皇帝のライバル   作:喜怒哀LUCK

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合宿(後)

 合宿も1週間が経って、皆がトレーニングの過密さに慣れたころには私の周囲にも変化が起きた。よく並走に誘われるようになった。人数も一気に増えて今じゃ10人くらいで疑似レースをしながら走ることもある。

 ぶっちゃけ私の走りは末脚頼りの力技だから参考にはならない。逆にシンボリルドルフの走りは非常に参考になる。あの時私は4バ身の差をつけたが、裏を返せばシンボリルドルフの走り方はそれだけの差をひっくり返せることと同義だからだ。皆その技術を学び身に付けようと必死になっている。フジちゃんまでルドルフ派になったのは少し悲しいけど。

 今はシンボリルドルフの走りを観察もしくは並走で実感し、それを私相手に試すという都合の良い使われ方をしているが、私もルドルフのような走りをいきなり覚えられないので、少し拙い技術を何度も体験できるしありがたいね。

 とはいえ個人練習もかかすことはできないので、何度か並走したら断りを入れて自己鍛錬に臨む。現在の課題は3000mを走るスタミナと領域を発動したルドルフに負けないスピードの両立。

 

「……あー! きっつー!」

 

 人気のない砂浜で重りを背負ってのランニングで長距離を走る負荷をかける、そしてラスト200mくらいでその重りを開く。パラシュートランと呼ばれるそれは、開いた傘が自分が速く走れば走るほど空気抵抗が増していき、より力強い走りを要求される。そこそこ幅を取るから周りに誰もいない状況が良いし、身体への負担を少しでも軽くするために砂浜を走る。おかげでスタミナが続く限り走ることが出来る(すごく疲れるけど)。

 というかどっからパラシュートなんて持ってきたのトレーナー、たまに疑問に思うよ。

 

「大分タイムも縮まってきましたね、良い調子です」

「そろそろ並走で試してみてもいいんじゃない?」

「ですがあまりシンボリルドルフさんの前では走る姿を見せたくないですね」

「でもぶっつけ本番ではやりたくないよねぇ、追込」

 

 今私が練習しているのは追込の走り方。逃げや先行、差しに比べてレースの後半まで足を貯め、最後に爆発させる走りだ。他の脚質より足が残っている分最高速度が出る。

 ただ弱点もあり、足を貯める分前との差は開くから仕掛けるタイミングが難しくなる。ウマ娘によっては少しずつスピードを上げて長い距離を走るスパート(いわゆるロングスパートと呼ばれる)が得意な娘もいるし、一瞬で最高速まで上げて差し切るタイプもいる、私は後者だ。まだ前者なら早めに仕掛け始めても調整は聞くかもしれないけど、私は少しでもタイミングを早めたらスタミナが最後まで持たないだろうし、遅いと差し切れない。

 

「菊花賞は最終コーナー前に下り坂があります、そこでスピードを出し過ぎて外に膨らむような真似はシンボリルドルフさんもしないでしょう。基本通り最終コーナーからスパートしていくと思います」

「多分だけど、同じタイミングでスパートしても間に合わないと思う。スパートするならもっと前、コーナーに入る前の直線」

「……大丈夫ですか」

 

 そのコーナーは上り坂がある、それからすぐ下りだから他のウマ娘はスパートしないだろうし、スピードもそこまで乗らないからそこで前のバ群を追い越しておいて、下りはスピードをキープしたまま走り、最終コーナーで最高速まで持っていく。シンボリルドルフに勝つにはそれしかないだろう。

 ただそこからだと大体1000mをスパートすることになる、ゴールするまで足が残っているかどうか。

 

「勝つためにはやるしかないよ」

「では、それだけのスタミナをつけるために後10本行きましょう」

「うげ」

 

 走るけどさ! 少しは手加減してくれないかなぁ!

 

 

 1月経ち、合宿も残り半分となったところで1日の休みを貰えた。まぁ最初から最後まで気を引き締めっぱなしじゃ身体は保っても精神的に参っちゃうからね、少しくらい心の休養はあってもいいだろう。女子学生なんだしオシャレだってしたいしスイーツだって食べたいし、とキャーキャー言いながら出かけていくリギルのメンバー。マルちゃん先輩も「久しぶりにたっちゃんとドライブしてくるわ」と私服に着替えて出かけて行った。学生なのにドライブとは。

 フジちゃんも同期の娘と出かけて行った、一緒にどうかと誘われたけど年上の私に気を遣わせるのも悪いし、遠慮した。

 

「うーん、こっちとこっち、どっちがいいかなぁ」

 

 私もせっかくの休みだし普段できないことをやろうと出かけたが、結局新しいシューズと蹄鉄を選んでいる。いつもは南坂Tに任せて普段履いているのと同じモデルを買ってきてもらっているが、今よりも良いものがあれば履き替えしたい。

 けどあんまり興味がなかったせいか詳しくなく、どれが良いかの判断がつかない。トレーナーも休みだけど着いて来てもらった方が良かったかなぁ。

 

「……君ならこちらのシューズが良いだろう、軽いがしっかりとした作りをしているから丈夫だ」

「げ、シンボリルドルフ」

「蹄鉄は量産品ではなくオーダーメイドのものを使ったらどうだ?」

 

 偶々なんだろうけどシンボリルドルフも買い物に来ていたようで、悩む私を見かねて助言をくれた、有難いけどなんか癪だ。シンボリルドルフのことだから適当な理由で選ばないでちゃんと私に合った物を選んでくれてるだろうから安心はするけど。

