皇帝のライバル   作:喜怒哀LUCK

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遅くなってしまって本当にすみません


合宿(前)

 7月が後1週間程に迫り、学生にとっては待ち望んだ夏休みがやってくる、その殆どは久しぶりに帰省し家族との団欒を楽しむだろう。しかしトレーナーが付いているウマ娘は違う、一時的に帰省することはあっても1.2週間程で学園へ戻り、次のレースに向けてのトレーニングを再開する。夏休みになれば授業はなくなる、課題も出されてはいるものの一般校に比べたら少ないし、その時間をトレーニングに費やせる、絶好のレベルアップ期間なのだ。

 当然私もトレーニングを積む予定だ、しかも次はクラシックレースの最後、菊花賞だ、帰省も親に連絡して見送ってもらったし、思う存分にトレーニングできる。

 

「やっぱり合宿所は空いてない?」

「すみません、私がもっと早く連絡しておけば……」

「しょうがないよ、チーム組んでるところが優先だしね」

 

 トレセン学園のコースは貸出制である。コースは広くいくつかあるけど、何百何千のウマ娘がトレーニングをするのだから必然的に使える時間というのは限られてくる。誰もが自分のウマ娘を練習させたいとトレーナーなのだから、そこに先輩後輩は関係なく公平に行われる。

 そこで考えるのが、学園外のコースを借りて優先的に使うこと。勿論他のトレーナーも同じことを考えるので、貸切状態とまでは行かないが、それでも長時間コースを使用できる。そしてより効率的に利用するためにコースの近くの宿泊施設で泊まること、つまり合宿を行うことである。合宿を行うことでより密度の高いトレーニングができる。

 しかし合宿をするためには、かなりのお金がかかる。コースの使用料金、宿泊する施設代金、食事代等、色んな所でお金を消費する。特に宿泊代と食費、その辺の安いビジネスホテルでも2月も泊まればかなりの金額になるし、食費に関しては普段は学校で無料で食べ放題しているが、それはレースの入着賞金をトレセン学園に還元しているからだ。ウマ娘の食べる量は一般男性よりも多く、一人で3~4人前食べる。外食をするならば日に1万以上食べることなんて普通に起こる。自作することができれば酔いが、朝から晩までトレーニングをして疲れた状態ではそれも無理だろう。そうなると一体いくらかかるのか。

 そんな声があちこちで上がったのか、トレセン学園が合宿専用の施設を建ててくれた。宿泊料はあるものの他のホテルと比べたら格段に安く、食事も無料で出てくる、トレセン学園をさらに作ったような合宿所を建てたのだ。

 まぁそれでも合宿所に収容できる人数には限りがある、できる限り多くの人数を入れたいため、予約をしてもチームを結成しているところが優先的になってしまう。

 

「(でも実際合宿をしたかったのは事実)」

 

 当然ながら私はジュニア期に合宿をしていなかった、それは身体がまだ出来上がってないからだ。いくらデビューしたとはいえ成長途中の身体では、過度なトレーニングで逆に故障する原因となりえる。ジュニア期に出走できるレースが少ないのもそのためである。1年は身体を作る期間としてじっくりと鍛えるのが新人やベテラントレーナーに関わらず共通の認識である。例外があるとすればチームに加入した場合で、たった一人の都合で合宿をしないという選択肢はなく、それなら別に軽めのメニューを作って参加させることがある。

 そう、シンボリルドルフはチーム”リギル”へと加入した。となればジュニア期でも合宿に参加しただろう。身体を作る期間とはいえ、その密度は普段のトレーニングとは比にならない。今年はさらに濃密な練習を行うに違いない、そうなれば私との差はより開いていくだろう、それだけは避けたかった。

 どうにか合宿はできなくても、それに近い環境でトレーニングできないものか。

 そんなことを考えながら幾日か過ぎて、夏休みまで一週間を切った日、南坂Tがなんとも微妙な顔をしてコースへとやってきた。

 

「どしたのトレーナー、何かあった?」

「いえ、実は私たちも合宿をすることができそうなんです」

「ホントに!? どうやったの?」

「以前フジキセキさんに興味があるチームがあったら話を通すって言ったのを覚えていますか?」

 

 そういえばそんなこともあったなぁ。あの時は私もダービーに向けて追い込んでたし、そんな私に気を使ってかルームメイトだけどあまり話をすることはなかった。一応チームに所属したとは簡単に聞いてはいたけど、それがどうかしたのだろうか。

 

「私の眼から見てもフジキセキさんは優秀で、将来性もありました。そんなウマ娘を紹介したものですから、そちらのトレーナーからお礼にチームの合宿に参加しないかと打診がありました。私が少し前から合宿したいけど、と零していたので考えてくれたようです」

「そっか。いやー、良いことはするもんだね」

 

 やった、これで菊花賞に向けて追い込みができる。正直ここでどれだけ練習できるかで大分変わってくる。これは私たちにとって追い風となるんじゃない?

