人によって形が違うものだから
それが例え貴方を傷つけるものであれど
私はそれを与え続けるでしょう
ST6.Avalanche Of Storys
頼んだらレクチャーしてくれたので、九郎丸に瞬動術を習うことにした。もっとも本格的な事を言えば「気」すなわち本人の生命エネルギーの運用が重要になってくるので、あくまで「どういう理屈で動くか」という理詰めの部分だけである。ただ、正直後悔した。こんなもの話で聞いて判るものではないというか、そもそも物理的に説明が出来てるかすら微妙なんじゃないかと思わなくもない。
『基本的な話をすると、まず自分の踏み込み……、この場合は蹴りだしかな? 地面を蹴る一発、それ自体を完全に地面に伝えることが出来る必要があるんだ。こう、土踏まず含めて全体の体重を正しく地面にぶつけられるかってところだね。
本来の身体能力だと大して影響は出ないけど、これが気を運用するようになればまた違ってくるんだ。一発の踏み込みに掛かる荷重と威力がそのまま運動速度に影響して――――』
このあたりでなんとなくの理解ではあるが、実感がわかないのに変わりはないとしか。ただ
とはいえ下手に武器の形で安定してしまったせいもあってか、逆にこれはこれで運用が厳しい面もあったりなかったりなのだが…………。具体的に言えば応用が利きづらいというか。「血風」のブーメランというか巨大卍というか、その形状にどうしても寄ってしまうのだ。このあたり、明らかに私の修練度不足なので修業あるのみという結論になるのだが、出来ればあんまり痛くない方法で修業がしたい…………。
「と、刀太く――――――」
具体的に言うと、今まさに上半身裸にされて(摩擦で服が消し飛んだ)、胸部から上がポーンとはるか遠くに飛ばされている状態である。
まぁ例によって雪姫との組手というか殺し合い一歩手前のそれなのだが、どうにも加減を間違えたらしく「あっ」と何か失敗を察したような顔をしていた……、その微妙な顔も既に遥か彼方なのだが。九郎丸の叫び声も遠い……、というか私の胴体、ソニックブームを起こしながらどっかに飛んで行っているのは正直如何なものだろうか。いくら何でも遠慮がなさすぎるというか、ことフィジカルに関してネギ・スプリングフィールド相手以上に損壊に対してスパルタなのではないだろうか。ドSかな? まぁドSなのだが。
ともあれ音速飛行する私のバストアップカット(迫真の物理)であったが、意外と余裕がある自分が色々と恐ろしい。このレベルで身体破損するとキャパを超えて一時的に痛覚がマヒするのも影響しているだろう。しているだろうが、以前のぶり返したように再生直後に襲う痛みの酷さと言ったら無いので、出来れば止めて欲しいのだが……。
やはり早い所高速移動術の類を身に着ける必要がありそうだ。私の精神的安寧のために。
眼下に見える港町手前、ジャンク品が転がっているのがなんとなく見える。とそこに原作で見覚えのある小さいシルエット。
あれは忍では……? ホバーバイクの修理をして一生懸命な姿はボーイッシュながら可愛らしいものがあるが、いかんせん幼かった。というかそうか、私の側が遅れに遅れても彼女の所在地は早々変わらない……、原作主人公が順当に進めば遭遇する程度には歴史の修正力みたいなものが働いているのだろうか。
だとしたら拒否したいところだ。将来的に私の苦痛回避のための戦略が、丸々無意味なことにされかねない。痛いのからは全力で逃走を試みる。
そして、あれよあれよという間に重力に引かれ、猛烈な速度で落下した。幸いにも水場だったため腕とかが四散することはなかったが、ドボンというより津波でも起きるんじゃないかという水しぶきが高く上がったのが頭上に見える。そしてその頭上の水が、物理法則に従って猛烈な速度で私を襲った。
『――――!? っ! っ!』
呼吸が出来ない。体が一気に再生して足がつくようになったものの、全裸でいきなりの水場、頭からどっぷりと呼吸器水浸しは、いくら不死者でも痛いと見た。急いで立ち上がり何度も咽る。
「いや、死ぬって! 今回ばかりはガチで死ぬだろコレ! 一体何考えてるんだあのカアちゃんは――――――、はぁ、はぁ」
ある程度水を出し終われば再生も早いのか、やっと呼吸できるようになった。……なったけどまだ変な感じだ、下手に深呼吸しまくったせいで呼吸の仕方に妙な癖がついてしまっている感がある。脈拍を落ち着ける意味もあり、心臓の傷跡のあたりに手を当てた。
「ここは、森? いや、滝か? …………いや、そうか。九郎丸か」
膝をついたまま肩から上だけをだし、荒い息のまま周囲を見回す。何やら見覚えがある風景である。浅い所でも大体下半身が漬かり切る程度には深く、水自体は澄んでいる滝と川と池が合体したようなエリアだ。
そしてこの風景は、記憶が確かなら近衛刀太が九郎丸と初遭遇する場所であったはずだ。何やら変な展開での遭遇だったことは覚えているが、何故私だけここに飛ばされたのか……。雪姫が狙ったわけもあるまいに。そう考えるとそれこそ歴史の修正力のような何かが働いていると見るべきだろうか――――っ! 肺、痛っ!
