皇帝のライバル   作:喜怒哀LUCK

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次話投稿するのに1ヶ月以上かかるって、どうなんだ


覚悟

 GⅠを獲ったシンフォニアリリーは凄いウマ娘だ、というのが世間での評価である。ジュニア級にあるGⅠはマイルか中距離の2種しかなく、その内の中距離であるホープフルステークスを勝ったのだから、世代の中距離最強はシンフォニアリリーなのだと認識されるのだ。勿論、ホープフルステークスに出てないウマ娘もいるのだから、それは早計だと言う人もいるし全員がそう思ってる訳ではないが、大体がそう判断する。

 一方でそのシンフォニアリリーである私だが、GⅠを勝ったにも関わらず浮かない顔をしていた。GⅠを勝ったことは嬉しいが、シンボリルドルフが出走していないのだから当然中距離最強なんて言えるわけでもなく、それよりもレース中に油断していたこと、囲まれて何もできなかった事が気になっていた。

 今までレースの研究はして、こういうこともあるってことは理解していたが、何もできないとは思っていなかった。少しは動き辛いだろうけど、どうにか抜け出せるものだと勝手に思っていた。しかし実際は何も出来ず、自分の末脚に任せて力付くで破っただけだ。

 勝てたからいいものの、これが皐月賞で、シンボリルドルフが先を走っていたら、とても追いつく事はできず敗北していただろう。だからこそ私はホープフルステークスから1週間は経った今もそのことを引きずっていた。

 

「でもさ、どーやったら上手く立ち回れるかって良くわかんないんだよね。何か技術があるかコツがあればトレーニングとかでなんとかできるんだけど」

「なんとかできると言う所がリリーさんらしいのですが、これはどちらかというとレース経験の不足の問題ですからね」

 

 レース経験の不足、それは私に課せられた課題のようなものだ。レース大会への出場経験がないからか、他のウマ娘たちよりも圧倒的にレースへの経験が足りない。それは特にレース展開への関与に大きく影響を及ぼす。

 例えば今私が抱えてる問題のように、他のウマ娘からマークされることで自分の思う通りに動けないこと。こんなのは幼少のウマ娘なら誰もが経験することだ、レース展開やペースなどを考えずに前へ前へと走るだけの子供の時は、変に囲まれて身動きができなくなったこともあるだろう。少しずつ歳を重ねるにつれて、そこからの抜け出し方や、そもそもその争いに加わらないために逃げを選択したりと、方法はいくらでもある。

 しかし私にはその重ねていくべき経験がない。

 

「だからといってレースに出走したら良いというわけでもありません。確かにリリーさんの弱点を克服するにはレースで経験値を得るのが手っ取り早いですが、それ以上にデメリットが大きいです」

「デメリット?」

「今は1月ですが、皐月賞は4月。それまでにリリーさんはトレーニングでさらに成長が見込めるでしょう。もちろん他のウマ娘たちも成長するわけですが、正確な成長は予想することしかできません」

「まぁ南坂Tが担当してるわけじゃないからね」

「レースに出走することは、その成長の途中経過を見せることになります。そこで今後の成長曲線を予想して、より正確な成長値を算出することができます。相手がシンボリルドルフとなれば、その情報はとても大きな意味を持ちます」

 

 シンボリルドルフはレース展開をコントロールできるウマ娘だ。ペース配分、プレッシャーの掛け方からポジション操作まで、あらゆる展開を操ることができる。そこにはどのウマ娘がどのような脚質、気性、能力を持っているかという情報が重要になる。より強力で効果的なコントロールのために、情報の仕入れは欠かしていないだろう。

 特にシンボリルドルフをも超える末脚の持ち主であるシンフォニアリリーには、確実に注意が向いている。レース中に何か仕掛けてくるのは間違い無いだろう。そんな相手に安易に情報を明け渡すのは宜しくない。

 

