皇帝のライバル   作:喜怒哀LUCK

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チャンミ育成で時間がかかりました


計画

 あの後私たちはすぐに担当契約書類に必要事項を記入し提出した。これで正式に担当ウマ娘とトレーナーの関係になったのだ。それからすぐトレーニング、というわけにはいかない。流石に何レースも走ったせいでコースはボコボコだ。とてもそんな様子じゃない。明日には整備してあるそうなので(それもおかしな話だが)、連絡先だけ交換して明日また集まることになった。

 翌日。トレーナーから合鍵を渡された、担当ウマ娘を1人以上受け持っているトレーナーには仕事部屋が与えられる。と言ってもあるのはいくつかの机と椅子、備品くらいで広さもそこまで広いわけではなく、どちらかと言うと部室のような感覚が近い。それでも南坂T(トレーナー)はとても喜んでいた。自分の部屋(私もいるが)というのは、やはり特別らしい。同期の中でも部屋を持っているトレーナーは少ないらしく、新人トレーナーというのは中々スカウトがいかないもので、下手をすればさらに数年担当を持てないトレーナーもいるらしい。そういう話を聞いていたからか、この部屋を持つことは憧れの一種だったそうだ。

 

「それではリリーさん、今後の方針を決めていこうと思います」

「方針って何?目標とかならわかるけどさ」

「普通なら目標を先に決めるのですが、リリーさんはクラシック3冠という目標をちゃんと持っているので、早速ですが次のステップに移ろうと思います。といっても目標が大きすぎて漠然とした方針しかないのですが」

 

 普通のウマ娘と言い方は失礼だが、彼女たちの目標は重賞、できればG1を制覇すること、というのがほとんどだ。重賞を勝つウマ娘でさえ一握り、その中でもG1を勝つというのはそれだけで歴史に残るような快挙なのだ。その上でクラシック期で一度しか出場することができない皐月賞、日本ダービー、菊花賞の3レースを全勝することが如何に難しいことか。そう長くはない競技ウマ娘生において何度か挑戦して、重賞を一勝できるかというのが、殆どのウマ娘である。

 しかし私はそれを成し遂げたいと言うのだから、それはまぁ南坂Tも困っただろう。新人には荷が重い目標だ。

 

「それで方針って言うのは?」

「クラシック3冠の1つ、皐月賞に出走するには2つの方法があります。1つはトライアルレースである弥生賞で入着すること、もう1つは獲得賞金総額による枠を狙うことです」

 

 レースというのは出走登録申請をすれば必ず通るものではない。多くのウマ娘がそのレースに出走したいというなら、いくらかは間引かれるのは仕方ないことだ。しかも大事な3冠の1つともあらば、実力不足なウマ娘を出走されても盛り上がりに欠けてしまう。皐月賞と同じコースで走るトライアルレースの弥生賞で入着できるなら、実力としては問題ないだろう。

 問題は獲得賞金総額である。基準値が決められており、それを超えることは前提として、そこからさらに総額が多い方が優先して出走権利を得られる。ただ間髪なく出走を続けて賞金総額は超えているものの、勝利数が少ないのも除かれる(賞金は5着まで支払われるため勝利していないのに条件を満たすことがありえる)。

 

「このどちらかをリリーさんには選んでいただくことになりますが、私としては賞金総額を選びたいですね」

「なんで?トライアルレース勝った方が話早いじゃん」

「あのシンボリルドルフも、クラシック3冠を狙っているからです。格式高いシンボリ家なら、まず間違いなく弥生賞に出走するでしょう」

 

 その名前を聞いて、嫌でも意識する。あの選抜レースを見て中距離を走るウマ娘は、間違いなくシンボリルドルフが最大の壁になることを理解した。全てにおいて最高水準のその走りは、見る者を圧倒するばかりか、一緒に走った者の心を折るだろう。

 シンボリ家は名家である。名家というのは昔ながらの考えというか、当然を当然とするきらいがある。勝つのだから余計なことは不要、弥生賞で勝てば出走できるのだから獲得賞金は気にしない、と考えるだろう。つまりシンボリルドルフが弥生賞に出てくる確率は非常に高いと言える。

 しかしその言い方は、まるで私が負けるとでも言いたげじゃないか。確かにシンボリルドルフは強いけれど、劣っているとは思っていない。

 

「リリーさんとシンボリルドルフさんの2人だけでレースをしたらリリーさんが勝つでしょう。ですがレースには他のウマ娘がいます、その中で如何に自分の走りができるかが重要となります。シンボリルドルフさんの走りは誰と走ろうとも変わらないでしょう。ですがリリーさんの1番の強みである末脚は、目の前に壁があるだけで曇ってしまう」

