色々なBGMで話の調子が変わる感じのはずです汗
ST7.Importance Of Back Ground Music
「13
あまりに衝撃的な事実に思わず私も口調がおかしくなったが、いきなり何が13キロメートルなのかと言えば、秒速がである。夏凜に現在位置を確認した際、不思議そうな顔をして「京都から琵琶湖の方に上ってしばらくしたあたりですけれども」と返された。びわこ、びわこ。数度反芻したものの、私の脳は少々理解を拒んだ。
もともと私たち雪姫一行、熊本発で福岡を出るか出ないかといったところだったはずだ。
にもかかわらず私だけそんなエリアまで吹っ飛ばされたのだ。目を丸くするなという方がどうかしている。なにせ私の体感では5秒か6秒くらいしか空中を飛来していないのだ。夏凜の持っていた携帯端末で地図を出してもらい、空中を飛行してた時間を加味して適当に概算したところ、おおよそ秒速13キロメートルで私は撃ち出されていたのだ。音速の500倍は出てないマッハ300前後とはいえ、いくら何でも一体どんな魔法をミスしたらこんな結果になるんだ雪姫!? なるほどそれは服が消し飛ぶのも納得の威力である。
やっちまったなとかそういうレベルじゃなくスケールが違う違いすぎた。……いや考えればこの後出会うだろう甚兵衛あたりも、二年間くらい平然とオシオキとして地下に監禁されていようが適当に過ごしていたくらいだ。どうにも不死身となった者の時間感覚やら何やらは、崩壊する傾向にあるらしい。
というか九郎丸との遭遇は確か広島とかそのあたりだったはずだから……、我ながら洞察のガバガバ具合に力が抜ける。全然違うじゃねーか! いや、そんな現実逃避はともかく。
「どうしたの? どこか打ち身でもして……、あるいは内臓でもっ」
「あー、いや、大丈夫ッス。ちょっと信じるにはまだ早いと言いたい現実に心と肉体が敗北してるだけっすわ……」
「どういうことなの……? どちらかというと頭を打ったかどうかを診ないといけないかしら」
真剣な顔でぶつぶつとそれはそれは真面目にこちらの健康を気遣ってくる夏凜には悪いのだが、いやホントどうしたものか。どうやら夏凜の携帯端末には雪姫の番号が登録されていないらしく(ひょっとして鬱陶しいから番号変えたのか?)、そちらに連絡を取ることもできない。いや、もともと取るつもりもなかったが状況が酷すぎれば酷すぎるほど物事の優先順位は変わるのだ。
流石に無一文無私物、借り物を返せば全裸の野生児と化すのは色々厳しいものがある。後で再会したら一体どうしてくれようか…………、いやそんなことすれば確実に夏凜がクレイジーサイコレズ
出来ればこのままずっと頼りになるお姉さんで居てください本当に頼む。
そんな祈りを捧げながら事情を共有すると、さて不死者として雪姫以上の経歴たる彼女ですらも目が点になっていた。仮契約失敗で出てくるスカカードみたいな顔をしている感じだろうか、さもありなん、私もそう変わらない顔をしていることだろう。
冗談で言ってるわけではないんですよね? と念押しされる。冗談だったら良かったのになぁ、と出来る限り笑った。こころなし涙が流れてしまったが、私は絶対悪くない。
あまりにもその様が哀れすぎたのか、ぽんぽんと頭を撫でられた。
「……えっと、気分転換に温泉にでもいきませんか?」
「気持ちは有難く受け取っときますけど、先、急ぐんじゃないッスか?」
「急ぎたい気持ちもなくはないですけど……、流石に忍びないというか。方向も近いですし、それだけの距離を飛ばされたのですから。外見上無傷でも、変なところにダメージが残っていたり、問題があるかもしれませんから。
身体が無事だから、おそらく魔法的な防御がかかっていたのだとは推測できるけど……」
気遣ってくる力の抜けた笑みが非常に綺麗だ。だがそこにふとした拍子に何かこう、
少なくとも近隣……といってもそれなりに距離はあるが、人里まで行けば医療器キットくらいは置いてあるだろうということで、簡易検査も含めて下山することになった。かつては整備されていたろう道も今や面影なく、アスファルトはボロボロで陥没している。ガードレールの感じからするとかつてはあの滝、観光地か何かだったのだろうか。
もっとも歩きで降りているため、下山する頃には時刻はすっかり夕方である。不死者らしく休みない全速前進でもすればそんなに時間など全然かからないだろうが、向こうは私を一般人だと思っている訳である。いくら運動が出来るような雰囲気と言え、無理はしないでくださいねと気遣いながら、時に険しい道を手を引いてくれたりしていた。この面倒見の良さはどこかこう、元祖ネギま! の大河内アキラを思わせる安心感があり、色々とクるものがある。あるのだが…‥、やはり生命の危機がかかっているせいか、どこか気が抜けず変な緊張をしている私であった。
「うわぁ……、温泉街とか初めて見た。全然人いるじゃん」
「こういう観光地は都市部から離れていても、そちらの人間が遊びにくるのよ。……高齢化も一段落したとはいえ、そっちの人たちが多いですね」
