皇帝のライバル   作:喜怒哀LUCK

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約一か月に一回の更新

早くはしたいけど、難しいね


領域

 前日にレースがあって疲労困憊でも、学校は普通に始まる。流石に平日のレースは公欠として扱われるが、怪我でもしない限り翌日からは授業に出なければならない。正直疲れは残っているが、しょうがない。

 というかそんなことが気にならないくらい、クラスメイトから遠巻きに噂されてた。まぁ同級生でデビューしているウマ娘は少ないし、ましてやダービーに出走したなんて身近にあるもんじゃない。それも2着という結果なのだから、それがどれだけの功績か知らない彼女たちではなく、是非とも話を聞きたいだろう。しかしレースで1着以外は無価値とは言わないが、負けは負けなので、負けたウマ娘にそのレースのことを聞くのは憚られるので、様子を窺っているといったところだろうか。

 まぁ気を使ってほしい部分はあるが、ここまであからさまだと逆に居心地が悪いし、いっそ聞いてほしいと思う。自分からは言わないけど。

 そうして一人でいると(決してボッチではない)昨日のレースについて思い出す。負けて悔しいのもあるけど、何かミスやこうしたら良かったなんてことがないか考えるためだ。レースが終わってからも少し考えたが、どうしても頭から離れないのは、シンボリルドルフが私より速く走ったことだ。

 レース直後は無理矢理納得したが、どうしても腑に落ちない。私より速いなんてことは、それこそスプリンターのウマ娘くらいのものだ。シンボリルドルフのスタミナを考えると適正はミドルからステイヤー向きだろうし、尚更理解できない。

 理解できないと言えば、あの空間、玉座の前にシンボリルドルフが立つあれは、何なのだろうか。

 気になるのは、あの空間を塗り替える、或いは創り替えるような力はトレーニングや何かしらの鍛錬で身に着けられる技術なのか、ということ。あの感覚を受けてからシンボリルドルフの様子は変わり、急激に速くなった。それがこの力によるものなのかどうかは非常に重要だ。もしそれが単なる技術だとするなら、私にも身に着けることができるかもしれないし、偶発的に起きた事なら次のレースで起こるとも限らない。まぁシンボリ家秘伝の技術とかだったらどうしようもないんだけど。

 問題はそれをどう知るかということで、まさか直接シンボリルドルフに聞くわけにはいかないし、あれほどの効果を持った技術ならデビュー前のウマ娘が使わない手はないし、少なくとも重傷を勝てるウマ娘が持っている技術だと考えるべきだろう。けど私にそんな知り合いはいないし、南坂Tも知っているかどうか。

 

 まぁ心当たりがないこともないけど、ちょっと行くのをためらう場所なんだよねぇ。

 

 そこは限られたメンバーしか入室を許されず、そのメンバーは各重賞を制覇した有名なウマ娘から成り立つ。そのトップに座るのが、三冠バであり現生徒会長シンザン会長、つまり生徒会だ。シンザン会長ほどのウマ娘なら、答えは知らずとも何か知っているはずだろう。

 生徒会室の扉の前に立つ、用もないのにここに来るなんて、なんか職員室に呼び出された気分だ。まぁここまで来たら行くしかないんだけど。

 

「……シンフォニアリリー、なぜ君がここに?」

「シンボリルドルフっ!? そっちこそなんで」

 

 ノックする寸前、声を掛けられると、そこにはシンボリルドルフがいた。

 

「生徒会長に、昨日のことで聞きたいことがあってね。君は?」

「私も、昨日のレースのことで用があったんだけど……」

「要件は同じか……、なら一緒に入っても問題ないだろう」

 

 問題はないよ、ただ物凄く気まずいけどね! 何が悲しくて負かされた相手と仲良く生徒会室に入らなきゃいけないのか、入るけども。

 私に代わってシンボリルドルフがノックする、少し間があって入室を促す声が聞こえたので、その扉を開けた。

 

「(へぇー)」

 

 初めて生徒会室に入ったけど、想像しているような空間ではなかった。パイプ椅子や折りたためるテーブルが置いてある、あくまで生徒が使う部屋という感じではなく、しっかりとしたソファーや何かのトロフィーが飾ってある棚があり、どちらかというと校長室とか応接室のような感じで、どこか荘厳とした雰囲気が漂っている。そしてその中でも中央に位置する生徒会長の椅子に、目当ての人物は座っていた。

