃないから。便利兵器でドカーン! って一発解決するのとか、そういう簡単な方が好みだし」
『オイオイ情緒がねぇなー。少年漫画だって修行回とかあった方が燃えるだろ?』
「テンポ次第!」
言いながらカトラスはハマノツルギを生成すると……、それを右手でつかみ「疑似的な」「太陰道」を発動させる。あくまでも私が無理に白黒双方の力を分離させているのと、カトラス自身の適性の問題もあってか、その能力は本来の「
『オイオイオイマジかよそれ反則じゃねーか!? せめて逃げる場所くらい作りやがれっ!』
雑に言えば相手の
このあたりまだネーミングが思いつかないのか、カトラスは無言で放っているが。それを受けた灰斗はただ事ではない。ハマノツルギの生成に使用される「火星の白」のエネルギーが相当なのか、外目から見ると「野太いビームサーベルを延々照射し続けてる」ような絵面になっている。これを右手でぶんぶん振り回すので、いくら瞬動に慣れてるとは言え灰斗も気が気ではないのだろう。実際足やら胴体やらを取られると、被弾した箇所を中心に「獣人化」が解けていく。
「へぇ、結構イケメンじゃねーか。兄サンとは大違いだな」
「そりゃどうもだな。そう言ってもらって悪いが、ちょっと余裕がねぇなこりゃ」
苦笑いしながらバンダナを付け直した灰斗は、改めて格闘家らしい構えを取る。深呼吸すると、「大地を掴み、世界を掴む」と呟く。明らかに視線が鋭くなり、私とカトラスに対して先ほど以上に容赦がなくなることが予想された。
と、思いきやニヤニヤと笑いだす灰斗。……飛び道具で右往左往させられるのは本人の趣味ではないだろうが、どうにも強敵と戦えるというのはそれはそれで悪い気分ではないらしい。
一方のカトラスは、理解できないとばかりに眉間にしわを寄せた。
「…………よく知らねーけど、アンタ、なんでこんな仕事やってんだ?」
「ん? ははっ、さっきも聞かれたか? 大した理由じゃねーけど、まあ趣味と実益だ」
「実益は判るんだよ実益は。趣味は何だって話」
「そりゃお前――――――――血沸き肉躍る、バケモノ共との殺し合いだろ」
ニヤリと笑いながら、次の瞬間には私たちの眼前に現れる灰斗。その握られた左拳に対して、無理によけようとするカトラス――その程度の動きは既に予測済なのか、同時に右足が前に出ていた。えぐるような一撃、私を掴む腕と肋骨が折れたような感覚。しかし一瞬顔をしかめるばかりで、カトラスは右手を手刀のようにして灰斗の足を斬ろうとした――――。
「っ!?」
「そう何度もやられはしねぇよ!」
斬れない! いや、これは「刃返し」だったか。一応「気」を使った、人体に刃物を通さないように部分強化する技術。
だがそれで隙を作らないのは流石に戦場慣れしていない。睨むようにカトラスは「ハマノツルギ」を生成すると、生成途中の柄の部分で灰斗の鳩尾を殴り飛ばした。
距離が開く。その一瞬で幾分活性化されている「金星の黒」により、折れた腕やら胴体やらが再生した。……いや再生しても服は破れているので何とも言えないのだが、せめてお前さん下着くらい付けようや。一応年頃の娘さんだろうに。(保護者の目)
それでも何が楽しいのやら、灰斗は大笑いしていた。
「やっぱこれだから止められねぇ! お前らみたいな『バケモノ』と、俺みたいな『バケモノ』! 殺し殺されるかこの一瞬の瀬戸際の時だけ、俺は今『世界に立ってる』って
「…………意味わからねーんだけど」
「感謝ってアレっすか? 一人じゃそういう感覚を味わえないから、ってことッスかね」
「おうよ! 『吾一人只大地に立つ、しかして世は只一人立つに在らず』。だからお前らとの出会いに感謝しながら―――――次の一発で決めるぜ?」
音もなく構える灰斗。と、カトラスが目を見開き、数歩後退しながら右手を構えた。血流から、明らかにカトラスが動揺しているのが分かる。一体相手の動きから何を察したというのか。
そして――――。
「――――我流・
※ ※ ※
「――――我流・最太気導『
今までで何度か「死」の予感を感じたことがあるけど、今日のは特大ヤバいそれだった。相手がどれくらいの手練れかっていうのは見ていて分かったつもりでいた。でも全然甘かった、今の今までずっと手を抜いていたことがわかってしまった。
自分で言うのもアレだが、私は戦闘センスが低い。製作者いわく「生まれが違えば研究者系の魔法使いが向いていたろうね」とか言われたことがある。そんな私が曲がりなりにも戦えて来ていたのは、ひとえに戦場に幼少期から放り込まれた経験値のそれだ。
だから、そこで生き延び続けてきた私にはわかってしまうのだ。相手の攻撃がどれくらいの速度で行われるのかとか、それによって自分が生き残れるか死んでしまうかとか。
兄サンの魔力なのか血なのかによって、瞬間的に外れただろう私の生物としてのリミッター。その引き伸ばされた世界で、一切反応出来ない速度で相手が迫るのがわかる。時空関係能力者としてはある意味で慣れたような世界だが、そこに「置き去りにされる」感覚はあまりない。普段ならどうにかできるものを、無理やり制限されているような不自由さで――――同時に、私が兄サンに課した制限の大きさみたいなものにも予測がついてしまった。
足を踏みしめて移動した時点で、狼男のイケメンは既に上半身を大きくひねり、勢いに乗せて右手の手刀を私の胸部に突き立てるだろう動きをしているのが分かる。そしてその速度に今の私じゃ全く反応できないことも。
「――――」
声すら出す時間もない。脳裏を様々な思い出が巡ることもない。ただただ当たり前のように、あの一撃は私を殺すだろう。いくら「金星の黒」が普段より活性化してるとはいえ、心臓が壊されてまで生き残れるとは思えない。そこまでの再生力があったなら、とっくに私は兄サンより先にもっともっと強くなっているはずだから。
だから、嗚呼、せめて兄サンだけでも庇えればと思って――――。
「――――は?」
手元に兄サンの頭の感覚がなかったことに気づいた瞬間。
目の前には、前に見た気持ちの悪い血で出来た、黒と赤のコートみたいなのを纏った兄サンが。黒い重力剣で、狼男の一撃を受け止めていた。