再びせき込む私だが、バランスが崩れてガボガボといってしまいそうになっていた。流石に辛い、とはいえ立ち上がるだけまだ回復もしていない。さてどうするかと考える余裕もなくせき込みながら軽く溺れていると。
上方の方から、ばしゃばしゃと誰かが走ってくる音。どなたか先客がいらっしゃったのかとか、何故接近してくるのかとか、そんなことを考える暇もなかった私である。が、相手はすっと私に肩を貸して、持ち上げた。
それはまさに救いの主に他ならない。ことこの場において、痛みから遠ざけてくれる相手である。私は深い感謝の念に包まれた。
「ハァ……、ハァ……、」
「――――大丈夫? あなた、溺れていたみたいだけど……て、子供?」
そして乱れた呼吸のまま隣を見た訳だが、そんな私の感謝の念は一瞬でフリーズしてどこかに飛び去ってしまった。
ショートヘア、きりっとした目。表情はクール目だがこちらを気遣う色がある。年で言えば私よりいくらかは上だろうが、高校の制服とかが似合いそうな雰囲気をしていた。
そんな彼女、である。
原作で言えばUQホルダー本拠地にでも行かないと遭遇することもないはずの彼女が、なんでこんな場所に居るのか? という話だ。
…………もっと言えば何か? 原作九郎丸のようにこの場で水浴びでもしてたのか全裸、おまけに人命救助を優先したのか身体をタオルで隠そうともしていない。堂々たる母性と人間性の権化である。ちょっと何言ってるか自分でもわからないが内心平静ではいられないことだけは自分でもわかっている。
感謝の念が一瞬にして恐怖に覆われ、しかしその凛とした顔に死の危機(死にはしないが)を救われた吊り橋効果でも働いたのか妙に脈拍が早くなり。あまつさえ原作ヒロインの中でも抜群な方のプロポーションが直に触れている。
必然何が起こるかと言えば………………、彼女の目が私の腰から下に向いて、きょとんとした表情になった。さもありなん、申し訳ない。生憎と肉体的には男子中学生でしかないのだ。
「……あー、えっと、ありがとうございます」
「そう。じゃあ…………、お休みなさいっ!」
かくして鳩尾に一発蹴りを喰らい、今度こそ私は失神した。
※ ※ ※
「訓練みたいなのをしてたら魔法アプリを使われて音速で空中に吹っ飛ばされてその際に衣服から何から何まで破損して全裸のまま滝壺に叩き落とされた、と。……荒唐無稽すぎてジョークにしても信じられないわね。逆に真実かと疑うくらいの話の酷さなのよ? あなた」
「どう解釈してもらっても良いですけど、好き好んで未開の地の蛮族みたいなファッションしてた訳じゃないってことだけご理解をば。
あ、あとタオルとかジャージ貸してくれてサンキューっす」
「……流石に文明人で、しかも子供を全裸のまま放り出すのも忍びないですからね」
呆れたような、ホッとしたようなため息をつく夏凜に、私は平身低頭であった。
KOされた後で意識が再覚醒した時点で、私は制服姿の夏凜に全身を拭かれていた。ご丁寧に上も下もと余裕しゃくしゃくで、このあたりは酷く世話慣れている感じを受ける。もっとも再度生理現象が
その後は色々と恥ずかしがりながらも借りたタオルで頭を拭き、彼女手持ちのジャージを借りている。……どう見ても麻帆良学園のジャージだった。なお彼女の現在の恰好も麻帆良学園の赤いブレザー制服なので、ひょっとしたら普段から何着か持ち歩いてるのかもしれない。夏凜の不死身能力は衣服にまで適応されてなかったから、そのあたりは妥当な予想か。
恐縮し続ける私に苦笑いを浮かべ、彼女は私の頭を撫でる。完全に子ども扱いだ。実年齢十四歳というのを考えるといささか……? いや、そういえばこの身体は十二歳から成長していないのだ。事情を知らなければ、その可愛がり方も十分あり得るか。