 神ウマ娘、生徒会長シンザン。額の所だけ白い短めの鹿毛、既に引退したにもかかわらず制服の上からでもわかる鍛えこまれた身体、そして神と呼ばれることになんら疑問を浮かべられない圧倒的威圧感。

 これが、生徒会長か。初めて会ったけど、勝てる気が一切しない。シンボリルドルフを見た時も同じようなことを思ったが、あれはまだ自分の実力が低かったからで、今なら勝てないとは思わないけど、この人はまるで格が違う。レースを始める前から2着争いをさせられる実力差がそこにはあった。

 いや実際は引退してるし、トレーニングはある程度しているだろうけど、私たちほどではないだろうし言い過ぎな気もするけど、そう思わせる凄味がシンザン会長にはある。

 

「初めまして、私が生徒会長のシンザンだ」

「初めまして」

「お久しぶりです、シンザン会長」

「あぁ、シンボリルドルフ君は久しぶりか。以前シンボリ家主催のパーティーに招待されたとき以来か? まぁそこのソファーで楽にしててくれ」

 

 私は初対面だったけど、シンボリルドルフは前に会ったことがあるようだ。まぁ有名なシンボリ家ともあれば色んな行事はあるのだろうし、トレセン学園において重要な位置に在するシンザン会長を招待することもあるのだろう。

 失礼します、とソファーに座るのを見届けて、シンザン会長は手元の書類を捌き始めた。

 

「すまないが少々忙しくてね、仕事をしながらの相手になる」

「構いません」

「そういえば、昨日は良いレースだった。ダービーは特別なレースだ、私としても思い入れのあるレースの1つ、見応えのあるものになって良かったよ」

 

 シンザン会長もダービーを見ていた、それは好都合だ。あの時私は異変を感じたが、周りからはどう映ったのかというのは聞いていない。シンボリルドルフも関係者だし、第三者としての意見を聞くには最高の相手だ。

 

「そのダービーで起きた事について、シンザン会長にお聞きしたいことがります」

「ダービーで起きた事? 特に変わった様子は窺えなかったが」

「私は、最後の直線、ターフの上を走っていたら急に目の前の景色が変わりました。まるでそこは玉座を目の前にしているようで、とても圧迫感というか、その空間において異物として扱われていたような、そんな感覚を覚えました」

「……私も似たようなもので、知らずのうちに玉座へと足を運び、気が付いたらその空間は消え去り、身体の内から溢れるような力と全能感を覚え、私はその空間を自分がいるべき場所だというように感じました。シンザン会長はこのような事に見覚えはないですか?」

 

 シンザン会長は筆を進める手を止め私たちの話を聞いた。しかし返事は首を振るだけだった。

 

「残念だが先ほども言ったように、変わった様子はなかった。二人の話に共通する玉座というのも、私は一度も見たことはない」

 

 分かっていたことだが、期待していた答えは返ってこなかった。そもそもが突拍子な話だし、それがシンボリルドルフと私という限定的な組み合わせで起きた現象なのかもしれなかったのだ、完全な答えなんてそもそもないのかもしれない。少しでもヒントになるものがあったらとは思ったけど、そう甘いものでもないらしい。

 

「期待に応えられなくてすまないね」

「いえ、こちらこそ急に変な話をしてしまってすみません」

「気にしなくていい、とても興味深い話だった」

 

 まぁ収穫はなかったが、シンボリ家秘伝でも、シンザン会長のような強いウマ娘は知っているような技術でもなく、偶然起きた事で、それが偶々シンボリルドルフを味方したってことでも分かれば十分だ。レースで不確定要素があるのは気になるけど、それを気にしすぎても仕方ない。無いものと考えてトレーニングに励む方が建設的だろう。

 

「時にシンフォニアリリー君、君はその玉座の空間を圧迫感や異物と言っていたね」

「はい、それが何か……」

「それは────

 

────こんな感じかい?

 

 悪寒、背骨に氷柱を差し込まれたような冷たさと威圧感が襲う。かといって冷気があるわけではなく、ただ本能がここから逃げろと訴えている。一瞬の後、影が差したことに気付き見上げると、頭上から鉈が振り下ろされていた。

 

「「っ!!?」」

 

 反射的に横へと飛ぶ。鉈は易々と私とシンボリルドルフが座っていたソファーを切り裂き────そこで今まで襲っていた威圧感は霧散した。それと同時に冷や汗が流れる。切り裂かれたはずのソファーは何事もなかったかのように鎮座し、鉈なんてどこにも見受けられない。まさにダービーと同じような感覚だった。

 

「フッ、すまない、脅かし過ぎてしまったか。どうかな? 君が感じた圧迫感や異物感はあったかな?」

「……会長、今のは」

「まさかクラシック期のウマ娘が、それもこんなに早く目覚めるとはね」

 

 今のは、確かに圧迫感や異物感を感じたがダービーの時のとは全くの別物、下手すればそれ以上に感じた。というかこの反応、シンザン会長本当は知っていたな。

 再びソファーに座ることを促されたので座るけど、大丈夫? 急に真っ二つになったりしない?