 

 シンボリルドルフさんは間違いなくリリーさんの前に壁を作ってくるでしょう、トレーナーは確信を持ってそう言った。あれほどレース展開をコントロールできるなら、私の前に壁を作るよう他のウマ娘を誘導することもできるだろう。

 

「勿論それでも絶対負けるとは言いません。ですが負けの目がある、もしかしたら入着できないかもしれない。万が一の可能性を踏むわけにはいきません」

「……オッケー、わかったよ。トレーナーを信じる」

「ありがとうございます」

「まっ、私も下手して皐月賞出れなくなったら嫌だしね」

 

 私としてもできるなら大きな舞台であのシンボリルドルフと戦ってみたい。それでもし競り合うことができたら、どれほど楽しいのだろうか、熱くなれるのだろうか。そのために変なところで転けてしまっては本末転倒だ。私もトレーナーにスカウトされて浮き足立っていたのかもしれない、少し油断が過ぎたようだ。

 冷静になって考えてみると、シンボリルドルフは私の前に壁を作るのは、皐月賞でも変わらないんじゃない?

 

「でもさ、皐月賞で結局壁作られたら意味なくない?」

「そうですが、それはリリーさんとシンボリルドルフさんにレース経験の差があるからです。リリーさん、貴女はあまりレースをやったことがないんじゃないですか?」

 

 確かに私はレース経験が少ない。新入生というのもあるが、市や県で開かれたレース大会にも出走したことがないのだ。

 走ることの楽しさに目覚めた私は、それこそ一日中走ることに夢中になったし、誰かと走ることに興味を持ったが、自分の通っていた学校で本気で走ってみたら、誰1人として追いてこれるウマ娘はいなかった。中にはそういう大会で上位に来るウマ娘もいたのにだ。

 本気を出してそこまで差があると冷めてしまうというか、こっちが逆に気を遣ってしまう。せっかく大会に出てそんな気分になったら嫌だから出走はしなかった。

 というかトレーナー、見ただけでそんなことわかんの?

 

「選抜レースだけで見ても、貴女は先頭のウマ娘にばかり注意を払っていました。もっとレース経験があれば周りを意識して、自分が走りやすいように走行位置を変えたりしますが、後ろからのプレッシャーもさほど気にしていなかったでしょう?本番のレースなら後ろの娘は前に出てリリーさんの横について、ラストスパートで先頭集団を避ける邪魔になっていたでしょう」

 

 そこまで言われると、あの対応はまずかったのかと思ってしまう。流石に先頭集団の間を縫って差し切るのはいくら私でも難しい。やはり外からスパートしたいが、横につかれるとスピードの乗りも悪くなるしなぁ。やっぱりデビューしたウマ娘はそう甘くはないか。

 

「レース経験が積めれば、そこらへんの駆け引きも学べます。そういう意味も含めて、リリーさんには出来る限りレースに出走して欲しいのですが」

「わかった。具体的にどれくらい走ったらいいの?」

「そうですね、皐月賞の獲得賞金枠は3000万以上が最低ラインになります。デビュー戦を含めても最低5戦は走っていただきます」

 

 デビュー戦の賞金が1着700万程OP戦、G3、G2になるにつれ賞金は上がっていく。重賞を勝利できれば一気に最低ラインくらいには届くが、重賞に出走するためにもOP戦で何戦かしないといけないらしい。全部勝ったとしての5戦だ。

 

「そしてできればG1で試してみたいので、ホープフルステークスへの出走も考えてます。あくまで予定ですので、連戦が続いたら回避するかもしれません」

「ホープフルねー、阪神や朝日杯もあるけど、やっぱり2000mだから?」

「そうですね、弥生賞や皐月賞と同じ中山レース場の芝2000m右回り。G1に出るウマ娘なのでレベルも高い、走ってみて損はないでしょう」

 

 前哨戦としてはこれ以上ないレースになる。

 今後の指針としては、デビュー戦を勝つ。そしてトレーニングの合間を縫っていくつかレースに出て、レース経験を得る。そしてホープフルステークスでどれだけ身についたか確認して、皐月賞へと出走する。

 やはりこれだけのことを1日で考えてくるトレーナーは優秀だ。本人は謙遜してるけど、新人トレーナーでここまでできるのはそういないと思う。やっぱり私の人選は間違ってなかったね!

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