 ……合宿に参加できるのは良いことだけど、じゃあなんでトレーナーは浮かない顔をしてるんだろ。

 

「実はその、フジキセキさんが所属したチームが、実はリギルでして」

「ヘェー! まぁフジちゃんならそれくらいでも全然違和感ないよね」

「そうなんですけど、リギルにはシンボリルドルフさんもいますよね」

「そりゃリギルなんだし、当ぜ……ん?」

 

 ……ってことは、もしかして?

 

「リリーさんはシンボリルドルフさんと一緒にトレーニングをすることになります」

「Oh……」

 

 それはなんとも、気まずいね、トレーナー……。

 

 

 

「本日より夏合宿を開始するが、事前に話していたように他トレーナーとその担当ウマ娘が参加する。トレーナーは皆のサポートをするし、担当ウマ娘も基本トレーニングはこちらに合わせてもらうけど、個別トレーニングではそうはいかない。並走を頼むときやコースを使用する際は確認を取ること、いいわね?」

「「「はいっ!」」」

「それじゃあ二人も、軽くでいいから自己紹介をしてもらえるかしら」

 

 うーむ、名家のトレーナーだけあって指導に自信がありそうな感じ。リギルのメンバーの統率も取れてるし、信頼されてるんだろうな。でも軍隊染みてて私には合わない、私はもっと走ることを楽しみたいから。

 

「初めまして、トレーナーの南坂と申します。私たちもリギルの合宿に参加させてもらい、大変ありがたく思います。最優先はシンフォニアリリーさんへの指導になりますが、それ以外の雑用等精一杯やらせていただきますので、どうかよろしくお願いします」

「知ってる顔もいるけど、初めましての人は初めまして、シンフォニアリリーです。気軽にリリーかシンフォニーって呼んでください。短い間だと思うけど、並走とかこっちの勉強にもなるし、誘ってくれればOKするんで、一緒に頑張りましょー」

 

まぁ1人仲良くできるか分からないやつもいるけどね。並走とか誘われたら参考になるから付き合うけど、それ以外でお話とかは流石に無理かなー。

 

「シンフォニアリリーは荷物はもう置いてきたな? ならすぐにトレーニングに取り掛かる、まずはアップから!」

 

 勢いの良い返事と共に、チームリギルが始動する。フジちゃんも迷いなく行動しているあたり、事前にトレーニングメニューは知らされていたみたいだね。私も遅れないように皆の後ろに着いていくと、フジちゃんが近づいてきて小声でどんなメニューをするのか教えてくれた。思っていたよりも基礎メニューが多い、もっとハードトレーニングで追い込んでいくのかと思ったけど、そうではないらしい。

 今も合宿所近くの浜でランニングをしている。砂が緩衝材になって長時間走っていても足にかかる負担が少ないらしい。

 

(とはいえ、ダートを走るのは慣れないな)

 

 確かに踏み込むたびに足が沈むから、反発が少なく感じる。けどその分滑りやすい。いつもなら踏み込めばグンと前に進むのに、力が分散されて思っているほどうまく走れない。コースの整備された芝と違って浜はガタガタしているから、身体もフラフラ重心が定まらなくて余計に疲れる。

 だからまず、しっかりと足の指先で砂を掴む。そして足首で掻き出すように砂を蹴り上げる。

 うん、さっきより走りやすい。

 アップが終わるころには慣れない砂で走ったフジちゃん達は息を荒くしているが、私や他のリギルのメンバーはまだまだ余裕がある。フジちゃんが「リリー先輩は初めて走るって聞きましたよ……?」と、自分と同じようになってないことを不思議がっている。

 アップが終わったらコースを借りて、ゲート練習から距離に合わせてのタイム走、並走、個人トレーニングへと続く。ゲート練で特に上手かったのはマルゼンスキー先輩(気楽に呼んで良いって言われたからマルちゃん先輩にしよう)とやはりシンボリルドルフ、逃げウマ娘が逃げ遅れたら元も子もないから当然だし、ルドルフもゲートの枠がどこでも第1コーナーを曲がるころには上位をキープしていた。私は中の中くらい、ぶっちゃけあんまり得意じゃない。タイム走はルドルフがぶっちぎり、意外とマルちゃん先輩は好き勝手に走りたいタイプでフジちゃんの方が上手かった。

 休憩を挟んで並走練習だけど、私はマイル~長距離は走れるから誰とでも付き合いますよ~。

 

「シンフォニアリリー、ちょっと良いか?」

「なんでしょう東条トレーナー」

「貴女には並走ではなく、ルドルフと二人で競って2000mを走って欲しいの」

 

 はい?

 並走でルドルフと走るのならわかる、こっちも走りの参考になるけど、そのぶん情報を手に入れられるし。2000mなのも、まぁわかる、いくら次が菊花賞とはいえそれに合わせて並走距離も長くしなくても、個人トレーニングで長距離を走る練習はできるし、無理する必要はない。

 だけど競うって、しかも二人で?

