遅れた理由?そうですね……
やる気、ですかね
「オベイちゃん達っていつもこんな感じで練習してるの?」
『私たちは慣れてるけど、そんなに辛い?』
翌日からの練習で、さぁ走るぞとコースへ向かったら誰もおらず、昨日とは違うコースで練習していることを知らされた。アップがてら走りながら向かって少しだけ練習したら、コースの使用時間が来て、今度はまた違うコースへと移動することになった。その日の練習は合計で5か所コースを回ることになったが、これがアメリカでは普通らしい。ウマ娘の母数が多いからコースの使用時間も細かく決められており、できるだけ多くの時間コースを使用するために色んなコースの予約を取り移動するらしい。
最初はアップがてらに走って行ったけど、それ以降はバスや車での移動だった。こういうのは普通みたいで、どこのチームでも同じように移動する。道路にはウマ娘用のレーンが確保されているが、数があまりにも多くて混雑したり接触事故を防ぐために別の移動手段を使うようだ。
少しの時間なら良いんだけど何回も車やバスに乗ってると、自分のリズムやペースで動けないからか乗り物酔いで気持ち悪い。ケロッとしてるオベイちゃん達が凄い、私は全然慣れそうにない。
「それに全然フォームが安定しないしね、走っててスッキリしないもん」
『私としてはなんであの走りであそこまでスピードが出るのか不思議だけど』
私は納得いってないんだけどね。一度しっかりした芝で本気で走るのを見たら、私が満足してない理由がわかると思う。
とはいえ、ある程度は慣れ始めた。ボコボコなコースを走るためにはいつもより重心を低く安定させ、身体がふらつくのを抑える。これで無駄に体力を消耗させるのを防ぐ。
ただそれだけだと走りが窮屈になる。日本のコースだと重心より後方の位置での芝を強く蹴り上げることで速度を出してたけど、今の走りだと蹴り足に力を込めきる前に脚を前に出さないと走りが遅れる。ピッチをあげて脚を回して対処しようにもそれだとスピードに乗れない。
速く走るには、大きく脚を前に出しターフを踏み込んで身体を前に送り込む。イメージとしては高い位置に脚を置き、その脚の力で身体を持ち上げるような感じ。
それでなんとか速く走れるようにはなってきた。このフォームを慣らしていけばその内日本にいた頃と遜色ない走りができる様になるでしょ。使う筋肉が違うからか連日筋肉痛に悩まされるけど。
「それよりも食生活がなぁ……なんかこう大味というか」
「それも慣れるしかないわよ。実際にレースを走ろうとするなら数日前には現地に到着して気候やターフに慣れておかないと行けないんだから、食事もその地のものを食べるのよ」
「そういって日本料理作ってくれる東条トレーナー感謝〜」
美味しいと言えば美味しいんだけど、どうしてもジャンクフード感が出てて毎日の様に食べていると飽きてくるんだよね。どうしても食事は取らないと身体に力が入らないし、その食欲が無くなっちゃったら困る。だからこうやって間を空けて料理してくれて本当に助かってる。
「南坂も男飯じゃなくてちゃんとした栄養管理ができる食事作りに苦労してるみたいね」
「こっちきてもう2ヶ月だしねぇ。言語コミュニケーションは私も慣れてきたけど、それも並行しながらだと大変そうだなぁ」
リギルのメンバーを見るトレーナー業と同時にウマ娘の健康管理(食事)と英会話はそりゃ大変でしょ。勿論東条トレーナーも2週間か3週間置きで日本へと戻って色んな報告書を作るし、日本にいる間はリギルのメンバーの指導をする。さらにはこっちに来ている間のリギルメンバーへの練習内容も纏めてる。忙しいのに面倒見てくれて頭が上がらない。
だからこそ、簡単に相談なんてできない。
(これ以上負担をかけちゃうのも、ねぇ)