行き交う人々は皆浴衣。割合で言えば若年層より老齢の方が多いには多いのだが。少なくとも転生してからとんと村では見なかったほどの人口密集率だ。テレビの世界の話である。もっとも病院施設がなく医療キットを有料で借り受けるくらいしか出来ないのが、現代社会を如実に表しているのだが。
流石にわくわくお上りさんみたいな顔はしなかったが、変な感慨深さがあった。
かなり高めの温泉宿を一つ「おいでやす~」の挨拶に食い気味でとるなり、夏凜は私の上着を脱がせに掛かった。いや自分で脱げるからと言ったものの、何故か無表情で「何があるかわかりませんから」と強引に引っぺがしてくる。こう、面倒見の良さから派生した危機感に基づく行動なんだろうが、この表情でこの行動力は色々と怖い。原作でもちびっ子に怖がられていた描写があったので、そのあたりは間違いないだろう。
「この傷……、かさぶたですか?」
「あー、ちょっと最近やってな。あんまり気にしないでくれ。別に死にはしないから」
軽く流すように夏凜に笑う。……実際これは軽く流してもらわないと、表と裏で傷痕が貫通しているという事実に気づかれてしまうので色々と危ない。夏凜が一体どこまで雪姫から私、というか刀太のことを聞いているかわかったものではないので、わずかな情報も共有させないようにしなければ。
実際私が軽く応対したせいもあってか、夏凜も気にはしていなかった。がこう、入念に頭とか骨とか腹部とかのスキャンやら痛い所がないかの調査やらをされて、変な気分になる。ちょっとひんやりとした美人のお手々によるソフトタッチは、男子中学生の肉体にはそこそこ劇物だった。時々身じろぎしながら騙し騙ししているが、そのあたり場合によって全裸でも無頓着な彼女は抜けているのかもしれない。
いや、抜けていたところで彼女本人をどうこうできる相手がそう居ないというのも理由なのだろうが。
とりあえず簡易ではあるが問題はなさそうということで、私は先行して温泉に。借り物のジャージを籠に置いて軽く掛け湯をすると、わずかに胸元から黒い煙のようなものが漏れ出した。慌てて抑えて深呼吸すると落ち着いたようだが、再生してるようなしていないような状態を保持できないと見るべきか否か……。エクストリームに色々とあったせいで、流石に疲れているのだろうか。そういう意味では温泉は有難い。身も心もリフレッシュされるかどうかはともかく、一人の時間が出来る…………、常に命の危機的な(被害妄想含む)ものを感じ取らないで済む。
「はぁ…………、ままならぬ」
湯につかりながら、深い深いため息。表情が死んでいる自覚がある。修行どころではない、色々と精神的にダメージを受けた一日だった。敵(敵ではないが)も一人己も一人ではあるが、色々と躊躇うというか、まずもって絶対勝てない自覚があるのが悪い。人間が気楽に生きられるのは死を知らないからであって、死を知るからこそなお酷く現状に恐怖が湧くというのもあるだろう。
眠ってしまいそうだ。星空を見上げる。視界の端に軌道エレベーターの柱が伸びているが、それは置いておいて綺麗な星空だ。人口が少なくなったのもあって排ガスやら何やらも減ったりしたからこそ、環境問題も嫌な理由で多少改善されているらしい。周囲を照らすランプ的な照明も、魔法技術の産物だったりクリーンな電気エネルギーだろうと考えると、本当に知らない場所に生まれてしまったのだと改めて思った。
……それにしても考えたら、雪姫すらいない状態で一人放り出されるというこの状況。転生してから二年ずっと一緒に居たこともあって、実際かなり心細いものがある。寂しくないと強がることはしない。むしろ強がらず寂しいのを寂しいと認められるくらいの精神年齢なのだ。ほう、と遠くを見ながら一息ついた。
「カアちゃん大丈夫かなぁ……。まぁ大丈夫なんだろうけど、どっちかというと九郎丸の方が大変かもしれねぇ……」
おそらくだが自分でぶっ飛ばしておいて「急ぐぞ!」の一言と共に、これも修行だと完徹でこちらまで行脚させられてるのだろう。刀太くーん! と悲鳴を上げるそんな情景が浮かんで苦笑い。果たしてその過酷な日々を経由して、その身体は男女どちらに寄ることだろうか……。体力的なことを考えれば男性か? いや確か持久力というか、芯の部分での強さというか生命力は女性の方が高かったか、さてどちらに落ち着くか……。
「女性と言えば夏凜ちゃんさんだよなぁ……。なんかこう、フツーにいい人だし、美人さんだし、ずっとああだとこっちも安心して胸を借りられるというか、頼ってしまいたくなるのだが……。流石に甘えがすぎるか」
「…………そうストレートに言われると照れるわね」
唐突に意識の外から声がした。一瞬「きゅっ」と心臓が止まってしまいそうな衝撃に思わず胸の傷跡を抑えて、大慌てで振り返る。
そこには特に体を隠すものをつけず、少し困ったようなように苦笑いを浮かべる夏凜の姿があった。いくら湯が若干濁っているからとは言え、全身のシルエットがほんのり見えている自覚があるのかこの女!? それでこちらが性欲を持て余したら早々に鉄拳制裁してくるだろうに、どんなマッチポンプを仕掛けてきやがる! 本当は私が刀太だとちょっと気づいてて、あえて殴る口実を無意識に作り出そうとでもしているのか!