「なのでこれ以上レースに出るのは、できれば控えておきたいところですね」

「じゃあどーしたらいい?このまま皐月賞を迎えても二の舞になっちゃわない?」

「流石にリリーさんも注意しているでしょうし、同じ展開にはならないとは思いますが、対策しておかない手はないです。本来なら並走で少しでも経験を積んでもらおうと思っていたのですが……」

 

 新人トレーナー故に、相手を探すことができずに謝る南坂Tに気にしないでと声を掛ける。

 複数人担当していたなら、並走は簡単にできるし、ある程度トレーナーとして交流を広げているなら、知り合いの担当に頼むこともできるだろうが、南坂Tは新人トレーナー、私が初担当だし、知り合いなんて同僚くらいで、まだ担当を持っていない人がほとんどなのに頼めるわけがない。

 

「今は……色んなレースを見て、そこに自分が走ってるように想像して、どうするか考える、しかないですね」

「ま、案が出ないんじゃしょーがないよね。動画は見飽きちゃったし、トレーニング場の娘たち見てくるよ」

「はい。私もなんとか案を考えます」

 

 完全にマークされて囲まれて、というレースは非常に少ない。ウマ娘のレースはエンタメスポーツだ、観客がいてテレビの視聴者もいる中で故意かどうかは別にしても、見ていて印象が良いものではない。そういうことを何度もするようなウマ娘は、レースの出走登録に弾かれたりもするだろう。そんな危険を犯してまでレースに勝ちたいと思うかは分からないが、そのため動画として残っているものは、ほとんどないと言ってもいい。なので動画で対策法を見つけるというのは効率が良くない。

 それならばまだスカウトされていないウマ娘たちの練習を見る方がマシだろう。もしかしたら何か話を聞けるかもしれない。

 そう思って彼女たちの練習場に来て、その姿を眺めていたのだが、どうにも参考にならない。

 

「言っちゃ悪いけど、レベルが違うのかなぁ」

 

 失礼な言い方だが、未だスカウトを受けていないウマ娘とGⅠを制した私との実力差は大きい。当たり前と言えば当たり前なのだが、トレーナーと契約してから約8ヵ月経ったが、見ていた相手は常にレースに出場していたウマ娘だ。特に重賞レースに出られるウマ娘は一握りしかいない。そんなウマ娘たちと比べてしまい、どうにも物足りなさを感じてしまう。

 それに既にデビューしている私が何でいるのか?という視線を感じて居心地が悪いので、端っこの方で見学することしかできていない。ぶっちゃけあんまり見ている意味もない気がするけど。

 

「ほぅ……良いトモだ。ハリがあって柔らかくて力強い弾力もある、君は将来伸びるぞー」

 

 このまま収穫はなしかーと思っていたら、急に後ろから脚をベタベタと触られた。褒められるのは悪くない気分だけど、それ以上に気持ち悪い。

 

「フンっ!」

「ぐげぁっ!?」

 

 とりあえず蹴った私は悪くないと思う、本気じゃないし死んでないでしょ。

 

 

「いやー失敬失敬、もう担当契約してるウマ娘だとは思わなかった」

「だとしても何も言わずに触っちゃうのはアウトだから」

 

 なんと蹴り飛ばしたのはトレーナー、しかもチームを持つトレーナーだった。今日はチームへとスカウトするウマ娘を探しに来たらしい。そこで私を見かけて思わず脚を触ったとのことだった。癖なのか知らないけど、それは直したほうがいいと思う。

 

「それでお前さんは何でここに?」

「ちょっと悩み事っていうか、走り方を学びに」

「自分の担当トレーナーに聞きゃ良いんじゃないのか?」

「そーなんだけど、そう簡単にはいかないんだよねぇ」

 

 担当トレーナーじゃないトレーナーに事情を話すのは良くないが、仮にもトレーナーなのだから何か良い案を出してくれると思い話してみる。

 

「レース中に囲まれた時の対策か、これまた難しい内容だな」

「そんなに心配する必要もないと思うけど、やっておいて損はないからね」

「囲まれる前に何とかするってのが普通なんだが、そういう答えを求めてるわけじゃないんだろ?だったら俺から言えるのは、あんまり慌てずに動くのは最小限にしろってくらいだな」