 

「話していただけるんでしょうね」

「あぁ、今だ不明な点も多いが、使う者は自身が生み出す空間のことを”領域”と呼ぶ」

「領域……」

「領域とは、自分の潜在能力を余すとこなく引き出し開放する空間を生み出す技。シニア級の猛者たちはほとんどがこれを使えると言っていい。いくつかの条件を果たすとこれを発動することができる」

「条件?」

「まず一つは、領域を生むための条件を満たすこと。もう一つは強くあること。重賞、特にGⅠを制するくらいの実力がなければ発動することができない。潜在能力を発揮するため身体への負担も相応に大きくなる。これは身体が勝手に判断するのか、条件を満たしても強さがなければ領域を生むことはない」

 

 GⅠを制する強さは当然シンボリルドルフは持っている、すでにシニア級と比べても遜色ないレベルだ。その上で条件を満たしたから、あの時無意識に領域が生まれたのだろう。

 

「クラシック期のウマ娘が、といったのはこういうことだ。ダービーを制してもその時のレベルによっては領域を扱えるような強さに至っていないことが多いし、何せ手探りで領域を発動する条件を満たすなど、ほぼ不可能に近いからね」

 

 しかし一度発動してしまえば、その条件を調べ解読することができる。完全に解読してしまえば、次からは領域を自由に使うことができる。恐らくシンボリルドルフならすぐに解読して、次からは領域を使うウマ娘として立ちはだかるのだろう。

 となると領域に対抗するには、もう領域しかないだろう。

 

「私にもシンボリルドルフと同じ領域が使えますか」

「似たようなものなら使えるかもしれない。領域の条件はウマ娘一人一人で違い、その効果や強弱もまた然り、君が領域を発動するまでどんな効果かわからない。それに発動のタイミングが同じとは限らない、それも条件のうちの1つだ」

 

 玉座に君臨する領域と、鉈を振り下ろす領域、その二つを比べると確かに同じものではない。シンザン会長の領域の効果がどんなものかは知らないけど、シンボリルドルフの領域は、おそらく速度を飛躍的にあげるものだったのだろう。元の速さに領域による速さが加わったことで、私より速く走ることができた。

 私の領域がシンボリルドルフと同じ速度を上げるものだとして、同じタイミングで発動できたとしても、その効果の大きさによっては勝つことも負けることもある。まるで博打だ。そんな博打でもいいから勝ちたいといえば勝ちたいが、そんなものに頼って勝負するのって、レースをしてるって言えるの?

 私は走りながら、運よく領域が発動するのを祈り、発動できなければ走る意味がなくなる。それの何が楽しいんだ。

 私は、全力で走って、出せるもの全部出して、それで負けるなら構わない。

 

「……シンザン会長」

「どうした?」

「領域を発動していないウマ娘が、領域を発動したウマ娘に勝ったことはありますか」

「……レースに絶対はない。領域がもたらす影響はとても大きく、殆ど発動した側が勝つ。しかし極僅かだがそういう事例はある」

 

 ただそれは両社に余程の差があったから起きた事だ、とシンザン会長は言った。それは領域の効果の強さをもってしても差を埋めることができなかったからであり、私とシンボリルドルフの実力差と、領域の効果の強さを考えるとありえない、と言っているようだった。私とシンボリルドルフの実力は贔屓目に見てほぼ僅差のはずだけど、私より速く走ることのできる程の領域が相手になる。

 単純に、シンボリルドルフが今よりさらに強くなっただけだ。

 

「充分だ。なら私がその領域よりも強く、なったらいいだけの話。領域なんかなくたって私は勝つ」

 

 隣を一瞥し、ソファーから立つ。失礼しますと一言言って、私は生徒会室を後にした。

 菊花賞は3000mの長距離、今まで以上にスタミナが必要になるけど、それ以上にスピードの強化も必要になる。時間は少しでも惜しい、今日は休日だけどメニューを考えるくらいはできる。

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