 

「いいですけど、大丈夫ですか?」

「何がかしら?」

「私、勝っちゃいますよ」

 

 虚勢でも驕りでもなく、結果は見えている。

 

 シンボリルドルフと並んでコースに立つ。ゲートはないし他に走るウマ娘もいないからレースとは言えないが、シンボリルドルフと競い合える。距離2000mは皐月賞と同じ、状況は全くの別物だけど、リベンジさせてもらおうか。

 東条トレーナーが鳴らした空砲を合図に、私たちは走り出す。基本ルドルフの後ろを追走していればペースは問題ないだろうけど、その考えを利用してくるかもしれないから油断は禁物だね。

 1000mを越えるまでルドルフは何もすることはなく、それからも何もせずにレースは終盤へと入っていく。ほぼ同時にスパートを掛け始め、3バ身少し離れていた差は少しずつ縮まりながら最終コーナーを抜ける。そして直線勝負でルドルフを抜き去り、3、4バ身程の差をつけて私が勝利した。

 

「ルドルフ先輩が負けた……?」

 

 フジちゃんとその同期(エアグルーブちゃんだったかな?)が唖然とする。無敗の2冠バであり同じチーム内でその強さを理解している二人にとっては目の前の事実は信じられないものなのだろう。けどこれは当然の結果だ。

 まずはシンボリルドルフがプレッシャーを掛けなかったこと。これは純粋に効果が薄すぎるから。ルドルフの強みはレースコントロールが上手いこと、しかし他のウマ娘がいない状況ではペースを狂わせることも、掛からせることもできない。

 そして私がスパートしやすいこと。もし他のウマ娘がいたなら私はその娘の外を走らなくてはならない状況にルドルフはしてきて、その分不利が生まれたけど、今回に限ってはスピードに乗り放題で、多少外に膨らんでも十分に加速しきれた。

 そんな私に有利すぎる状況なのだから勝って当然だった。前に南坂Tも言ってたけど、私とシンボリルドルフの二人だけの勝負なら、私が勝つというのはこういうことだ。

 とはいえ全力で走ったことには変わりないのでもうヘトヘトだ。思いっきり走れたし、ルドルフのような強いウマ娘とも走れたし満足した。あとはクールダウンのストレッチをして今日は上がりかなー。

 

 

 

「凄まじいな」

 

 それが東条ハナのシンフォニアリリーに対する評価だ。シンボリルドルフを始めてみた時は、このウマ娘が時代を引っ張っていくのだと確信できる程の衝撃を受けたし、それに見合う実力も兼ね備えていた。皐月賞ではギリギリの勝利だったが日本ダービーでは圧勝し、無敗の2冠を達成した。このまま無敗で3冠バになるのも夢じゃないと思っている。そんなシンボリルドルフのライバル的存在のシンフォニアリリーのトレーナーである南坂はトレーナーとしての後輩で、そんな彼からフジキセキというウマ娘を紹介され、それもとびっきりの原石なのだから、少しくらい恩を返さないと罰が当たるだろうと、リギルの合宿に誘ってみた。合宿所の手配が出来ないと嘆いていたので感謝されたが、お互い様だろう。

 より近くでシンフォニアリリーの成長を観察できれば、こちらとしても助かる話だった。

 合宿が始まってアップで砂浜を走っているウマ娘たちを見る。去年合宿に参加したメンバーは難なく走っているが、今年参加のフジキセキとエアグルーブ(彼女もまた才能あるウマ娘)、そしてシンフォニアリリーは中々苦戦している様だった。

 

「リリーさんはダートを走ったことがないんです」

 

 そう隣で言う南坂に納得する。去年のルドルフも慣れるまでは苦戦していたから、それまでは仕方ないだろうと。

 そんな想いとは裏腹に、すぐにその走りは変化した。砂をしっかりと掴み、力強く蹴りだす走り、そう簡単にできるものではない。なのにこんな短時間で走り方を学んだとでもいうのか。

 その後の練習では目ぼしい成果は上げていなかったが、直線での速さは群を抜いている。シニアで一線級の走りをするマルゼンスキーよりも確実に速いと。

 

「シンフォニアリリー、ちょっと良いか?」

「なんでしょう東条トレーナー」

「貴女には並走ではなく、ルドルフと二人で競って2000mを走って欲しいの」

 

 皐月賞を勝利したが、どっちが勝ってもおかしくないレースだった。今はさらにトレーニングを積んでるし同じ条件でレースをすることは叶わないが、知っておかなければいけないことがあって提案した。

 結果は、予想通りだった。

 シンフォニアリリーに有利な条件だったのはあるが、まさか4バ身近くも差が出るとは思わなかった。精々2バ身くらいだろうとどこか思っていた。しかし、これでハッキリした。総合的な走りで最強はルドルフだが、身体能力という点においてはシンフォニアリリーが上である。

 

「もしペースの作り方を覚えたら、コーナリングの技術を身に着けたら、レースのコントロールする術をものにしたら」

「東条先輩?」

「南坂、もし貴方とシンフォニアリリーが良しとするなら」

 

 リギルに下る気ははないか?

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