 

 へぇ、それは初の意見だ。南坂Tとも何度か話し合ったけど、動いて隙を見つけるというのが回答になった。それに不満も疑問もなかったけど、そう言われると理由が気になる。

 

「そりゃ囲まれてる身としてはどうにかしたいって気持ちになるだろうが、精神的に不利なのは囲ってる方だ。相手を逃したらダメな以上常に気を使わないといけないし、前の動きも見ておかねぇと仕掛けるタイミングの逃してしまう。相手を封じ込めるって聞こえはいいが、リスクが高い」

「言いたいことはわかるけど、だからって何もしないよりは動いたほうが良くない?その分相手も疲れるしさ」

「そういう考えもあるが、それを見て相手は焦ってると思うだろうな、精神的に楽になっちまう。それよりも虎視眈々と隙を狙ってプレッシャーを与える方が相手は嫌がる。それで少しずつ内か外を取ろうとしたら良い」

 

 ウマ娘のレースには、いくつか規則がある。決められた蹄鉄を使うとか、ドーピング禁止とか色々だが、その中に斜行というのがある。簡単に言うと他のウマ娘のすぐ近くでその邪魔をするのは禁止というものだ。これはウマ娘同士の接触を防ぐためでもある。時速60〜70km走るウマ娘たちがぶつかってしまえば、それだけで大怪我を負ってしまう。それを逆手にとって、内か外から行こうとすれば、相手は距離を考えながら防ぎにいかなければならない。それが積み重なれば、気づけば前へ前へと移動しており、自分が思っている以上のペースで走ることになり、プレッシャーも相まってスタミナが切れ、ブロックすることもままならなくなる、というのがこのトレーナーの言いたい事だと理解した。

 確かにそういう考えはなかった。どうしても囲まれることを想像するとどうにかしなきゃという気持ちがあって冷静な考えができてなかった。思っていたよりも有用なアドバイスで気分的に楽になった。

 しかし、どうしてもこのトレーナーの言ってることでできないことが一つある。

 

「プレッシャーって言われても、良くわかんないだよね。それを持ってる娘なら何人も見てきたけどさ、いざ自分が出すってなるとどうしたらいいかわかんないっていうか」

 

 例えばシンボリルドルフ、アイツはプレッシャーというかオーラに近い雰囲気がある。近くにいるだけで重圧がかかり、まるで水の中にいるかのように自分の動きが悪くなっていく、そんな感じだとフルフライトから聞いた。他にも重賞レースで出会ったウマ娘たちは、大小あれど威圧感というのがあったが、それが自分にあるのかどうかわからない。

 

「まぁプレッシャーを出せるウマ娘ってのは大体が強いウマ娘だ。お前さん、触った感じ良い脚力してると思うが、どうなんだ?」

「強いと思うよ?G Ⅰ獲ったし」

「へぇそりゃ凄いな!にしては自信がなさげだな」

「んー、無いわけじゃないけど、知ってるウマ娘がめちゃくちゃ強くてさ、勝てるかって言われたらどーだろってなるんだよねぇ」

 

 前に南坂Tは2人だけのレースならシンボリルドルフに勝てるって言ってくれた。それは私もそう思うけど、実際のレースではそんな状況にならない。走るのが早くてもレースで走るのが遅くては勝てないのだ。

 

 

「……そこで勝てるって言えなきゃ、絶対に勝てないぞ」

 

 

「え?」

「例え相手がどんなに強かろうが、それでも勝つのは自分だって思え、自分の方が強いって思え。いいか、敵は自分自身だってよく言う奴がいるが、俺はそれは間違ってると思う。自分が自分の事敵にしてどーする、疑ってどーする。自分の事は自分が一番信じてやらなきゃならないんだ」

「自分を信じる……」

「自分は強いから油断しろって意味じゃねーぞ。少しでも負ける気で走っちゃいけない、100%勝つ気で走れってことだ」

 