そんな内心の動揺は表に出さないように、局部を隠しながら思わず後退した。いつの間に入ってきた…、っていうか痴女か!!?
「いやいやいや、は? いやここ男湯じゃ――――」
「貸切ったわ」
「貸し切り!?」
「ここ、結構値段が高かったもの。一応山を下りてる途中で、片手間にそういう、時間帯によって貸切るサービスがある場所を探しましたから。
ちゃんと時間も調整してたから、一時間程度は特に問題ないですよ?」
何だその都合の良い設定……、いや時代的にむしろそういった変なサービスでも盛り込まないと客が入らないという事情もあるのかもしれないが、そんな現実認めてなるものかと私の理性が叫んでいた。
「で実際、何でその一緒にお風呂って流れに……?」
「キクチヨ君、貴方もっと自分が相当危険な状態にさらされたっていうことを自覚しなさい。ちょっとこっちに来て……、ほら抵抗しないっ」
丁寧語を大きく崩しながら、私は夏凜の膝の上に乗せられ背中から抱きしめられるような配置に。左肩よりほんの少し高い位置に彼女の頭が来る……何だこの拷問? 背中に触る感触やら耳にかかる息やらほんのり甘い匂いやら何やらで鼓動が早くなり、後の色々発覚した際に何が起こるかという恐怖心で更に鼓動がバクバク加速する。
温泉でそんなに脈拍上げると湯あたり必至なのだが、いくら不死者といえど気分悪くなるだろうとツッコミを入れたい。
‥………入れたが最後すべてが終了なので、クリティカルなことは一つも言えないのだが。
「あの……、めっちゃ恥ずかしいんスけど」
「私も少しは恥ずかしいですけど、それで気を抜いた瞬間にふっと貴方が倒れでもしたら、やりきれませんから」
「あー、なるほど……。気を遣わせて悪いッス」
「そういう素直なところは、お姉ちゃんは好きですよ?
ええ、そのまま立派な大人になってください」
大変申し訳ないが神楽坂菊千代という経歴には身の安全のための嘘というか「嘘は言わないけど誤解を招く表現」が多数含まれているので、立派な大人にという言葉は素直に頷けず……。
そうか……、彼女からしてみれば私、刀太というか菊千代は、秒速13Kmで九州から近畿の滝壺にシュウウウウウウウトッ! 超ッ! エキサイティンッ! された一般人の子供なのか……。なるほど確かに、そんな子供が検査で問題なくとも一人で風呂に入るとか、絶対何か事故りそうで気が気ではないか。危なっかしくて目が離せず、監督がてら一緒に入って様子を見るくらいは彼女の性格的にやりかねないか。
その心遣いは嬉しい。嬉しいのだが、こう好意的なフラグが積み重なれば積み重なるほど、後での崩壊時にジェンガが音を立てて崩れ去るような恐怖を覚えるのは決して気のせいではあるまい。気分はちょっとしたデスノ〇トというか古畑〇三郎の犯人というかである。気が重い……。
そんなこちらの心境は判らないまでも落ち込んでるのを察してなのか、ごくごく当たり前のように頭を撫でてくる夏凜である。…………いっそ一度開き直って、この恐怖心が振り切れたらもっと安心感があるのだろうが。色々な要因が現実逃避を許してくれない。まぁそのお陰で生理現象も萎えてきてくれたので、殴られるフラグが一つ減ったと前向きに考えよう。はぁ(クソデカため息)。
その後、頭を洗ってもらったり、背中を流しっこしたり(なお普段の夏凜の背中はシミひとつない綺麗なものだった)を表情筋が死んだまま行った。彼女に言われるがままの挙措なので、我に罪無しと自分で自分を免罪しておく。というか免罪させて欲しい……。
あと流石に風呂を上がるのは時間をずらしてもらえたが、扉越しにじーっとこっちが倒れてないか穴が開くように視ているのを察してしまって、少し息が詰まった。
「雪姫でも九郎丸でもいいから誰か助けて……、いやあっちと遭遇したら夏凜のスイッチがオンになるから完全アウトか。現実が手に負えなすぎるな」
とはいえ少なくとも一人で雪姫たちと合流を目指すよりは、二人で向かった方が色々と助かるのは事実ではあるのだが……。考えたら明らかに私、この世界では生活力が足りないのだから、ここはプラスというか、刀太本人の主人公力的なラックに助けられたと思っておこう。
……でもひょっとしてこれ、忍と遭遇するのは夏凜とのコンビでになるのか? と。
うっすら感じるバタフライエフェクトがまた波及しそうな気配に、再び私は深く息を吐いた。