皇帝のライバル   作:喜怒哀LUCK

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契約

 翌週、来たる選抜レース。その日は朝からウマ娘、トレーナーのみならず、近隣住民も盛り上がっていた。選抜レースは一般公開される。デビューした推しのウマ娘を応援するのもいいが、未だ発掘されてない原石を見つけるのも楽しみの一つなのだ。目をつけていたウマ娘が重賞を勝利したともなれば、やはり自分の目に狂いはなかったと周りに自慢できる。通であればあるほど、この選抜レースを観戦することは重要になるのだ。

 

 レースは芝短距離から順に、芝マイル、ダート(短距離)、ダート(マイル)、中距離、長距離と行われていく。距離も細かく分かれており、200m刻みで増えていく。

 レースには受付があり、そこで希望するコースへのエントリーが必要となる。複数受けることも可能だが、全力で走った後他のコースでも走るのは筋肉疲労もあり基本ない。

 そしてレースは一般公開されることもあり、観戦しやすさも含めて上限12名で行われる(端数が出た場合は纏めることもあるが)。

 未だ担当契約をできていないウマ娘は数百にも登り、そのほとんどがレースに参加するのだから朝からやらなければ間に合わない。校内にあるコースを分けて、ひっきりなしに行われるのだ。

 

 私ことシンフォニアリリーは、芝右回り2000m(中距離)でエントリーした。

 あれからも放課後トレーニングを続けていたら、あのトレーナー()さんが毎日のように見学していた。何かアドバイスをするわけでもなく、ずーっと見てくるだけだから、こちらとしても非常にやりにくかった。時折メモしてるし、言いたいことがあるなら言ってほしい。あれか、担当ウマ娘じゃないから口出しするのはとか思っちゃうタイプか。

 

 新入生からは私以外にも結構な数がレースにエントリーしていた。その中でもやはり目を引くのが、シンボリルドルフだ。彼女が受付に来た途端、周りの、特にトレーナー陣のざわめきは凄かった。そりゃ新入生の中で1番期待されているであろう彼女の出るレースは是非とも見たいし、出来ることなら見極めて、担当契約を結びたいだろう。

 しかも私と同じ芝右2000でエントリーしてた。まぁ中距離は参加者が1番多いから、レースで被ることはほぼないだろうけど。

 

 1レースの出走者はランダムに決められ、確定した時点でビラとして配布される。どのコースの第何レース目か、枠順はどこかまで書かれていて、そのビラの下にアンケートがあり、1.2.3番人気までを決めて投票し、その総数で実況が人気順に読み上げる。中々に凝っている。

 私は中距離第4レースの11枠、大外ではないがかなり距離的不利が生まれる枠だ。大外の子は可哀想に。

 

 レースは恙なく行われていき、昼を挟んで中距離レースが始まろうとしていた。距離の差もあり、短距離マイルのレースはかなり早く終わる。スカウトの時間も含めたら1レース10分ないくらいか。

 そして始まる中距離第1レース、彼女の出番がやってきた。

 

『1番人気シンボリルドルフ。圧倒的票数を得ての1番人気です』

『見てくださいあのトモ、鍛え上げられています。気負っている様子もなく堂々としております。すでに風格はデビュー前のウマ娘とは比較になりません』

 

 確かに体操服から見られる脚は見事なものだ。ハリのあるふくらはぎ、弾力はありそうで、それでいて柔らかそうな、走る上で理想的な状態と言えるだろう。

 

『さぁ各ウマ娘、ゲートへと収まり……スタートしました。ハナを奪ったのはなんとシンボリルドルフ!かかってしまっているのでしょうか!?』

 

 んなわけない。

 シンボリルドルフは抜群のスタートを見せた。軽快に加速しハナを進んでいくが、それで良い思いをしないのは逃げのウマ娘。先頭を奪われたままでは自分のペースで走れない。多少無理をしてスピードを上げて、シンボリルドルフの前に出る。

 それを見てシンボリルドルフはペースを落とし、先頭集団の前のポジションに着いた。

 素直に上手い。

 あのポジションなら逃げのウマ娘にプレッシャーを与え続けられるし、後ろのウマ娘たちのペースコントロールもしやすい。それを見越してのあのスタートダッシュだったのか。

 

『レースは半分を迎えようとしています。先頭は4番シガーベル、これは少しペースが早いか。3バ身程離れて2番シンボリルドルフ、この位置に着けています。そこから1バ身離れて集団纏まっています。そこから6バ身離れて8と9番です』

『2番シンボリルドルフがレース展開を操っているようですねぇ。息を入れたいシガーベルをタイミング良く差を詰めて隙を与えません。集団も上手く頭を押さえて抜け出せません。後方の二人がどれだけ足を伸ばせるかが鍵となっています』

『レースは第3コーナーを曲がり最終コーナーへと進んでいきます。4番シガーベルペースが落ちてきたか少しずつ下がっていきます。おっとここでシンボリルドルフ仕掛けた!それを見て後方集団もスパート、速度を上げていく!』