 

「蹄鉄なんて消耗品だから、そっちこそ量産品でよくない? シューズをオーダーメイドなら分かるけど」

「レース用のシューズは規定が多いから、オーダーメイドでもそこまで品質は変わりない。蹄鉄は確かに消耗品だが、だがらこそ自分の走りの癖が現れる。自分が一番良い走りをした時に最高の力を発揮できる蹄鉄を作っておけば、それに合わせて走りも良くなっていくだろう」

 

 そんなもんか。よくわからんけどこれだけ力説するんだし、それが当然なのか。

 でも蹄鉄職人の知り合いなんていないしなぁ、よく自分の蹄鉄は自分で調整するってウマ娘もいるけど、あれって私と同じで伝手がない娘たちでしょ? お金もかかるだろうし、中々手が出せないよね。

 教えてくれたのはありがたいけど、蹄鉄は市販品かな。

 

「伝手がないなら、シンボリ家が抱えている蹄鉄職人を紹介しよう。私もお願いしている腕は確かな人だ」

「そりゃ、願ってもないけどさ、何でここまでするの? 自称ライバルのつもりなんだけど」

 

 ちょっとしたアドバイスなんかはあるかもしれないが、普通はそれも担当トレーナーと改善していくべきで、競争相手にそんなことするのは稀だ、余程じゃないと敵に塩を送るなんてことはしない。シューズや蹄鉄なんてそれこそチーム財政が苦しいとか、ウマ娘とトレーナーとの話だし、シンボリルドルフが首を突っ込んでくることじゃない。

 

「……場所を移そう」

 

 そういって移動したのはオシャレなカフェ。私たちが来店するなり、というよりシンボリルドルフの顔を見るなり個室へと案内された。ここもシンボリ家の息がかかってるのか、金持ちめ。

 いつものと頼むルドルフにつられて同じものを頼んだ。変なものを頼んでたらどうしよう。

 

「さっきの続きだが、君は生徒会室でシンザン会長と話したことを覚えているか?」

「覚えてるけど」

「皐月賞は最も速いウマ娘が勝つ。足の速さもあるが判断の速さも求められ、あのタイミングでのスパートを判断したからこそ、ハナ差の勝利だったと思う。日本ダービーは最も運の良いウマ娘が勝つ。あの時運よく私は領域の条件を満たし、勝つことができた。そして菊花賞では最も強いウマ娘が勝つ」

 

 それは全ての要素を含めて、最も強いウマ娘が勝つということだ。だから領域の発動条件も完全に掴み、私の全力をもって勝ちに行く。ルドルフはそう言った。それが相手への最大の賛辞だと考えていると。

 

「しかし君は、あの時領域すら超える速さを身に付けると言った」

 

 自分も領域を探して発動させると言うのなら、同じ土俵に立つ意味でなら納得ができる。しかし別のアプローチで勝ちを見出すと言われて心の隅に、領域を使うのはフェアじゃないという考えが生まれた。

 勿論そんなことはないし、使われたとしてもシンフォニアリリーは気にもしないだろう。だがシンボリルドルフの胸中には、剣士が一対一で戦っているのに自分だけが2本目の剣を持っているような、そんな不公平さがあった。

 

「領域がなければ君がダービーを勝っていた。運で勝ったと揶揄されても仕方ないと思っていた。でも君は何一つ文句も言わず、それを当然のように受け入れた。負けたのは自分が弱いからだと」

 

 本当にそうか? シンフォニアリリーは全力を出し切れていたか?

 シンボリルドルフと違い名家の生まれでもなく、幼少期からコーチの訓練を受けたわけでもなく、公式のレースに出て知識を付けることもなく、ベテランのトレーナーの指導を受けていることもなく、シューズや蹄鉄もオーダーメイドではなく、領域も発動していない。

 そのウマ娘に運で勝って、私は納得できるのか?

 

「否だ、君もそうだろう!? 皐月賞の後、当然の勝利など意味がないと言った! 私も同じだ、最高の舞台で最強の敵と戦い、それで勝ってこそ意味がある!」

 

 不公平だからと言ってレースに絶対はないのだから負ける可能性だってある。もし負けたのなら、それは自分が驕っていたと考えるし、勝ったとしても不完全燃焼感は拭えない。どうしても自分が満足できる勝負がしたかった。

 勿論どうしようもないこともある。特に生まれなんて自分で決めようがないことだ。トレーナーもシンフォニアリリー自身で決めたことは変えようがない。領域だって教えられるものではない。

 しかし、それ以外は手を尽くせる。

 

「領域を使わなかったら、それは不誠実だろう。ならそれ以外の要素は全て揃えてみせる。そのためならどれだけでも並走に付き合おう。シューズも蹄鉄も最高の物を用意しよう」

 

 その代わり、最高のシンフォニアリリーと戦わせろ。

 シンボリルドルフは笑っていた。いつもの凛とした佇まいや品行方正さは消え、犬歯をむき出しにし煌々と輝いた眼で嗤っていた。今まではシンボリ家次期当主として相応しい立ち振る舞いを求められ、抑圧されていた感情がむき出しになっている。

 自分勝手な考えを押し付けているだけなのに、その申し出を受けなければきっとルドルフは本気を出せないと感じる。シンフォニアリリーもそんな勝負をしたくない。

 

「上等だ、私の足とアンタの領域、どっちが上かそこで白黒つけてやる」

 

 店員に出されたブラックコーヒーは苦くて飲めなかった。ケーキは滅茶苦茶美味しかった。

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