こっちに来てコースの走り方には慣れたけど、それだけじゃ足りない。日本国内で最強クラスのシンボリルドルフでも、海外挑戦をした偉大な先人達も、海外のレースには勝てない、勝てていないのが現状だ。ルドルフに負け続けた私が慣れた程度で挑戦しても返り討ちに合うのは明らか。つまりは今以上に速さが求められる。勿論速さと言っても最高速以外に、加速だったりコース取りとか色々な面での話だけど。
(トレーナーには今集中して欲しいし、東条トレーナーにこれ以上は頼れない。クリスさんも、ただ合同練習をしているだけの日本のウマ娘にそこまでしてくれるかどうか)
頼れる人は、まぁいないことはないんだけど。あの人も忙しそうだからなぁ。
「でもそうも言ってられないんで、なんかヒントとかあったらお聞きしたいんですけど」
『まさかとは言わないが、君から連絡してくるとはね』
「多忙だとは思いますけど、海外挑戦してる後輩の頼みだと思ってどうか!」
『そう言われたら断りづらいが、私のできることなど少しのアドバイスだけだ。それでも構わないか?』
「充分です、シンザン会長」
頼れる人っていうかウマ娘というか、私より知識があって神と称されるウマ娘、シンザン。私の知り合いの中でそういう人は、彼女とルドルフぐらいしかいない。ルドルフには癪だから絶対に相談なんかしないけど。
『領域の修得を目指す訳ではないのを前提として話をするが良いか?凱旋門賞に挑戦するまでに期間はある。一つの手としては考えても良いだろう』
「私がそれに頼るって思ってます?」
『そうだろうな。なら君は、領域ではなくゾーンを目指せ』
「ゾーン?」
『我々ウマ娘ではなく、人属の者が入ることのできる領域に近いものだ。特にこれといった条件は無く、極限の集中によって入ることができるという』
故に入るタイミングは選ばないと、シンザン会長は続けた。入るタイミングに指定がなく、条件も集中力のみ。私達ウマ娘の場合だと、他のことは一切捨てて、走ることのみへの一点集中。結構難しくない?
『ゾーンに入ることができれば高いパフォーマンスを得ることができるらしいが、レース中故に集中力を保つのが難しく、維持も然り。それに高いパフォーマンスをするということは疲労や負荷もまた高い。諸刃の剣と言い換えても過言ではない』
「まぁ、そういうのは仕方ないですよね。メリットしかないなんて都合が良すぎるし」
『領域と違いゾーン自体にも入ったという実感はないらしい。後から考えるとあれがゾーンだったかと気がつくレベルだそうだ』
領域というよりは超精密な技術って感じかな。高い集中も私みたいにコース取りとかをあれこれ考えながらするんじゃなくて、ごく自然に、反射的に行えるくらいじゃないと維持できないだろうし。ある意味レースを支配するとかコントロールするとか、ルドルフの様なタイプからは1番遠い技術ってことね。
「要するに並走練習を増やして乱れない集中力を付けましょうってことですね」
『極論だがな。走る技術等を教えられなくてすまない』
充分ですよ。今のまま走ってても頭打ちになるくらいなら、走りを身体に浸透させる、刷り込ませる。目標があるのとないのじゃ伸びが全然違うし、練習にも身が入るってもんよ。
ただゾーンに入った実感を持てたら練習の方向性の修正が効くんだけど、そればっかりはしょうがない。
『あぁ、言い忘れていたが、君はゾーンに入ったことがある』
「はぇ?」
領域
GⅠレベルの実力、厳しい条件、効果絶大、維持(効果が継続するものなら)領域の終了まで
ゾーン
高い集中力、効果は領域に比べたら少ない、維持激ムズ
少しでも他のことを考えたりすると維持できない。アイツに勝ちたいとか、逃げる、差す、追いつけ、疲れた等の感情系もノイズになる
ウマ娘は耳が良いので雑音などもノイズになりがち