 

 しかし、その差は歴然だ。ほぼ同時にスパートをしたはずなのに、後方集団とは差がつき始めている。最後方だった二人もスパートしているが、前の集団が邪魔で最短距離を進めない。外を回るしかないが、その頃には大勢は決している。

 最後の直線、シンボリルドルフはさらにギアを上げた。

 

『シンボリルドルフさらにペースを上げる!後ろとの差はすでに5.6……まだ差を広げる!脚色は衰えない、大楽勝だシンボリルドルフ!』

『この末脚、これがデビュー前のウマ娘でしょうか!クラシック、いやシニアクラスと比べても遜色ありません!』

『圧倒的差を見せつけて今ゴール!勝ったのは2番シンボリルドルフ!これはすでに3冠は貰ったか!余裕を持って観客へ手を振っています!』

 

 結局シンボリルドルフは2着との差を8バ身まで広げていた。それでいてまだ余力を残しているようにも見える。スタートの素早さ、レースを支配する力、ポジションを見極める能力、そして末脚の鋭さ、どれを取っても一級品だ。

 しかしそんな驚異的な実力を持つシンボリルドルフに対しスカウトを行うものはいなかった。いや、あまりにシンボリルドルフが強すぎるからか。

 あの実力なら、それこそ本当に3冠を獲ってもおかしくない。逆に言えばもし負けるようなことがあるなら、それはトレーナーの責任だと周囲は思うだろう。新人トレーナーでは指導力が足りず、負けさせてしまった時の覚悟ができないのは当然だろう。ベテラントレーナーならばちゃんとした指導が出来るだろうが、ほとんどのベテランは担当を複数持っているか、チームを率いている。その中にあれは核爆弾に等しい、あまりの強さに他のウマ娘が自信をなくしてしまう。確かに喉から手が出るほどに欲しいが、それ故に今担当しているウマ娘を犠牲にするようなトレーナーは、中央にはいない。

 

 それでもそのうちシンボリルドルフにはトレーナーが付くだろう。リスクを取ってでも担当契約したいと思うトレーナーはいるはずだ。もしくはどこかチームへ所属するか。大手のチームなら逆にいい刺激となるだろう。今ならシリウスやアンタレスが候補と言ったところか。

 

 そしていよいよ、私の出番が回ってきた。

 

『11枠12番人気シンフォニアリリー。このレース唯一の新入生です。遺憾無く実力を発揮できるでしょうか』

 

 私は12番人気か。それも仕方ない、他のウマ娘は全員先輩だ、1年私よりも長くトレーニングを重ねてきているし、中には前回の選抜レースで良い結果を残した娘もいるらしい。それに比べて私は新入生、情報も何もないし劣っていると思われるのは当然だろう。

 

『さぁ各ウマ娘、ゲートに収まり……スタートしました。ハナを進むのは3番と6番、激しい先頭争いだ。そこから2バ身離れて7番、その外につけて10番、その内8番、ここまでが先頭集団を成しています。さらに2バ身11番9番1番5番と続いています』

 

 私は後方集団の頭に着けた。先頭のペースが早いのか、縦長になっていく。スタミナが尽きて下がって来ればいいが、最後まで保つとなるとどうだろうか。

 後ろからはガンガンプレッシャーがかかってくる。そりゃあ前に新入生がいたら強気に出るか。鬱陶しいが、前を譲ってやる気はない、さりげなくブロックして邪魔してやる。

 そろそろレースも半分、ここから少し先頭集団へと足を伸ばしていく。

 

『第3コーナーに入ります。後ろから差を詰めてきたのは11番シンフォニアリリー、どうでしょうこの考え』

『先頭の2人のペースを見て、早めに順位を上げてきましたね、いい判断だと思いますよ。その分足が残っているかどうか』

『さぁ最終コーナー、ここで先頭集団がペースを上げていく、続いて後方集団もスパートをかけてきた!先頭の2人は最後まで保つのでしょうか!』

 

 最終コーナーを曲がりながら、横目で先頭の2人の様子を伺う。あれはギリギリ保ちそうだなぁ、早めに先頭集団に追いついといて良かったかもしれない。

 先頭集団を避けるために速度を上げて外に寄ってしまうが関係ない、目の前に壁がないことが重要だ。

 

『さぁ最後の直線だ。最初に駆け抜けてきたのは3番、差がなく6番も上がってきた!先頭集団が固まって、それを避けて11番が外からやってきた!』

 

 前には5人、先頭までは5バ身程。視界良好。脚に問題なし。

 

さぁ!ここからは私の独壇場だ!