 私は今までどんな気持ちで走っていただろうか。強いウマ娘と走れることにワクワクしていた。もっと熱くなれるレースを望んでいた。本気を出せることに興奮していた。

 どれも間違ってはいないだろうけど、レースで勝つという思いとは離れている考えだ。もっと根本的に、ウマ娘としての本能である競い合い、そして1番であること、それが足りなかったのかもしれない。

 私が勝つ。私が1番で走り抜ける。相手が誰でもあろうとも、例えあのシンボリルドルフだろうとも。

 勝つのは、強いのは私だ。

 

「ん、ありがと。何かスッキリした」

「自分が言ったこととはいえ、ここまで変わるとは思ってなかったな」

「変わった?そうは感じないけど」

「周り見てみろ、皆お前さんを警戒してるぞ」

 

 言われて周りを見ると、練習していたウマ娘たちはこっちを見ていた。それはさっきまでの視線から、若干怯えや焦りといった表情が入り混じっている。まるで近くでプレッシャーをかけられてるウマ娘のような感じだ。

 これを私がやったというのは信じ難いね。

 

「他の担当のトレーナーなのに色々聞いちゃってごめんね」

「何、勝手に脚触っちまったからな、その礼だ、気にすんな」

「それでも結構助かったからね、アドバイスありかとう」

「アドバイスを求められたら応えるのがトレーナーだ」

 

 その後少し雑談をして私は去った。私がいるとウマ娘たちの気が散るみたいだし、トレーナーのスカウトの邪魔になっちゃうからね。

 ……そう言えば聞いてなかったけど、何て名前の人だろ。皐月賞で勝ったら礼くらい言わないとね。

 

 

 

 それから何ヶ月かして3月、今日は皐月賞のトライアルレースである弥生賞の出走日だ。シンボリルドルフが出ると言うのは事前に知っていたので、当然偵察に来ている。シンボリルドルフが勝つことを疑ってはいないが、前の出走からどれだけ鍛えたのか、バッチリ見せてもらおう。

 席は前と同じ、コースの出入り口付近でレースが始まるのを待つ。実況と共に続々と出走ウマ娘たちが出てきて、いよいよシンボリルドルフの出番となった。

 

『1番人気12番シンボリルドルフ、ここまでレースは全戦全勝、皐月賞へのトライアルレースとなるこの弥生賞でも1番人気です。前走よりもさらに鍛えられた身体、今日も調子は良さそうです。貫禄ある雰囲気はもはや勝ちを確信しているかのようだ』

 

 解説の言った通り、前よりも仕上がっている。調子も悪くなさそうだし、レースを見るまでもなく勝つのがシンボリルドルフだと思わされる。そしてあのプレッシャーも、より鋭さを増しているように見える。

 それでも前はレベルの差を感じさせたのに、今は脅威を感じない。強いのは手に取るようにわかるけど、それでも私が勝つからだろう。

 そんな私の視線を感じたのか、シンボリルドルフはこちらを振り返った。そこには驚いたような表情がある。が、すぐに挑戦的な表情に変わり、見ていろと言わんばかりに背中を向けてコースへと入っていった。

 

「シンボリルドルフも見たし、帰ろっか」

「良いんですか?折角レースを見にきたのに」

「どうせ勝つのはあいつでしょ。分かってるのにわざわざ見る必要ないし、後でレースの動画だけチェックしとくよ。それよりもトレーニングした方がいいかな」

 

 シンボリルドルフ、もうすぐあんたと走ることができる。それをずっと楽しみにしてきたし、それはあんたも同じだろう。どっちが強いか白黒つけようじゃないか。

 

 勝つのは、わたしだ




『1着おめでとうございます。晴れて皐月賞の出走権を獲得できました。意気込みを教えてください』
「皐月賞でも皆様の期待に応えられるよう頑張りたいと思います」
『同じ中山レース場、右回り、2000mであるGⅠホープフルステークスを勝ったシンフォニアリリーさんについて、どう思いますか』
「非常に鋭い末脚を持っています。油断していたら後ろから一気に差されるでしょう、強く意識しています」
『最後に皐月賞への意気込みをお願いします』


「さぁ、戦ろうか」

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