もっともいつその手が握られて私に暴力をふるってくるかわかったものではないので、戦々恐々としているのだが。
「私は、
「あー、か……、
まずい、慌てていたのもあって適当に名乗ってしまった。特にそれに感想は持たず、キクチヨ君ねと微笑む。こういう子供の面倒を見ている顔だけ見れば母性的で魅力的なお人だが、いかんせん私の腕は震えていた。単に私が怯えすぎだろうか。だが言い訳をするなら金的こそされなかったものの、痛いものは痛いのだ。その事実は揺るがない。
滝を離れて公道に向かいながら、私たちはお互いに情報共有を……いや、私が妙に警戒してるせいもあってなかなか話は進まないのだが。
「まあ貴方の事情は大まかにわかりました。近隣の子供ということね。
……飛ばされた方角がわかれば、良かったら送っていってあげましょうか?」
「そこまで面倒みてもらわなくてもいいんだけど……」
「いえ貴方、お金も服も何も持ってないでしょ? 方向がわからないならしばらく私が保護するっていうのも考えないといけないし」
「それ言われると痛いっス。えーっと……、すんません、夏凜ちゃんさん」
「なんで敬称を二回付けてるの……。何か緊張でもしているのですか?
って、ひょっとして……」
す、と膝を上げる夏凜。若干スカートがギリギリだが、しかし思わず腹部を抑えてしまう私であった。ばつが悪そうな顔をする夏凜だが、まぁこれについてはどうしようもない。
「あはは……、まぁ、お互い不幸な事故ってことで、それはもうノータッチで」
「事故とはいえ、蹴り飛ばしたのは謝りますけど……、もう少し気楽にしても良いんですよ? 流石にそんな、常時狂戦士のように殺意を振りまいている人間ではありませんし」
「いやまぁ、そりゃこっち大分面倒良く見てもらいましたから。なんとなくはわかるっス。ただそれとこれとは別ってことでさぁ、へへぇ」
「……なんでそんな三下というか舎弟というか下っ端みたいな口調になってるのかしら」
いまいち調子がわからないらしい夏凜であるが、生憎こちらもそれは似たようなものだった。女性の柔肌を生で見てしまったことに関してはともかくとして、私自身の立場が色々と彼女に警戒を抱かせる。
基本戦略として、夏凜とはある程度距離をとって、お互い不快を発生させない程度の関係で接する。これが私的な彼女との住み分け作戦だ。それはもう、転生当初から色々と想定した対策案である。
理由については……、まぁその、何だろう。ひとえに彼女が「愛の戦士」であることに起因する。
結城夏凜、あるいはイシュト・カリン・オーテ。「神に愛された/呪われた娘」。十三の数字を背負うもの。いわゆる宗教的な側面から不死身となってしまった者であり、神の恩寵、ないしは呪いとされる「生きたまま死なない」という自罰的な性質を持つ不死身だ。性格的には一見クールだが、地は優しく感じやすい。それゆえ一度隙が出来るとあっという間にボロボロになる防御力の弱さを持ち、しかし普段はそれを表に出さないよう精一杯虚勢と使命感でもって生きているような人である。
つまりは色々と面倒くさい人である(語弊)。
そして彼女は、雪姫ことエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを愛している。敬愛というレベルではなく信仰、アイドル、あるいは母であり自らの師であった誰かの面影であり、様々なものを雪姫に投影している。彼女にとって雪姫はまさに唯一絶対の存在であり、個人としてみるなら特別な関係同士でありたいと思っている。割と行動原理が自分のその愛に忠実なので、それが他の人間関係にも大きく影響していたりする。