 

 脚に力を込める、その分ターフに沈んでいく。それを思いっきり、蹴り上げる。その反動で加速していく。一歩毎に速度は増していく、まだ、まだ、まだだ。私の末脚はこんなものではない。これだけは誰にも、シンボリルドルフにも負けるつもりはない。

 見ろ、これが私の"本気"だ。

 

『これはどうしたシンフォニアリリー!凄い脚だ!一瞬で先頭までの差を詰めた!どこにこんな脚があるのか!?』

『信じられません!物凄い加速ですよ!しかもまだ速度が上がっていきます!こ、これは先ほどのシンボリルドルフよりも……!だ、誰かストップウォッチ!』

 

 先輩としての意地か、残りのスタミナもないだろうに、少しでも粘ろうと先頭の娘が速度を上げる。しかしそれでも私の脚には及ばない、追いつき並ばず、置き去りにしていく。

 後ろとの差を広げていく、流石に8バ身とまでは行かないが、ゆうに5バ身は着いただろう。余裕を持って私はゴールした。

 

『1着11番シンフォニアリリー!驚異的な末脚!何という切れ味だ!これは言葉が見つかりません!』

『最後の1ハロンのタイム、何と10.2!は、速すぎる!こんなタイム見たことありませんよ!これが本当に新入生の実力ですか!?』

 

 2着との差は5 1/2バ身か。もっと早めにスパートをかけていたらさらに差はついただろうが、無駄に足を酷使する必要もないし、私の実力を示すなら十分だろう。

 息を整え終わると、トレーナー陣が勢いよくこちらへ向かってきていた。

 

『シンフォニアリリー、是非自分と契約を!』

 

 四方八方からそう言われる。あまりうるさいのは好きじゃないのだが、それはこの人たちにはわからないらしい。ウマ娘は人より数段耳がいいのだから少しは遠慮して欲しいものだ。

 トレーナーたちは自分の長所を挙げて是が非でも私の担当をしたいらしい。シンボリルドルフにはスカウトしなかったのに、私のところに来るのは、おそらくまだレース運びが甘かったりするのだろう。指導できる点があれば、伸び代があるのと同じ。シンボリルドルフと比べるとスカウトしやすいのかな。

 

「で?あなたは私をどうスカウトするつもり、トレーナーさん」

「そうですね、私はまだ2年目の新人トレーナーなので、皆さんのような育成に対しての強みはありません」

 

 壁を成しているトレーナーたちの後ろの方に少し離れて微笑みながらあのトレーナーがいたので、こちらから声をかけた。というかスカウトに来るならトレーニング中に誘ってくれれば良かったのに。

 そう言うと、トレーナーさんは、では問題です、と言った。

 

「なぜ私が貴女をトレーニング中にスカウトしなかったのか、わかりますか?」

「……選抜レースでの実力を見たかったから?いつもは1人でやってたし、並走トレーニングなんてやってなかったし」

「そうです。トレーニング中でも貴女の末脚は見事なものでした。しかしそれがレースで使えるかはまた別の話。色んな要素が飛び交うレース中にあれだけの脚を使えるほど余力を残して置けるか、私はそれを確認したかったのです」

 

 上がり3ハロンは最速のウマ娘が強いか、という話か。いくら3ハロンが速くても、それだけを走り切って追いつけるほどの差にとどめておける分析能力、速度を維持するだけのスタミナが必要になる。今の私にそれが備わっているか確かめたかったということか。

 

「貴女はレースでも素晴らしい末脚を見せてくれました。なのでスカウトしに来たのですが、先ほども言ったように私に貴女を導けるとは思えません」

「でも出来れば担当契約結びたいんでしょ?」

「それは、もちろん。ですが」

「じゃあ決まりだね、私はあなたと契約させてもらうよ」

 

 私のその言葉に、周りのトレーナーたちは驚いたようだ、なんなら目の前のトレーナーが1番驚いている。周りのトレーナーは、そこの新人トレーナーより自分なら貴女を強くすることができる、と力説している。

 確かにそれは魅力的な誘いだろう。これからのことを考えるなら少しでも実績のあるトレーナーを選んだ方が良いに決まっている。しかし、それすらも差し置いて、決める理由ってのがある。

 

「だってあなたが一番最初に私を見つけてくれたじゃん」

「それはそうですけど」

「案外ウマ娘は運命感じちゃうもんだよ、そーゆーのに。それにさ、強くなる方法なんて、一緒に考えればいーじゃん。トレーナーだけに押し付けるつもりはないよ」

 

 そういうと困ったように、それでも嬉しそうに笑いながら手を差し伸べてきたので、私も手を伸ばしがっちりと握手した。

 

「それでは、これからよろしくお願いします、シンフォニアリリーさん」

「よろしく!シンフォニーかリリーって呼んでくれていーよ。それで、トレーナーさんの名前は?」

 

「ではリリーさんと。私は南坂と申します」

 

 まさか、でもないが入学して早々トレーナーと契約を結ぶことができた。しかも新人って言ってたし、専属トレーナーだ。不安なところはあるが、それはこれから2人でやっていけばいいだろう。




本当はもっと短くするつもりだったのに、レースというのは難しい……
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