……かと思えば恋愛観は一般的とか言う訳の分からない人物なので、そういう意味でもやはり面倒くさい(語弊)。
ちなみに前世ではその面倒くささ含めた背景設定ビジュアルその他もろもろキャラ造詣が非常に私のお気に入りだったりするが、いざ身近な人物として現れるとその好感度が脅威度として反転する。好意的だった分理解度が高いから、より詳細にその危険さを理解できると言うべきか。
原作でもそうだが、彼女にとって近衛刀太とは「二年間、最愛の雪姫様の時間を拘束し」「あまつさえそれに甘え」「おまけにずっと一つ屋根の下で暮らしてきた」嫉妬の対象である。その執着ぶりと一気呵成さたるや完全にクレイジーサイコレズの領域だ。雪姫をして「愛が重い」と言われるくらいには激重感情である。とっとと雪姫から離すために九郎丸やらキリヱ(そのうち遭遇するはず)やらをけしかけて雪姫から離そうとする程度にはアレだが。
彼女を何故そんなに警戒するのかと言えば……。私が原作の近衛刀太ではないからに他ならない。しっかり原作譲りの戦闘センスを持ち合わせて居ようと、私自身は全くもって別人格だと思う。つまり近衛刀太として十全に能力を発揮できない。
すると何が起こるだろう。
無慈悲な嫉妬と暴力の坩堝に晒されること間違いなしだ。
関係が改善すれば多少なりともマシになるとはいえ、そこもあの刀太だからこそ改善できたものだと思っている。私など、所詮は少年漫画から離れられなかった一般人でしかない。九郎丸は特殊な例として、波長をそこまで合わせられるかの自信がないのだ。
君子危うきに近寄らず。当たらなければどうということはない。身構えてる時に死神は来ないもの作戦だ。
「で、夏凜ちゃんさんは何でこんな辺鄙な所に? 地元民じゃないだろ?」
「まぁ仕事と言えば仕事ではありますか。
……私の上司、いえ、オーナーが数年ぶりに私の所属する組織の拠点に帰ってくるという話があったのだけれど。そのオーナーがいつまで経っても帰ってこないから、居てもたってもいられず迎えに出てきたの。幸いその連絡が入ったときに一仕事終わった直後だったから、バサゴの足なんて待ってられないし……。
って、フフ、ごめんなさい? キクチヨ君。勝手に話してしまって。あんまり興味ない話でしたか?」
おそらく私は今、天国でも見通すほどに遠い目をしているはずだ。それを困ってる顔と誤認してか、謝りながらも楽し気に微笑む夏凜である。
つまりはこれも、私のやらかしというか橘の優柔不断さというかが引き起こしたバタフライエフェクト。原作1話開始イベントの時間が伸びた結果起こったことだろう。
全体がずれた結果として夏凜の仕事のスケジュールに空きが出来、本来なら拠点で待っていたはずの彼女が喜び勇んで迎えに来たという事か。水浴びをしていた理由は正直わからないが、まぁあまり聞いても大した話にはならない気がした。
それよりも恐ろしいのは、おそらく雪姫たちも私を探しに来るだろうということで、方向的に直近で顔を合わせると何が起こるかと言えば……。思わず足が震える。武者震い? そげんわけない、単に恐怖だ。
と、そんな風にストレスにさらされたせいでもあるまいが、ぐぅ、と腹の虫が鳴る。夏凜は私の方を見て少し思案し、ポケットから銀の包装に包まれた携行カロリー食を差し出した。
「食べかけでよければどうぞ? 味はともかく、お腹は膨れますから」
「…………あ、はい」
常ならぬほどにニコニコして完全に子供の面倒を見るお姉さんの図であるが。この優しい表情がいつ牙をむいて来るか、鬼が笑う程の時間もかからないだろう恐怖を感じながら私は包装を剥がし、もそもそと食べた。
気分のせいか、味のないジャリの塊でもかじってるような感覚だった。
※逃げ腰はOSR値が下がることに気づかないガバ